主体的に行動したことなんて、ほぼない

ライターをやりながら大学教員もやっていると言うと、野心家でエネルギッシュな人だと思われる。いつも元気いっぱいで、誰とでも仲良くできる人、みたいなイメージもあるようだ。

そう思っておいていただいたほうがお得なこともあるので、いちいち訂正はしないが、本当のわたしはひどく怠け者だし、友だちもごく少ない。基本的に、休みの日はずっとパジャマで過ごしたい。もっと言えば、敷き布団の四角から外に出たくない。

教員をやっているくらいだから、仕事として人と接するのは嫌いじゃないが、それは仕事だからで、プライベートで大人数が参加する飲み会に出かけようもんなら、次の日は疲れで死んだようになる。

でも、そんなふうに主張すればするほど、じゃあなんでこんな仕事の仕方になってるんだと問われる。お前の仕事ぶりは、やる気があるやつのそれじゃないかと。そうなのかもしれない。たしかに無気力な奴の仕事じゃないかも。

でも、本当に、みんなが思うほど野心家じゃないのだ。過去を振り返って見みても、主体的に行動したことなど、ほぼないと言っていい。

研究室で一番のバカになり、パチスロ生活へ

だいたい、大学院に進んだ理由からしてひどすぎる。

当時のわたしは大学3年生。そろそろ就職活動に本腰を入れないといかんぞ、というタイミングで、お世話になっている先生に「大学院に来たら?」と言われた。で、その話を母親にしたら「行ったらいいじゃない!」と言われた。

先生や母親に言われるまで、大学院に行きたいと思ったことはなかったが、わたしをよく知る大人ふたりが勧めてくるのだから、ひょっとして向いてるのかな〜、と思った。

通常、大学院に行く人は、研究したいテーマがあるから進学を希望するものだが、わたしの場合は、「みんなが行けって言うから行こうかな」という気分になってから、研究テーマをどうするか考え始めた。

根っからの研究者がこれを聞いたら、まず間違いなく殺意を抱くと思う。でも安心して欲しい。ほどなくして死んだも同然の状態になったので。

「ひょっとして向いてるのかな〜」なんて自惚れでうまく行くほど、研究の世界は甘くない。どうにか進学はできたものの、真面目に研究をしている仲間たちにどんどん先を越されたわたしは、研究室で一番のバカになってしまった。

みんながまぶしくて、自分が情けなくて、でも努力するのはめんどくさくて……気がついたら、大学からはすっかり足が遠のき、近所のパチスロ屋で一日を過ごすようになっていた。絵に描いたような廃人の爆誕である。

ギャンブラーとしての態度もまったくひどいものだった。

パチンコはただハンドルを握っているだけで、台の見分け方すらわからないし、スロットに至っては、目押し(狙いを定めてボタンを押すこと)があまりに下手くそすぎて、隣の人に押してもらっていた。

家庭教師のアルバイトで両国に通っていたときは、よく力士の方に目押しをしてもらったものだ。それ以来、自分の中で「おすもうさんは親切」ということになっている。

そんなことで強いギャンブラーになれるわけがない。ちょっとここには書けないぐらい負けて、パチスロ生活は強制終了となった。

ライター業をやっていたおかげで、助手に採用

トミヤマユキコ

研究もダメ、ギャンブルもダメ。本当に、向上心というものがなさすぎて、どうにもならない。

このときすでにアラサーだったわたしは、このままではさすがにまずいと思い、「これに落ちたら大学院を去ろう」と決めて、とある学科の助手に応募した。

ちなみにこれも、知り合いの先生から「助手の募集があるみたいだよ」と言われたから応募したのだった。せっかく教えてもらったんだから、応募してみよう。でも、落ちたらスパっと諦めよう。そんな感じである。この時点でかなりの奨学金(という名の借金)を背負っていたというのに、のん気なものだ。

なんとか書類審査を通過し、面接試験へと進んだはいいが、ライバルには同じ研究室の先輩たちが何人もいた。わたしが研究室で一番のバカだったことはさっき書いたとおりであり、先輩たちはみんなわたしより優秀だった。

どう考えても勝ち目はない。もう帰りたい。研究者なんかさっさと辞めて、実家のメガネ屋を手伝おう……しかし、フタを開けてみれば、採用されたのはわたしだった。

なぜ助手になれたのか。おそらく、研究と並行して、ライター業をやっていたのがよかったんだと思う。その学科には、物書きを本業とする先生方がたくさんいたから、わたしのライター業が評価の対象になったんだろう。というか、そうじゃないと説明がつかない。だって、研究者としては完全に劣等生なんだから。

やっててよかったライター業! しかし、そのライター業とて、べつに自慢できるようなものではないのである。

ある飲み会の席で、偶然わたしの前に座った男性編集者に「なんか書きたいことがあったら連絡してくださいよ」と言われたのを真に受けて、ある劇団についての評論を書き送ったら、(もちろんいっぱい直されたけど)めでたく掲載となり、ライターを名乗るようになっただけのことだ。

大学院進学のときと同じで、プロの編集さんが原稿を書かないかと誘ってくれたってことは、ひょっとして向いてるのかな〜、と思ったのだ。

その後わたしは『パンケーキ・ノート』という本を書き、ありがたいことに結構売れたが、あれも、わたしが書く予定ではなかった。

まだ日本にパンケーキブームが来る前、なぜかパンケーキにハマっていたわたしは、同好の士を捜すべく、日夜ネットをチェックし、やっと見つけた女性パンケーキブロガーの大ファンになっていた。

面識もなにもないくせに、彼女のことを好きになりすぎて、(数少ない)茶飲み友だちであった編集者K君に「すごくステキな人がいるんだよ、この人の本を作ってほしいよ」と頼んだ。

が、後日K君からきた返事は「ブロガーさんの文章より、パンケーキのことを熱く語るトミヤマさんのほうが面白かったから、トミヤマさんが書いたらいいんじゃないですかね?」というものだった。フードライターではないわたしにパンケーキの本が書けるのかは、正直よくわからなかった。

しかし、ここまで読んでくださったみなさんなら、もうおわかりであろう。わたしは、K君が書けるって言うなら書けるのかもな〜、と思って、本当に原稿を書きはじめてしまったのである。

「向いている」と言われたら、ひとまず信じてみる

その道のプロと呼べる人に「向いている」と言われたら、ひとまず信じてみる。

それが間違っていることもあるが、独力で運命を切り拓くよりは、はるかに打率がいいように思う。これといって「やりたいこと」がなくて、自分に何が向いているかわからないなら、プロに任せよ。

ちなみに「そのぱっつん前髪はいったい何を主張しているんですか」と聞かれることがあるが、そんなことは知らない。美容院では毎度おまかせコースだから。プロが似合うと思って前髪をぱっつんにしてくれているんだから、それでいいじゃないか。

ぱっと見ものすごくクセが強いように思われるが、実際には自意識がかなり希薄で、恥の概念がないからこそ、こういう人生を生きているのだと思う。

自分は「素材」であり、それを上手に料理してくれるプロが現れたら、あとはもう身を委ねるのみ。

ただ、そういうやり方をして、悪いやつに搾取される人がいることも、よく知っている。他人の言いなりになってばかりでは、人生どこに流されていくかわからないじゃないかという意見はもっともだ。

「なにをやりたいか」よりも「なにをやりたくないか」

そこで大事になるのが「やりたいこと」ではなく「やりたくないこと」を自分の中でハッキリさせておくこと。

就職活動の場では「なにをやりたいか」を語るよう求められるが、わたしの中にあるのは、「なにをやりたくないか」だけである。早起きしたくない、満員電車に乗りたくない、大勢の人間がいるフロアで仕事をしたくない……というか、どれもできない。やったら、秒速で具合が悪くなる。

世間はそれを「ワガママ」だと言うだろう。少しぐらい我慢しなさいと言うだろう。でも、わたしはそれを「譲れないこだわり」だと思っていて、そのこだわりを大事にした結果、どうにか身体を壊すことなく、ふたつの仕事を掛け持ちするようになった。

大変なこともあるけれど、「やりたくないこと」をほとんどやっていないから、日々はとても充実している。その代わり、「やりたくないこと」以外は、なんでも受け入れる。経験したことがない仕事でも、ちょっと変わった髪型でも、なんでも。

もし、いま、人生がうまくいっていない人がいて、しかもその人がまじめなタイプだったら、「やりたいこと」を正攻法で追求しようとしすぎているせいかもしれない。あるいは、自己責任論の沼にハマって、自分のことは自分で決めなくちゃと思いすぎているせいかもしれない。

そこから脱出するための方策として、人生の何割かを他人任せにしてみることをオススメしたい。

最初は、洋服選びを店員さんに任せてみる、みたいなことでいい。自分にとって自分というのは距離が近すぎて、よくわからないこともあるのだから、自分という「素材」をプロに預けるのも悪くない。そうやって「新しい自分」に出会えたら、儲けものだ。

わたしの場合、人生の大部分を他人任せにした結果、恐ろしくキャリアが散らかってしまい、何をしたい人だかわからなくなってしまった感があるが(笑うしかない)、誰にどう思われようと関係ない。

無理せず稼いで食っていけること以上に、何を望むことがあるというのだ。この先も誰かのひょんなひと言がきっかけで、何かをはじめ、新しい自分と出会うだろう。人生は死ぬまでの暇つぶしだから、自分に飽きないよう工夫することも、大事だと思うのだ。

この記事を書いた人

トミヤマユキコ

トミヤマユキコ

ライター/大学講師(早稲田大学文学学術院助教)。
日本のマンガ、文芸、フードカルチャー等に関する執筆を行うかたわら、
大学では、少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当。
著書に『パンケーキ・ノート』(リトルモア)『大学1年生の歩き方』(清田隆之との共著、左右社)『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)がある。

Twitter:@tomicatomica