がむしゃらに働いた駆け出し時代

ライターとして生計を立て始めて6年間、決まった休日はあまり設けず、フリーランスという働き方で爆走してきた。学生時代に小さな出版社でアルバイトをしていたのみで、ライターとしての土台は何もない。フリーになって2〜3年はどんな仕事でも受けたし、メディア業界の人が集まる場所には積極的に足を運んで名刺交換をした。とにかく必死だった。

駆け出しの頃は、信じられないほど安い原稿料で執筆していたこともあった。そのWeb媒体は今思うとかなり適当な媒体で、名ばかり編集者が誤字脱字チェックのみ行い、情報の裏取りや文章の前後の関係性は適切か、矛盾点はないかなど、普通の編集者ならば必ずやるべき編集業務を行わないまま記事がアップされていた。出版社でのバイト経験のある身としては、編集者はきちんと原稿を読んでくれているのか? 私ごときライターの記事では編集者は真剣に扱ってくれないのだろうか? と不安しかなかった。

ある日、ライターとしてのプライドもあり、「いい加減な記事を書いてはいけない、ちゃんと専門家に取材しなくては」と、少し経費をかけて取材をしようと試みた。それまでその媒体では、メール取材や電話取材、周辺調査など、経費をかけないやり方で取材を行っていたが、そのときは現地取材をしないとわからないテーマを企画。とある特殊なバーの取材だ。取材ではあったが、入場料が必要だった。そうなると、入場料>原稿料となり、赤字となってしまう。

「このテーマは絶対にPVがハネます。アクセス数はお約束するので、経費を払っていただけないでしょうか?」

そう担当編集者に持ちかけるも、「無理です」の一点張り。その媒体は、テレビに出演するレベルの著名人も寄稿していた。私はその著名人と親しく、たまに一緒に飲む仲だったので、その方は私の3倍の原稿料をもらっているのを知っていた。だから、会社自体におカネがなくて経費を払えないという状況ではなさそうだということには気づいていた。

しかたない。編集者が経費を認めてくれないのは、私が力不足だからだろう。今後のネタにもつながるだろうし、自腹で取材して原稿を書こう。そう自分を納得させて取材、執筆したところ、予想通り高PVを獲得。少しは認めてもらえたかと思ったけれど、媒体側からは何のフォローもなく、いつもどおりの額の原稿料が支払われただけだった。今思えば、そんなはずはないのだが、こんな状況にもかかわらず、やっぱり私はまだまだなんだと落ち込み、何も言うことができなかった。

「いい加減、姫野さんは原稿料を上げたほうがいいよ」

そう同業者に助言されることもあったが、「私程度のペーペーが原稿料交渉なんてしてはいけない」と思っていた。周りから見ると必要以上に自分を過小評価し、自分を追い込んで仕事をしてきたのだと思う。好きな仕事をしているのだから、少しくらい我慢しなくてはと、荒波に飲まれながら働く世の会社員に対する負い目も感じていた。自分では無理をしているつもりはなかったが、行きたいライブの日に急遽取材が入ったら取材を優先したし、取材のため祖父の葬儀にも出なかった(葬儀に出なかったのはさすがに後悔したが、正月に帰省した際、遺影の中の祖父に謝りながら線香をあげた)。

とにかく依頼された仕事はすべて受け、あらゆる時間を使って取材をし、原稿を書いた。自分の時間などどこにもなかった。一度でも断ったら次はもう仕事をもらえないという恐怖もあったし、仕事をもらえるだけ感謝しなければいけないとも思っていた。今思えば、自分をすり減らすようにして仕事をしていた気がする。

虫垂炎での入院により、心の疲労を自覚

そんな働き方を続けてきたある日のこと、胃腸に不快感をおぼえて病院へ。検査の結果、虫垂炎と診断された。

その時も「虫垂炎なんて昔からある病気だからたいしたことないだろう」と、緊急手術を勧める医者の反対を押し切り、「これから仕事があるので手術は明日にしてください」と告げて病院を出て、数時間後に予定されていた取材に行った。今考えると、なんと無茶なことをしたのだと思う。

しかし、受けた仕事を断ることが恐ろしくてできなかった。それに、何よりも仕事が好きなので、どうしても取材に行きたいという思いもあった。また、体質的に感覚鈍麻な部分があるので、虫垂炎の痛みは私にとって我慢できる程度だったのだ。

翌日、予定通り手術を受けたところ、後半日遅れていたら虫垂が破裂していたと言われ、そこで、やっと事の重大さに気づいた。

入院中は朝6時起床、21時就寝という規則正しすぎるほどのスケジュール。食事も1日3食自動的に出てくる。こんな生活退屈過ぎるし、21時に寝られるわけがない! と入院初日は思っていたが、これが不思議と寝られるのだ(術後の傷の痛みで目が覚めることはあったが)。

入院することで仕事が途切れてしまうのではという不安もあったが、術後の傷の痛みであまり体を動かせないので、強制的に体を休めることになった。きちんと寝てきちんと食べ、ひたすら安静にしていた。幸いにも、入院中に予定していた取材は1件しかなかったので、それは申し訳なく思いながらリスケ、ほとんどの原稿は締切を延ばしてもらえたので、気が向いたときに少しだけ原稿を書いた。こんなに何もせずに過ごしたのはいつぶりだろうか。

はたと気づいた。体の方は術後の傷の痛みで動けないものの、日に日に心が穏やかになっていっている。ちょっとしたことでイライラしたり、やらなければならないことが脳内でうずめくようなことが減り、気持ちに余裕を持てている。そして5日間の入院の末、無事退院。外科手術で入院したはずなのに、心まで健康になって帰ってきた。

ここまで心に負担がかかっていたとは無自覚だった。今回、虫垂炎での入院により自分の心の疲労にも気づいた。おそらくこの入院がなければ気づかずにまた、限界まで心を使い果たして壊していたかもしれない。

退院後、過密スケジュールの中、無理をして仕事を受けて倒れてしまっては元も子もないことに気づき、働き方が少し変わった。

「この日、取材を頼みたいので空いていますか?」

と編集者に持ちかけられた際、他の取材が入っていない限り、今までは即引き受けていた。しかし、その日空けていたのは原稿を書く時間を確保するための場合もある。ここで取材に行ってしまうと、その日書く予定だった原稿はいつ書くのか。睡眠時間と余暇の時間を削って書くことになる。

そこで、「空いている」の基準を見直すことにした。私の「空いている」の基準は、他の取材が入っていない・原稿を書く時間ではない・プライベートの予定が入っていない。この3つがそろっているときと決めた。そうすると、自分の心と体、そして経済的余裕を総合して仕事を引き受けられるようになった。

自分は自己肯定感の低い完璧主義

自分の中でちょっとした働き方改革を行ったが、それでも休むことに対する罪悪感を完全には消せずにいた。そこで、医療法人 幸啓会 北本心ノ診療所院長の岡本浩之先生に、どんな人が自分の限界を越えやすいのか、また、休む目安についてうかがった。

岡本先生によると、「自分は何をやってもダメな人間だ」「何の役にも立たず人に迷惑をかけてばかりだ」といった、自己評価が低く、ちょっとした自分の欠点も許せない、そのうえ過剰なまでに気遣いをする人が、無理をする傾向にあるという。

「頑張って結果を出して人に評価されることで、少し安心はできるのですが、それでも自己評価は低いままです。そこで頑張りが足りないと感じてしまい、無理を繰り返し重ねていくので、限界を越えます」

実は先日、心療内科にて受けた心理検査で私は「自己肯定感の低い完璧主義」という結果が出ていた。仕事やプライベートにおいて、人から何か褒められてもお世辞だと思ってしまうし、だからこそもっと頑張らなくてはと、体調不良であっても必ず原稿は〆切に間に合わせる。よく「本当の〆切はいつですか?」と聞くライターもいると耳にするが(編集者は〆切を数日前倒しで言うこと多い)、一度もそんなことを編集さんに尋ねたことがないばかりか、そのような発想すら浮かんだこともない。それと岡本先生の話をあわせて考えると、私はつい無理をしてしまいがちな人間ということになる。

「疲れたな」と感じたら休む

私は今回、虫垂炎で倒れるまで自分の心が疲労していることに気づかなかった。どの時点で休んでもいいのだろうか。岡本先生自身、うつ病を4回繰り返した経験を持つ。先生の経験も含めて教えてもらった。

「一番わかりやすいのは『疲れたな』と感じたら休むことです。と言っても、仕事や家事、育児などやらないといけないことがあってどうしても休めない、ということは多いです。また、無理をしているつもりはないのに、気づいたら限界を越えていたという人もいます。例えば、眠れなくなる、寝ても疲れが取れない、食事が摂れなくなるといったことが1週間以上続くようであれば、その後大きく調子を崩していく危険があるので、すぐにでも休んでいただきたいです」

そして、「自分は情けない」とマイナスな思考を持ち始めたら「人と比べるのではなく、自分比で頑張ったこと」を意識して紙に書き出して読み上げると効果的だと岡本先生。「頑張ったと思うことを書き出して声に出して読むこと」は、自分の気持ちを整理させることにも効果的なようだ。

無理をすること=美学の価値観を捨てよう

ブラック企業にありがちな理不尽な体育会系の研修や、仕事と育児を両立して、その上美貌も保っているような女性像を社会から押し付けられるなど、日本には、「無理をすること=美学」という考えが根強く残っている部分がある。そんな価値観にマジメな頑張り屋ほど苦しめられる。

我々はそろそろ、無理をすることが美学という価値観を捨てたほうがいい。

かつては無理をしてでも頑張れば、その分、昇給や昇進という形で報われた時代もあっただろう。でも、一人ひとりの仕事量が増えているのに給料は伸びないし、将来の保障もない現代、社会全体が閉塞感で覆われている。昔と同じ根性で挑むと合理的でないばかりか、心身の健康を害すことにつながる。

私自身、最近は何時間働いて1日何本の取材や原稿をこなしたのかではなく、「この日どんな仕事ができたか」を目安に働くよう心がけている。読書や映画鑑賞、人と会話することなど、インプットも要する仕事のため、それらも「仕事としてできたこと」に含めている。

身体に異常が出ていないから大丈夫だと思っていても、心が疲労しているケースは大いにありえる。今後は「疲れたら休む」、マイナス思考になり始めたら「自分比で頑張ったことを探す」といった岡本先生のアドバイスをもとに、改めて自分の身体とメンタルについて向き合いたい。そうすれば私はもっと、上に行ける可能性があるし、それが自信に繋がる。自己肯定感を上げると同時に、自己受容もできるようになりそうだ。

この記事を書いた人

姫野桂(ひめの・けい)

姫野桂(ひめの・けい)

1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。学生時代は出版社でアルバイトをするかたわら、ヴィジュアル系バンドの追っかけに明け暮れる。大学卒業後は一般企業に就職後、25歳でフリーライターに転身。週刊誌やWeb媒体を中心に執筆。専門は生きづらさ、社会問題。著書『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)が好評発売中!

Twitter: @himeno_kei