「一度きりの人生、やりたいことやらなきゃ!」という言葉をよく見聞きする。前からよく見るフレーズではあるけど、ここ数年、特に多く見かけるようになった(主にSNSで)。

たしかに、やりたいことをやって生きるのは幸福だろう。そういう人生はキラキラしていて楽しげで、魅力的だ。

しかし私は、「やりたいことをやる人生」と「そうじゃない人生」に優劣はないと思っている。この記事では、その理由について書こうと思う。「やりたいことがない」と悩んでいる人、「やりたいことがない自分はダメだ」と自責している人に読んでほしい。

「一度きりの人生、やりたいことやらなきゃ!」の呪い

私は29歳から30歳にかけて夫とともに旅をしていたのだけど、安宿でよく世界一周中の日本人バックパッカーに出会った。

彼らの多くは「一度きりの人生、やりたいことやらなきゃ!」というような台詞を口にする。

中には、真面目に働いている人のことを、

「満員電車に揺られてやりたくない仕事する人生なんてつまらないよ。やりたいことがない人とか、やりたいことがあるのに言い訳ばっかで踏み出せない人とか、ほんとダメだと思う」

と切り捨てる人もいた。

ずいぶんと傲慢だなぁ、と思う。

その人がやりたいことをやって生きるのも、自分の人生に満足するのも、おおいに結構だ。けれど、「そうじゃない人」をディスる権利なんてない。他人の生き方を「つまらない」「ダメ」といった言葉で否定するのは傲慢だと思う。

それに、自分の人生に満足しているなら、他人がどういう生き方をしていてもどうでもいいじゃないか。わざわざ「そうじゃない人」をディスるのは、そうすることで自分の選択を肯定し、安心感を得ているのでは?

……と思った。言わなかったけど。

「やりたいことをやる人生」が「そうじゃない人生」よりも優れているなんて、誰が決めたのだろう?

たとえば、私の幼なじみは特にやりたいことを持たずに生きているけど、幸せそうだ。実際、幸せだと言う。

幼なじみの平凡な人生と、世界一周している旅人の人生では、傍目には旅人のそれのほうが素敵っぽく見える。けれど、人生の満足度は本人にしかわからない。どちらが幸福かは比べたところで永遠にわからないのだ。

それなのに「やりたいことをやる人生のほうが優れている」と断定するのは、ルールがない競技で無理やり勝敗をつけているようなものだ。

あらゆる人生は優劣のつけようがない。

この考えは、「そもそも人間の価値に優劣はない」という思想につながり、私の中で重要な価値観のひとつとなっている。

「やりたいことしかできない」のがコンプレックスだった

私自身はというと、やりたいことをやって生きてきたほうだと思う。

だけどそれは、やりたいことをやる人生を望んだわけではなく、私という人間が「やりたくないこと」ができなかったからに過ぎない。

心を病んで学校に行けなくなってしまったし、会社勤めも続けられなかった。その結果、10年間も北アルプスの山小屋で働いたり、フリーター同士で結婚して旅に出たり、34歳になってからライターを志したりと、ずいぶんお気楽そうな生き方になってしまった。

そんな自分のことを、ワガママで根性のない人間だと思う。

昔は「こんなんじゃダメだ!」と思っていて、2回ほど就職を試みた。しかし、どちらも1年足らずで挫折。なんともお恥ずかしい。挫折と自己否定を経て、今は「こういう生き方しかできないんだからしかたない」と開き直った。

だけどここ数年、「やりたいことをやる」とか「好きなことを仕事にする」ことが賞賛される風潮になった。

それによって、これまでワガママで根性なしとされてきた私の生き方が、周囲から「やりたいことやって生きててうらやましい」と言われるようになった。それどころか、「サキに比べたら私なんてやりたいこともないし、つまらない人生だよ」などと言われることもある。

私自身は何も変わってないのにな……。

謙遜でもなんでもなく、私は自分の人生が「やりたいことがない人」や「やりたいことをやらない人」より上等だと思わない。むしろ、やりたくないことを続けられる人を尊敬する。

まぁ、他人の人生は輝いて見えるし、誰かと比べると自分の人生はくすんで見えるものだ。私自身も、ずっとそんな気持ちと戦ってきた。

しかし、人生の満足度は相対評価ではなく絶対評価だ。それに、人と自分を比べることは、「人間の価値に優劣はない」という価値観と矛盾する。自分に許したくはない。

そういった思いから、自分と他人の人生を比べて一喜一憂するようなことが減ってきたように思う。

やりたいは「want」であり「must」ではない

ここ数年、友人や後輩から「やりたいことが見つからない」という悩みを聞くことが増えた。

ある大学生から相談された時、あまりにも頑なに「やりたいこと見つけなきゃ!」と言うので、「なんでそう思うの?」と質問してみた。

「だって、やりたいことがないとダメだってみんな言ってるし……」

「みんなって?」

「大学の友達とか、ネットに流れてくる記事とか……」

話を聞くと、どうやら彼女はインフルエンサーの「一度きりの人生、やりたいことやらなきゃ!」的な発信を真に受けて、「そうあらねばならない」と思い込んでいるようだった。

たしかに、やりたいことをやって生きている人はかっこよく見える。インフルエンサーの中には「こっち側においでよ」と発信する人も多い。

けれど、「すべての人間が必ずしもそういう生き方を選択しなければいけない」なんてことはない。

大切なのは自分がどう在りたいか。やりたいことをやってもいいし、そうじゃない生き方をしてもいい。どちらも、その人の自由だ。

だけど彼女は、「やりたいこと見つけなきゃ!」と焦り、見つからないことで思い悩む。挙げ句、「やりたいことがない自分はダメだ」と自己否定に陥る。

うーん……。

「やりたい」はwantであってmustではない。そして「やりたいことをやる」のもまた、bestだけどmustではない。

それなのに、それがmustであると思い込んで苦しむのは、本末転倒ではないだろうか?

やりたいことが見つからないと悩む人の共通点

「やりたいことが見つからない」と悩む人たちに共通していることが3つある。

  1. 「やりたいことさえ見つかれば幸せになれる」と思っている
  2. 短期間で極端に自分を変えたいと望む
  3. 他人の言うことを真に受けすぎる

ひとつずつ、説明したいと思う。

【1】「やりたいことをやれば幸せになれる」と思っている

「やりたいことさえ見つかれば毎日がハッピーになるはず」という思考を持つ人は一定数いる。しかし、やりたいことをやっている人だって、24時間365日、幸せを噛み締めているわけではない。

私はといえば、念願叶ってライターの仕事をもらえるようになってきた。幸せである。

しかし、今の生活は幸福感と同じくらい苦しみも多く、昨日はさまざまな要因から「もう消えたい」と泣いているうちに発熱して倒れた。

つまり、私の言う「幸せ」は、苦しみも絶望も体調不良も内包している。100%ポジティブな要素だけで構成されているわけではない。

「やりたいことやらなきゃ!」と発信する幸せそうな人たちも、同じではないだろうか。

やりたいことがある人がうらやましくなった時は、その人の幸せに内包されている苦しみにも目を向けてみてほしい。

【2】短期間で極端に自分を変えたいと望む

「やりたいことが見つからない」と悩む人は必ず「自分を変えたい」と言う。

その人たちの多くは、「黒から白」というような極端な変化を望んでいるように感じる。それも短期間で。

けれど、ものごとの多くは二極ではなくグラデーションだ。黒から白に変わる人も、濃いグレーや薄いグレーを経て、何年もかけて変わっている。稀に自己啓発セミナーなどによって「短期間で極端に人格が変わる人」もいるけど(知人に何人かいた)、そういう人はだいたい、数カ月でまた元に戻る。

本当に変わりたいなら、長期戦を覚悟するしかないのだ。

そもそも、自分を変えることに固執しなくてもいいのではないだろうか。「やりたいことなんか見つからなくても、今の自分のままでいい」と開き直ることで、より生きやすくなることだってあると思う。

なかなか開き直れないだろうけど、「今のままでいい」と自分に言い聞かせることで、少しは楽になるかもしれない。

【3】他人の言うことを真に受けすぎる

「やりたいことが見つからない」と悩む人は、親や友達の意見、ネットで誰かが言っていた意見を真に受けやすい。親や配偶者の意見すら素直に聞き入れられない私としては、その素直さに驚く。

けれどこの情報化社会、他人の意見をいちいち真に受けていたら身がもたない。悩んでいる時に多くの情報を摂取すると、ますます混乱してしまう。

悩んでいる時ほど、情報(ネットや自己啓発本)と距離をおいたほうがいいし、一人でじっくり内省する時間が必要だ。もちろん、死にそうなくらいに辛い時は誰かに話したほうがいいけど、そこまで切迫していないなら、自分の頭で考え抜いたほうがいいと思う。

それでもモヤモヤした時は、私の場合、スマホの電源を切って小説を読む。自己啓発本やビジネス書と違い、物語は心地よい現実逃避をくれる。幼い頃から何度も、物語に救われてきた。人によってはそれが、スポーツだったり音楽だったりするのだろう。

やりたいことが見つからなくてもいいし、自分を無理に変えなくてもいい。それで辛くなったら現実逃避したっていいのだ。

かくいう私も、漠然と、今とは違う人生に焦がれてしまうことがある。

だからその気持ちはわかるのだけど、やっぱり、誰のどんな人生にも優劣はないと思っている。

もしもあなたにやりたいことがないとしても、あなたの人生がダメだなんて、私は思わない。

どうか自分を責めないでほしいし、思い悩まないでほしいと願う。

<イラスト/絵と図 デザイン吉田>