リモートワークや複業・パラレルワーク、「好きを仕事に」――。いろいろな働き方や仕事の選び方が許容されるようになってきていますが、会社や経営者はどう考えているのでしょうか。

今回Dybe!では、経営者から一社員に転職した人にお話を伺いました。2018年3月にスナップマート株式会社の代表を退任し、同年5月に株式会社栃木サッカークラブ(以下、栃木SC)へ転職した、“えとみほ”の愛称で知られる江藤美帆さんです。

立場も環境もガラッと変わった職場で、どのように仕事と向き合っているのか。元経営者と会社員の2つの目線で見る仕事観、サッカー観戦が趣味だったという「好き」を仕事にして気づいたことなど、自らが選んで体現してきた働き方の今について話を伺いました。

経営者なのに求人サイトで普通に転職活動したのはなぜ?

江藤美帆
江藤美帆(えとう・みほ)。テクニカルライター、ウェブメディア編集長などを経て、2015年に「スマホの写真が売れちゃうアプリ Snapmart(スナップマート)」を企画開発。同アプリ運営会社の代表に就任した。2018年にはJリーグの栃木SCへ転職を発表。このニュースはTwitterのトレンド入りするなど、業界内で話題となった。

──えとみほさんが転職を発表した時、IT業界からスポーツ業界というまったく畑違いの異業種転職ということで大きな話題になったそうですね。経営者が求人サイトを使って転職したということも非常に驚きました。

江藤さん(以下:えとみほ):逆に、ここまで驚かれていることに驚いています(笑)。転職するのに求人サイトを使うのは普通のことだと思うので。特殊な事情があったとすれば、スナップマートが上場企業の子会社だったので、退任が決まっても、すぐに情報を公開することができなかったことでしょうか。

──求人サイトを使ったことに特に意図はなかったのでしょうか。

えとみほ:辞めると知られていないと声もかからないので、なんとなく求人サイトを見て回っていたら、たまたまサッカー業界の求人を見つけて、「これは!」と思って反射的に応募してしまった感じです。

──IT企業社長のえとみほさんが応募してくるなんて、栃木SCの方もさぞかし驚かれたのでは?

えとみほ:社長はぜんぜん私のことは知らなかったみたいですが、代表をやってることは履歴書でわかったので、会って開口一番「社長さんじゃないですか。どうしたんですか」と言われました(笑)。募集要項に書かれていた条件に合致していたわけではないので、正直難しいだろうなと思っていたのですが、後日社長から連絡があり、マーケ部門の部長として採用していただきました。

──そうだったのですね! 栃木SCの社長には、何か考えがあったのでしょうか?

えとみほ:うちの社長はちょっと変わっていて、自分がコントロールできない人と働きたいという考えを持っているみたいなんです。これまで接点のない人を会社に入れることで化学反応が起こるのでは、と考えたとか。

──コントロールできない人と働きたいというのは、たしかにちょっと変わってますね。

えとみほ:私は自分で言うのもなんですが、マネジメントが難しい部類の人間だと思うので、そういう考えの上司の元でなら会社員としてもやっていけるんじゃないかと思いました。

江藤美帆
「経営者だったら、普通はコントロールできる人を選びたいですよね」と、元経営者として冷静に話すえとみほさん。

──経営者という立場から会社の一社員として働くようになり、大きく変わったことはありますか?

えとみほ:ツイッターなんかはフォロワーが4万人近くまで増えたこともあって、情報発信には気をつかうようになりました。経営者時代は私の発言=会社の発言でしたが、今は会社やクラブに関わる内容を発信する時は、こういった取材も含めてすべて会社に確認をとっています。

──仕事の向き合い方は変わりました?

えとみほ:そこはこれまでと変わらないですね。経営者も一社員も数字に追われるし、社員になったからといって周りと負担を分散できるわけではないですからね。経営者、フリーランス、派遣社員、主婦などさまざまな働き方をしてきましたが、仕事の中でやりたいミッションにフォーカスできれば、雇用形態はあまり関係ないかなって思っています。

──では、経営者と会社員、求められるスキルに違いを感じたりはしますか?

えとみほ:基本の部分は何も変わりませんね。ただ、経営者は仕事ができるだけじゃダメで、人間的な魅力がないとやっていけないのかな、と。お客さま、株主、従業員、いろんなステークホルダーがいる中で、うまくいかない時は四方八方から攻撃される立場になったりもするので、どこかで「あいつが言うならしょうがない」と許してもらえる部分がないと、難しいんじゃないでしょうか。

──許される力が必要なんですね。会社員はどうでしょうか?

えとみほ:まずは小さなことでもいいので、何かひとつ自分の強みを見つけて伸ばすことですかね。当たり前だと思っているスキルでも、誰かにとっては珍しくて必要とされていることだったりするんですよね。若いうちにそうした「自分なりの強み」に気づければ、その後のキャリア形成は相当ラクになると思います。

転職後、職場の人間関係を円滑にするテクニック

江藤美帆
「鈍感なのであまり人間関係に悩んだことはないですが……」と言いつつも、日々心がけていることを教えてくれた。

──スナップマートは20代の女性スタッフが多かったのに対し、栃木SCは30~40代の男性スタッフがメインだそうですね。さまざまな年代や性別の方と、円滑な人間関係を築くために大切にしていることはありますか?

えとみほ:コミュニケーション能力は高いほうではないので、転職したらまず様子見をするようにしています(笑)。いきなり全力でいかないようセーブする感じですね。2週間くらいすると、メンバーのキャラクターや隠れた人間関係が見えてくるので、そこから徐々に自分の意見を言うようにしています。

──確かに、最初から全力でいって空回りすること、よくあります(笑)。

えとみほ:あと、今回の転職は地方移住だったので、土地に馴染む努力はしています。宇都宮はぜんぜん田舎じゃないんですけど、それでも東京の感覚でドライに人間関係をとらえるのは危険かな、と。「持ちつ持たれつ」でビジネスが回っている部分もあるので、目先のメリットデメリットで物事を判断するのではなく、助け合いの精神を大事にするよう心がけています。

──スムーズに仕事を進めるために、経営者として指導する側と会社員として指導される側、それぞれの立場の人が心がけるべきことはなんでしょうか?

えとみほ:これは自分もちゃんとできている自信がないのですが、指導する側は価値観や意見を押しつけるのではなく、部下に自分の頭で考えてもらうことが大事ではないでしょうか。長年、いろんなタイプの部下と接してわかってきたのですが、頑固な人もそうでない人も、結局はみんな自分で導き出した答えでしか動かないんですよ。

──本当にそうですね。一方的に言われたことってだいたい忘れちゃう……。

えとみほ:だから上司になりたての人で「部下がぜんぜん思ったように動いてくれない」という悩みを持ったら、まず自分の言いたいことは横に置いておいて、いったん相手に「問い」を投げかけるとよいと思います。

──会社員として指導される側は、どんなことを心がければいいですか?

えとみほ:わからないことがあっても、できるところまでは自分でやってみること。ふわっと「どうしたらいいですか」と意見を求めるのではなく、「ここまで調べたけどわからなくて、自分はこう思うんですが、どうですか」と具体的に質問してみる。たったこれだけを意識すれば、得られる回答の質も上がるし、成長のスピードも格段に速くなります。

──これ、新入社員の時に知りたかったです!

えとみほ:当たり前のことだと思うんですが、案外できていない人も多いんですよね。新入社員は、最初はこれだけ心がけていれば、上司からも「あいつは見込みがある」と思ってもらえるんじゃないでしょうか。 

もともとサッカー観戦が趣味。趣味を仕事にして気づいたことは?

江藤美帆
栃木SCのホームである「栃木県グリーンスタジアム」。ピッチとスタンドの距離が近く、選手の熱気を感じながら観戦できる。

──えとみほさんは、もともとサッカー観戦が趣味でしたよね。趣味を仕事にすることで、生活に変化はありましたか?

えとみほ:ビジネスとプライベートの境目が前にも増してなくなってきました(笑)。アウェイゲームの日は休みですが、わざわざ相手クラブのスタジアムに行って試合を観てしまいますし、休日に他のクラブの方々と交流することもあります。これも仕事といえば仕事で、私生活といえば私生活なんですよね。自分自身が楽しめているので、完全にオフの日がなくても辛くはならないです。

──好きなことを仕事にするというのは、時に辛いこともあるものだと思っていました……。

えとみほ:ライターの仕事をしていた時は辛かったですね。文章を書くことが好きだったので、私にはこの仕事しかないと盲信していました。でも、その仕事に執着すればするほど、この連載がなくなったら人生終わりだとか、結婚や出産をしていたら仕事がなくなるとか考えてしまうようになって、結局過労で精神のバランスを崩してしまい、2年間も休養することになったんです。

──2年間も!?

えとみほ:その時に、「ひとつしかスキルがないからしがみつくけど、書くことを本業のサブにできればいいのでは」と考えました。

──どういうことでしょうか?

えとみほ:「文章を書くのがうまいライター」で1番になるのは難しいけれど、「文章を書くのがうまい経営者」「文章を書くのがうまいスポーツ業界人」だったら上位になれるんじゃないかなって。好きだからこそ固執するのではなく、あえて何かを掛けあわせたり、フィールドを変えたりすることで、少しは気楽に働けるのではないかと思います。

──漠然と、趣味を仕事にしたらきっと楽しいんだろうなと思っていましたが、やはり苦悩もあるのですね。えとみほさんは「楽しく働く」とは、どういう状態のことだと思われますか?

えとみほ:まず「楽しく働く」と「楽して働く」を勘違いしてはいけないかなと思います。楽しい仕事は、自分にしかできないことだったり達成感があったりする一方、決して楽ではない仕事がほとんどですから。

──自分にしかできないことを成し遂げるから楽しい、と。誰もができることではありませんね……。

えとみほ:仕事が辛いという人と、仕事が楽しいという人がいますが、それは裁量があるかどうかに集約するのではないでしょうか。全員が大きな裁量をもてるわけではありませんが、裁量があれば自分が何かを生み出しているという実感が得られて、そこまで苦にはなりません。だから、「楽しく働く」は「裁量のある仕事をする」ことだと私は考えています。

──なるほど……。

えとみほ:仕事が楽しくない人は、どこかに“やらされ感”があるんじゃないですかね。自分の意見が反映されない仕事を“やらされる”と、仕事は途端につまらなくなります。そういう場合は、自分の色を出せるように主体的に取り組むか、仕事は仕事と割り切って、それ以外の場所に楽しみを見出してバランスを取りながら働くというのがいいのではないでしょうか。

──自分の色を出すにはどうすればいいのでしょうか。

えとみほ:難しく考えることはありません。たとえば、一見、単調な作業に見える仕事でもどこかに自分で改善ポイントを見つけることで自分の色を出すことにつながると思います。それを評価してもらえれば、モチベーションも高まるのではないでしょうか。

「好きな仕事なら時間を忘れて働け!」を疑うことが大事

江藤美帆
「今はサッカーの仕事ができてとっても楽しいです」と好きなことを仕事にする難しさだけでなく、もちろん楽しさもあると教えてくれた。

──好きなことを仕事にしたい、けれども私生活の時間ときっぱり分けたい。そんな働き方を望む人もいると思います。どっぷりと仕事に浸る人とそうでない人、それぞれの働き方の価値観がぶつかった時は、どのように対処すればよいのでしょうか?

えとみほ:スナップマートの経営者だった時、スタートアップなので社員にはフルコミットしてほしいと思っていたのに、若手社員は「副業が~」「パラレルワークが~」と言い出したことがありました。それを聞いた時、「えー、だったらスタートアップじゃないんじゃない?」なんて腹が立ったりもしたのですが(笑)

──どう対応されたんですか?

えとみほ:彼らは彼らなりに一所懸命働いているので、これ以上は求められないな、と。そこで副業OKにしたら、スタッフが「うちの会社は働きやすいし、社長も理解がある人」と宣伝してくれるようになり、入社したいという人も現れ、結果的に採用につながっていきました。

──社員も嬉しいし、会社にもメリットがあったんですね。

えとみほ:スタートアップは寝ずにコミットするのが当たり前、好きな仕事なら時間を忘れて働け! みたいなのが常識だと思っていましたけど、改めてこういったことを疑うことは大事ですね。

──えとみほさんのように柔軟に考えてくれる上司ばかりならいいのですが、なかなかそうもいかない気がします。

えとみほ:自分の考えを変えることはできても、他人の考えは変えられないと思ったほうがいいのかな、と。それに会社員の場合は、上司を選ぶことはできないですよね。腹を割って話し合っても、どうしてもソリが合わない時は、配置換えが可能なら異動を希望すればいいのですが、それが無理なら転職もやむなしではないでしょうか。その時は自ら動くしかありません。そのくらい、20代30代の頃に誰の下で働くかは重要なことだと思います。

江藤美帆(えとう・みほ)

テクニカルライター、ウェブメディア編集長などを経て、2015年に「スマホの写真が売れちゃうアプリ Snapmart(スナップマート)」を企画開発。同アプリ運営会社の代表に就任した。2018年にはJリーグの栃木SCへ転職を発表。このニュースはTwitterのトレンド入りするなど、業界内で話題となった。

取材・文/水上アユミ(ノオト・@kamiiiijo
撮影/森カズシゲ