いじめられっ子の過去をひきずったまま芸能界入りし、「すぐにダメになるだろうけど、あと少しだけ」という気持ちで続けてきたという中川翔子さん。

元々はコミュ症キャラでしたが、30代を迎え活動の幅を広げ、“ひとりぼっちで働いている”という意識を捨てたことで仕事にも前向きになれたと言います。その変化の理由について、伺いました。

コミュ障を卒業できたかも

中川翔子
中川翔子(なかがわ・しょうこ)。歌手・女優・タレント・声優・イラストレーターなど、多方面で活躍。 最近はテレビなどで「いじめ問題」にも積極的に発言している。

中川翔子さん(以下、中川):最近は舞台の打ち上げで居酒屋に行ったりすることにもチャレンジしているんです。

──中川さんといえば、コミュ障でぼっちの代表だったはずなのに?

中川:20代の自分が見ても、“お前誰だ!?”って驚くと思います。“無理無理無理”って。

──どんなきっかけで変わったんですか?

中川:少しずつ、興味の道路拡張工事ができてきたのかなって。

以前は興味の範囲もすごく狭くて、ダメなものはダメ! だったんですけど、まずは知ってみようとか。料理も全然できなかったんですけど、やってみたら楽しくなってきたり。

──以前のイメージからは考えられないですよね。元々、内気な性格だったんでしょうか?

中川:中学校から女子だけの学校に進んだら、周りの雰囲気がガラッと変わってしまって。それまではわりとすこやかに、男女ともにみんな仲良くみたいな感じだったので、ギャップもあったのかも。

──急激に成長して、変わっていく年頃ですよね。

中川:スクールカーストみたいなのもできて。みんな順番に悪口とか言っていくんです。ターゲットも毎日変わるみたいな。その感じについていけなくなってしまいました。

好きな絵を描いていたら「キモイ」!って言われて、“自分って変なのかな?”って。“どうふるまったらキモくないんだろう?”とわからなくなって、さらに不自然に。ひとりぼっちでうまくいかない自分を隠したいから、誰かに相談することもできませんでした。

──そんな中学生時代、中川さんの靴箱がベコベコにされ、中にあったローファーもなくなる事件があったんですね。

中川:もちろん、いじめられていることを先生にも言いたくはないんだけど、最後の手段だと思って、報告したんです。先生は“「これを履いて帰りなさい」”とローファーを渡してくれました。ギリギリのところで“助けてほしい”って爆発して、わかってもらえたと思ったんですよね。でも、そのあと先生から事務的に“ローファー代払ってね”と言われて、心がパーンと。

もう誰も信じられなくなって、それからはほとんど学校にも行けなくなりました。

ギリギリの心を支えたのは、好きなものと、大事な言葉

中川翔子

──そんななか、家ではどのように過ごしていたんでしょうか。

中川:13歳のときに祖母に買ってもらったパソコンがあったんです。パソコンに向かって好きな音楽を聴いてゲームをして、いやなことを考えないようにして。

絵もずっと描いていました。小学校の担任の先生に、絵を描いていることを“素敵ね”って誉めていただいたことがあって。その言葉のおかげで、キモイと言われたときも、 “私は絵が好きでいいんだ”って、心の中では言い返してました。

──インターネットもしていたんですよね。

中川: “ブルース・リーや、ジャッキー・チェンが好きな人、私の他にもいるじゃん!”と、ネットで知って驚いて。学校では話が合う人がいなくて、自分がおかしいのかなと思っていたけど、学校という世界のほうが狭かったんですよね。

──それは大事な発見です。

中川:「仕事に行った母を一人で待ちながら、先人たちによるデータベースをロムったり。死にたいと思ってるタイミングで猫が近くに来てくれたりとか、泥のような気持ちのなかにキラキラ光る小さなものを見つけて息をつないで。

──ご家族はどんな反応だったんでしょうか。

中川:母とはドア越しに「学校行きなさい!」「うるさい!」とかけっこうなケンカもしたんですけど、親子で同時にブルース・リーにハマったおかげでいっしょにオフ会に行ってくれたり。好きなことを否定されたりしていたら、本当にもう、無理だったかもしれませんね。

芸能界の仕事をずっと続けられると思っていなかった

中川翔子

──その後、通信制の高校へすすみ、特撮への憧れから芸能界に入ったんですよね。自分の力でお給料をもらうようになって、どうでしたか?

中川:最初の頃は月給制で。“わ、お金がもらえるんだ!”とは思ったものの、交通費とか美容院代ですぐに消えてしまう金額でしたね。私は実家から通っていたけど、他の子たちは地方から上京してきたりしているわけで、“どうやってやりくりしているんだろう?”と思ったし、自分の意識の甘さを感じました。

──10代でお金の管理はむずかしいですよね。

中川:それもあるんですけど、芸能界のお仕事自体、ずっと続けられるだろうとは思っていなかったんです。どうせ私なんか誰からも必要とされていない、という思いがいつもありました。

──それでも続けていけたのはなぜなんでしょう。

中川:18歳の頃、いっしょにダンスすることになった女の子がいたんです。彼女は年下だし、スクールカースト上位風だし、髪の色も明るいしで、うまく話せないだろうとモジモジしました。

でも、その子に会ってはじめて“世の中には本当に一回も死にたいと思わない種類の人がいるんだ”ってことを知ったんです。「人生30000日しかないんだって! 死にたいなんて思ったことないよー」って言いながらワハハって。

──明るい。

中川:趣味も全然違うのに、面白そうだねっていっしょにプリキュアのコスプレもしてくれて。

自分はキモイからどうせ誰からも理解されないと思っていたけど、趣味が違っても否定しない人がいることに驚いて。みんなに拒絶されてるつもりでいたけど、もしかして自分から壁を作っているのかも? と思えるようになりました。それで少し心の扉が開いたかもしれません。その子とは今も友達です。

──その後、「しょこたん♥ぶろぐ」も評判になり、ブレイクのきっかけになりました。

中川:仕事がうまくいかないなか、誰もみていないだろうという自暴自棄から、ブログで好きなことを書き始めました。呪いの言葉を書いてもよかったんですけど、つらいことを書くと、つらいことをもう一度思い出すことになるかなって。

──そこから先に進めなさそうです。

中川:それで好きなことや、ほめることだけを、嘘はなしで書くことにしたんです。明るい遺書のつもりで。そしたらブログを書くこと自体が私も楽しくなってきて、“読んで元気出たよ”、と言っていただくことも増えて。言霊ってあるんだなと実感しました。

──言霊、すごいですね。他に気をつけていることは?

中川:自虐もできるだけ控えるようにしていて……。三十路になったのでそのことを自分でいじったりすれば、自虐もどんどんはかどるんです。でも、言葉は熱を持つから、自虐をしていると、自分も、どこかの知らない誰かも傷つけてしまうかもしれないですよね。

大人のマナーとして、自分の心に栄養を

中川翔子

──そうかもしれません。ほめることはコミュ力アップにも効果ありそうです。

中川:ほめゲームのつもりで。例えばご飯食べに行くときも、いかにこのおいしいものが、めちゃくちゃおいしいかってことをほめまくるグルメ会みたいなのが好きです。やりすぎると嘘みたいになるけど、自分の納得いく範囲で、いろんな角度で好き! を表現してほめたいって考えていたら、だんだんほめることが趣味になったのかもしれないですね。

──落ち込んだ人もほめて元気づけるとか?

中川:それはむずかしいかもしれません。本当に落ち込んでる人に声をかける方法って、すごくむずかしいので。だったらいっしょにおいしいものを食べるほうがいいかも。そして、“食べてる間はおいしいものに集中しよう!”って。

──仕事などで、自分がすごく落ち込んでいる場合なら?

中川:朝まで友達に電話に付き合ってもらったり、今までたくさん助けてもらったことがあります。でも、自分がものすごくネガティブなときは、相手にもすごくエネルギーを使わせてしまうんですよね。人はストレスのはけ口とかゴミ箱ではないんで、ただぶつけるだけだと相手が疲れたり、はなれていっちゃうだろうなってこともあります。

──ではどうしたら……。

中川:“ほめる”ゲームを続けていたおかげで、自分の好きなものが増えていたんです。たとえば私の場合ならひたすらゲームする、アニメ見る、すしざんまいであん肝食べるとか……そういうことで、心のバランスをとりたいです。

心が重症になる前に、自分のテンションがあがるものを見つけておく、そして自分で自分をほめてあげられることも、大人のマナーな気がします。

仕事への自信は今もないけど…

中川翔子

中川ずっと死にたいと思っていたけど、まだ生きているから、何かやりたいことがあるのかな、と自分では思っていて。そういうタイミングで憧れの漫画家さんに会えたりして、もう少しもう少しって思っていたら、今も芸能界のお仕事を続けられています。

──仕事に対する意識も変わりましたか?

中川:仕事への自信というものは、今もずっとないんです。この先どうなっているかとかも、相変わらずわからないですし。

でも、いろんな心の角度を持てるようになったことで、意識は変わったと思います。

──それはこれまでの経験などで培われて……。

中川:30代になってから、舞台やドラマの仕事をやらせていただくようになりました。今までだったら“怖い!無理!!!”って思って拒絶していたはずなんですけど、スタッフさんが私のことを考えてくれていることもわかるようになってきたので、思い切ってトライすることに。

それで、大人数で居酒屋へ行くというようなことにも参加してみたら、“あれ? 次の日の仕事がうまくいくようになってるな?”って。

 “みんな私のことを嫌ってる!”って思っていたけど、もしかしてみんなそんなこと考えてないし、そもそもそんなに私のこと気にしてないんじゃないかなとか。

つらい経験も無駄じゃなかった

中川翔子

──はじめてお仕事をした時とくらべて、だいぶ意識や心のあり方が変わったんですね。

中川:ふつうのことなんですけど、そこに今まで気づいていなかったんです。ずっと一人で戦ってるつもりだったけど、全然一人の力ではなくて。それに気づいたら無茶して身体を壊して迷惑かけないように自炊もしてみようとか、また少しずつ扉が開いていって。

──周りのことを考えられるようになったんですね?

中川:そうですね。まだまだ意識が足りていないこともあるし、これからも変わっていくんだろうな、と思います。その変化も少し楽しみになってきました。

──いろんな経験が無駄ではなかったと。

中川:いじめられてたとか、ずっと悩んで引きこもってたなっていう時期が人生の中で一番無駄でいらないと思ってたし、考えないように、忘れようとしていました。

でも最近、いじめを考える番組のコメンテーターとしてテレビなどに出演するお仕事も多くなりました。10数年たって今、いじめを経験したひとりとして言葉を伝えることができるなら、ああ無駄じゃなかったのかも、本当に、大人になったんだなって思います。

私の場合は、長い時間をかけたRPGの結果オーライなのかなと、やっと今ちょっと、思えています。

中川翔子(なかがわ・しょうこ)

歌手・女優・タレント・声優・イラストレーターなど、多方面で活躍。
東京2020大会マスコット審査員・2025年万博誘致スペシャルサポーターと、国家プロジェクトにおいて重要な役割も果たす。
昨年11月リリースの「blue moon」がオリコンデイリー4位を獲得。アジアでのコンサートツアーなども行い、その人気は海外にも広がっており、3月24日に香港で開催される「ROCK ON JAPAN 2019」に出演予定。また5月5日にバースデーライブ@豊洲PITの開催を控えている。

ブログ:しょこたん♥ぶろぐ

Twitter:@shoko55mmts

取材&文/樋口かおる(@higshabby
撮影/moco.(kili office)