会社員なら、誰でも一度はぶつかる壁があるのではないだろうか。

「こんなに働いているのに、何で給料が安いんだ。何で自分の能力を活かしてくれないんだ。そして思いつめたあげく、自分は、ここにいる人間ではないのかもしれない」と。

そんな悩みが出るのは、社員が悪いのではなく、会社の組織に問題があるのではないだろうか? そう考え、「誰もが幸せになる組織を作りたい!」と、仲間とともに会社を立ち上げて発展させている人がいる。武井浩三さんだ。

「上司も部下もなし」「給料は話し合いで決める」。さらには「社長も投票で決める」というから驚きだが、その日本で初めてのユニークな組織の発想はどこからきたのだろうか?

会社に関わるすべての人たちが幸せになる、新経営スタイル「ホラクラシー経営」とは?

武井さんにお話を聞いてきた。

人生初の起業をしたものの、1年で潰す

武井浩三
武井浩三(たけい・こうぞう)。代表取締役社長を務めるダイヤモンドメディアは、「管理しない」マネジメントを用いた日本初のホラクラシー企業として注目を集めている。

社員の幸せと働きがい、社会への貢献を大切にしている会社に贈られる「ホワイト企業大賞」。その第3回大賞(2017年)を受賞したのは、ITサービスで不動産管理・仲介会社を支援して成長し続けているダイヤモンドメディアだ。

ダイヤモンドメディアは、ホラクラシー企業(※1)として、話題になっている企業だが、その原点はどこにあるのだろうか。

(※1)ホラクラシーとは、一般的には、組織内に上下関係がなく、透明性を重視し、メンバーの主体性に基づいて役割と権限を柔軟に調整しながら自立的に動いていく組織。

武井さんが、ビジネスを始めるきっかけは、大学時のアメリカ留学に遡る。

「アメリカ留学中、今まで持っていた仕事へのイメージが変わったんです。当初持っていた『スーツを着て、名刺を持ってやるもの』というイメージから、『自分の好きなことや得意なことを、人の代わりにやってあげる』というイメージに…。そのとき、あ、それなら僕にもできるかもしれない、と思ったんです。とても新鮮な気持ちでした」 

留学前は、サラリーマンを見て「こんなダサい奴らにはならないぞ」と思っていた。

アメリカの大学では音楽を学び、プロを目指していたが、起業している友人を見て(音楽以外の)仕事をするのも、かっこいいかもしれないなと考えるようになった。

「22才で帰国して人生初の起業をしました。でも、これが思いっきりの大失敗でした。1年かけてやったことといえば、せっかく作った会社をものの見事に潰したことだけでした。自分はやればできるんだ、という根拠のない自信がガラガラと崩れていきました」

帰国していきなりの大失敗。留学中に打ち込んだ音楽の道も、CDは出したものの、本音のところではあきらめかけていた。その時の追いつめられた気持ちは、今でも鮮明に覚えている。

「眠れない。どうしたらいいかわからない。キャッシュフローが回らず借金もある。人間不信にもなりかけました。高校の友人2人とファッション関係のメディア事業を始めたのですが、彼らの人生も壊してしまった。一人は大学を中退し、一人は大手企業を辞めて手伝ってくれたのに。会社を清算したとき、僕はいったい何をしたかったんだ、という悔しさでいっぱいでした」

父の言葉で、仕事をすることの本質を考えた

すべてを失った彼にアドバイスを与えてくれたのは、父親だった。

「世界に自分の価値を残したい」といきがった末に挫折した息子に、父はこんなことを言った。

「個人的な目標やエゴはどうでもいい。世の中にとって価値があることが本当の仕事につながるんだ」

たたみかけるように、こうも言った。

「たとえ売り上げが立っていなくても、顧客がいて仲間がいれば、そこには社会的な『責任』が生じている。その責任はおまえの命より重いんだ」

父の忠告で目が覚めた。保身ばかりを考えていた自分には、衝撃な言葉だった。しかし、この言葉から「仕事をするとはどういうことか」について学んだ。

「ここから、今の会社の組織、仕事のあり方にすべてがつながっていくんです。関わる人のすべて―、社員、取引先、事業パートナー、地域社会、国、もっと言えば自然環境も。すべてに対して貢献できる会社にするにはどうしたらいいか。大きな声で言うのは恥ずかしい気もしますが、そのことを純粋な気持ちで本気で追及したいと思って作ったのが、今のダイヤモンドメディアなんです」

みんなで話し合って行きついた、組織の形

武井浩三

こうして、2007年、のちにホラクラシー組織の代表といわれるようになり、サムスンほか世界各国の企業が見学に来るというダイヤモンドメディアは動き出したのである。

会社を潰した経験は反面教師として役に立った。こういうのはいけないな、こうしたほうがいいなと考え抜いて、たどりついたのは、世界のどこにもない組織の形だった。考えの基本にあったのは、「仕事と給料は直結しないといけないのだろうか」という疑問だという。

「僕らの会社は、今や会社の組織のありようでとても有名になりました。設立から数年間、僕は個人的に組織作りに没頭してきました。本業のWebマーケティング支援業務以上だったかもしれません。『みんなが幸せになれるいい会社って何だろう』といつも考え、みんなに提案し、議論しました」

夢中になって話し合い、ビジネス書も読みあさって、行きついた結論は「はたしてこれが会社と呼べるだろうか」とも思える前代未聞の組織だった。

「突拍子もなく思うかもしれませんが、僕たちはこれでいこう、と決意したんです」。

  • 給料はみんなで話し合って決める
  • 働く時間、場所、休みは自由
  • 財務情報を含むすべての情報をオープンにする
  • 肩書も役職もなし

そして、

  • 社長も投票をした上でみんなで話し合って決める

仕事と給料はつながらない

武井浩三

不可能にも思えるこんなことが、なぜ実現できたのだろう。SNSなどで、社員間の意思疎通が飛躍的に向上したこともあっただろう。でも、「決してそれだけではない」と武井さんは言う。

「そこには、理想の会社を作ってみたいという僕たちの思いが強くあったんです。僕たちの会社では社員、バイト、業務委託を問わず、すべての人の給与と報酬が誰でも一覧で見られます。そして、給与は半年に一回のミーティングで決め、職務給とか職能給とかはありません。業績連動給もインセンティブもない。そもそも、仕事と給料はつながっていないんです」

仕事にお金を結びつけると、みんな仕事をお金として見てしまう。するとお金がついていない仕事はしなくなり、みんな自分の部署の仕事しかしなくなる。組織にとって何が一番大切で、自分は今、何をすべきかを考えなくなってしまう、という。

「具体的には、ミーティングの場で、その人の取り組みや業務範囲、市場価値などを考えて調整していきます。会社での業務が、市場ではこれくらいの価値があり、同じくらいの能力の人を採用するとしたらこれくらい難易度が高い、というような感じでみんなお互いの給料をみています。あとは全員の給料を見渡しながら、『こことここは差をつけよう』と、整えていくわけです。そのとき、加味してはいけないものがあります。個人の希望と、労働時間、そして一定期間の成果。成果と給与を連動させていないのだから、当たり前といえば当たり前なんですが」

仕事と給料がつながっていないという考え方には驚かされたが、他にも驚くことがたくさんある。その一つが、「社長選挙」だ。

「ホラクラシー組織は究極のフラットと言われますが、実際にうちの会社も上司と部下という肩書がまったくありません。僕たちは、本質的に代表とか役員とか肩書を必要としてないんです。でも、法律上、どうしても一人、取締役を決めなくてはいけなくて」

法律なのではしかたがない。固定化しないように任期を一年間にして、毎年決め直すことにした。そして、どうせやるなら楽しもうということになった。

「AKBの総選挙ならぬ社長選挙です。社外の人にも投票できるし、誰に投票してもいい。ただ、投票だけでは決めません。最終的には、投票結果を元にした話し合いで決めるんです。投票が「メンバーのことを全員で考えるきっかけ」になればいいと思っています。だから、次の選挙で僕が社長じゃなくなってもいいと思っているんです」 

ユニークな取り組みが多いが、失敗した取り組みなどはなかったのだろうか?

「失敗というより、やめてしまった取り組みはけっこうあります。たとえば、給料の自己申告制。これをやると、プレゼンがうまい人の給料があがってしまい社内の給料相場が乱れるのでやめました。また、360度評価を毎週やる試みは大失敗しました。明らかに人間関係が悪くなり、他人に評価されるということはとてもストレスフルなので、廃止しました。だから、僕たちに人を評価するというシステムはないんです。この他にもいろいろありますが、今の組織になるために、こういう試行錯誤を繰り返してきたんです」

「自分に合った会社をみつける」。Tonashibaという新しい試み

武井浩三

そして、ダイヤモンドメディアは今年に入って、新しい事業を始めた。武井さんが10年かけて温めてきたプラン、「Tonashiba(トナシバ)」という人材サービス業だ。

「これは簡単にいえば『社員シェアリング』です。命名は、『隣の芝生は青く見える』ということわざから来ているのですが、「青く見えるならとりあえず行ってみればいいじゃん?』と」

もともと、自社の事業やフェーズの変化によってリソースを持て余したり、本人が希望する仕事ができなくなってきたりしたメンバーを、知り合いの会社にお試し転職させてもらい、相性がよければそのまま採用してもらう、合わなければ戻ってきて、また別の会社にお試し転職するということを何度もやっていた。

メンバーのスキルと仕事内容が噛み合わなくなることは当たり前に起こり得ます。ただそれはあくまでもミスマッチであって、個人の責任ではないんです。だから、合わなくなったら、合う会社に転職したほうがいい」

個人の責任ではなく、あくまでもミスマッチ。この考え方を、周囲の経営者や人事担当者数名に話したところ、かなりよい反応を得られた。想像以上に世の中に必要とされていると感じプラットフォームを立ち上げた。

「まず、他社の会議に参加してみる。次の段階では週1、2日その会社の仕事をしてみる。そして、受け入れ先と本人が希望すればそのまま転職もできてしまうんです」

企業間同士の壁をなくして、自分の持つポテンシャルを最大限に活用しながら自由に仕事ができる世の中、それが「Tonashiba」の世界観だ。武井さんは、このプラットフォームをもっと広げていきたいという。

「人材・採用・研修といった人事機能をシェアして各社の負担を軽くすることになります。

こんな新しい試みは、自由な空気の流れる僕たちの会社だから生まれたと思っています」

最後に、ダイヤモンドメディアはなぜここまで注目されているのか聞いてみたところ、武井さんは真剣なまなざしで答えてくれた。

「みんなが幸せになる組織なんて幻想だ、という人もいます。でも、仕事って結局、何だろう? と、とことん考え、調べ上げ、実践してきたことの積み重ねが共感されて、今のダイモンドメディアの評価につながっていると確信しています。ここまで試行錯誤の連続でした。これからも、いろいろな新しい取り組みの答え合わせを続けていくことになるでしょう」

武井浩三(たけい・こうぞう)

ダイヤモンドメディア株式会社代表取締役。会社設立時より経営の透明性をシステム化。同社の「給与・経費・財務諸表をすべて公開」「役職・肩書を廃止」「働く時間・場所・休みはみんなで決める」「起業・副業を推奨」「社長・役員は選挙と話し合いで決める」といった独自の企業文化は、「管理しない」マネジメントを用いた日本初のホラクラシー企業として注目を集める。現在、不動産テック・フィンテック領域におけるITサービスを中心に展開し、ホラクラシー経営の実践者としてさまざまな活動を行う。同社は、第3回ホワイト企業大賞受賞(2017年)。初の著書『社長も投票で決める会社をやってみた。』(WAVE出版)が好評発売中!

Twitter:@kozotakei

<取材・文/竜野つとむ 撮影/ケニア・ドイ>