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第3回 失われた10年

デフレ=不況という認識は正しいか

バブル崩壊後の1990年代、いわゆる「失われた10年」は、一貫してデフレが進行した不況の時代という認識が一般的だと思います。

そこで、「失われた10年」を考える前に、デフレについて少し考えてみたいと思います。
歴史を振り返りますと、世界最初のデフレは19世紀末にまで遡ります。普仏戦争が終わって第一次世界大戦が始まるまでの期間(正確にいうと1873年から1896年までの24年間)です。この間、欧州では大きな戦争はなく、非常に平和で穏やかな時代だったと言われています。 しかし、経済的に見ると、イギリスでの産業革命がヨーロッパ大陸、アメリカへ波及する時代で生産性が飛躍的に発達した結果、物価はどんどん継続的に下がり続け、以前の半分の水準になるというデフレの時代でもありました。注目すべきは、「物価下がり続けたが決して不況ではなかった」ということです。パリで万国博覧会が開催され、エッフェル塔が作られたのもこの時代、またデフレ時代の余剰資金を利用したパナマ運河やスエズ運河など大規模なインフラ投資も行われました。市民の生活は豊かになっていった時代であったと言われています。

つまり、デフレというのは平和な時代の象徴だとも考えられるのです。世界恐慌のような急激なものはもちろん避けられなくてはなりませんが、平和が続けば生産力は高まり、超過需要は発生しませんからインフレにはなりようがありません。自然とデフレになっていくのです。
しかし、20世紀は世界的な戦争(第一次、第二次世界大戦及びそれに続く冷戦)と革命が続いた世紀でした。動乱が続けば、超過需要、物不足が発生しますから基本はインフレになります。20世紀に生きてきた私たちはインフレの時代しか知りませんでしたが、実は世界はまた平和とデフレを基調にした時代へと移行しつつあるのではないでしょうか。
奇しくも日本でバブル景気が崩壊した1990年代初頭は、世界的に見れば冷戦が終結した時期にあたります。21世紀になって大国対テロという別の形の戦争は起こっていますが、核時代の今日、20世紀にあった世界大戦のような大規模な動乱はもはや起こりようがありません。

つまり、1990年代以降は基本的にデフレが続く時代なのだという認識を、日本の政府や金融当局が持っていれば、「失われた10年」は違った対応がありえたのではないかと思うのです。

金融ビッグバンと業界再編

バブル崩壊により日本経済は大きな痛手を蒙り、その後遺症である不良債権を抱えた金融業界にも再編の波が押し寄せました。企業業績が上がらないから労働者の所得が伸びない、そのため安いものしか売れずに企業の業績がさらに低迷する…という負のスパイラルが続きました。
そこで打たれた手というのは、なんとかデフレを解消して右肩上がりの経済を再生しよう…というものばかりだったように思います。しかし、本当に必要だったのは、デフレを解消するのではなく、デフレと共存する経済政策だったのではないでしょうか。(デフレは景気循環上の不況というのではなく、もっと大きな構造的なトレンド、経済の流れです。)

この間には「金融ビッグバン」も導入されました。イギリスでの成功を受けて、日本でも金融の自由化をということで行われた金融制度改革です。狙いとしては、日本の金融市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際市場にしていこうというものでしたが、結果的には成功しているとは言い難い状況にあります。現在でも東京市場は、ニューヨーク、ロンドンと並ぶどころか、金融市場としては第9位、アジアの中でもシンガポール、香港の後塵を拝する地位にあります。
1990年代後半は、バブルの負の遺産である不良債権処理が進むとともに、メガバンクが誕生しました。一方、生き残れない金融機関は破綻する事態に陥ります。北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行などです。銀行は一行たりとも潰さないといっていた時代には考えられなかったことですが、これはすでに大蔵省(現・財務省)の顔色を窺うことが金融機関にとってもっとも重要だった時代の終焉も意味していたと思います。銀行も大蔵省(現・財務省)ももはや新しいビジネスモデルを提示できなくなってきているのです。

ゼネラリストを大量採用、遅れた人材戦略

この「失われた10年」は金融機関にとっては冬の時代、激変の時代でした。したがって、積極的な採用というのはあまり考えられなかった時期といえるでしょう。むしろ、業界再編で所属していた会社や部門が消滅した人たちの受け皿をどうするか、ということの方が問題になっていました。
しかし、一方で外資系金融機関の日本での活動は活発化し、破綻した金融機関が外資に譲渡されるというケースもありました。収益につながるスキルを持った人材は、日系から外資へという流動化が盛んになった時代でもありました。具体的にいいますと、インベストメントバンクの各種業務を遂行できるような人材です。金融の実務とともに、語学やMBAなどの資格、学位などを持った人材には注目が集まっていました。現代にもつながる人材の価値の変化といいますか、「ゼネラリストからスペシャリストへ」という方向性が示された10年だったのではないでしょうか。

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