有料会員ビジネスという信者商売

この世界には「信者ビジネス」といわれるものがある。宗教界で教団の勢力を拡大するときに使われた方法がヒントになっているようにみえる。信者(受け手)は、教祖(送り手)から自分だけが特別な啓示(情報)をもらったかのように思う。そして、期待する。そのうち抜けられなくなる。特定のものを言葉巧みに買わせるセミナーにも、この方法が使われる。

ネット上を見ていると、この「信者ビジネス」のようなにおいのするものがある。その一例が、有料会員制ビジネスというものだ。オンラインサロン、有料メルマガなどがそうだ。著名人が運営し、彼らと交流することができたり、ここだけのコンテンツを楽しむことができるというものである。

これらのビジネスに関わっている著名人のSNSでの煽りを見ると、まるで信者ビジネスのにおいがするのだ。会費という名のお布施を払い、教祖様のここだけの話を聴き、その面白さをTwitterなどで発信。それを「教祖様」がRTする様子はまるで信者ビジネスそのものだ。教祖様や信者が「世の中変える」など意識高い系な発言を繰り返しているならなおさらだ。

そう、宗教もまた、世の中を変えようとする運動体である。オウム真理教は最終的に、テロによる革命を企てたが、その前は選挙に出馬し、世の中を変えようとした。個々人も修行に明け暮れた。有料会員制ビジネスに登録し、自分磨きをする人々の光景にもかぶる。

新しいかたちの新興宗教団体のようにも見える有料会員制ビジネスであるが、以前、これらのビジネスに関わっていた者として、その舞台裏を紹介する。

皆さんがファンとして参加しているこのビジネス、いかにも儲かりそうで、将来は自分もやってみようなどと考える意識の高い人たちもいることだろう。しかし、その向こうで当事者たちは疲弊しているし、本当に会員のことを思って作られているのかを考えると甚だ疑問だと言わざるをえない。

私が有料メルマガを出していた頃

地獄の日々だった。何の話かというと、私が有料の会員制メルマガをやっていた頃の話である。思い出したくもないほど、過酷な日々だった。

2010年代前半に有料メルマガブームというものがあった。文字通り、経営者、ジャーナリスト、コンサルタント、著者、スポーツ選手など、著名人や専門家などが、有料のメールマガジンを発行するというものだ。マスメディアには載らない、ここだけの話を掲載するというものだ。堀江貴文氏、津田大介氏など著名人の有料メルマガが話題となっていた。

私もあるメルマガ配信会社からお声がけいただいた。その時は舞い上がってしまった。当時の私レベルの著者でも、有料メルマガを出すことができるのか、と。半信半疑のまま話が進み。リベニューシェア(利益の分配)の話も聞き、購読者数が増えるとこれだけでサラリーマンの手取りくらい稼げるという試算もあり。「やりましょう」という話になった。

しかし、この後は毎日が「怒りのデスロード」だった。おかげさまで当時、月に20本くらいの連載を持っていたうえ、本もたくさん出していた。個人の趣味として、毎日のようにブログも更新していた。これ以上、何を書けるのかという状態だった。要するにキャパオーバーだったのだ。書きすぎである。そもそもの連載ですら回らなくなってきた。

有料メルマガを購読したい人は、私の熱狂的なファン、のはずだ。ネット上で発表する私の記事は一通り読んでいる上、本も毎回、買ってくれる方々だ。気合いを入れて書かなくてはと思い、机に向かうのだが、言葉が出てこない。時間がかかる上に、面白い原稿が書けず、ストレスがたまる。

そんな原稿の空気が伝わったのか、会員数も伸び悩んだ。全盛期でも50人くらいだったと記憶している。私に入る収入は月1万円程度だった。月に2回、8,000字ずつ書くのは地獄だった。

もちろん、著名人の場合で言うならば、自分のプライベートをチラ見せするなどという手もあるが、私のそんな話を聞いても、喜ぶ人もおらず。

当時、有料メルマガで成功している人(いや、「成功した」ことになっている人もいると思うのだが)たちは、Twitterで関連するつぶやきを探し出し、リツイートするという手法で会員を増やそうとしていたが、私はそもそも読者数が少ないので、そんなつぶやきも少なかった。

有料メルマガを続けていた日々は本当に地獄だった。撤退を決断した際の解放感が忘れられない。負荷がかかるわりに儲からず、しかもそこでの停滞が、他の仕事にも影響を与えていた。

これが私の有料メルマガ暗黒時代だった。思い出すだけで辛くなった。

背景にはメディアビジネスの構造変化がある

もっとも、この有料メルマガで疲弊していたのは私だけではなかった。友人・知人の著者たちも参入し、ここだけの話を披露したり、ときにはプライベートを切り売りしたりしていたが、会員数が伸びなかったり、自分の収入のなかで優先順位をつけ、撤退していったりした。「毎回○万字」という量を売りにしていた人も数名いたが、コンテンツを生み出すのも、読むのも大変だろうなという視点で見ていた。

そういえば、都知事選立候補などで話題を集めた起業家、家入一真氏のメルマガなどはずっと遅配になったりした。はっきり言って、契約不履行だと思うのだが、中にはその自由奔放さに「さすが家入さん!」と絶賛する人もいた。なんというか、これ自体にこのビジネスの破綻をみたような気がした。

ネットでは何度も有料会員制ビジネスが立ち上がっては消えていく。有料メルマガの他にもサロン的ビジネスに誘われたことがあった。「これからは個人がブランド化する時代だ」「里山的コンテンツの時代がくる」という煽りなどもあった。この手のサービスが立ち上がるたびにお陰様でお声がけをいただいただくのだが、いつも冷めていく自分がいる。

もっとも、この手のサービスが立ち上がってしまう背景にも注目しなくてはならない。それは、出版というか、メディアビジネスの構造変化である。基本的に出版社はずっと苦戦が続いている。いまだに書籍のベストセラーは生まれてはいるものの、基本的には苦戦続きだ。書店だって減っている。著者は新たな食い扶持を探さなくてはならない。一方で、現状のネットニュースなどは原稿料も十分ではない。そんな中で、有力な著者は有料会員ビジネスに活路を見出すし、ネット企業もここをビジネスチャンスだと見る。

この手のサービスは凄まじい勢いで形を変えたり、撤退したりする。5年前に大手IT企業から、当時同社が立ち上げていたオンラインサロンビジネスプラットフォームに参加しないかと言われたときもそうだった。打ち合わせの場所に行くと、「実は今日のアポの意味がなくなってしまった」と打ち明けられた。その日の打ち合わせで、ビジネスの方向性転換が決められたと告げられた。気づけば、そのサービスは撤退になっていた。いや、見るからにその企業も私も儲からなそうなビジネスだったので、お互いによかったのだが。

いつも著者にはこのような「儲け話」のようなものが来て、消えていく。出るのはため息ばかりだ。

有料会員制ビジネスの希望と限界点

有料会員制ビジネスは希望だった。言うまでもなく、個人がメディア化、セミナー運営会社化し、稼ぐことができる。参加者も、一般のメディアやイベントでは接することのできないコンテンツを体験できる。

しかし、それほど儲けることのできる人は限られている。ある程度の知名度、専門性がなくてはならない。コンテンツの生産能力も求められる。だんだん疲弊する。

知名度や専門性があるがゆえにビジネス化するのだが、会員制と両立するがゆえに、その露出にもブレーキがかかる。また、会員の中と外の間で温度差ができてしまう。

私は、超有名人ではないが、いつも仕事の依頼があり、それに応えるだけで十二分に食えている。逆にここで有料会員制ビジネスに手を出すと、自分がクローズドな存在になってしまう。なんせ、そこまでする余力がない。この手のビジネスは自分のあり方を問うものである。もちろん、そこが居場所として気持ちが良いならそれもありだが。有料会員ビジネスはクローズドな場であるがゆえに炎上しにくいというメリットはたしかにあるし、それは理解できる。

この手のビジネスの向こうで運営者は疲弊している。会員の維持、拡大に消耗している。コンテンツを生み続けること、会員とうまく付き合うことについて試行錯誤を続けている。うまくいっている風を装い続けなくてはならない。中には本当にうまくいっている例もあるのだが。

ここまで読んで、運営している人や、会員の方は傷ついたかもしれない。しかし、舞台裏を知っているからこそ言えるのだ。 

送り手側が苦しい胸のうちを明かすことはめったにないのではないかと思う。今回私はあえてそれをした。私が自分でしたことであるので、私も被害者であるとは言わない。ただ知ってほしかったのは、送り手側の風景は(少なくとも私の周りにあった風景は)およそ荒涼としたものだったということだ。

人の注目を集めるために何か新しいことをやろうとしている様子は、美しいようで痛々しい。うまくいっている風を装うのは、あたかも一度でも転職した人が、転職先でうまくいっている風、キャリアを自ら切り開いている風を装い続けなければならない様子とも重なる。ますます痛々しい。

ファンとして入っている人はどうぞ楽しめばいい。ただ、このような舞台裏を知っていると、「うわ、まだやっているんだ」と面白がる対象として、たまらないものになる。この手のビジネスで成功しているもの、会員の満足度が高いものはたしかにある。ただ、準トップクラスやそれ以下の人たちは、途端に厳しくなる。

有料会員制ビジネスに何を期待するのだろうか、皆さんは。情報を得たいなら、その分のお金を本やセミナー参加費に使うのだってありだ。そこにあるのは、ここだけの話という名のもとの、やっとこねくりだした出がらしのような話と、著名人とコミュニケーションできるという自己満足感だけなのだ。もちろん、会員を十分に集め、ちゃんと続けている人はえらいなと思うのだが。そのバランスが崩れた瞬間、この手のものは破綻する。一度、冷静にこれらのビジネスの光と影について考えていただければと思う。

この記事を書いた人

常見陽平(つねみ・ようへい)

常見陽平(つねみ・ようへい)

千葉商科大学国際教養学部専任講師/働き方評論家/いしかわUIターン応援団長。
北海道札幌市出身。
一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)

リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。『社畜上等!』(晶文社)『「働き方改革」の不都合な真実』(おおたとしまさ氏との共著 イースト・プレス)『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞社)など著書多数。

公式サイト:陽平ドットコム~試みの水平線~

Twitter:@yoheitsunemi