仕事をしていると失敗や挫折はつきものです。精一杯努力しても達成できないことやかなわない夢、ありますよね。

そこで今回は、約17年間ひとつの夢を追い続け、その後、別の方向へ人生の舵を切った元サッカー選手の丸山龍也さんにお話を伺いました。丸山さんは現在、サッカーマンガの出版社を経営しています。

8歳でサッカー日本代表になる夢を掲げ、人生の大半をサッカーに捧げ続けたその人生。プロになるために、国内外のサッカーチームのトライアウトに参加しまくりましたが、なかなかプロの道は開かれませんでした

22歳でようやく結んだ初めてのプロ契約の相手は、スリランカのニューヤングスFC。その後も、遥か先に見える「日本代表入り」という夢を叶えたくて、各国のサッカーリーグに活動の場を移すものの、結局サムライブルーのユニフォームに袖を通すことはできず……。ついに25歳で現役を引退し、17年の歳月をかけて挑んだ夢に終止符を打ちました

どうやって長年続けてきた現役生活を“辞める”決意を固めたのか。次の目標をどのように見つけたのか。夢をあきらめる勇気とその後の人生の切り開き方について、丸山さんにインタビューを申し込みました。

17年間、追い続けた夢を“あきらめた”ワケ

丸山龍也
丸山龍也(まるやま・りゅうや)。元サッカー選手。シドニー五輪のサッカー準々決勝で、中田英寿がPKを外したシーンを観て「僕が日本代表になってチームを強くする」と小2で決意。その後、国内外で精力的にサッカー活動を行い、2017年の夏に現役を引退。2018年8月にサッカーマンガの出版社、ワンディエゴ丸出版社を設立した。

──これまでの人生、丸山さんはその大半をサッカーと向き合われてきました。そのサッカーを辞めると決めたきっかけは?

丸山龍也さん(以下、丸山):25歳の時に、スペイン3部のサッカーチームのトライアウトに参加しました。そこで認めてもらえればチームとのプロ契約に進めるのですが、残念ながら声をかけてもらえなかったんです。子どもの頃から、「サッカーは下手くそだけど、自分はミラクルな才能がある」と信じて疑わず、ずっと必死に頑張ってきました。でも、25歳になってこれまでを振り返った時に、成長の曲線がだんだんと見えてきて、自分のポテンシャルや年齢的にもう手が届かないことに気づいちゃったんです。

──そうだったんですね……。

丸山:だからこそ、サッカー強豪国のスペインで挑戦したのですが、3部すら受からなかった。日本代表は、スペイン1部と同等レベルなので、仮に今後、頑張って3部に受かっても、さらに上の上に行かなきゃいけません。日本代表入りどころか、その実力不足を痛感して“辞める”という決断をしました。

丸山龍也
スペインのトライアウト中に暮らしていた寮の玄関。現役を退いた今、ここへ入ることはもうできない。(写真提供:丸山さん)

──引退を決意した時の心境はいかがでしたか?

丸山:悔しい気持ちはあったけれど、スッキリしたというのが正直なところです。100%の力を出しきっていたので、夢が叶わなくても納得感があった。初めて自分自身に「よくやった」って言ってあげられました。これまでサッカーしかやってこなかったので、「さて、これから何をしよう」と視野が広がってワクワクしている自分もいました。

選手時代にケガで挫折。逃亡したこともある

──小2でサッカーを始めて引退までの17年間で、もうサッカーを辞めよう、と思ったことはなかったのですか?

丸山:いえ、実は過去に何百回も辞めたいと思ったことがあります。特に辛かったのは、アンソメット岩手・八幡平に所属していた時のケガですね。実は大きなケガを2回していて、1回目のケガの復帰戦で、やっと試合に出られると思ったら、前半15分で同じ左膝をケガしちゃって……。またリハビリ生活に戻るのかって考えたら、さすがに心が折れましたね。

──練習できない期間が長く続いたのですね。

丸山:そうですね。9カ月間リハビリをしました。1回目のケガから数えると、約2年間はまともにプレイできなかったんです。しかも19歳からの2年間って、結構大切な時期じゃないですか。周りの人には「リハビリしてまた戻ってきます~」って明るく言っていましたが、家に帰ったら一人で頭を抱えて悩んでいました

丸山龍也
「好きなことをやっていてもいいことばかりじゃないっすよ」と、リハビリ中の辛いエピソードを、冗談交じりに話してくれた。

──リハビリ期間中は何をしていましたか?

丸山:なるべくサッカーのことを考えないように、アルバイトに没頭していました。朝と夜のバイトを掛け持ちして、働きまくっていましたね。

──アルバイトがいい気分転換になっていたのですね。

丸山:そうですね。でもある日、急に自分の中で張り詰めていた糸が切れちゃって。友だちとの連絡を絶って、バイトも辞めて、鹿児島県に逃亡しました。

──えっ!? 逃亡ですか?

丸山:バイト中は気が紛れても、自宅に帰るとやっぱり思い詰めちゃう自分がいて。サッカーができなくても、とにかく外に出て何かしたかったんです。鹿児島に親戚の空き家があるって聞いていたので、思いついた次の日には飛行機に乗ってそこへ向かっていました。空き家はボロいし暗いし、トイレもボットン便所。そんな環境で、一部連絡を取っていた知人からもらった仕事をして、細々と3カ月ほど暮らしました。

丸山龍也
鹿児島時代の丸山さん。近所に住む親戚の子とよく海で遊んでいたそう。(写真提供:丸山さん)

──3カ月も!

丸山:わりと長く滞在しました。住み始めたばかりの頃は、桜島の夕日に感動して「歌詞にでもしてやろうか」と思いましたが、見慣れるとただ悲しいだけですよ(笑)。テレビをつければ同世代のサッカー選手が活躍しているし、SNSを見れば友達がワイワイと大学生活を謳歌している。おそらく当時の自分はそれを見て何かを考えていたと思うんですが、どうしてかその時の記憶があんまりないんですよね。

──空白の3カ月だったのですね。

丸山:強いて言えば、近所に住んでいた親戚の子に「パズドラやろうよ、お兄ちゃん」って誘われたのだけは覚えています。暇なんで、めっちゃ強くなっちゃって。パズドラを極めて、自分は何になるんだろうって別の悩みができました(笑)。鹿児島での生活は、直接サッカーに結びつく経験はなかったけれど、環境を一新したことで気持ちの整理にはなったんでしょうね。

「とりあえず3年」どころか、10年続けて初めて見える世界がある

丸山龍也
鹿児島から地元横浜へ戻ってきた当時の丸山さんは、改めてサッカーと向き合うことを決意した。

──一時的に離れる期間がありつつも、ずっと地道にサッカーと関わってこられました。続けることで自分自身が変わったこと、気づいたことはありますか?

丸山:そうですね……。続けていたらそれなりにいいことがある、でしょうか。よく「仕事が嫌になったらすぐ辞めろ。とりあえず3年働けっていうのは嘘だ」っていうじゃないですか。でも僕は、3年どころじゃなくて、10年取り組んで初めて見えてくることがあると思うんですよね。

──長く続けることが自分の強みになる、と。

丸山:その通りです。僕の場合は会社ではなくサッカーでしたが、嫌になっても続けたことで、プロとまではいかなくても知識は豊富に持っています。だから、日本代表になれないまま現役を引退しても、その後サッカー関係の仕事を続けることができました。新しいことにチャレンジするのはもちろん大事ですが、目の前の仕事にじっくり向き合うのも同じくらい大事かなって。

──逆に、ひとつのことを長く続けるデメリットってあるのでしょうか?

丸山:メリットもデメリットも考え方次第ですね。たとえばケガをして、サッカーの試合に出られないと考えればデメリット、これを機にサッカーの勉強に取り組もうと思えばメリットですよね。考え方次第でどっちにも転びます。ただメリットばかり考えるのは危険で、良い面と悪い面の両方を知って、バランスよく物事を判断できるようになるといいのかな、と。

──サッカーを続けたことで見つけた、自分の意外な一面ってありますか?

丸山:ぶっちぎりで1個あるのは、自分のためじゃなくて人のために頑張ったほうが力を発揮するタイプだったってことですね。子どもの頃から班長とか応援団とか、みんなを引っ張っていくのが好きで、引退してからは飲み会の幹事をよく買って出るようになりました。サッカーをやっている時は、「活躍しなきゃ」「プロにならなきゃ」って、自分のことだけを考えて行動していたのですが。

──ただ、サッカー選手は自分をアピールするために、時にはメンバーを差し置いて前に出ることも必要ですよね。

丸山:そうなんです。でも、海外のいろんなチームに所属してわかったのは、サッカーがうまいやつほどメンバーに気を配っているんですよね。チーム全体に目を向けて、円滑に試合を進められるような空気感を作っている。プレイの精度や技術はプロで通用するレベルに達しませんでしたが、そういった仲間や周囲を見る目は育ったんじゃないかな、と思っています。

本当にやりたいことが見つかる魔法の質問

丸山龍也
現在はJリーグの認知拡大を目指し、サッカーマンガを制作している丸山さん。自分の体験談をもとに、やりたいことを見つけるコツを教えてくれた。

──現役を引退して、サッカーマンガの出版社を設立しました。次の目標をどのように見つけたのでしょうか。

丸山:僕、自分がやりたいことは、自分の外にはないって考えているんです。自分自身と向き合うことでしか、人は目標を導き出せないって。よくやりたいことを見つけるために、いろんな人に会ってみたいな話を聞きますが、それで具体的に見つかることって少なくないですか? 

──自分自身と向き合わないとわからないということですね。

丸山:僕は、自分の中ですっごく悩んでいた時に、やりたいことが見つかるある質問を思いついたんです。悩んでいる人はぜひ試してほしいんですけど。

──そんな魔法みたいな質問があるんですか!?

丸山:はい、すごくシンプルな質問です。

「お金も時間も気にしなくていい、しかもこれからやることは絶対に成功する。……もし誰かにそう言われたら、何をやりたいですか?」

この答えが、その人が本当に“やりたいこと”だと思います。僕もそうでしたが、やりたいことが見つからない時って、「お金がない」「時間がない」「才能がない」みたいに、言い訳ばっかり思いつくんですよ。それらを一度取っ払ってみましょう。真剣に自分自身に向き合えば、「キャバクラで大豪遊できるくらいの収入がほしい」みたいな、しょうもない目標は出てこないですから(笑)。

──なるほど(笑)。

丸山:でも、「やりたいことがない」というのは、別に悪いことではありません。僕もサッカー選手を引退したら、やりたいことがそんなに多くないって気づきましたから。小さなことはあっても、大きく人生を左右する「やりたいこと」って滅多にないし、むしろないのが普通だと思います。

──やりたいことがなくても、焦らなくていいんですね。

丸山:やりたいことが見つかるのは、宝くじが当たるくらいラッキーなことくらいに受け止めておけばいいんじゃないでしょうか。だからこそ、見つけた時に「さあ、どうする?」と真剣に悩むことができる。別に今やるべきじゃないって思えば、それはやらなくていいこととして除外すればいいわけですし。

ちなみに、何か悩んだ時は、ポジティブシンキング(積極的に考える)ではなく、ポジティブアスキング(積極的に自問する)を心がけるのがおすすめです。「どうやったらできるんだろう?」って前向きな質問を自分に問いかける癖をつけると、頭の中でそれを整理できるようになります。あとはそのまま、迷うことなく行動すればいいだけですから。

丸山龍也(まるやま・りゅうや)

元サッカー選手。シドニー五輪のサッカー準々決勝で、中田英寿がPKを外したシーンを観て「僕が日本代表になってチームを強くする」と小2で決意。その後、国内外で精力的にサッカー活動を行い、2017年の夏に現役を引退。2018年8月にサッカーマンガの出版社、ワンディエゴ丸出版社を設立した。

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取材・文/水上アユミ(ノオト・@kamiiiijo
撮影/井上依子