おじさん叩きをする前に、歴史的文脈を捉えよう

2018年は、おじさんの粗暴な言動が非常に目立つ一年となりました。

スポーツ界でのパワハラ問題、政治の世界に目を向けると、財務事務次官による女性記者へのセクハラと「セクハラ罪という罪はない」とそれを庇う財務大臣。おじさんが激しく劣化している。そう言いたくなる気持ちはよくわかります。

しかし、彼らのモラルが急に失われたわけではありません。パワハラもセクハラも昔からありましたし、はっきり言えば、かつてはもっとエゲツないものでした。

ですから、歴史的な文脈をふまえない単なるおじさん叩きは、短期的には気分がスッキリするかもしれませんが、長期的な視野に立つと、それによって社会が良くなるとは思えないのです。

若いみなさんは、何が変わったのかをしっかり見極めた上で、無意識のうちに人に迷惑をかけたり、嫌がられたりしないようにいまから備える必要があります。

女性たちに嫌がられるおじさん

最近、僕がある企業で担当した若手の女性社員を集めた研修で、「男性上司の振る舞いで気になることはありますか」と尋ねてみました。

そこで出てきたのが、「お土産を買ってきたから、配っておいて」という上司の言葉です。お茶汲みだけがセクハラなのではありません。飲みたい人がお茶をいれればいいのと同様に、お土産だって買ってきた本人が配ればいいだけのことです。

ここでは、自分がやると面倒なことを、女性に押しつけていることが問題視されています。要するに、「深いところで女性を舐めている」ような態度を取る男性を、女性たちは不愉快に思っているということです。

そもそも女性と男性は対等なのですから、軽くあしらうこと自体が問題なのですが、それに対して、どうして女性たちは、かつてよりも強く異議を唱えるようになったのでしょうか。

背景には女性の働き方の変化があります。1970年から2000年代にかけて、結婚、妊娠、そして、第一子出産を経ても働く女性はだいたい30%ぐらいしかいませんでした。第一子まででこれだけの数ですから、当然、第二子、第三子となればもっと減ってしまいます。

それが2010年代前半には、子どもを産んでも育休を取得して復帰する女性が急速に増えました。働き方改革や女性活躍推進の流れもあって、今後はさらに多くの女性が出産しても働き続けることになります。

女性が働く理由は人それぞれです。やりがいかもしれませんし、お金が必要なのかもしれません。いずれにしても、大切なことは、会社が女性にとっても働き続ける場所になったということです。

かつては見逃していた男性の言動も、長い付き合いになるのであれば、耐えられなくなるのは当然です。独身が増えていることも合わせて考えると、いまの20代、30代は、女性でも定年まで働くことが珍しくなくなります。

女性はいつか辞めるという偏見を捨てて、性別を問わず、同じ会社の一員として接するという感覚を身につけておかなければならないのです。

企業はいまだに「男社会」だけど…

ただ、働く女性が増えたとは言っても、依然として企業は「男社会」です。企業社会ではまだまだ競争が基本になっています。

最近は、管理職になりたくない若手社員が増えたと言われていますが、それでも幼い頃から、進学校から有名大学、そして、一流企業へと「勝ち抜く」ことを強いられてきた男性たちの一部では、上を目指すこと自体が目的となってしまっているケースもあります。

世間では、あたかも「男社会」が終わったかのような風潮もありますが、それに乗せられると、現状を正しく認識することができません。

ただ、先ほども確認したように、いまは「男社会」であったとしても、今後、職場には、ますますフルタイムで働く女性が増えていきます。少子高齢化で働き手が不足するのは確実なので、外国の方々を含めてより色々な人々が一緒に働くようになります。

端的に言えば、企業でも社会全体でも、競争よりも協調が大切になっていくわけです。近い将来、協調が重視されるようになった職場では、競争に勝った男性たちこそが、新しい価値観について行けずに取り残される危険性があります。 

これからは「巻き込む力」よりも、「任せる力」と「想像力」

会社のような組織では、個人として優れているだけでは仕事ができません。そのため、ビジネス書などでは、しばしば「巻き込む力」の重要性が説かれています。

確かに、人の上に立つ上では重要な能力の一つだとは思います。職場が男性ばかりだった頃には、競争に勝った者が組織を管理し、上意下達で全体を動かしていました。ほとんどの人が結婚し、サラリーマンと主婦という組み合わせが多数派だった時代には、プライベートを犠牲にしてでも仕事に注力する男性社員を増やすことが、上司に要求される能力だったと言えます。

単に多様な人が一緒に働くだけではなく、介護や育児のために時短勤務をしたり、休業を取得したりする人がいる職場で、各々の事情を無視して「巻き込む力」を発揮すれば、それがハラスメントになるのは当然です。

ですから、若い世代ほど、「仕事ができる」と評価されている男性の上司や先輩が、ロールモデルにふさわしいのかどうかを熟考するべきです。

時短勤務をしている女性が、責任のある仕事や大きなプロジェクトに関われなくなって、やる気を失うケースが多々あります。「配慮してあげているのに」と思われるかもしれませんが、職場の一員なのに半人前扱いされれば、意気消沈するのは仕方のないことです。

逆の立場になってみると、女性たちの気持ちがよくわかります。僕個人の話をします。職場との対比で言えば「女社会」である地域で、半人前扱いされて非常に嫌な気持ちになることが少なくありません。

たとえば、子どもを予防接種に連れていくと、医師や看護師から「どうせ父親だから初心者だろう」という前提で、「はいはい、こうやって子どもを抑えてください。早くここを持って」などと見下された態度を取られることがあります。

確かに、一般的には、育児には母親の方が時間を使っており、スキルも高いでしょう。我が家も同じです。だからと言って、見くびられればやはり嫌なものです。あえてキャッチフレーズ的に言えば、これからは「巻き込む力」よりも、人に「任せる力」や相手の立場への「想像力」が大切になります。

見栄じゃなくてプライドを

競争よりも協調という話をすると、でも向上心は持つべきではないかと質問を受けることがあります。

ここで重要なのは、プライドと見栄を区別することです。プライドとは、何かを達成した際に、その人が成果に誇りを持つことで生まれる感情です。試行錯誤し、努力しなければプライドを確立することはできません。そして他人との比較ではなく、自分の納得が重要になります。

それに対して、見栄とは、人目を過剰に気にして、うわべだけを取り繕うとする態度です。見栄を張りたい人は、常に自分と他人を比較し、自分が勝たないと満足できないのです。だから、見栄にこだわる男性は、常に人を見下していないと安心できなくなっています。

見栄は軽んじられる他人からすれば迷惑なだけですし、本人にとっても、いつまでも人との比較から抜け出せなくなってしまうという問題があります。

どうしても見栄を張りたくなってしまう男性に考えて欲しいのは、それが他人の迷惑になっている以上に、自分を不自由にしていないかということです。おじさんになっても、そろそろ高級な時計を身につけるべき、持ち家じゃないと恥ずかしい、あいつは出世したのに自分はまだ平社員だ・・・などと他人との比較に悩み続けるのは、悲しいことではないでしょうか。

若くて体力のあるうちは、見栄のために、やりたくない事もできてしまうかもしれません。ただ、40歳を過ぎても見栄にとらわれていては、ただただすり減って疲弊していくばかりです。

若い男性のみなさんに必要なのは、男性という性別が自分の考え方や行動にどのような影響を与えているのかをしっかり考え、自分なりのプライドを確立していくことです。それができれば、他人の意見や社会の風潮に振り回されなくなりますし、知らず知らずのうちに、女性や若者に嫌な思いをさせるような「おじさん」になることもないはずです。

田中俊之×山田ルイ53世×清田隆之
「“おじさん”の生きづらさは乗り越えられるのか」

『中年男ルネッサンス』刊行記念イベント

  • 日程:2019年1月9日(水)
       20:00~22:00 (19:30開場)
  • 会場本屋B&B
  • 出演:田中俊之
       山田ルイ53世
       清田隆之
  • 料金:前売/1,500円 当日店頭/2,000円
       (+ドリンク代 500円)

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この記事を書いた人

田中俊之

田中俊之(たなか・としゆき)

1975年、東京都生まれ。社会学博士。大正大学心理社会学部准教授。男性学を主な研究分野とする。

著書に『男性学の新展開』(青弓社)、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAW)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社プラスα新)、『不自由な男たち――その生きづらさは、どこから来るのか』(祥伝社新書、小島慶子さんとの共著)などがある。最近、山田ルイ53世との共著『中年男ルネッサンス』(イースト新書)が発売された。

日本では“男”であることと“働く”ということとの結びつきがあまりにも強すぎる」と警鐘を鳴らしている。

Twitter:@danseigaku