仕事のやりがいってなんだろう。

誇りを持てる幸福感、目標を達成したときの充実感、お金をたくさん稼げたときの満足感。いずれも大切な要素かもしれません。でも、その定義はあいまいです。自分にとってのやりがいはこれだ! と明言できる人は、果たしてどれほどいるのでしょうか。

でも、そもそも仕事にやりがいは必要なのでしょうか? やりがいがないからといって、その働き自体が否定されたり、価値がないものと決めつけることはできないはずです。

そんなモヤモヤとした思いを抱え、今回訪ねたのは自称“青年失業家”の田中泰延さん。かつて電通でコピーライターやCMプランナーとして活躍。2016年の末に退社し、現在はフリーランスとしてコラムの執筆等で活動しています。悩めるビジネスパーソンの視界が広がるような、とびきりウィットに富んだ田中さんのインタビューをお届けします。

自分は貧乏人、という本質に気づいてますか?

──早速ですが田中さん、仕事にやりがいが見いだせない、悩めるビジネスパーソンへのアドバイスをお願いしたいのですが。

田中泰延さん(以下、田中):そもそも仕事に自己実現を求めないほうがいいんじゃないですか。

──それはなぜでしょう?

田中:特に会社員に言えることですが、会社っていうのは誰かが野望を抱いて起業したもので、お前にも少しお金を分けてやるから俺の野望を手伝えよ、って誘われてちょこっと手伝う、ていうのが会社員の本質ですよね。みんな、そこに気付いてないから、会社に入るとしんどくなっちゃうのでは。

──確かに。

田中:ちなみに、貧乏人の定義って何だと思います?

──難しいですね……。うーん、お金を持っていない人?

田中:これは、マルクスが『資本論』という書籍で明確に定義しているのですが、端的に言うと「自分の肉体以外に生産手段を持たない人」です。

──なるほど。

田中:定義がすごく大事だと思うんです。マルクスの定義にしたがうと年俸1億のプロ野球選手も、年収1000万円の外科医も、年収100万円のアルバイトも、同じ貧乏人なわけです。貧乏人の逆は資本家ですよね。株や不動産、工場、従業員といった、自分の肉体以外の生産手段を持っている人です。

──ということは世の中のほとんどは貧乏人ということになってしまいますね。

田中:そうです。いい大学出て、いい会社に入っても、資本家じゃない人間は、結局貧乏人なんですよ。貧乏人のグラデーションの中を移動しながら生きてるんですよ。

サイキックインカム(精神的収入)、大きな会社にいるから褒められる、みたいなお金以外の要素に魅力を感じる人もいるかもしれないけれど、サイキックインカムでは牛丼も食べられないでしょ(笑)。「おれ、サイキックインカムあるから牛丼奢ったるわ!」と言われても、いや、そこは380円持ってきてくれ、と。

──……納得です。

田中:だから貧乏人が必死で頑張って、自己実現を求めると苦しくなると思うんですよ。資本家に使われる立場という本質は変わらないでしょ。だったら幻想を捨てて、いかにのんびり生きるか、と。

田中泰延

──本質、ですか。

田中:たとえば、貧乏人人生を選ぶにしても、ちょっとでもハッピーにする選択肢やチャンスを増やそうと思ったら、日本には大学受験という公平な下剋上システムがあるんですから、まず18歳の時点でそれを活用した方がいいですよね。でも、『成功するための48の法則』みたいな自己啓発本やビジネス書を読んでいる人って、僕に言わせれば「何を今さら勉強してんねん」と。

必死で頑張ったら東大行けますよね。まずそこに挑まずに、若い頃の時間をカラオケとかサークルで何となく楽しんでおきながら、社会人になって何を急に焦ってるん? っていう。嫌な上司にガミガミ怒られて、満員電車に揺られて、それがつらいって言ったって、もう遅いでしょ。

──それでも、つい自己啓発本とかに手を出してしまうのは、ちょっとでも生活を向上させたい、という思いもあるんじゃないかと。

田中:すごい不思議なのは、「年収が200万円上がったら、ほんまに生活変わる?」と。僕、会社員の頃の最後の源泉徴収額が◯◯◯◯万円(編注:具体的な額は公表しませんが、高額です)くらいだったんですけど、で、いま退職してゼロ円になったんですけど、なんら不自由ないですよ。

──電通に入ったのも、仕事内容やお給料は関係なかったのですか。

田中:うん。別にやりたいことなんてなかったしね。新卒のタイミングで、広告代理店と出版社とテレビ局を受けて、いくつか内定をもらったんですが、電通を選んだのは故郷の大阪に支社があるから、という理由だけですよ。みんな、会社入るのに給料とか気にするんですか?

──もちろん、お給料は高い方がいいですよ……ね……。

田中:でもね、月給20万円と30万円と40万円で何が違います? 手取り20万円が40万円になったらモテモテになって恋人にフェラーリとか買ってあげられます? スタートトゥデイの前澤社長みたいに剛力彩芽ちゃんと付き合える? 無理でしょ。それができないないなら、「もうええやん」と。前澤社長みたいになったらすごいけど、それ以外は僕にとって380円の牛丼か780円のハンバーグか、という程度の違いですよ。

──どこに基準を設定するか、というわけですね。

田中:僕はびっくりドンキーのガリバーバーグが食べられれば幸せなんですよ。ガリバーバーグ食べたことあります? 400gもありますから、腹いっぱいになりますよ。いや、こういうこと言うとね、「お前はびっくりドンキー食べてりゃ幸せかもしれないけど私は違うんだ、すきやばし次郎で人間国宝の鮨が食べたいんだ」という人いると思いますけど、貧乏人が時給100時間分のお金を払って30分お寿司を食べてどうするんですか。それは本当に幸せなのか、無理してないか考えないとしんどいですよ。

田中泰延
↑びっくりドンキーへの、正確にはガリバーバーグへの思いを語る田中さんの眼差しは真剣そのものだ。

──お金以外の部分でも、24年働いたわけですから、スキル向上とかそういった喜びはあるんじゃないですか。

田中:いやーないですね。もちろん技術は向上しますが、それは仕事をラクに終わらせる方法を覚えただけでしょ。さっき説明した“人に使われている状況”に変化はないですし、仕事をラクにこなす技術があったからって剛力彩芽ちゃんと付き合えないでしょ。

──ちょいちょい剛力彩芽さん出てきますね。では、「電通に入る」という進路の裏側に覚悟を決めて貧乏人をやる、という意思はあったのですか。

田中:なんも考えてなかったですね。社会人になろうと思ったのも、ある日、大学に行ったら、みんなスーツ着てネクタイしてる。「なんだお前ら? 七五三かよ」と訊いたら「田中、お前は知らないのか? 大学生は就職活動ってのをやるんだよ!」って言われて。これは流行っているのか? ブームなのか? と思って。じゃあ、「このブームに乗ったろ」と思っただけですから。

で、僕は早稲田大学だったので周りの人間に就活について聞くと、「早稲田といえば進路はマスコミでしょ」と言われるからマスコミ企業の入社試験を受けただけですもん。

──逆に資本家になろうという意思もなかったんですか。

田中:大学に入学してすぐの頃、ひょんなことから、とある企業が立ち上げた「学生だけに仕事を任せた事業部」で働くことになったんです。そこで一緒に仕事をした仲間たちがその後上場企業の創業者になる面々だったんです。DeNAの川田尚吾、ザッパラスの玉置真理、インテリジェンス(現パーソルキャリア)の高橋広敏などですね。彼らとよく「自分たちは資本主義の枠の中で生きていくしかないだろう」と語り合ったんです。そして、仲間たちは「資本主義がこの先変わることはないのであれば“伸るか反るか”の勝負だ」と考えて、上場企業を必ず作り出す、という意思を持って動き始めるわけです。でも僕は「しんどそうだなー」と。

時間が経って、仲間たちが実際に自身の会社を上場させていく姿を見ても「自分はこんなしんどいことはしたくないし、資本家になりたいわけじゃない」と思っていたので、羨ましさもないし、自分の仕事に後悔もないんですよ。いまでも彼らとしょっちゅう酒飲みます。彼らは大企業を率いる大富豪で、私は失業者。でも他人の人生と自分の人生は、関係ないじゃないですか。自分の人生を機嫌よく生きることが大切です。

1000万円分の「欲しかった物」を押し込んだ平屋をブルドーザーで潰してみた

──お給料の多寡が、働き方を選ぶ上での大事な要素になってしまうことは現実的に多いですよね。お金があれば手に入る物もありますし。

田中:物に関しては、僕、面白い話があってね。電通で20代後半になると、年収1000万円以上になるので、欲しいと思ったらなんでも買えたんです。プラモデルだの、当時流行っていたナイキのAIR MAX95だの。全種類、全色くださいと買いまくっていたら、結局、自宅に置けなくなった。当時はレンタル倉庫なんてないですから、和歌山の古い平屋を借りて、そこにぎゅうぎゅうに詰め込んでたんです。90年代の後半ですね。

──それ二度と使わないパターンのやつですよね。買い物に高揚感とかはあったのですか。

田中:もちろん買った時はありましたよ。でもね、高級なスーツとかも買うんですけど、結局1回くらいしか着ないんですよ。だから、「これ、もう要らんのとちゃう?」と。今みたいにヤフオクとかメルカリがあったら売ったのかもしれませんけど、それもなかったですから。それで、ある日倉庫の大家さんから連絡がきて、土地を整理する必要があって平屋を壊さないといけなくなったって言うんです。だから僕は「中の物も一緒に潰しちゃってください」って。で、ブルドーザーでガーッと全部壊してもらって。

──それはさすがにもったいなさ過ぎるような……。

田中:1000万円稼いでいても、いろいろ物を買ってもブルドーザーで潰されるまで、自分にとって買い物が無駄かどうかわからなかった。その時はじめて物をいくら買っても幸せにならないって気付いたんです。もしかしたら、一度やってみないと気付けないのかもしれませんね。

──後悔は一切ないんですか。

田中:こうしてネタにできるからいいんですよ。ただ、潰しているところを動画で撮っておけばよかったという後悔はありますね(笑)。今その動画をネットに上げたら100万回くらい再生されるんちゃうかな。

田中泰延
↑大量の持ち物を葬り去った話をする田中さん。なぜか異常に嬉しそう。

──では、今は物質的な欲求は削ぎ落とされた生活をしていらっしゃると。

田中:そう思うでしょ。

──え、違う?

田中:実は今レンタル倉庫を2つ借りてるんですが、中身は全部、本。本だけはね、捨てられないんですよ。

どうすれば、機嫌よく生きられるか

──本、ですか。

田中:会社員生活24年間で、6000冊ほど購入したんですけど、読んだからといって頭の中に全て入っているわけじゃないし、何かの時に必要だなって。図書館に行ってもいいですけど、自分が買った本は自分の思考に直結しているわけですから。

──田中さんにとって、本は何より役立つものだから、捨てずに保管してあるということでしょうか?

田中:いや、本を読む、何かを学ぶということに、根本的な大きな誤解があると思いますよ。今、多くの人は「学び」とプラグマティズム、つまり功利主義を結びつけて考えてしまっていると思うんです。たとえば、「Aを学べば、Bという知識が手に入る。そうすると年収が200万円アップする」と。これは違う。本来、勉強すること自体はスーパー無駄だけど、スーパー楽しくて機嫌がよくなることなんだ、ってことを知ったほうがいいですよ。古文を一生懸命勉強しても、係長補佐は係長にはなれないし、課長心得から「心得」が取れて課長になれる、なんてこともないんですよ。よく考えると、そもそも「心得」って何?

──いや、「心得」じゃなくて「機嫌よく生きる」というお話しを聞かせてください。会社員が機嫌よく生きる、というのは実は難しいことなんじゃないでしょうか。

田中:僕は、小さい頃から「気楽に生きよう」という方針だけあって、とにかく不機嫌になるものを避けてきたわけです。会社に近いところに家を借りて、満員電車で通勤という「不機嫌」を避ける、みたいに打てる手は打つわけですけど、生きていると避けがたい「不機嫌」もあるじゃないですか。全力で仕事してもクライアントにダメ出しされてやり直し、とか、感じの悪い人と接さなきゃいけないとかね。不機嫌な出来事が積もり積もって身体をこわして、電通時代に4回も入院してますからね。

──であれば、24年も勤められたのはなぜなんですか。

田中:それは他にやりたいことなんてなかったからですよ。仮に転職したって、貧乏人であることは変わらないし、さっきも言ったように起業して資本家になる、という生き方にも、とっくの昔に「いち抜けた」してるわけですから。だったら、明日も会社に行こうかな、というだけの話です。

あのね、これだけははっきり言っておきたいんですけど、僕は「こうなりたい、ああなりたい」という願望を持ったことなんて、過去も、現在も一度もないんですよ。

田中泰延
↑「やりたいこと、あったら言いたいわ。で、誰か出資して」と力強い田中さん。

──そうすると、今度は「じゃあなんで辞めたの?」と聞きたくなるのですが……。

田中:辞めてもどうにでもなるでしょ。子どもの頃父親に言われたんです。「商店街には花屋も肉屋も八百屋もあるやろ。みんな仕事はバラバラや。何をしたって食っていけるんや」と。だから、今いる会社を辞めてもどうにでもなると思っているんですけど、なぜか多くの人はそうは考えない。

──頭ではわかっていても、立ち行かなくなって生活保護を受けるのが恥ずかしい、とかもあるかもしれませんね。

田中:受けたいわー生活保護。

田中泰延がご機嫌な理由

──電通退職後は、「青年失業家」であり、物書きのお仕事がメインですよね。

田中:仕事といっても物書きとしては2017年はほとんど手間賃くらいのギャラで書いていたからお金になっていないですけどね。失業保険もあったし。今、出版社を立ち上げようと画策しているんですけど、それも会社を作りたいから作るわけではなくて、成り行き(笑)。友人たちと同人誌を出すという計画を持ちかけられて、引っ込みがつかなくなってしまっただけなんです。

ただ、好きなことを書くわけですから、電通でやっていたような「対価をもらって書く」ということからは解放される。24年間コピーライターやってましたけどね、好きなことなんて1行も書けないですから。どこかの会社のジュースの宣伝頼まれて、「このジュースまずいなぁ」と思っても、「クセになるかもしれない味」とか「いつかわかる味」って書かないといけないのでね。こういう仕事はもうやらなくていいかな。

──好きなことをやるのが重要なんだと。

田中:ほんとはポッキーとか食べて寝ているのが好きですけどね。頼まれて書いている『街角のクリエイティブ』の映画評も、映画を観て、その作品が好きになったら書きますよ。作品が好きならば、書くことは自分が「好きなこと」ですから。

田中泰延
↑Tシャツも抜かりなくポッキーである。田中さんのポッキー愛に隙など微塵もない。

──好きなことをやる日を増やしていく、というのが機嫌がいい人生につながっていくわけですね。

田中:そう。ライター講座なんかでいやいや講義をすることもありまして。ほら、僕って無口だからそういう仕事には向いてないんですけど。

──…………。

田中:講義で言うんですけど、今どき書くってほとんど儲からないから、仕事というより生き方だと思うんですよ。暗い部屋で一人でカタカタとキーボード叩いて、ああでもないこうでもないを繰り返す。朝になって、なんとか原稿を納めて、また次の原稿をやる、と。で、大事なのは書くために調べること。とにかく調べる。一次資料にあたる。例えばこの数ヵ月、僕が部屋にこもって、嬉々として何を調べて書いているかといったら、奈良新聞デジタルに寄稿した『街頭をゆく 田中泰延 橿原市紀行』ですよ。奈良県の橿原(かしはら)市という地域を巡って、その土地にまつわる歴史や史料をじっくり紹介する企画です。

──なぜ、このお仕事に取り組むことが「機嫌がいい」なんですか。

田中:おそらく、「オレの生き方論・仕事論」みたいな原稿のほうが多くの人に読まれると思っていますよ(笑)。でも、僕が感じる豊かさや楽しさや「機嫌のよさ」というのは、『街頭をゆく』を書いた時に感じたような、橿原の史実を調べて調べて、歴史資料をひもといて「へー、そうなんや!」と思うことなんですよ。

田中泰延
↑「剛力彩芽ちゃんと付き合える」という事実に田中さんは羨望を隠さない。

──調べてわかる、というワクワク感が魅力ということでしょうか。

田中:わかる、学ぶということ以上の幸せなんてないと思うんですよ。知性や教養が人の人生を面白くしてくれるし、自分の思い込みから解放してくれる。

あくまで僕の意見ですけど、大事なのは「何を面白いと感じるか」です。年収を200万円上げることに必死になっているうちは、本当に面白く機嫌よく過ごすことはできないんじゃないですか。

僕は仕事のやりがいをなんでもかんでも否定するわけじゃないんです。仕事のやりがいって感謝されるってことじゃないですか。いつもそう考えていれば、自分に対して仕事をしてくれた誰かに感謝する気持ちが持てますよね。そして自分も感謝されようと思うはず。仕事の能力に比例して感謝される度合いも大きくなるでしょう。

やりがいを「年収200万円アップ」のためでなく、「感謝される」ってことにシフトしてみると、不機嫌にならずにすむかもしれませんね。

──なるほど。ありがとうございました。

田中:剛力彩芽ちゃんのためでもいいけどね。あ、松岡茉優ちゃんだったらもっといい。

──ありがとうございましたっっ!

田中泰延(たなか・ひろのぶ)

新卒で電通に入社後、コピーライター、CMプランナーとして数多くのクリエイティブを手掛ける。2016年に同社を退職後は“青年失業家”として、「街角のクリエイティブ」「ほぼ日刊イトイ新聞」「奈良新聞デジタル」など、数多くの媒体に寄稿活動を行っている。1969年生まれ。

Twitter:@hironobutnk

取材・文/末吉陽子(やじろべえ)