アイドルグループ・仮面女子で活動している猪狩ともか。その名前を、あの痛々しい事故のニュースで知ったという人も多いだろう。

4月、湯島聖堂近くを歩いていた彼女に、巨大な木製看板が強風のため突然倒れてきて覆いかぶさった。命は取りとめたものの、脊髄損傷による両下肢麻痺。車椅子生活となったのだ。

その事故から約半年__。退院し、活動を再開した彼女に会いに行った。現在の心境、仕事に対しての思いを聞いてきた。

ブログでは明るく前向きにふるまう彼女だが、実際に会ってみて、彼女の深い葛藤を目の当たりにした。そしてそこには、アイドルとしての矜持と、周囲とファンの支えにより、少しずつ前に踏み出していこうとする姿があった。

自分の人生に起きていることだとは思えなかった

猪狩ともか
猪狩ともか(いがり・ともか)。仮面女子のメンバー。今年の4月に事故に遭い車椅子生活となるが、復帰を宣言し活動を再開。

──退院したばかりですが、事故からあまり時間が経っていない中で、障がいを受け入れていく段階の心の変化はどのようなものだったんでしょうか?

猪狩ともかさん(以下、猪狩):お医者さんから、脊髄損傷というワードを聞いても最初はよくわかっていなかったんです。でも周りが気を遣いながら話しているのを感じて…。『(仕事の依頼の)始球式までに治るかなあ』と言っても、『車椅子でもできるよ』とか…。足を使って活動することについて誰も言わないから、これって治らないってことなのかな?って。それから脊髄損傷という言葉を調べました。

──そして、ご家族に聞いた?

猪狩:意を決して、家族に『私の足は治らないの?』って聞いたら、『うん、そうだね…』という感じで…。ショックというより、「本当に私の人生? 信じられない」という気持ちのほうが強かったです。

──すぐには受け入れることができないですよね。

猪狩:絶望しました。事故に遭うまでは、この先ずっと普通に歩けると思っていたし、踊れると思っていたし。あの日あの時、あの場所を通らなかったらって…。

──今まで仮面女子として踊ってきたのに、踊れないことへの想いも、ありますよね。

猪狩:それは今でもショックで…。たまに、事故に遭う前の自分がライブに出ている映像を見るんですけど、もうこうして動けないのかあって思ったりします。実は最近、仮面女子のメンバーがライブしているのを直接見たんですけど、正直ショックでした。ライブ見て楽しい気持ちと、ああ、こういうふうに同じようにはできないんだなあ、この振り付け、もう私にはできないなとか…。車椅子でもライブできるとはいっても、今までとまったく同じにはできないので。

仮面女子のカッコよさを壊すのが、怖い

猪狩ともか
事故後の初ステージ。フィナーレだけだったが、メンバーもファンも温かく迎えてくれた(写真:『猪狩ともかオフィシャルブログ』より)

──猪狩さんにとって、仮面女子はどんな存在なんでしょうか?

猪狩:すごくカッコいいグループ。だから、なんだろう…車椅子のメンバーとしてライブに入るのが、申し訳ないと思ってしまって。カッコいい仮面女子のイメージを壊したくない。車椅子が入ると、見た目は変わりますよね。ライブしているところに、車椅子がバンと入ってどう見えるかな? とまだ不安なんです。身を引いたほうがいいのかなとか、葛藤は正直なところあります…。自分が車椅子だから嫌だというより、仮面女子のイメージを壊すのが怖くて。

──そうなんですね。事故があったから注目されているという声に対しては、どんな気持ちですか?

猪狩:注目されることは素直にとてもありがたいですけど、事故に遭ってなかったらこうじゃなかったんだと思うと、複雑な気持ちはやっぱりあります。ネットで、『この子はこれから車椅子アイドルっていう活動が確約されてラッキーでしょ』って誰かが書いているのを見てしまって。悔しいけど、正論かなとも思っちゃったんです。事故に遭ってなかったらこんなに注目されることもなかっただろうし、って。

──悔しいですよね。

猪狩:それに反応するわけにもいかないし、人に話して笑い話にするくらいじゃないと、アイドルとしてやっていけないなと思いました。

──でも、事故に遭ったからこその前向きな出会いもきっとありますよね。

猪狩:はい。事故に遭ってよかった、とは決して思わないけど、事故があったからこその、というのはたくさんあると思います。今までだったら来なかっただろうお仕事をいただいたり。そこは素直にありがたいな、頑張ろうって思います。

猪狩ともかを支える人たち

猪狩ともか

──猪狩さんの現在の芸能活動を支えているのは、どんなことなんでしょうか?

猪狩:家族の支えは大きいです。父が手紙で『ともちゃんは人を明るくできる子だから、どんな形であってもそれを続けてくれたらうれしいな』と書いてくれて。活動に対して前向きになれなかったときに言ってくれた言葉でした。どんな形でもというのは、父からしたら、活動を続けても続けなくてもいいという気持ちだったと思う。それが背中を押してくれた言葉ですね。

──いいご家族ですね。

猪狩:自慢できる家族です。父自身も、私の兄が『生きているんだから、歩けなくたっていいじゃん』という言葉に救われたと言っていました。車椅子に乗っていても、人を幸せにしたり、元気にすることもできるし、仕事でも遊びでも、これから楽しいことたくさんあるから、今は辛いけど、リハビリがんばろうねって。そういう家族の言葉が助けてくれましたね。

──メンバーやスタッフ、そしてファンの方々も応援していますよね。

猪狩:メンバーも事故の後、一緒にライブしてうれしかったと言ってくれて。スタッフさんも、ライブ用に車椅子作ろうと言ってくれています。ファンの方も、今まで以上に応援してくださっているのを感じていて、本当にありがたいです。きっと、車椅子でパフォーマンスできる自信がついたら、不安に思うこともなくなると思うので、解決していけたらいいですね。

──親交のあるタレントさんたちからも励ましの言葉がたくさん届いたとか。

猪狩:はい、ロンブーの淳さんからは「あなたにしかできないことがあるよ」とビデオレターをいただきうれしかったです。たしかに、こういう年齢で車椅子になった芸能界の方は思い浮かばないし、素直にそっかぁ、と思いました。

──武井壮さんもお見舞いに来たとか。

猪狩:はい、武井さんは、ご自分が脊椎を痛めたときの話をしてくださって。3食栄養をとって、ちゃんと怪我が治るイメージを持ったらよくなったという話をしてくださいました。リハビリも、足が動いているのをイメージするのは大事なんだなって。その他、西武ライオンズのみなさんなど、本当にたくさんの方から励ましの言葉をいただいて…。本当にありがたいです。

豆腐メンタルを強くした下積み時代

猪狩ともか

──こうして話していると、猪狩さんのこの強さは、アイドルとして下積みが長かったからなのかな、と思いますが、どうでしょうか。

猪狩:辛いときはありました。研修生から仮面女子になるチャンスに2回落ちていて、そのたびに落ち込みました。2回目に落ちた時、本当にどん底でやめたいと思ったし、やめるつもりでいました。そのときに事務所の人が、猪狩が諦めずに仮面女子になったら、たくさんの人が勇気付けられるんだよって言ってくれて。

──諦めなくてよかった。

猪狩:本当に。ちょうどたまたま、落ちた次の日、祖母のお葬式があって仕事を休んだんです。考える時間があったからこそ、考え直せた。もし次の日も仕事だったら、もういなくなっていたかもしれないです。そのときはもう24、5歳になっていて、アイドルとしても若くなかったんですけど、いままでのマイナスの自分を一回変えてがんばってみようと思えたんです。弱音ばっかり吐いてたなって。

──すごい巡り合わせですね。

猪狩:実際、仮面女子になれたとき、たくさんの人が応援してくれました。私が活動することで勇気をもらってくれる人がいるとそのときわかりました。今の活動も、それの延長線上にあるのかなと思ってます。

──強いですよね。

猪狩:いや、本当にメンタルは豆腐で、よく落ち込んだりすることもあります(笑)。

──いろいろあって、もう豆腐ではないんじゃないですか?

猪狩高野豆腐くらいにはなれたかな(笑)。でも、実際は豆腐だとしても、どんなアイドルも、弱い部分を見せてないと思うんです。アイドルは人を元気にできる明るい存在だと思うので、明るいポジティブな私を発信したい。演じるわけじゃなくて、ポジティブな部分を出せばいいと思うんです。たとえば、ブログでもネガティブな部分は出さないことで、自分も鼓舞できるような気がしていて。

私が発信することで、心までバリアフリーの社会にしたい

猪狩ともか

──ブログでは常に明るいですよね。辛いときは自分をどう立て直してるんですか?

猪狩:趣味は大事だと思います。野球や映画が好きなんですが、夢中になって日常を忘れる時間を持つことは大事だなと実感していて。年齢関係なく、いくつになっても始められると思うんですよね。私の新しい目標は、車椅子で全国を回ること。ご朱印帳を集めているので、ブログで神社のバリアフリー度など発信したいんです。楽しみながら、人の役に立てることですよね。ちなみに秩父神社はとてもバリアフリーで、車椅子に優しく、よかったです!

──ご朱印帳いいですね。やってみたいこと、増えていってるんですね。お仕事でやってみたいことは?

猪狩:小さい目標はいっぱいあります。恋愛バラエティ番組にハマっているので、MC側で出たいな、とか。

──では一番大きな目標は?

猪狩ライブに出ること。まずマイクを持っていたら移動ができないから、ヘッドセットをつけないといけないし、しゃがむ振り付けがあったらどうしたらいいのかとか…。考えなければいけないことがたくさんあるから、みんなに協力してもらって、やっていけたらいいなと思います。

──やはり、ライブは特別なんですね。

猪狩:はい。うまくいかなくても続ける大事さも入院中にリハビリで実感しましたし、弱音を吐いてる場合じゃないですよね。生きているということ自体、神様からのプレゼントなので。私が車椅子で集団の中に入って踊っていても、本当にカッコいいって思ってもらえるようになりたいです。そして、心までバリアフリーの社会になるように、私ができることを探したいです。発信することで、障がいがある人へのイメージを変えていけたらいいなと思っています。

──他にやりたいことはありますか?

猪狩:あとは自分にぴったりのパラスポーツを見つけて、熱を入れたい。スポーツは観るのは好きなんですが、運動神経はそんなによくないんです。バスケやったら絶対突き指するし(笑)。

──じゃあ、何をやりましょう(笑)?

猪狩:12年間やっていた水泳をまたやりたいです。2020年に向けて、パラスポーツに関心がある方がまだまだ少ないと思うので、私が挑戦することで少しでも関心が高まればいいなと思ってます。

──やりたいことがたくさんありますね。これから、カッコよく車椅子でライブしてほしいです。注目も、逆手に取って。

猪狩:都合いい言い方をすれば、たまたま注目されるキッカケが怪我だっただけ。そういう捉え方をしたらいいのかな。何がキッカケになるかはわからないですよね。私にとってはただ、車椅子になったことだった、って思える日が来たらいいですね。街を歩けないくらい有名になったら、うれしいです。

猪狩ともか(いがり・ともか)

1991年12月9日生まれ、埼玉県出身。2014年5月芸能活動開始。地下アイドルとして長い下積みを経験し、2017年2月に仮面女子としてデビュー。2018年4月、事故で脊椎損傷するも、仮面女子の活動を続けることを宣言。リハビリを続けながら、精力的に仕事を受ける。

ブログ:猪狩ともかオフィシャルブログ

Twitter:@igari_tomoka

取材&文/有馬美穂
撮影/シオヤミク