初めまして、桐谷ヨウです。

仕事をしていると、「今の仕事や職場は自分に向いていないんじゃないか? もっと力を発揮できる環境があるんじゃないか」と思うことがあるだろう。

今日はそんなモヤモヤを解消するための記事を書いてみようと思う。

たとえばこんなことを感じている人はいないだろうか?

「何のサポートもないのに、とにかくやれと言われて疲弊する」

「何もしていない同期が評価されていることに違和感がある」

「自分なりにいろいろ努力している。でも上司は何もわかってない」

二十代後半になれば、仕事も一通りこなせるようになって自信もついてくるけれど、納得のいく評価が得られなかったり、上司や会社の対応に理不尽さを感じたりすることも増えてくる。

そんな不満や悩みに直面している人に読んでもらいたい。

100人に1人のエリートになる必要なんてない

周りを見渡すと「自分は悪くない、環境が悪い──」と言いたい人は多そうだ。

新人に成果を求めるくせに、ろくな教育はほどこさない。努力は当たり前。中堅になると忙しいわりに重宝がられている気はしない。消耗の連続。する必要があるとは思えない苦労を当たり前のようにやらされる毎日。自分のように動いてくれない同僚たち。

ほとんどの愚痴は、環境への不満に集約されている。

ここで正論をブチかますと、デキる人とは「どこにいても必要とされ、活躍できる人」である。環境は関係ない。どんな環境にいても”必要とされてしまう”ものだ。なんとなく「あの人ならやってくれそうだ」という幻想をみんなが抱いてしまうような。

そして、環境に対する不満を言っている人は、まちがいなく別の環境でも理由を変えて不満を言い続ける。極論、環境にお膳立てを期待しながら働くというマインドがまちがっている(もちろん付き合う必要がないブラックな環境じゃないことが前提だよ)。

100人に1人のエリートになろう、と言っているんじゃない。

誰にだって得意なこと、不得意なことはある。そして適材適所に配属されずにくすぶってしまう人たちがいることもわかっている。

だけど、どんな場所にいても”必要とされる存在”になることは誰にだって可能だ。その人が、「自分は何を求められているか?」ということに自覚的になりさえすれば

誰かがやりたくてもできないこと、面倒でやらないことを引き受ける

これはけっこう面白いことだと思う。

自分の個性や能力を輝かせなくても、他人から必要とされていることを察知して、アクションを取っていくだけで、仕事ができる人になっていくことができるのである。

この目線で身の回りの評価が高い人を振り返ってみてほしい。その人たちは部下・部署・会社全体が必要としていることに応えているはずだ。

色々なレベル感と期待の応え方があると思う。

部署のなかで浮いてしまって、誰も手をつけない(みんながめんどくさがる)タスクを率先して解決していってくれる人。

組織としての売上を達成することに力を注ぐ人。個人としての達成は当然、未達になりそうな人を間接的にサポートする人。

あるいはどんな状況にあろうと、絶対に納期どおりに納品させる人。あるいは品質を担保することに力を注ぐ人。

総じて、彼らの特徴は”誰かがやろうとして、できないことをやっている”ということに気づく。

そもそも仕事というのは、「誰かが自分の手でやりたいけれども、何らかの事情で自分たちだけではできないから外部に依頼する」ことで成立している。広告を代理したり、人材を募集したり、ソフトウェアを開発してもらったり、紙の本を印刷してもらったり。

それは会社の内部にも存在する。スキルセットが足りないから、それに秀でた人にやってもらう。経験に依拠した判断だけに集中するために、部下に実務を依頼する。そういった類のこと。

誰かがやりたくてもできないこと、面倒でやらないことを引き受ける。それだけであなたには価値が生まれる。この地味で本質的な事実に気づいてみてほしい。

いや、クリエイティブな仕事だったり、卓越したスキルを持ってるスーパーな人はそうじゃないよ。だけど、圧倒的多数のフツーの組織に所属するリーマンはこうやって戦っていくのが「勝ち戦」に乗る方法なんだよね。

会社で必要とされている人の「必要とされる理由」を盗め

本当は誰だってナイスな先輩に教育してもらいたいよね。

だけど、俺の経験でいうと大企業は縦割り構造が働いていて、他の部署に気軽に異動させてもらえることが少なく、異動の流動性が乏しい……簡単にいうと、先輩を選べない。教育制度や研修は整っているけれども、目の前の仕事への活かし方が難しい。

逆にベンチャーだと、身近に活躍している先輩はゴロゴロいる。だけど、できる人はプレイヤーとして忙しくしているから、気持ちはあっても身体が空いてなくて満足に後輩の面倒を見る余裕がない。おまけに組織自体に新人教育にリソースを割くだけの体力がなかったりする。

だから尊敬している人に手取り足取り教えてもらえる機会に恵まれることは、そうそうないと割り切ってしまったほうがいい。

そして、見て盗もう。

決して個々のスキルじゃない。彼らがなぜ必要とされているのか? をだ。

デキる人というのは画一的じゃない。コミュニケーション能力に長けているけれど、実務能力が低い人。超頭がいいけど、物の言い方がなっていない人。自分に厳しいけれど、他人への要求も超厳しい人。

そういった人がなぜ必要とされているのかを分析し、自分にもマネできそうなポイントに着目することが活路になる。

あるいは考え方を盗んでもいい。自分にインストールしていないアプリは使い方がわからなくて当然だ。

そんな時は、聞いて盗もう。

自分は知らない先輩にもよく「あの時になんでこの発言をしたんですか?」「あの判断をした基準って何なんですか?」「あのお客さんってどう見えましたか?」と、とにかく聞きまくっていた。そのときはピンとこなくても、その人が持っているアプリを自分も使えそうかヒアリングしまくっていた。

必要とされる人になれば道は開かれる

どこにいってもパーフェクトな環境は存在しない。それは自分が創り出すことでしか生み出せない(それでも難しくて起業家は苦労している)ものだ。

喉まで出そうな不満はありつつも、その環境のなかで自分が必要とされることを全うしていると、不思議なことに活路というのは生まれる。

そう、自分への信頼が集まると、身動きを取る自由が増えるのだ。

それは単純に発言力が増してやりやすくなるということだったり、より自分の才能を活かせる場所を与えられるということだったりする。とにかく目の前のことをやれば、道は開かれる。

なーんて、古くさいことを本音で思ってるわけじゃないんだけど、たしかにそういうことって多いんだよね。

でね、組織に必要とされる人は、仕事を選択できる権利が生まれたりするもんだし、もっと言えば、いつのまにか有能になっていて、会社を選択できる権利も生まれるもんなんだよね。

今息苦しく会社の仕事をしている人は、きっと環境に満足できないからじゃない。自分の選択権を持てない=会社の奴隷のように感じてしまって、それがつまらないんだと思う。

今いる場所で自由を獲得して行くために何ができるか。そういった視点で今日を見つめてみてほしい。

この記事を書いた人

桐谷ヨウ

桐谷ヨウ(きりたに・よう)

ブロガー・コラムニスト。よく書かせてもらうのはお仕事と恋愛のコラム。国内メーカーグループ、外資ITコンサルを経て、理想のライフスタイルを目指して週4会社員へ。仕事は「自分の意思」と「人との接点」を大事にしています。

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