ノートと鉛筆、PC、カメラだけを持って世界中を旅しながら仕事をしている古性のちさん。なぜ古性さんは今の働き方を選んだのでしょうか。古性さんが会社を辞めて旅に出ることを決めるまでに考え、実行したことを綴っていただきました。

どんなに表面に嘘のミルフィーユを重ね蓋をすることはできても、自分の心の奥底にあるNOにまで、嘘を塗りたくることは難しい。

人生は有限だ。どんな生き方をしたとしても、今日という日がもう一度やってくることは二度とないし、明日がやってくる保証もない。

そして、いくら一生懸命に目をつぶったり、誰かのせいにしたところで、自分の人生は自分のものでしかないのだ。

私は1年のうち半分を世界のどこかで生きている

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カタカタとPCに出発地を「日本」とだけ打ち込み、その先から広がるたくさんの国名とにらめっこを繰り返しながら、さあ、来月はどこで暮らそうか? の問いから始まる月初め。そろそろ寒くなってきたし、国内なら沖縄か。それともタイやインドネシアに飛んでしまおうか。余裕があるのなら、もう少し遠くまで行ってしまおうか。そんなことを、自宅のお気に入りの机ではなく、それもまた、どこかの旅先のカフェやコワーキングスペースで頭を悩ませている。

私は今、1年のうち半分を日本のどこか、半分を世界のどこかで生きている。

メインの収入源は、言葉を綴ること(と少し写真を撮ることも)。そんな私を「Webライター兼フォトグラファー」と呼ぶ人もいれば「コラムニスト」と呼んでくれる人もいる。同じような働き方を目指す人、デザイナーやライター、学生、仕事に疲れているOLさんなどに向け、コラムやエッセイ、ノウハウ記事だったりをWebを中心に綴らせてもらっている。

今回こうして寄稿させていただいているのも、そのひとつにあたる。「書く・撮る」とざっくりまとめても、デザインの仕事も長いことしていたので、記事のメインビジュアルを製作したり、写真のレタッチまでまるっとお仕事をいただく機会が多い。

そういった仕事を国内や国外に持ち出し、旅と仕事の両立をしているのが現在のスタイルだ。

事業形態は個人事業主で、もうすぐ3年目になる。基本、国内で打ち合わせが発生するものや、常駐しなければ成り立たないお仕事はお断りさせていただくことが多い。せっかく依頼いただいているのに、申し訳ないと思ったりもするし、断るにも勇気がいる。「その場所にとどまりお金をいただく」を優先したいのであれば、会社員でいたほうがいい。そのほうがきっと生活は安定する。それでも、私の優先順位は断然に旅のほうが高かった。

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私の旅と日常の境界線は、空と海の境界線のように薄い。

自宅は東京にあるけれど、文字通り飛びまわっているため、たまに戻る自宅は「ただいまの場所」というより「ちょっと長いトランジット」みたいな場所に変わった。自分の足で開拓したフィールドには知人・友人が増え「ただいま」を言える場所が増えたせいかもしれない。「世界中に友達を」なんて台詞も、あながち夢で終わらないのだろう。

そんな私も2年前まで、月曜日から金曜日までひたすら電車に揺られ、夜遅くまでパソコンを叩き続ける会社員だった。

この2年間で人生は、驚くほど理想の形に近づいたように思う。

「手に職があるからでしょう」と言う人もいるけれど、そんなのは追加しようと思えば、正直誰にでもできる追加オプションのひとつに過ぎない。本当に必要なのは、“自分という人間を知っていること”だと思うし、お金よりも“戻らない約束と覚悟を自分とすること”なのだと思う。

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20歳で美容師として働きはじめ、その後フリーターからWebデザイナー、ライターへと異端な転職を繰り返してきた。

だけれどいくら職種や職場を変えようとも、私の心にあった違和感が拭われることはついになかった。

その違和感は、団体に所属した時に生まれる、自分のNOとWANTの存在感と価値が著しく薄くなることだった。「これがやりたい」は“わがまま”や“扱いにくい”に直結し、「やりたくない」「できません」は、“ダメなやつ”に直結する。誰もが“言いたいこと”や“やりたいこと”をぎゅっと奥歯に噛み締め、こっそりと愚痴に変換しやり過ごしている。なぜか会社やみんなと同じ方向を向いているYESだけが過大評価されるのだ。

その風潮は、登校拒否に至ってしまった学生生活時代ととても似ているように思えた。会社は結局、学校というレールの終着駅なのだ。

「自由で新しい働き方」や「ノー残業DAY」など、日本の働き方も組織のあり方も、少しずつ変わっているのは確かだ。昔ほどYESの圧倒的勝利ではなくなったのかもしれない。それでもこの違和感は、個の力で生きていきたいと考え始める材料としては十分だった。

自分が丁寧に紡ぐ仕事はきちんと自分で選びたい。

自分が生きる場所を自分の手で選びたい。

間違いだと思うことにはNOと言いたい。

いつか、誰かの顔色を伺わず、伸び伸びと。

自分だけを信じて、個で生きていけるようになれたら。

そんなことを、頭の片隅に思った。

社会人生活4年目で私に訪れた転期

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とはいえ、毎日はせわしない。行きたいカフェもあるし、食べたいものも多いし、観たい映画もある。あっという間に朝がきて、あっという間に夜になり、いつの間にかあけましておめでとう、今年もよろしくお願いしますと挨拶が始まる。

気づけば社会人生活も4年目に入り「まあ、人生って結局こんなものなのかもしれない」と思い始めた私に転機が訪れたのは、「最高の1日を考えてみる」というワークショップに参加したことだった。

やり方はとてもシンプルで、広げたノートに自分が思い描く最高の1日を朝起きてから夜眠るまで、できるだけ事細かに書いてみる。どんな場所で目が覚めて、何が聴こえるのか。家はマンションなのか、一軒家なのか。眠るのは何時なのか。どんな日中を過ごすのか。仕事は何をしていて、誰のために働いているのか。

小さなテーブルを数人で囲み、頭を振り絞って書き上げた私の理想の1日は、我ながら笑ってしまうくらいに今の生活とかけ離れていた。

「人生って有限なんですよねえ」

ワークショップに参加していたひとりが、ぽつりと呟いた。

「きっとこれが、僕の内側からにじみ出ている心の声なんでしょうね。叶えた時に見える景色って、どんなものでしょうか」

みんながうんうん、と頷く。

あの瞬間、私の頭の中で確かにコトンと、何かの音がした気がした。

きっとあれは「自分の足で生きていくこと」を覚悟するスイッチが入った音だったのだと思う。

今日食べたいものを選ぶように、生きる場所も、仕事も、自分で選ぶことができる。それは、運の良い人だけに許された魔法のようなものではない。

着実に、誰もが平等に、階段を登っていけば手に入れられる現実だと思う。

自分の足で生きて行くため、自分としたいくつかの約束

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ワークショップを終え、独立することを決めてから、私は自分といくつかの約束事をした。大きな紙を広げ、一番上に「自分の足で生きていく日!」として2年後の日付を書き上げた。

下にはこう続けて書き、毎月読み直しながら、独立予定の日まで少しずつ実行することにした。

  1. 挑戦するためのお金を貯める(給料の1/3を貯金に回す)こと
  2. 「諦められること」「諦められないこと」をそれぞれリスト化すること
  3. 戦える武器を2つ用意すること
  4. どこかのタイミングで「3ヶ月死ぬ気で頑張る」をすること
  5. 発信を始めること
  6. 名刺を作ってイベントに積極的に出向くこと

1.挑戦するためのお金を貯める(給料の1/3目安で貯金に回す)こと

丸腰で挑戦できるほど強い人間ではないので、まずはお金を貯める。目的目安として「半年何も仕事をしなくてもいい」くらいの資金を貯めておく。手取りの1/3と決めたのは、なんとか頑張れそうな現実的な数字だったから。ここは個人差があっていいと思っている。

2.「諦められること」と「諦められないこと」をそれぞれリスト化すること

1の貯金を実現するために「諦められること」と「諦められないこと」をそれぞれリスト化する。たとえば、コンビニのお菓子は諦められるけれど、大好きなカフェ巡りは諦められない。その分、頼むメニューは一番安いものにするなど。「諦められないこと」に関しては、その代替案もセットで出してみる。

自分を幸せにしてくれるもの、なくても困らないものを徹底的に洗い出し、生活レベルを極端に下げず、ストレスなく節約できる方法を探すこと。

3.武器を2つ用意すること

剣が壊れても盾が、盾がなくなっても剣がある。そんな風に戦うため武器は2つ用意する。それは必ずしも「手に職」のスキルではなくていい。「コミュニケーション力と度胸」でも良いし「企画力と足が速い」でもいい。大切なのは、“それが武器だ”と自分が自覚していること。そして決して裏切らない、心から信頼できるもの。私の場合は「書く」そして「撮ること」の二軸だった。

4.「3カ月本気を出す」をやってみること

自分の武器を手に取ったら、今度は人生で「下のエスカレーターを全力で登る」くらいの努力をしてみる。私の場合“書くこと”。寝ても覚めても言葉を綴っていたし、正直あの時代の記憶がない。48時間書いて寝る、みたいな生活を繰り返してた。頑張れる自分と出会うことは自信になるし、運が良ければ思いもしない何かを連れてきてくれたりする。あまりに寝なくて「死なないんですか?」と聞かれたりもしたけれど、人間実は結構タフにできていたりする。

5.発信を始めること

SNSでもブログでも何でも良いから、世の中に発信してみる。「発信苦手なんだよね」という人も「これは未来の私への投資だ」と思いビジネス目線で続けてみる。自分が何を考え、どんな事をしたいのかをとにかく広げてみること。私が最初に始めたのはTwitter。人によって相性があると思うので色々使ってみる。まずはなんでも良いので「続けてみる」が大切。

6.名刺を作ってイベントに積極的に出向くこと

会社以外の名刺を持つこと。肩書きは嘘でなければ、今目指しているものでもいい。裏にはできることややりたいことなど会話の糸口になりそうなものを載せてみる。「地域にイベントが少ないです」という人は、自分で開いてしまえばいい。「飲み会イベント」でもいいし「おにぎり食べましょう」とかでもいい。とにかく、接触する人数を増やせるだけ増やしてみる。私は“毎週土曜日はイベントの日”と決め、主催したり、出向いたりをしていた。

こんなことをひたすらに繰り返しながら自分と約束していた2年後に独立し、その後、旅と仕事の両立にチャレンジすべく、世界一周の旅に出かけた。

古性のち

現在わたしは29歳。来年はいよいよ30歳を迎える。この年齢を「まだ若いからそんなチャレンジができる」という人もいれば「結婚とかどうするの?」と聞いてくれる人もいる。

また、この生活を「私も挑戦したい!」という人もいれば「私には絶対無理だ」という人もいる。

私はそのどちらも正しいと思う。大切なのは、誰が作ったのかもわからない価値観や世間の常識に引っ張られず、目の前で起きていることに、きちんと自分が納得するものさしを当て、凛と背筋を伸ばせるかどうかだと思っている。

「もう40歳だから」

「守るものがあるから」

「結婚しているから」

結婚もしたことのない、まだ若い私が言うのは説得力がないかもしれない。

だけれど正直そんなのは言い訳だ。

だってきっと私がいま、50代で家庭があったとしても、覚悟を決めたのならどんな形であれ、飛び出すだろう。

自由であることは同時に、大きなリスクを背負う。失うものだって多い。

それでも今はまだ手を伸ばしても届かないくらいはるか彼方にいる自分を、信じて走り続けていたい。

だって人生は、有限なのだから。

Main Visual Photo by – 横尾 涼(@ryopg8

この記事を書いた人

古性のち(こしょう・のち)

古性のち(こしょう・のち)

1989年生まれ。美容師からITの世界へ転職し、現在は書くこと・撮ることを本業にしながら世界中を飛び回っている。「暮らしにちいさなときめきを」をコンセプトに、世界・日本各地に眠るときめきの種を集め、編集する蒐集家。2019年2月からタイ・バンコクに移住。3度の飯よりチャイが好き。

Twitter:@nocci_84

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