ネットに蔓延する「社畜」という言葉への違和感

しばらく前から、ネット上を中心に「社畜」あるいは「脱社畜」という言葉を見ることが多くなってきました。長時間労働が蔓延し、過労死がたびたび発生するという日本の労働環境は世界的に見ても過酷です。「社畜」や「脱社畜」という言葉が流行する背景には、そういった労働環境に対する反発の気持ちがあるように思われます。

僕自身も数年前に「脱社畜ブログ」というブログを開設し、会社最優先で個人の生活を犠牲にする働き方や、給料よりもやりがいが大事だと無条件で思い込む価値観への疑問などについて情報発信を行ってきました。

最近は「働き方改革」が叫ばれ始めるなど、少しずつですが、従来の日本人の働き方を見直そうとする動きが出つつあります。また、僕以外にも、従来の日本人の働き方に対して疑問の声を発信する人が増えているように思います。日本人の働き方は、少しずつですが、変わりつつあるのかもしれません。

ただその中で、「社畜」や「脱社畜」という言葉が何を指しているのか、人によって考え方に幅があることもわかってきました。中には「サラリーマンはオワコン」であるとか、「若者はさっさと会社を辞めて起業すべき」と言ったような、過激なものも見られます。

このような会社員という働き方を単純に全否定するだけの意見に、僕は違和感を覚えずにはいられません。僕自身は、大切なのは就業形態ではなく「自分自身の人生を歩んでいる」と本人が思える働き方をすることだと考えています。

会社員であっても「自分自身の人生を歩む」ことは可能ですし、逆にフリーランスになったものの、生活のために嫌な仕事をしかたなく請けている人もいるでしょう。つまり、会社員以外の立場になったところで、「自分の人生を歩んでいる」と本人が思えない限り、つらい状況は変わらないからです。

このあたりで、一度「社畜」という言葉、あるいは「脱社畜」という言葉の意味について改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。本稿では、これらの言葉の意味を僕なりに考えてみたいと思います。

「社畜」はもともと約30年前の流行語

実は「社畜」という言葉は、けっこう古い言葉です。「社畜」という言葉を最初に使ったのは小説家の安土敏さんだと言われており、1990年のことでした。当時の日本はバブル経済の真っ只中で、日経平均株価は3万8,957円という歴代最高を記録し、日本中が浮足立っていた頃です。

当時はこの実体のない好景気を背景に、リクルート事件やイトマン事件など、企業が絡んだ経済事件が世間を賑わせていました。「社畜」という言葉はこういう世相を反映して、「企業と一体化して、一個人としてのモラルを失った堕落した会社員」という意味で登場したのです。

このような社畜が誕生する背景には、転職が容易にできないことがあると安土さんは指摘しています。

いつの間にか「会社員」全般を指すことになってしまった

そんな「転職が容易にできないこと」を背景にして30年前に登場した「社畜」という言葉ですが、その後のバブル崩壊、失われた20年を経て、意味が少しずつ変化していったように思われます。

業績が低迷した企業は、社員を社畜として「飼い殺す」ことすら不可能になり、リストラが横行しました。それに伴い、「ひとつの会社に一生勤める」という前提は崩れ、転職も盛んになりました。

また、インターネットの普及により新産業も生まれ、場所を選ばず仕事ができるノマドワークなどの新しいワークスタイルも登場します。会社に所属せずフリーランスとして働くという働き方を積極的に選ぶ人も増えてきました。

このような社会が変化に伴って、気づけば「社畜」とはこういった新しい働き方を選べない人の働き方、つまり会社員全般を指すものとして使われるようになったのです。

たとえば、「いつまで社畜でいるつもり? 今はフリーで場所や組織に縛られず自由に働く時代だよね」という使われ方をする際の「社畜」は、単に会社員という就労形態で働く人を煽るためにだけ使われています。

会社と自分を切り離して考えることができるか?

このように、「社畜」という言葉を「会社員」と同じ意味で使ってしまうのには、僕には大きな違和感があります。

テクノロジーの進歩などでさまざまなワークスタイルを取れるようになったこと自体は喜ばしいのですが、依然として会社員という働き方がマスを占める事情はしばらく変わりようがないですし、会社員でも自分らしく主体的に働けている人は大勢います。そのような人たちをひっくるめて「社畜」と呼ぶのはやはり失礼なのではないでしょうか。

そこで、僕自身は「社畜」を「会社と自分を切り離して考えることができない会社員」という意味で使うようにしています。

長く続いた経済の低迷を経て今や終身雇用は崩壊しつつありますが、それでも会社を一生の住処のように考えてしまっている人は少なくありません。会社の命令は絶対であり、休日出勤や長時間労働も厭わずやるのが社会人としてあたりまえだという価値観を未だに持ち続けている人たちもいます。

彼らは総じて、会社と自分を切り離して考えることができていません。このような考え方は時代に合っていないというだけでなく、周囲に悪影響も与えます。僕はそういう人たちへ警鐘を鳴らすために、「社畜」という言葉を限定して使いたいと思っています。

会社よりも個人の利益を優先した行動を取るべき

「社畜」を「会社と自分を切り離して考えることができない会社員」という意味としてとらえれば、その状態を脱却する、つまり「脱社畜」するためには別に会社員を辞めて起業したり、フリーランスになったりしなくてもよいということがわかります。

会社を絶対視しないものの見方を身につけること」さえできれば、それで十分「脱社畜」できたと言えるからです。

ある会社の社員であるという事実を自分の絶対に揺るがない属性のように考えている人がいますが、脱社畜するにはもう少し引いて、会社をあくまで一時的な取引先のようなものとして考えることがポイントです。取引先ですから、基本的には良い関係を築けるように努力をします。しかし、何らかの事情で良い関係が築けなくなった場合は、あくまで会社ではなく個人の利益を優先した行動を取るべきです。

具体的には、キャリアを考える際には当然、転職などの選択肢を排除しないようにします。明らかに理不尽な要求にはしたがわず、自分の権利はしっかり主張するようにします。こういった振る舞いができるようにするのが、僕の考える脱社畜の目的で、これは考え方さえ変えられれば誰にでもできることです。

どうしても会社員が合わないなら……

中には、どうしても会社員という働き方が合っていない、独立して自由に働きたいと思う人もいるでしょう。実は、僕もそうでした。ただ、そういう人に対して、焦って会社を辞めることを僕はすすめていません。会社という安定した収入源を手放すには、相応のリスクが伴うからです。

焦って独立すると、かえってつらい働き方に追い込まれてしまう可能性もあります。生活のために嫌な仕事を請け負わなければならず、自由を求めて独立したはずなのに逆に不自由になってしまった人を僕は何人か知っています。フリーランスになったり起業したりするためには、入念な準備が不可欠です。

では、一生会社員を続けるべきだと言っているのかというと、決してそういうわけではありません。自分のビジネスを始めたいと思っている人には、ぜひ挑戦してほしいと思っています。そのために一番おすすめの方法は、とりあえず会社員を辞めずに副業という形で自分のビジネスを始めることです。

僕は現在フリーランスという立場で生計を立てていますが、もともとは会社員をしながら副業として自分だけの仕事を始めて、軌道に乗ったタイミングで独立して今に至っています。

自分のビジネスは、最初のうちはなかなか収益化できないものです。副業という形なら、この収益化できない時期を会社からの収入で補うことができます。

どうせなら、こうやって「会社を独立のために利用してやる」くらいの気持ちを持つべきではないでしょうか。周囲を見る限り、そういう人のほうが実際に独立してからもうまく行っているように思います。

「自分自身の人生を歩んでいる」と思える働き方を

会社員、フリーランス、起業家など、今の時代はさまざまな就業形態がありますが、どんな就業形態を選んだとしても、それだけで直ちに幸せになれるわけではありません。フリーランスや起業家でも、生活のために不本意な仕事に追われて不幸せな人はたくさんいますし、逆に会社員という立場でも主体的に自分の人生を歩むことができている人は幸せに見えます。

大切なことは、就業形態ではなく「自分自身の人生を歩む」ことであり、そのために会社をどう位置づけるのか、と考えることです。

いずれ独立したいと思っている人は、会社を起業準備の修行の場ととらえるのもいいでしょう。会社を自分がやりたいことを実現するための舞台ととらえて、会社員として充実した人生を歩むというのもよいと思います。あるいは、仕事は仕事と割り切って、できるだけ負担の少ない仕事をしながら、プライベートを最優先にする働き方を組み立てるのも自由です。

正解は、人それぞれの価値観によって異なります。

忘れてはならないのは、会社よりも先に、まず自分の人生があるということです。その自分の人生をよりよくするためにどう会社を使っていくべきか、それが自分で決められれば、もう「脱社畜」はできていると言えるでしょう。

この記事を書いた人

日野瑛太郎

日野瑛太郎(ひの・えいたろう)

1985年生まれ。大学院在学中、就職するのが嫌でWebサービスの開発を始めて起業するが、あえなく失敗。嫌でしかたなかった就職をすることになる。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき「脱社畜ブログ」を開設。著書に『脱社畜の働き方』など。

Twitter:@dennou_kurage

ブログ:脱社畜ブログ