会社員として働きながら、ライター・編集者としても活躍しているひらりささん。とにかく浪費しているというひらりささんに、忙しさを乗り切り、楽しく働き続けるための「浪費」との向き合い方をつづっていただきました。

約120万円のカード支払いが無事に引き落とされた

ヒグチユウコさんの食器や北欧ファブリック
最近ハマりだしたヒグチユウコさんの食器や北欧ファブリックも支出に影響を……。

2018年9月4日。

銀行口座から、約120万円分のカード支払いが無事引き落とされた。

29歳独身の自分にとっては、1カ月に引き落とされる金額として人生最大で、さすがに緊張していた。マンツーマン英会話半年プラン(34万円)、全身脱毛永久保証パック(28万円)の支払い、夏休みに飛びたったウラジオストクのホテル代2人分(3万8,000円)、上半期にハマっていた「アンナチュラル」のBD BOX(2万5,000円)、そして海外出張の立替え……などなどがかさなった結果だ。

一つひとつの金額には身に覚えがあるのだけど、やはり「1,199,672円」という数字が「お支払い予定額」にどっかり居座っていると、非常に落ち着かないものである。

だからこそ実際に引き落とし日を迎えた時の爽快感は、大きなものだった。もしかしたら、達成感と言ってもいいのかもしれない。お金を使って、きちんと決済ができたということは、自分の欲望をカバーするだけのお金をきちんと自分で稼げているということだから。

お金で何かを得る瞬間も気持ちいいが、何かを得たい時に十分にお金がある、という実感をかみしめることにも、すさまじい自己肯定感があるのだ。

経済的な不安につきまとわれた10代

『浪費図鑑』なんて本を出すほど、オタク趣味に、自分磨きに……とせっせと金を使っているアラサーOLの私だが、「満足に浪費してます」と言えるようになったのは、20代後半になってからだ。

お小遣いは中学で月1,000円だったし、高校までバイトは禁止されていた。母親が堅実だったので、お年玉も全部貯金にまわすことになっていた。自分の意思で使えるお金は限られていて、「花とゆめ」と「LaLa」を買ったらほとんどお金がなくなってしまう。他に読みたい本があれば、図書館で借りていた。

京極夏彦の探偵小説「京極堂シリーズ」(分厚くて一冊が高い)に急激にハマって図書館に借りに行く暇すら惜しかった時は、手元にあったSound HorizonのCDを友人に2,000円で売っぱらって、続刊を買った(なお余談だが、そのCDはその後のSound Horizonのデビュー&メジャー人気により、10万円にまで値上がっていたことが、今でも悔しい思い出である)。

さらに、小学校高学年の段階で両親の関係が悪化し、中学3年生の頃には、母、私、弟が家を出て、別居へと至る事態になった。中高の学費は父親が払ってくれていたが、いつ途切れるともわからない。塾や予備校は必死に勉強して無料特待をゲットし、大学は「一番家から近くて安い国立」を選んだ。祖父母の家に居候できたし、母も奇跡的に正社員での就職が決まって収入が安定したので、「今日からモヤシしか食べられません」というような貧乏は経験せずにすんだ。

でも、10代の時は「もしかしたら明日急に学費が出なくなって、今後学校に行けなくなるかもしれない」という具体的な不安が、真綿のようにわたしの心をずっと締めつけていたのだ。

初年度年収1000万円の夢をあきらめてベンチャーへ

そんな思春期を送り、「資格を取って、ブランクがあっても女性であっても高給を維持できる、安定した仕事につこう」と思って法学部に入ったはずなのに……。人生はままならないものだ。法律に向き合うことに限界を感じた私は初年度年収1000万円の夢をあきらめて、創立したてのベンチャーに入ってまだ立ち上がってすらいないウェブメディアの編集者になるという超不安定コースへと舵を切った。

仕事内容も楽しかったから、進路を変えたこと自体はまったく後悔していていない。しかし遅くまで働いても残業代は出ないし(裁量労働制の罠である)、福利厚生もボーナスもないし、なんと半年経ったところで「思ったより使えない」という理由で減給を受けたこともあった(月給マイナス5万円って、大きいですよね?!)。

(編集部註)裁量労働制であっても深夜勤務や法定休日の勤務については残業代が発生します。また減給については会社が一方的に行うことはできません。そのようなことがあった場合には専門機関などにご相談ください。

新卒として少なすぎるということもないが、仮に都内一人暮らしをしようと思ったら、オタク趣味への散財はあきらめなければならない金額感だった。そもそも毎日怒られていたから、いつ解雇されるかもわからなかった。実家に居座り続けて家賃を浮かせ、オタク趣味以外の出費を絞ることで、日々をしのいでいた。

ピンチには陥らなかったものの、チケットを買う時、飲み会に行く時、地方のイベントに遠征に行く時……何かにお金を使う時にはいつも、ほのかな罪悪感があった。「このままだと、ある日突然、今の生活が続けられなくなるんじゃないか」という、得も言われぬ不安。毎月の給与明細、税金の控除額をながめては、なにかの拍子に総額が一桁増えたりしないものかしらと考えていた。

転職して一人暮らしに踏み切って感じたこと

漠然としたプレッシャーから自由になれたきっかけは、やはり、転職して給料が増えたからだ。年収1000万円には残念ながら及ばないが、「今の市場では、自分にはこういう値がつくのか」ということを確認できてよかった。実家を出て一人暮らしをするだけの余裕ができ、オタク趣味以外の自分磨き(全身脱毛やら英会話やら)にお金を使える余剰が生まれた。さらには、都民共済や確定拠出年金など、将来の蓄えを作るためにお金をやりくりする余力ができた。

しかし、金額が上がったことそれ自体よりも大きかったのは、一人暮らしに踏み切って、本当の意味で「自分のお金を自分のためだけに使える/使わなければならない」ようになったことだと思う。

というのも、実家で暮らしていた頃は、同居中の母親から「そんなふうにお金使っていいの?」「家賃が浮いたからって無駄にお金使うのをやめなさい」などとたびたび言われていて、今思えば、それが心の重石になっていたからだ。倹約をしながら子ども二人をなんとか大学卒業まで養った人間の言うことなので、完全に妥当である。

母はあくまでぼやき程度だったと思うが、彼女の日々の言葉は、私の心にモヤモヤとして沈殿し続けていた。自分では納得して払ったはずのお金の使いみちが、なんとなく後ろめたいものに思えたこともあった。

親の監督下にあった頃には、いくら自分でお金を稼いで自分を養った気になっていても、結局最終的なところでは「お金」と向き合えてなかったというのもあるんだろうな、と思う。仮に貯金がゼロになっても、急に収入がゼロになっても、家はあるし母親もいる。本当の意味では困ることはなかった。だから不安は具体化せず、「得も言われぬ」ままですんでいたのである。

お金を投じて自分をカスタマイズするのは楽しい

「だから私はメイクする」の表紙写真
編著書のカバーチェック。金ピカすぎたので調整した。

今は毎月、家賃と、インターネット代と、電気代と、ガス代と、Netflixと、フィットネスジムの引き落としが必ず自分の口座へやってくる。明細を確認して、実際にその額どおりに引き落とされているかを確認するし、そのために口座残高も十分に残しておかなければならない。手元に現金がないまま土日を迎えてしまったからといって気軽に貸してくれる人はいないから、常に財布の中身にも気を配っておく必要がある。

スーパーで葉もの野菜の高さに驚いてしりごみしたり、個人で支払わないといけない住民税の金額が予想の3倍で絶望したりする時もあるけれど、そのぶん生活にかかる物事の単価や日々の出費感が見えてきて、貯金や節約がしやすくなったと思う。電力自由化以降ちらほら投函されるようになった「ガス代と電気代を一緒にしたほうがお得!」というチラシの信憑性にいまだ納得できておらず、まだ東京電力と東京ガス双方にお世話になったままですが……。あ、定額課金コンテンツの支払い見直しをしそびれていたことに、今気づいた。あとでやらないと。

そうやって、自分の生活のベースを支える支払いの保守・運用作業をすべて自分で行わねばならなくなったからこそ、そうでない支払い―—浪費についても、より確信と決断を持って向かえるようになった気がしている。実家にいる頃はオタク趣味一辺倒にふれていたのに対し、インテリアや、コスメ・ファッション、学習など、お金をかけたいものの範囲が「推しへの浪費」から「自分自身へのダイレクトな浪費」にシフトしていっているのも、保守・運用を通じて、自分に向き合う機会が増えたからだと思う。お金を投じて自分をカスタマイズしていくのがなかなか楽しいということに気づいたのだ。

何かを得たい時に十分にお金がある、という満足感は、自分は自分が何を欲しいかどうかをきちんとわかっているのだという自信と、自分がその欲望を満たした後も健やかに暮らしていける程度に自分の人生のバランスをとることができているのだという安心にこそ、裏打ちされているのだ。

実は、貯金も浪費も同じくらい好きである

バランス、という言葉を使ったが、実は私、貯金も浪費も同じくらい好きである。どちらかだけしているよりも、どっちも同じくらいしているのが、一番良いなと思っている。

まず、現在の貯金は未来の浪費の肥やしとなる。「あ、これほしいな」とパッと思った時に後悔しなくていい余力は常に持っておきたい。今回、全身脱毛を決意した後に英会話にも行きたくなり、正直「うーん、同じタイミングでこんなにお金使っていいのかなあ……」と躊躇する自分もいたのだが、「思い立ったが(浪費の)吉日」とグイグイ来る自分が最終的に勝ったのは、過去の貯金がきちんと味方してくれたからだった。

一方で、現在の浪費が未来の貯金につながることもある。かつての上司が「20代の出費は、将来のキャリアへの投資だよ」と言っていたのをずっと覚えているのだが、もうすぐ30歳を迎えようとしている今、彼の言葉を噛みしめる機会が多い。

わたしは本業のかたわら副業でライター仕事をしているのだが、ボーイズラブやその他マンガにお金をかけてきたのがきっかけでマンガ家さんのインタビューを頼まれることが増え、コスメや美容の話をするようになったらコスメ・美容に関連する執筆の話も増えてきたからだ。さらには『浪費図鑑』なんて本も出してしまった……(笑)。

あの時、夢中で読んだ京極堂シリーズは、私が人生で初めてBL同人誌を手にとったジャンルとなった。間違いなく自分の糧の一部だ。浪費するだけ仕事が増えるのだから、浪費し続ける他にはない。きっと脱毛と英会話も何かの投資になるはず……(そのためにちゃんと通い続けなければならないが)。

とはいえ、もちろんこの生活がずっとうまくいくわけではないなとは思う。親元を離れようがこれから一生100%、自分の自由に浪費と貯金をし続けられるわけではない。結婚とか出産とかあるかもしれないし、親の介護は間違いなく発生するし……。

でも、だからこそ、今この瞬間の「浪費」に全力で向かわなければならないとも思う。「いい浪費ができたな」と楽しく終えられる日々を長続きさせられるよう、私は今日も働く。

浪費道は一日にしてならず、なのだ。

この記事を書いた人

ひらりさ

ひらりさ

平成生まれのアラサー腐女子。BLと酒を主食に、会社員のかたわらライター活動をしている。同人サークル「劇団雌猫」としての企画・編集・執筆も行っており、近著に『一生楽しく浪費するためのお金の話』がある。

Twitter:@sarirahira