ぼくは一年ほど前に血液のガンであることが判明した。

背骨に腫瘍が転移して骨を溶かし、みんなの想像を三段跳びしたような激痛があったことと、腫瘍が脊髄の神経を圧迫したことにより下半身が麻痺してしまい自殺を考えた。

ぼくと同じ状態になった人でまったく自殺を考えない人はいないのではないかと思ったりする。もしいるなら爪の垢がほしい、またいずれ骨に転移したときにその爪の垢を煎じて飲みたい。

現在は治療のおかげで痛みはなく生活していて、走ったりジャンプしたりなどはできないけど、車イスも杖も使わずにとくに不自由なく生きている。

しかしぼくの血液ガンは完治することはできず、医師からは3年から5年ぐらいは生きられると告げられた。

こういうことを言うと“死なないでください!”とか“奇跡は起きますから!!”など根拠のない励ましを言ってくる人や、“明けない夜はないですよ。”とか“ありのままでいいんですよ。”などJ-POP系励ましをたくさんいただくのだけど安心してください、あなたもいずれ死ぬんです。

完全に腹を括ったぼくのことを心配するよりも、まずは自分の人生を心配してください。

一足先に行くだけなのでよかったらあの世でお茶でもしましょう、きっとあなたがくるまで時間があるので千利休を探しておきます。

幡野広志氏撮影の写真

ぼくは35歳で写真家をしている、息子は2歳、子どもが小さいのに余命が数年。

とても感動性が高くてキャッチーな感じなので、ネットでじわじわと話題になり、今年の8月には書籍を出版した。

テレビや新聞や雑誌やウェブなどたくさんの取材を受けて、撮影の依頼や講演の依頼などもたくさん来ている。

不思議なことに健康なときよりも忙しい状態になっている。

いまも高齢者ばかりの大学病院の待合室でMacBookをひらいてこの原稿を書いていて、意識高い系患者として冷ややかな目で看護師に見られている。

日本人の2人に1人がガンになる、3人に1人がガンで亡くなる。いわば国民病なのだ。

いまの状況は写真が上手かったからでも、息子がかわいかったからでもなく、たまたま運が良かっただけだ。

妻は33歳、泣いた園児も黙るようなブラック勤務状態の幼稚園教諭だったが、ぼくの病気をきっかけに自分の生き方や働き方を見直し、10年勤めたブラック幼稚園を退職をした。

働き方を見直したのは、妻だけでなくぼくも同じことだ。

すべての依頼を引き受けていると、病死する前に過労死しそうなので、いまでは仕事内容によってはお断りすることもあるけど、けっして天狗になっているわけじゃなく、命を消耗させないためだ。

幡野広志氏撮影の写真

ぼくは撮影業界で収入を得ていたのだけど、撮影業界もいわゆるブラック体質だ。

セクハラやパワハラも珍しくないけど、何よりも働き方が異常だ。

ぼくは以前、とあるホテルで5日間の撮影に関わった。映像を撮るチームと写真を撮るチームに分かれていて、ぼくは写真のチームだったのだけど、1日のスケジュールが早朝4時から深夜の12時まで1日20時間みっちり埋まっていた。

休憩時間は食事するときの15分ほど、しかし食事中もずっと仕事の話なので休めた気はまったくしない。

宿泊はその高級ホテルに泊まれるけど他のスタッフとツインの相部屋なので、シャワーの順番まちもあり睡眠時間は連日2〜3時間程度だった。

最終日の5日目は撮影スタッフの半数が寝坊をした。

もはやストライキレベルの寝坊だけど、疲れ果ててみんな寝坊してしまったのだ。

もちろんぼくも寝坊したけど口先では謝りつつ、心の中では悪いとはまったく思わなかったし、こんな仕事二度と引き受けないと決心をした。

ホテルには高価な調度品があり宿泊客がいる、ただでさえ注意力が必要な現場だ。

そんな現場で表面温度が200度にもなる照明機材や重い機材を扱う。

睡眠時間を削って注意力を散漫にすることがそもそもの間違いだ。

撮影側の営業マンとホテル側がどういう話をしたのかはわからないけど、この5日間の撮影スケジュールは本来であれば、10日間分の勤務日数と5日分の休日があるスケジュールだ。

それを休日や仮眠はもちろん、休憩もほぼなしの状態で済ませたのだ。

映画やドラマやCMなどの映像の撮影業界では顕著におきることなんだけど、カメラや照明などの機材は多くの場合レンタルで、1日のレンタル代が人件費よりも高いのはザラだ。

人道的なスケジュールでレンタル代を15日分かけつつ、フリーランスの人間を休日も含めて15日間拘束すると費用がかさむ。

それよりも非人道的なスケジュールにして、現場のスタッフの人件費をすこし上乗せして払ってでも無理させたほうが、結果として安上がりなのだ。

そしてフラフラになろうがなんとかやりきってしまい、それを誇りとしてしまう撮影業界の人間と、予算と時間がないのにあれも撮りたいこれも撮りたいという、ワガママなクライアントが掛け合わさった結果が業界全体のブラック体質を作り上げている。

撮影業界でなくとも、いまの日本でブラックな労働環境にいる人はたくさんいるのではないだろうか。

ぼくは、やりたい仕事が見つかり、運良くそれができている。

とても恵まれたことなのかもしれない、だからといってやりがい搾取のようなことは正しいこととは思わない。

ぼくはフリーランスだからいやな仕事は受けないでいい。

健康なときはスケジュールの都合が合わないとウソをついて断り、いまではガン患者なのでちょっと仮病を使えば疑われることはない。

幡野広志氏撮影の写真

“仕事だけを生きがいにしていると、仕事を失ったときに死んでしまう。”とはじめに書いた。

健康なときにどんなに身を粉にして会社のため、やりがいのために働こうが、病気になれば仕事は失う。

病気になれば退職を迫られるケースも、自主的に辞めるケースもある。

傷病手当を受給できた人も、復職後に辞めるケースも少なくない。

健康な同僚や、健康なころの自分と比べると、仕事を遂行する能力はどうしても下がってしまう。

病気であることを上司以外に伏せている人も少なくないので、特別扱いされていると感じて妬む同僚もいる。

育児休業や時短勤務を妬んだり、うつ病を甘えと罵ったり、生活保護を受給することを揶揄するような人がいる日本では、残念ながら病気になると働きにくいというのが現実だ。

そしていま健康な人もいつ病気になるかわからない、タバコを吸わなくても肺がんになるし、パワハラ上司が一人いれば精神が擦りへらされる。病気なんて偶然や運なんです、それが病気なんです。

幡野広志氏撮影の写真

ぼくは仕事がらも患者がらも、いろいろなガン患者さんとお会いする機会がある。

初期段階の患者さんから末期状態の患者さんまでさまざまだが、多くの男性患者さんが口を揃えていうことがる。

“あんなに仕事を頑張るんじゃなかった。”

なんども聞いた言葉だ、後悔にも似た感情がそこにはある。

仕事だけを生きがいにしている人は、家族に時間を費やしてこなかった人が多い。

時間のすべてを仕事に捧げた結果だ、でも仕事は失う。

家庭をないがしろにしていた人が仕事を失い、家族は心から支えて看病できるだろうか。

家族のために仕事に身を捧げた結果なのだとしたら、とても皮肉だ。

身体的な能力もメンタルも落ち込む。

心配してくれてお見舞いに来てくれた同僚の連絡もだんだんと途切れてくる。

健康なときはたくさん届いた年賀状も少なくなる。

このときに人は孤独を感じる。

生きがいを失い、孤独を感じると人は死にたくなる。

病気になると、いろいろな貯蓄を切りくずさなければならない。

貯蓄というのは健康なときほど貯めやすい。

この貯蓄ってのは現金の話だけじゃなくて、アイデンティティーや人間関係や人間性のようなものです。

健康なときになにを貯蓄していたかが、色濃く反映されるのが病気だとよく感じる。

仕事をアイデンティティーにして貯蓄して、仕事を失ったあとに過去の栄光のように病室で語るよりも、病気になったけど続けられている趣味の話や、家族の話のほうがぼくは聞いていて好きだ。

きっとこの記事を読んでいる人は仕事をバリバリこなしている人が多いとおもう。

そういう人ほど仕事以外のことを生きがいにしたほうがいい、趣味を大切に、家庭を大切に、そして自分の人生を大切に。

そして一つの柱が崩れても大丈夫なように、生きがいは複数あったほうがいい。

自分があと1年しか生きられないと知ったときに何をしたいか?

それがあなたのしたいことだ、でも本当に余命が1年なら体力的にも精神的にも、やりたいことをするのは困難だ。

やりたいことは健康なときにするのが一番だ。

仕事以外のことほど、インプットに繋がって、結果として仕事に生きることが少なくない。

仕事終わりに、仕事仲間とお酒を飲みながら仕事の話をするよりも、月の話や深海の話や手品ができる人のほうが面白い。

面白い人には自然と人が集まってくる。これは健康な人だろうが、病人だろうが同じことだ。

仕事を頑張ることを揶揄しているわけではない、病気になって見える世界を少しでも共有できたほうがいいと思っているだけだ。

病気になって気付いてからでは、すこし遅いのだ。

<写真提供/幡野広志>