「その仕事、意味ないですよね」と若手から全否定される

僕はフミコフミオ、とある食品会社で営業開発の責任者を任されている。

先日、部下である若手社員の態度に心が折れかけてしまった。たいていの問題に対しては対応できるようにサラリーマン人生を通じて鍛えてきているけれども、予想外の方向から飛んでくる問題にはうまく対応できないのだ。

営業ミーティングの冒頭、僕は「見込み客を増やすことに注力してほしい」という話をした。新規営業開発で成約件数のノルマを継続的にクリアしていくためには、相応の数の見込み客を抱えることがベースになる。つまり見込み客を何件もっているかが、新規営業開発にとってもっとも重視すべき指標であると丁寧に説明した上で、だ。

ただの喝である。原則レベルの話なので反論はない。

そう安心していた僕がバカでした。古い考え方や古い営業の体質に対して、コスパ重視を唱え、常に批判的なスタンスを取っている若手社員のひとり、通称コスパ君が次のようなことを口にしたのだ。

「見込み客からの成約数からではなく、もっと結果にコミットした方法論から計画を立ててくれませんか?

コスパ君の主張は、「大事なのは見込み客よりも成約数、つまり何件契約を取れたか?」というものであった。

ムダに終わってしまう見込み客は切り捨てたほうがいい。それによって得た時間を、既存の優良見込み客のフォローと新たな優良見込み客の開発へ向けたほうがいい、というのだ。「量より質です」と言った時のコスパ君は自信満々であった。

「ムダな指示」を出したつもりはないのだが…

コスパ君にかぎらず、指示を出すと「それは何の意味があるんですか?」「エビデンスを出していただけます?」という言葉を若手社員から聞く機会が増えた。体感で週に1度くらいの頻度で耳にしている。

今の若手は「会社や上司に無理に好かれなくてもかまわない」という考えを持っているから、遠慮なくものを言う。経験ゼロの新人が指示命令に対して「自分はこう思います」とか「こうしたほうがいいのでは?」と提言してくる。僕が新人だった頃には想像できない事態だ。

業務上の指示命令なので無駄なことをさせたり、遊ばせたりする意図はない。そんな余裕もない。当然、これまでの実績や経験に基づいて、結果につながると判断した上で指示を出している。

コスパをとことん重視する若手たち

それでも、コスパ君をはじめ近頃の若手スタッフは、自分のキャリアやスキルにつながらないと感じたことはやりたがらない。ムダなことはしたくない、自分の利にならないことはやらない、という考えを強く持っているのだ。

取り掛かる時点でムダだと感じたことは、どこまでもムダなのでやりたくないと考えている。「結果的にムダになってしまうかもしれないが挑戦しよう」「成功への過程で、ある程度のムダが生じるのはしかたない」という考え方には強いアレルギー反応を示す。効果や成果が見えていないとダメなのだ。

僕の時代は、「20代はとにかく量をこなせ」と言われて、とにかく大量の仕事をやらされた。今考えれば、もうちょっと効率的なやり方があったのでは……と思うから、彼らの気持ちがわからなくはない

それに、僕自身「ムリ・ムダをなくして、効率的な仕事をしよう」とすすめる一方で、ムダになる可能性のある見込み客を増やそうとすすめているのだから、それを「ムダですよね?」と突っ込まれてしまうと弱い。

ただ、残念ながら、効果や成果が100%見えることだけ繰り返していたら企業は終わる。成長のためには挑戦が必要であり、挑戦にムダはつきものなのである。

ムダをムダに終わらせないための仕組みとは?

考えてみてほしいのだが、100%無駄なことなどあるのだろうか。「ムダをムダだと思うからムダになる」と僕は考えていて、仕事で成長するためには、一見ムダに思えることもムダに終わらせないための心がけが必要だと思っている。

それは、会社や上司から与えられる「売上げ」や「見込み客の獲得数」といった目標とは、まったく違う(仕事とリンクしていたほうが良いが、リンクしていないものでもいい)自分なりの目標をつくり、それをクリアしていくことだ。いわば、仕事は「自分だけの目標をクリアするゲーム」だと考えればいい。

他部署へのヘルプであれば、社内の人間関係を構築するきっかけになる。誰も読まない資料を大量に作る仕事であれば、将来部下を持った時にやらせたくない仕事を経験できたと考えればいい。

どれだけムダに思える仕事であっても、口先でムダというのと、経験した上でムダと判断するのとでは説得力が違う。だったら、自分の言葉に説得力を持たせるゲームだと考えればいい。どんな仕事からも学べるし、自分を成長させることはできるのだ。

僕は、この方法で25年間の会社員生活を(退屈でイヤな部分も含めて)生き抜いてきた自負と自信がある。コスパ君をはじめとする若手にこの話をしたら、「参考にしますけど、私はゲームじゃなくてビジネスがやりたいんですよ」と笑われてしまったのだが。

地獄の「1日100人名刺交換大作戦」で学んだこと

僕が新卒で入った会社の営業部はひどいところで、ブラックというかムダに昭和の体育会系のノリが残っていた。

入社して3~4カ月が経った頃。真夏。上司から名刺を渡されて、飛び込み営業をしてくるよう言われた。配る名刺は1日100枚。新人でも意味がない仕事だとわかった。真夏の暑い中を歩き回っても、名刺100枚を交換することは不可能だった。

それはそうだろう。法人向けの商品をセールスしているのに、マンションに住む個人に名刺を配っているのだから。

あとで聞いた話だが、「あれくらいの無茶をやりきる人間でなければ、営業は務まらない」というバカげた思いつきで行われたことらしい。

上司の思いつきは9割がクソである。ナンセンスの一言ですめばまだいいが、有害だった。僕は、なんとか耐え抜いたけれども、有望だった同期は営業という仕事自体に幻滅して、転職して営業から離れてしまったのだから。

そんなムダで意味のない仕事をさせられながら、会社や上司というものは、時に理不尽なことを部下に強いるものだと学んだ。同時に、ムダな仕事をムダで終わらせないゲームに変える仕組みを確立した。それは、意味がない仕事を強いられることで心を折られないよう自分を守る仕組みでもあった。

会社や上司への期待を捨てよう

この経験から、僕の中にあった会社や上司に対する過剰な期待が消えうせた。あきらめたのだ。でも、そのあきらめが僕を、ともすると退屈で意味のないことの繰り返しになりがちな仕事をやり抜く人間に変えた。仕事は誰かに与えられるのではなく、自分で見つけるものだという意識が芽生えたのだ。

言い換えれば、会社や上司は自分のキャリアや能力を伸ばしてくれる存在ではない、自分を伸ばすのは自分しかないという覚悟ができたのだ。実際、僕の営業としてのスキルは、誰かから教わってものではなく、成功と失敗の繰り返しから、現場と自分の行動で身に付けたものだ(助言してくれる存在はいたが)。

冒頭のコスパ君のような若手は、与えられた仕事や指示に対して疑問を抱いた時、「何のためにやるんですか?」と根拠を会社や上司に求める。けれども、必要なのは「なぜこの仕事をするのか」「この仕事で自分は何を得るのか」ということを自分で決める力だ。根拠を会社や上司に求めるのではなく、自分自身の中に求めるのだ。

どれだけムダで意味がない(と感じる)仕事でも、効率や成果だけで考えるのではなく、なぜ今それをやるのか、自分なりの根拠を持てた時、100%ムダな仕事など存在しないことに気づくだろう。

まとめ。せめて理解のある上司らしく…

仕事は面白いことばかりではない。不快なこともある。非効率なこともある。結果が見えないものもある。自分にプラスになるか疑わしいものも多い。でも、そこにとらわれてしまうのは「会社や上司が自分をより良いものにしてくれる存在である」と過剰に期待しているからだ。まず、その期待を捨てよう。

そして、面白くない、ムダな仕事にかかわることになったら、自分を成長させるゲームに変換して、小さな達成感を得ることで乗り切ってもらいたい。それが、どんな職業にあっても仕事を続けていくための秘訣だと僕は思う。

この文章を読んでくれた若い人たちが、会社や上司に正しく絶望して、自身への期待をエネルギーに、より良い職業人生を送ってくれることを祈る。

僕は管理職なので、若手に絶望されないように奮闘したい。意見は言わせていただくけれども、なるべく邪魔にはならないようはしたいと思う。以上。

(所要時間60分)

<イラスト/小田原ドラゴン

この記事を書いた人

フミコフミオ

フミコフミオ

海辺の町で働く不惑の会社員。普通の人の働き方や飲食業や給食について日々考えている。現在の立場は営業部長。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて20年弱、主戦場は、はてなブログ。

ブログ:Everything you've ever Dreamed

Twitter:@Delete_All