技術が進歩しても、なぜ労働時間は短くならないのか

世の中の技術というのは昔に比べ目覚ましく進化し、今も進化し続けている。

ちょっと前まで一日がかりだったような仕事がオーバーではなく1分で終わるようになった。

ならばなぜ、労働時間が1分ではなく未だに一日がかりなのだろうか?

それは人間が基本的に、8時間かかっていた書類を1分で終わらせるようになったなら「じゃあ1分で帰ろう」ではなく「480枚書類を作って帰ろう」という発想だからである。

技術の進化により仕事が早く終わるようになった分、働く時間を短くしよう、ではなくもっとたくさん仕事をしようという考え方なのだ。

1日8時間も働くなんて、人間はエムが過ぎる

この発想については良い。

人間がこういう考え方だからこそ、これほど文明が進化したのだ。1分で帰ろうとする奴しかいなかったら、今頃日本は弥生時代あたりで止まっているだろうし、死因第一位もガンや自殺ではなく「イノシシによる轢死」だろう。

この人間のマゾヒズム溢れる精神は今に始まったことではなく、基本的に1日8時間、週5で労働するという生活を40年ぐらい続けないと満足に暮らせない、という狂気のシステムも神に与えられた罰というわけではなく、人間自ら作りだしたものである。

合コンで「俺ってSっ気強いところあるからw」などと言っている奴でも、1日8時間働いている時点で、他の生物から見たらエムが過ぎるのだ。

せっかく省いたムダに馬糞を詰め込む日本企業

だが、人間のそういう気質に関しては良い。

そういうタイプがリーダーシップをとってくれたから、我々1分で帰ろうとする奴も今近代的な生活を送ることができているのだ。そうでなかったら、今頃ヘラジカの角とかに突き刺さって死んでいる。

しかし、人間、特に日本人にはさらに困った癖(へき)があるのだ。

それは礼節や形式が大好きという悪癖である。それも技術の進化による効率化や生産性を台無しにするほどに。礼節や形式は必要だが、過度な礼節は無駄でしかない。

そして日本企業はせっかく省けた無駄に、この無意味な礼節と言う名の馬糞を詰め込みがちなのである。

最近では「クソビジネスマナー」と呼ばれる意味不明なマナーや、国自らに「無意味」と言われた「ZIPデータとパスワードを別に送る」という、もはや「情報を抜かれないように祈る儀式」としか言いようのないビジネス作法が、この馬糞に当たる。

最近、注目度が高い馬糞といえば…

中でも最近注目度が高い馬糞といえば、やはりリモートワークにまつわるマナーだろう。

コロナウィルスの影響で、致し方なく広がったリモートワークやオンライン会議だが、慣れれば出社するより便利な点も多い

何せ私の場合、編集者と打ち合わせをしようと思ったらまず「空港へ行く」ところから始まってしまう。

それが、部屋からすら出ずにできるというのは便利としか言いようがない、むしろなぜ今まで飛行機に乗っていたのか不思議なぐらいだ。

飛行機に乗らずとも「移動」というのは大きなタイムロスである。

移動時間中、読書をするなど意識の高いタイプなら良いかもしれないが、多くの人間がソシャゲの周回をして、何だったら3駅乗り過ごすぐらいの時間の無駄をしていたはずだ。

それがリモートにより丸々省けるのは画期的としか言いようがない。しかし、そこにもさっそく「リモートワークマナー」という馬糞がぶち込まれている次第である。

「ログイン順」という意味不明のマナー

代表的なものでいうと「オンライン会議は位の低いものからログインし、偉い人を出迎える」「終わったら偉い人から退室し、下っ端は最後まで残る」「上座を設ける」「部屋が映るのは失礼なので背景画像を使用する」「もちろんスーツ着用」などである。

Zoomに参加者の表示を並べ替える、特定の参加者を大きく目立つように表示できる機能が追加された時には、「役職者を上座表示させる機能か?」と話題になったのは記憶に新しい。

面倒くさい。

面倒くさい上に、これができていないせいで怒られるというのも、ダルすぎる。

最悪、取引先の偉い人を失礼のないようにオンライン会議に招くためのオンライン会議が開催されている恐れがある。

それだったらまだ電車で周回していたほうがアイテムや種火が集まるだけ有意義だ。

なぜクソビジネスマナーが生まれるのか

リモートワークやオンライン会議が主流になってまだ半年程度だが、なぜすぐにリモートワークマナーが生まれてしまったかと言うと、日本人が特に意味のない礼節大好き、というのもあるが、産まれたばかりの文化ゆえに、金脈が眠っていたからとも言われている。

今回のコロナ騒動ではじめてオンライン会議を導入した会社も多いであろうから、そういう会社はオンライン会議の作法がまだよくわかっていない。

そこで、厳しいマナーがあるということにして「このマナーを知らなければ御社は恥をかきますよ」と講習会を開けば儲かる。

また偉い人は上座とか画面を大きくしなければならないというマナーが定着すれば、それを可能にする機能が必要になる。

つまり、マナーができれば講師とシステム屋が儲かるという、風と桶屋、タピオカとヤクザ、みたいな関係である。

クソビジネスマナーというのは守ろうとすればするほど、時間だけではなく、コストまで無駄にしてしまうということである。

だが、最低限のマナーは必要である

しかし、マナーというのはすべてが不必要というわけではないし、「そんな細かいこと気にせんでも」と思う一方で、そういう細かいことをしている人は「ちゃんとしている」という印象を持たれるのも確かである。

私がZOOMで打ち合わせする時は、当然部屋着だし、そのために化粧をするのも面倒なので、マスクを着けて参加している。

画面に映る自分の顔からは「面倒くさい」というオーラが出ており、それは相手にも伝わっているだろう。

それで打ち合わせに支障があるわけではないが、打ち合わせに面倒臭そうなツラで登場してきたということは「仕事内容面でも面倒くさがる可能性がある」と相手に思わせてしまう、ということだ。

漫画家なんて基本的に社会不適合者と思われているはず(個人の感想)なので、服を着ていただけでも「案外ちゃんとしている」と思われたり、人間が映っただけで、ホッとされたりするのだが、企業の名前を背負った一社員がそう思われるのは会社にとってもマイナスである。

オンライン会議なんて下半身丸出しでOK

面倒くさいからと、最強の低コスト&時短ファッションである「全裸」でオンライン会議に現れたら「非常識な会社」と思われることは必至であり、その被害を考えれば、服を着るほうが圧倒的にコスパがいい。

得意先に失礼がないようにと背景画像を1時間かけて選ぶ行為は無駄である。

しかし、独身なはずの女性社員の後ろを、父親というには若いタンクトップ姿の男が3往復ぐらいするというのは気が散ってしょうがないだろう。

逆に言えば、オンライン会議なんて映る範囲だけちゃんとしておけば良く、下半身は丸出しでも良いのだ、むしろそんなスタンダード変態スタイルで「ちゃんとしている」と思われるなら「安い」としか言いようがない。

無駄だからと言って、そういう安い手間すら仕事にかける気がないということを相手に気づかれるのは危険である。

クソビジネスマナーでも2秒以内で終わるやつならとりあえずやっておくというのもありかもしれない、それで相手が納得してくれるんだったら安いものである。

つまり企業に必要なのは、何が必要で何がクソか見極め、社員に必要なマナーを守らせること。そして、社員の士気を下げ、取引先にアホと思われかねないクソビジネスマナーを排除することである。

クソビジネスマナーを駆逐するために

ただ、それができないからクソビジネスマナーが話題になるわけで、今、「ログイン順を守るように」とオンライン会議に一番に入室待機させられている三下奴の皆さまは、うちの上層部は何てマヌケなんだと思っているだろう。

だが、一番後からログインしてきて、デカい画面で破顔満面の老人よりはるかに偉くないのだからしかたないとも言える。

今は三下奴でも、自分が画面で一番デカく映される側になれば「こんな無駄なことはやめろ、俺の顔なんて指原莉乃が収まるぐらいのワイプでいい」と言うことができるのだ。

クソビジネスマナーに不満はあっても、マナーを守らさせられる立場に甘んじたまま文句ばかり言っていてもしょうがない。クソマナーを廃止できる立場になるか、変える運動を起こすことを考えたほうが建設的である。

今、世の中は確実にムダをやめて効率化しようという方向に向かっている。幸いオンライン会議のログイン順にこだわるような老人は順調に行けば会社やこの世からも先にログアウトしてくれるはずである。

そして自分がマナーを決める側になった時、クソマナーを踏襲しないことが重要だ。

その日まで、老人たちより先に会社からログアウトさせられないよう、相手から不審に思われない最低限のコストで「ちゃんとしている自分」を演出することをおすすめしたい。

あと当然この世からも先にログアウトしてしまわないよう、健康などにも気をつけたい。

この記事を書いた人

カレー沢薫

カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

1982年生まれ。漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』で漫画家デビュー。その他、漫画に『バイトのコーメイくん』『やわらかい。課長起田総司』『アンモラル・カスタマイズZ』『国家の猫ムラヤマ』など多数。また、エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『ブスの本懐』などがある。日々、Twitterでのエゴサーチを欠かさない。

Twitter:@rosia29