「仕事で結果を出して、周囲に認められる人間になりたい」

そう思いながらがむしゃらに働き、時には長時間の残業も厭わないビジネスマン。そんな彼らの働き方に警鐘を鳴らしているのが、神保町の人気定食屋「未来食堂」のオーナー小林せかいさんです。

「未来食堂」は、ご飯はセルフサービス、メニューは日替わり1種類のみ、店員は1人だけという異色の店。小林さんは自ら「完璧ではない店」と説明します。

なぜ「完璧ではない店」に、多くの人が集まるのか? 完璧でなくても人に認められ、必要とされることなんてあるの? 小林さんが普段から心がけている完璧を目指さない思考の本質、そしてやること・やらないことの見極め方について聞きました。

頑張るのはいいけれど、無駄な完璧は目指さない

小林せかい
小林せかい(こばやし・せかい)。日本IBM、クックパッドで6年半エンジニアを勤めたのち、2015年9月に神保町で「未来食堂」を開業。合理的かつユニークな経営方針が評価され「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」の食ビシネス革新賞を受賞した。

──今回は「完璧を目指さない」というテーマでお話を聞かせていただきます。

小林せかいさん(以下、小林):お〜、いいテーマですね!

──小林さんは著書やインタビューの中で、「完璧を目指さない」「頑張りすぎない」を提言していますが、それはなぜですか?

小林:今のビジネスマンは、みんな頑張りすぎなんですよ。会社の評価のために、100点の結果を目指して一生懸命になることはいいけれど、それが誰のための100点なのかっていうのが頭から抜けがちで……それに気がついてほしくて。

──誰のための100点なのか、といいますと?

小林:自分のための100点だったら独りよがりでもいいのですが、それが会社やお客さまのための100点ならば、相手が望んでいることを叶えなくてはいけないですよね。ここを間違えている人が意外と多いんですよ。

──求められていない方向へ突っ走ってしまうこともある、と?

小林:そうなんです。これは実話なのですが、ある人が「施設で作った料理を利用者に温かいまま届ける」というコンセプトのビジネスを考え、そのために病院で使っている配膳車を買おうとしていたんです。でも、わざわざ配膳車を買う必要があるのかなって。配膳車って1台いくらするか知っていますか? あれ、800万円もするんですよ。

──800万円! それは大きな出費ですね。

小林:高価な配膳車を買って、たとえば「湿度25%、温度85度のご飯を持ってきました〜」と言ったところで、それってお客さまが本当に求めていることなのでしょうか。ある程度温かければ、ほとんどの人は細かい湿度や温度はそこまで気にしません。それよりも、お客さまが食べてホッと落ち着ける「温かみ」が感じられる工夫に投資したほうがいいと思うんですよ。

──確かにそうですね。

小林:そう考えると、配膳車を買うのは自己満足なんじゃないかなって。誰も求めていないことを突き詰めるのは「無駄な完璧」だと思いませんか? 温度を保ったまま運ぶなら、発泡スチロールの箱でいいじゃないですか。

「100点以外はダメ」という固定概念はなくしたほうがいい

小林せかい
「運搬用に発泡スチロールの箱を手配するなら、お金をかけたとしてもせいぜい8万円くらいでしょう」と、小林さん

──誰にとっての100点なのか、こだわるところを間違えてはいけませんね。

小林:そうそう。だから仕事が終わらなくて残業ばかりしている人は、この作業が目指すべき100点のために本当に必要なのか、自分がやるべきことなのか、改めて考えてみてほしい。実は「無駄な完璧」のために時間を使っていた、なんてことがあるかもしれませんから。

──「無駄な完璧」のための残業……。

小林あと、「100点以外はダメ」みたいな固定概念もなくしたほうがいいですね。90点でも80点でも、相手が許容してくれるなら点数は関係ないんです。

──どういうことでしょうか?

小林:未来食堂の話でいうと、まかないさん(※)がいなくて忙しい時、セルフサービスのお茶用のコップを、陶器の湯のみではなく紙コップに変更します。陶器は割れてしまうので、お客様の前には最大2つしか重ねて置くことができませんが、紙コップならたくさん重ねて置けるし、洗い物の手間も省けるからです。

(※)まかないサービスを利用する人。未来食堂は、店を50分手伝うと1食無料で食べられる「まかない」サービスがある。

──ただ、陶器の湯のみと紙コップを比べると、湯のみのほうが見栄えがいいといいますか……ちゃんとしている店感は出る気がしますが。

小林:そう考える店主は多いと思います。お客さまにとって、湯のみで飲むお茶が仮に100点だとしたら、紙コップで飲むお茶は85点くらいでしょうか。お茶に対しての満足度は少し下がるかもしれないけれど、無理やり洗ってビショビショの湯のみを出したり、バタバタ店内を走りまわったりするよりはいいかなって。100点を提供できなかったとしても、お茶を出せない0点を回避することが真摯な対応だと思うんですよね。

──紙コップにしたことで、お客さまから何か言われることはありますか?

小林:「今日は紙コップなんだね」って言われたので、「今日は一人で忙しいんですよ」って返したら、「そっかそっか」って納得してくださいました。そんなもんですよ。

小林せかい
カウンターに重ねられた陶器の湯のみ。忙しい時は紙コップに変わる。

──そうした店都合のことでも、お客さんがすんなりと受け入れてくれて、さらに再び足を運んでくれる理由を、どのように考えていますか?

小林:それは、ごはんを出しているからですね。うちは定食屋なので、ここでお客さまが求めていることは「ご飯を食べられること」なんです。そのニーズをちゃんと満たしている。それだけです。

──未来食堂は常連のお客さんがたくさんいらっしゃいますが、リピーターになってもらうために何を意識していますか?

小林:特にないのですが、印象に残るプラスなことをしたいなと考えています。ごはんは美味しかったけれど印象に残らない店ってあるじゃないですか。それって期待値とトントンの経験しか与えられなかったから、覚えてもらえなかったわけです。未来食堂は、温かいごはんを食べられるだけでなく、ごはんを素早く提供できること、まかないやあつらえ(※)といった独自のサービスがあり、そこに価値を感じてくれる人がリピートしてくれているのだと考えています。

(※)客の要望に合わせて、定食の小鉢に入れる料理を提供してくれるサービス。

やること・やらないことをどう見極めるか

小林せかい
取材に応じながらも手を動かし続ける小林さん。いくつものタスクを同時にこなして、時間をフルに使う。

──小林さんは、やること・やらないことの見極め方がとても上手ですね。

小林:やることが多い時は、自分なりの指標を作るといいですよ。私の場合、仕事では「お客さまのためになるかどうか」「やらなきゃいけないことかどうか」の2軸で考えます。このどちらにも当てはまらないものはやりません。

──とてもシンプルな指標ですね。

小林:あと、「好きなこと=やりたいこと」にならないように、あえて好きじゃないことをやったりしています。

──好きじゃないこと、ですか?

小林:未来食堂のカウンター席の前面に、季節の花の画像を印刷して貼っているんですが、別に私は花が好きなわけではなくて……花の知識はむしろタンポポくらいしかわからないレベルなんですよね。でも、お客さまからすると、季節の花を見るだけで心の余裕ができたり、この季節はこの花なんだ! みたいな発見につながったりしますから。

小林せかい
カウンター席の前面に貼られた季節の花のイラスト。会話のきっかけになることもあるそう。

──季節の花ということは、シーズンごとに貼り替えているのでしょうか?

小林:そうです。花の知識がまったくなかったので、どの季節にどの花が旬なのか、インターネットで調べてカレンダーを作りました。これ作るのに半日かかったんですよ。

小林せかい
季節ごとの花を記録したお手製カレンダー。約50種類の花についてまとめられている。

小林:好きなことだけをやりたいという気持ちもわかるけれど、好きなことって有限なので、すぐ枯渇してしまいます。花は好きじゃないからあきらめるのか、好きじゃないけど勉強してみるのかで、知識の幅はすごく変わってくる。お客さまのためにと思ってやっていたことも、気がつけば自分のためになったりするものです。

──逆に、「これはやらない!」と決めたものはありますか?

小林:人に聞いたり調べたりしてすぐにわかることは、自分では覚えないですね。わりと長く住んでいる自宅の住所も、いまだに覚えてないですから(笑)。郵便局や宿泊先で住所を書く時、スラスラ書けなくて怪しまれますし、かなり致命的なことだとは思うんです。でも、住所を覚えることにエネルギーを割けない。たぶんあんまり興味がないんでしょうね。

「小鉢3品」というルールを疑ってみて気づいたこと

小林せかい
「自宅の住所もいまだに覚えていない」と話す小林さん。一見、ダメなようで実に合理的な考え方。

──ここまで「完璧を目指さない」というテーマでお話を聞きましたが……、小林さん、実は完璧主義ですよね?

小林:そうですね(笑)。ストイックという点でいえば、他の方には負けないレベルではあると思います。だからこそ、どこを完璧にするかというのは常に意識していますね。

──お話を聞いていて、徹底的に無駄を省くという行為において、ある種の完璧主義な一面が垣間見えました。完璧主義で困ったことはありますか?

小林:それはもう、おおありです。未来食堂は最初、「ご飯と汁物とメイン料理と小鉢が3品つきます」っていう売り文句を使っていました。でも、実は小鉢3品というのが大変な足かせで、小鉢に入る料理は限られているので、営業中に1品でもなくなったら作り直さなきゃいけなかったんです。

──それは大変ですね。

小林:でもある時、ふと「別に3品じゃなくてもいいんじゃない」ってひらめいて。たとえば、煮物がメインの時に、野菜炒めとお味噌汁でもいい。小鉢3品分の満足度がある1品でもいいってことに気づいたんです。当時はなんとなく3品がいいと思い込んでいて、こだわっていた自覚すらありませんでした。

──無意識のうちに作っていたマイルールを止めたことで、提供するメニューのバリエーションが増えたのですね。

小林:はい。これはすごく大きな学びでした。当たり前だと決めつけていた枠を取り外すのは大切ですね。小鉢は3品じゃなきゃいけないっていう謎の固定概念をひっくり返すのは、完璧さを求めるストイックな仕事ぶりからは生まれません。「こだわる必要、あったっけ?」みたいな、半ばヤケクソ的なひっくり返し力が必要なんです。

誰しも欠点があって完璧な人なんていない

小林せかい
「湯のみを高速で洗える仕組みは、そのうち作れたらいいなと思っています」と意欲を見せる小林さん。

──そうやって思考を柔軟に変えることは、意外と難しいですよね。

小林:自分を変えるというのは、自分の欠点を認めることにもなりますからね。でも、時にはその覚悟も必要です。誰しも欠点はあるもので、完璧な人なんていないですから。

──自分を変えたいと思った時には、どうしたらいいのでしょうか。

小林:これは私の持論なのですが、自分を変える方法は2ステップあります。第1段階は、できないことを自覚して、その穴を埋めること。第2段階は、目標に向かって頑張ること。ただ、頑張っても“できないことはできない”という場合もあるから、できないことは人に任せて自分ができることを伸ばすという考え方もありです。

──なるほど。

小林:私は小学生の頃から猫背で、もう治らないと思い込んでいたのですが、大人になって猫背矯正のパーソナルジムに通ったら、あっという間に改善されて。最初はストレッチの効果がわからなかったけれど、続けていくうちに効いているなって実感しました。猫背を治したことが成功体験になって、今はもっと鍛えたら腹筋割れるんじゃね? なんて思っていますから(笑)。

──成功体験が次の目標に向かうエネルギーになるということでしょうか。

小林:そうです。結局、ゴールだけを意識して、それを達成できるかどうかばかり考えてしまうと息苦しくなっちゃう。だったらゴールに至る途中に細かい目標を設けて、ひとつずつクリアしていけばいい。全力でコミットした経験は必ず次へつながるという成功体験を身体に覚えさせることで、もっと自分に自信をつけるべきですね。そういう地道な努力が、いつか到達したいゴールへと導いてくれると私は思っています。

小林せかい(こばやし・せかい)

日本IBM、クックパッドで6年半エンジニアを勤めたのち、2015年9月に神保町で「未来食堂」を開業。合理的かつユニークな経営方針が評価され「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」の食ビシネス革新賞を受賞した。

取材・文/水上アユミ(ノオト・@kamiiiijo
撮影/井上依子