なんもしない自らを貸し出すことでTwitterで話題の「レンタルなんもしない人」。
なんと、この活動の報酬は0円だそう。本当に0円で大丈夫なのでしょうか?
今回、ご本人(森本祥司さん)に連絡を取り、若い世代のお金についての発信を続けるお金の専門家・横川楓先生との対談を実現。お二人に、報酬0円の「レンタルなんもしない人」の活動を通して、これからのお金の価値や稼ぎ方について話し合ってもらいました。
「レンタルなんもしない人」のような活動は、新しい仕事になるのでしょうか?
収入は0円! でも、その活動には価値がある

──レンタルなんもしない人さんは2018年6月にTwitterで活動を開始して、「暇つぶしのオセロの相手をしてほしい」「数カ月放置してある洗い物を叫び狂いながら片付けるので横にいてほしい」などの依頼・報告ツイートも大人気に。どうしてこんなに注目を集めるようになったのでしょうか?
レンタルなんもしない人さん(以下、レンタル):なぜかすぐに見つけてもらって。今日もこれを含めて3件依頼が入ってます。
──“なんもしない”とはいえ、意外と働き者……。
レンタル:そうですね、時間の管理とかは苦手ではないのかもしんないです。今は休日も月に2日くらいで、家族に過労を心配されてます。
──報酬は0円なのに、過労って(笑)。
横川楓先生(以下、横川):「0円」なところに、高い宣伝効果がありますよね。今、私たち世代は“お金がない世代”だと思います。みんなお金がない中で「稼がないといけない! 先が見えない!!」と不安と戦っていて。
──そこにポーンと「0円」レンタル業が登場した。
横川:ですね。「この人は収入が0円で一体どうやって生活しているんだろう?」とみんな気になってしまう。
レンタル:お金のことは、本当によく聞かれます。
──お住まいの国分寺からの交通費以外に、依頼者からの支払いはないですよね。実際どうやって生活しているんですか?
レンタル:僕はこの活動しかしていなくて、妻はイラストレーターだけど今は仕事を受けていないから、世帯収入は0円。1歳の子供もいて、生活費は貯金を切り崩しています。
──おだやかに説明されても、やっぱり大丈夫なの!? と気になって仕方がありません(笑)。
レンタル:そういう人が多いみたいで、「意外とありかも?」「貯金を食いつぶした後は一体どうするつもりなのか!」などいろんな声をいただいています。
横川:レンタルさんは、時給にしたら0円かもしれないけど、付加価値を生み出していますよね。レンタルした人たちも体験をSNSで共有して、それが拡散されていく。その価値はお金では測れないと思うんです。
──たしかに、付加価値と考えたら、0円でもすごく意味がある気がします。
0円だからこそのプレミア?

横川:今、私たち世代は特にコミュニケーション能力を求められることが多くて、プライベートでの人との付き合いに疲れてしまうことも。でもレンタルさんだったら0円ながらもお仕事風なので、逆に頼みやすいのかも?
レンタル:そうですね。実際僕も、知り合いの集まりに参加するよりも、この活動で知らない人に会うほうが気楽だったりします。
──それは少しわかります。友達を誘って断られても凹むし、OKでも迷惑かもしれないってモヤモヤしたりするので。
横川:レンタルさんはなんでもOKというわけではなくて、お断りすることもあるじゃないですか。それが逆にプレミアになっていて。0円だからこそ断れて、ハードルが高くなることがブランディングにつながっているのかなと。
レンタル:それはやってみて思いました。たとえ10円でも報酬があったら、お客様という意識が生まれやすくなるのかなと。お互いに。
本来商売とサービスって、提供側と受ける側が対等な立場であるはずだけど、それがだんだん失われつつあると感じていて。でも自分のそういう態度に違和感を持つ人もいるみたいで。「こっちはお客さんで、依頼してあげてるのにその態度はなんだ」みたいなことを言われることもあります。
──0円なのに?
レンタル:「お客様」って意識がしみついてるのかなって気はします。でも、それはだいたい依頼の段階で分かるので、回避しています。
「好きなこと」を発信していく
──会社員でもセルフブランディング! と言われる昨今ですが、レンタルさんみたいにブランディングするにはどうしたらいいでしょう?
横川:必ずしも何かを学んだりする必要はないのかなと思っていて。たとえば「私は○○が好きです」と伝えること、これだけでも効果があります。
周りに知らせることによって、関連プロジェクトのスタッフ選考での候補に名前があがるかも。私の場合も「若い人たちにお金との付き合い方の話をしたい」と言い続けることが雑誌の連載につながって。
何かひとつでも強く主張し続けることが大事なのかなと。それによって近い界隈の人に気づいてもらえる、見つけてもらえるってこともありますよね。
レンタル:僕は完全にそれで見つけてもらってる側ですね。「プロ奢ラレヤー」さんとか「えらいてんちょう」さんとか、面白い活動をされてる方から声をかけてもらってイベントに登壇したり。自分はTwitterのアカウントを作っただけで、特になんもしていないんですけど。
横川:ポジティブな情報であれば特に、オープンにしていればいつか届くと私は思っています。
レンタル:僕はSNSに顔出ししているけど、それだけで驚かれる。いろいろクローズにしている人が多いですね。
横川:私より下の年代の子たちのほうが、セルフブランディングが上手な世代なのかも。TikTokやVtuberとかであったり、りゅうちぇるさんとかもそうですし。自分の好きなもの、例えば男性でメイクだったり、常識に縛られずに「好き」を発信して、自分に付加価値をつけていくほうが目立っていますよね。
──「好き」でも、仕事に関係ないことだったらブランディングにはならないかも?
横川:お仕事でSNSをやるのであれば、この人はこういう人で、こういう仕事をしているんだなってことが誰が見ても一瞬でわかるようにした方がいいですね。多分たくさん試されて、果敢にやってる方が多いんだろうなと思いますけど。
趣味でつながったほうがお仕事につながることもあるし、仕事にしてもSNSにしても無理してやるんじゃなくて、「好き」を原動力にしたほうが伝わるんじゃないかなという気がします。
──レンタルさんはパワハラで前職を辞めて、好きなことをはじめたんでしたっけ?
レンタル:パワハラはないです。ちょっと上司にヤなこと言われたくらい。「生きてるか死んでるかわからない」とか。
──それ、パワハラですよ。
レンタル:そうかもしれません。でも、それが原因ではなくて、なんか自分は組織に向いていないなって思ったことが退職の理由です。会社がそういう感じでもうまくやっていける人はいるんだろうし。
僕は「好き」というより消極的で、イヤなことはしないようにしています。それが「なんもしない」という活動にもつながっていて。「好き」を出していくことは僕にはちょっと積極的かなという感じがします。
横川:イヤなことをしないのは大切ですよね。無理は続かないですし。
──レンタルさんが上司の方に言われたこと、存在感の薄さってことだと思うんですけど、今の活動にはむしろ合ってますよね。
横川:適材適所。無理しないで、合う場所を探したほうが良いんだろうし、それがブランディングにもつながるんだろうなと思います。
お金がない世代の、お金についての感覚
──いつもお金に追われていたり、お金のことが気になってしまうという人が多いと思うのですが、お二人のお金の感覚はどうやって培われたのでしょうか?
横川:家が会計事務所で、親戚も皆自営業だったので、私も小さい頃からお店さんごっこをやる感じで育ちました。電卓片手に親相手に漫画を売ったりとか。
小学校の低学年くらいから家にある本はとりあえず読むみたいな感じで、貸借対照表とか財務諸表、簿記の本なんかも読まされてましたね。新聞の読み方や経済ニュースの見方なども教えられましたし。
──貸借対照表も? 小学生が!?
横川:はい(笑)。なので原価意識や、お金に関する数字の読み方なんかはわりと昔から身近な感覚でした。
──すごい!
横川:実は私の両親が離婚していて、今私は母方にいるのですが、父があまりきちんと養育費を払わなかったんですね。で、けっこう辛い時期もありまして。
──経済ニュースの見方を教えてくれたのは……。
横川:母方です。祖父が大学院までの学費を出してくれて。もしそれがなかったとしたら、私の今の人生はなくて。そう考えたらお金はすごい大事だなって思います。学校に行くことがすべてではないけど、選択肢を増やすという意味で。
──お金にくわしいのにはルーツがあったんですね。アイドルもされていましたが、アイドル時代の時給はどんな感じで?
横川:アイドルは労働契約ではないので、雇用者ではないんです。なので成果物に対していくらという形で、もし時給に換算するならば、最低賃金より下かなってお仕事も普通にありました(笑)。
待遇は完全に運営次第ですけど、夢をもって活動している子が多いから、やりがい搾取の温床にもなりがちで。
──夢のためには無理しちゃう、とかもありそうです。
横川:そうですね。そういったこともあって、若い人にもきちんとお金について知ってほしいと思って活動しているってところもあります。
──レンタルさんは仮想通貨で一儲けしたと聞きましたが。
レンタル:流行りに乗っただけで、一儲けというほどは。すぐに飽きたので、損害もなかったという感じです。
──お金の感覚は変わりました?
レンタル:それまでは「お金=労働の対価」という価値観しかなかったところに、それ以外でもお金が発生するところがいっぱいあるんだな、ということを知りました。時給に換算したらえらいことになるなってこともあって、それまでの感覚は狭い価値観だったなって思いました。
お金はツールに過ぎない。お金の価値も稼ぎ方も変わっていく
──お二人にとってお金とは何なのでしょうか?
レンタル:僕にとって、お金は便利で使いやすい、ツールですね。
──便利なツール。お金は好きですか?
レンタル:単純に使いやすいから、お土産をもらうより、お金をもらうほうが好きっていう意味では好きです。お金に関しては、交換できるツールに過ぎないと思ってます。
お金というツールがある程度ある状態で、海外旅行に行く人もいるだろうし、僕の場合は「レンタルなんもしない人」を始めたって感じです。
横川:私もそれでいうとお金はツールだと思ってますね。選択肢を増やすためのツールだなって。お金があればどんな選択肢でもいろいろ選べるし、なかったら、選べないものが出てくる。ただそれだけって思います。
でも、やっぱり将来不安な人ってほんと多いと思うんですよ。実際、好きなことをしたいけど、できないって人のほうが世の中には多いから。そういう意味では、お金は選択肢を増やすものだから、選択肢を増やすために、これからお金をどうしていくかを一回見つめなおした方がいいのかなって思いますね。
──「レンタルなんもしない人」は、これからの仕事になるんでしょうか?
レンタル:僕は今お金を増やしてはいないんですが、本を出さないか、と複数の出版社から声もかかっていますし、今後いろんなお金の発生のしかたがあるのかなと思っています。どういうバリエーションがあるのか、いろいろ観察して楽しみたいなってところです。
横川:今の時代、レンタルさんみたいに自分に付加価値をつけて、仕事につながる可能性も大きいと思うんです。だから、それを自分で模索するとか、考えてみるというのも、これからの生き方なのかなって思いますね。
──これからもっと変わりますよね。
横川:副業などももっと増えると思うので、お金の価値や稼ぎ方も変わると思いますよ。目に見えるお金だけがすべてじゃなくなると思います。
レンタルなんもしない人(れんたるなんもしないひと)
2018年6月にTwitterにアカウントを開設、なんもしない1人の人間の存在だけを貸し出す(国分寺駅からの交通費と、発生した場合の飲食代は依頼者負担)レンタル業を開始した「レンタルなんもしない人」こと、森本祥司さん(35)。フォロワー数は6万人を超え(2019年1月現在)、レンタル業の報告ツイートは、家族や友人にも理解されづらい人々の悩みを可視化し、人気となっている。
Twitter:@morimotoshoji
横川楓(よこかわ・かえで)
明治大学法学部卒業後、同大学院へ進学、24歳で経営学修士(MBA)を取得。
地下アイドルという異色の経験を持ち、現在は特に若い世代やお金のことをあまり知らない世代へお金の知識の啓蒙を行い、唯一のミレニアル世代のお金の専門家/経済評論家として活動中。「お金のことを誰よりも等身大の目線でわかりやすく」がモットー。初の著書となる「ミレニアル世代のお金のリアル」(フォレスト出版)が2019年2月8日に発売。
Twitter:@yokokawakaede
Instagram:@cae0813
取材・文/樋口かおる(@higshabby)
撮影/ケニア・ドイ