医療の世界で活躍する専門職の中で、もっとも多いのが130万人ともいわれる看護師の皆さん。しかし、その勤務実態はとてもハード。理想と現実の板ばさみになって体調を崩したり、バーンアウトしてしまう人も少なくないといわれています。
自らも看護師として働きながら、そんな仲間を数多く見てきた中さんは、「医療サービスの提供者である看護師がまず幸せでなくて、どうして患者さんを幸せにできるのか」…と考え、看護師がお互いに支えあえるインターネットコミュニティーを立ち上げました。医療と看護の現場を改善する取り組みに詳しい中さんに、今看護界に求められているのは何なのかをお聞きしました 。
神奈川県川崎市出身。東京都立公衆衛生看護専門学校、東洋大学文学部国文学科、明治大学大学院グローバルビジネス研究科卒業。1995年東十条病院・手術室。1997年三井住友銀行・健康開発センター勤務。2003年ニュージーランド留学。2006年1月、「医療への貢献とは、看護師へSmile & Happiness を提供する事」を信念として掲げる看護師のためのエージェント事業を業務の中核にすえたA-LINE株式会社を創業。2007年6月、日本看護連盟幹事に就任。
今に始まったことではありませんが、病院をはじめとする看護の現場では、常に人材が不足しています。看護師の仕事で大変なことといえば、まず不規則な勤務時間や休日の少なさ、長時間勤務などが指摘されますが、これらは人材不足さえ解消されれば、かなり改善することばかりなんです。でも、現実問題としてはどこの病院でも看護師の採用にとても苦戦しています。
実はこの数十年で全国の看護大学は大幅に増えているんです。たしかに少子化で若い人が減っているという現状はあるにしても、新しく看護師の資格を取って現場に飛び込んでくる人の数は決して減ってはいないんですね。つまり、せっかく看護師になったにもかかわらず、様々な理由で続けていけないという人が多いことが、看護師の数が増えない、ひいては現場の人材不足が解消しない原因になっているんです。
現在、看護以外の多くの業界では、男女が均等に働けるような仕組みづくりが進んできています。でも、看護師の仕事について見てみると、女性が95%を占めているにもかかわらず、その女性たちが長く働き続けることができるような仕組みや制度づくりがとても遅れています。たとえば、勤務時間の問題一つとってみても、家庭や子供を持ってしまったら、とても勤められないような環境になっている病院が多いのです。
その結果、人材不足の環境下でまじめに頑張っている人たちにさらにしわ寄せがくる…という悪循環に陥ります。患者さんたちを放り出すわけにはいかないと頑張っている人たちが体を壊してしまったり、バーンアウトしてしまったりといった例もとても多くなっています。
やはりメンタルヘルスの問題、心の問題は大きいと思いますね。その原因となっているのは、まずは医師や上司からのパワーハラスメントやセクシャルハラスメントの問題。また、組織内だけのことではなく、患者さんから同様のセクハラを受けることもあります。これがエスカレートすると、最近頻発しているという“院内暴力”になるケースもあります。
もちろんそうです。でも、病院というのはかなり特殊で逃げ場のない職場環境なんです。看護師は、看護学校などに在学中から、医療の仕事は献身的で尊い仕事だと叩き込まれて育ってきます。ですから、多少理不尽なことがあっても、じっと我慢してしまったり、いたらなかった自分の方が悪いのではないか…と考えてしまう人が多いんです。しかも、命を預かるという責任の重い仕事ですから、嫌になったからといってポーンと投げ出してしまうこともできません。発散するところがないままにストレスがどんどん蓄積していくと、やはり最終的には心に変調をきたしてしまうこともあるのです。
そうですね。同時に、現在の看護学校のシステムそのものにも問題がないわけではないんです。たとえば、採血の実技などは看護学校ではほとんど教えません。それは現場のOJTでやることになっているからです。しかし、現場は人材不足ですから、新人が十分な研修を受けられないままに一人で採血などをしなくてはならないこともあります。これはとてもプレッシャーですし、少しでも失敗したりすると患者さんからのクレームや医師、上司の叱責に直結してしまいます。
看護師の勤務環境を改善していくことは、本来、病院のトップである院長をはじめとする経営者が真剣に取り組まなければならない課題です。なぜなら、単に看護師がハードで辛いというだけでなく、現場が疲弊することによって、結果として重大な医療事故などにつながりかねない危険性があるからです。
そういう意味では、2006年の診療報酬改定で決められた看護師配置の新基準は大きい一歩になったとは思います。
入院患者7人に対して看護師1人(7対1)という手厚い配置を実現した病院には入院基本料の診療報酬が増額されるというものですが、これによってようやく看護師が足りないことは良くないことなんだ…という認識が一般的になりました。 でも、逆にいえば、それまでは、できるだけ少ない看護師数で回せればそれでいいと考えられていたわけで、根本的なものが変わったわけではないように思いますね。
まさにそうです。1980年代後半、院長は医師から、副院長は看護師から選ぶという病院が現れてきました。最近では全国で約100施設以上あるといわれていますが、これもとてもいいことだと思います。病院で働く職員のうちもっとも多い人数の看護師がどういうモチベーションで働いているのか、何に困っているのか…といったことがダイレクトに伝わりますし、患者さんの声も直接吸い上げることができます。こういう取り組みを続けていくことで、病院の提供する医療サービスの質も必ず上がっていくと思います。
希望を持って看護師になっても、あまりにもハードな現実を体験してやめていく人、あるいは一所懸命頑張った結果、体を壊してしまった…といった仲間たちを多く見てきました。そこで、病院の片隅で悩んでいるだけでは問題は解決しないと思ったんです。 ただ、看護師の人たちは、当時の自分も含めて、あまりにも外の世界を知らないとも思いました。
これは、医療や病院以外の社会を知らないということと同時に、他の病院で何が行われているかについても意外なくらい知らなかったのです。
そこでまずは、看護師同士が情報を共有しあえるような仕組みを作れないかと考えたのです。
最初はインターネットを利用するということを決めていたわけではないですし、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)というシステムがあることも知りませんでした。「看護界を変えたい、医療を良くしたい」という思いで経営の勉強をしていた時に、こういう方法があるということを知ったのです。
実際に運営をスタートしてからは、まだ1年強ですが、多くの看護師の方から反響をいただいています。特に、病院の現場での悩みは、「それと同じ経験をした」という人がけっこういるんですね。セクハラやパワハラだけでなく、看護師が直面している問題は案外どこも似ているせいだと思うんですが、お互いに相談にのったり「こんな方法で解決したよ」というようなアドバイスをしあったりすることで、良い“知の連鎖”が生まれてきているような気がします。
さっき病院は逃げ場のない世界といいましたが、インターネットを活用することでストレスをうまく逃す効果もあると思います。
ただ、看護師はまだまだパソコンやインターネットの利用率が低いのも確かです。仕事で疲れて帰ってきて、自宅でパソコンなんて考えられないという人もいるかもしれませんが、決して仕事だとは思わずに気軽にアクセスしてみてほしいですね。多くの仲間を得ることで世界が広がりますから。
入り口は「どうすれば看護師を確保できるだろうか」という相談からですね。診療報酬改定によって、どこの病院にとっても切実な問題になっていますから。
まずそこをきっかけにして、「看護師を集めるためには、勤務環境の改善が欠かせないですよ」という話を具体的にしています。
病院へのコンサルティングというと、経営コンサルティング的なものがほとんど。
それはそれで必要だと思いますが、現場の看護師が何に悩んでいるのか、どうすれば高いモチベーションで働くことができるのか…といったきめ細かいコンサルティングができるのは、やはり看護師だった自分だろうという思いで取り組んでいます。
看護師の思いについて話をすると、とても新鮮に受け取っていただくことが多いですね。実際には、そこの病院にも看護師はいるわけですから、聞けば分かるはずなんですが。やはり客観的なコンサルタントという立場でお話しすることで理解してもらえる部分もあるようです。
診療報酬改定(7対1)の例もそうですが、理念で押すだけではなく制度を変えることで、劇的に環境が変わるきっかけになることもあると思います。
現在、日本看護連盟にも加えていただき、看護師を代表する国会議員に対して、院内暴力の実態に関する具体的な資料提供などの活動を行っています。国会という政治の場を通しての看護界の向上にも貢献していければいいと思っています。
看護師の仕事は、長い間、医師の補助的な仕事と考えられてきたと思います。でも、本来は医療の中で欠かせない重要なパートを受け持つ存在なんです。医師と役割は異なりますが、どちらも大切だという意味では同列にあるべきものではないでしょうか。
ですから、看護師自身が仕事に前向きに取り組める環境、幸せに働ける環境を作ることこそが、医療全体を向上させていくことにつながるのです。がまんして耐え忍ぶのではなく、積極的にアクションを起こしてほしいと思います。
そのために重要なのは「情報」であり「知識」です。私自身も、看護界のために何かしたいと思って会社を立ち上げる前には、「看護師だから失敗した」と言われたくなくて、大学で経営学を学んだり、海外にまで留学したりしました。その結果、様々な人脈も得ることができ、今日につながっています。
外の世界を知ることで環境は変わりますし、医療全体のためにも変えていかなくてはならないと思っています。看護という素晴らしい仕事に、希望を持って取り組める看護界を一緒に作っていきましょう。
一般的に「女性によるベンチャー起業」という言葉からは、ビジネス的な成功をめざす色合いが強く感じられますが、中さんのお話からは、「医療を良くしたい、看護師の仲間の置かれた環境をなんとかしたい」という思いの方を強く感じさせられました。
中さんのおっしゃる通り、情報の収集や共有はとても大切です。でも、現状ではうまくできてないという方も多いのではないでしょうか。
インターネットをはじめいろいろな情報源がありますが、それらを必要に応じて使い分けていくスキルが、今後とても大切になっていくと思います。たとえば、病院によって大きく異なる看護師の勤務環境。より良い環境で働きたいと思った時には絶対に必要になる情報ですが、これなどは人材紹介会社を活用していただくのが有効かもしれません。
人材紹介会社では、これまでに蓄積してきた多くの病院の情報の他に、看護師の方からお聞きした豊富な事例も提供可能です。実際の環境の差だけでなく、評価制度の違いや病院の根本的な考え方などもお伝えできます。 情報源の一つとしてうまく活用していただければと思います。
(香本・江村)



