「本」が好きで「本をおすすめすること」が好きで、私は今、本屋としてそれを仕事にしている。

好きなことを仕事にできたのはとてもラッキーだし、本屋なんて地味な仕事なのに人から羨ましがられることすらある。

やりたいことを仕事にしようと考えることは、世間の評価で入りたくもない大企業を目指すよりは100倍素敵なことだからとてもいい風潮だと思うけど、一方で、私は「自分のやりたいことを仕事にしよう」と思ってまっすぐここにたどりついたわけではない。

若い頃は「自分のやりたいことを仕事にしたい」「でもそんなことができるのは才能のある一握りの人だけに違いない」「だからといって普通の仕事なんて自分にできるわけない」という負の思考の無限ループで、未来が全然見えなくて苦しかった。「私のやりたいことは」「私は本当はこういう人間で」と思えば思うほど道が塞がっていくような不思議。

アルバイト情報誌をめくっては途方にくれる日々。だけど思っていなかった方向に人生は進み続けた。道はいつも私の想定外のほうに曲がっている。

大学卒業後、両親とは音信不通に…

両親は典型的な学歴主義・世間常識主義で、「正社員として就職できないのならば育てた意味がない」というマッチョな思想の持ち主だった。

彼ら好みでない人間に仕上がってしまった申し訳なさも感じてはいたが、それ以上に、このままでは自分の幸せが危ういと感じた。

大学卒業後、実家を出て当時のサブカルチャーの聖地・下北沢で友人とルームシェアを始め、両親とは音信不通にすることに決めた。生活の理想像は当時のヴィレッジヴァンガードでも山積みだった魚喃キリコの漫画だ。

南瓜とマヨネーズ(著:魚喃キリコ/刊:宝島社)
南瓜とマヨネーズ(著:魚喃キリコ/刊:宝島社)

下北沢の古着屋でバイトをしながら、同棲するバンドマンの彼氏との関係に悩んだり、決して自分を愛してはくれない元彼と関係を持ってしまって苦しんだり。恋愛漫画なのに決して楽しそうではなく、虚しさや孤独をベースに描かれていることがとても新鮮だったし、強く共感した。主人公が夜空を見上げながらベランダで煙草を吸う姿に憧れた。よし、私もこれからはこんな感じに生きよう。

その頃、自分の人生を生きていると実感できるのは主に夜中のワンシーンだった。

延々と友達としゃべったり、自転車で環七を飛ばしたり、気になる男の子に会いに行ったり。どれだけでも徹夜できた。

無益にダラダラと遊んだりすることこそが、親を振り切り、自分が作りたい自分らしさを構築することにいちばん効果的であるように思われた。友達と悪ノリして家のトイレをクラブ風の内装にしたり、さらにはサブカルチックな水商売のバイトを始めたり。

毎日は今だけの、期間限定のきらめきに縁取られていて、「こんな日々もいつか終わるのだろう」と何となく知っていて、その思いがよぎるたびに切なかった。

写真を撮るのが好きで、街中で、公園で、路地で、好きな人たちと消えないでほしい瞬間をたくさん写した。まわりの人たちに撮りためた作品を見せると皆「いいね」と言ってくれた。けれどべつにプロになれるほどの良さではないことは自分がいちばんわかっていた。

ヴィレッジヴァンガードでPOPを書いたら…

ふざけ気分で、さらなる面白さを求めてヴィレッジヴァンガードのアルバイトを始めた。

手書きのユニークなPOPがウリの店で、そんなの書けるのは社員とか偉い人だけなのかと思ったら、誰でも自由に書いていいらしい。

というわけで、考えに考え、ドラえもんの傑作選の文庫【感動編】に「あの最終回。」と書いて貼ってみた。POPデビュー作である。

「これ、どう思う?」

自信がないのでまわりのスタッフに聞いてみる。

「いいんじゃない?」

「読みたくなるねえ」

自信がなかったくせに、そう言われたとたんに気を良くして有頂天になる。実際に本が売れると「自分の成果では?」とさらに嬉しくなる。でも「あの本、私がPOP書いたから売れたみたい」って周りに言うのはさすがに恥ずかしいからやめておこうと思った。

「自己顕示欲」と「労働」は、今まで自分にとって真逆の存在のものだったから、「そんなことがあっていいんだ」という発見は世界のねじれを見るようだった。

もっと面白いPOPを書いて目立ちたい! という単純な承認欲求は、その内容を深めるのにも役立ってくれた。ただ笑えることを書くだけでは限界があったから。

何と書いてあれば買いたくなるのか? お客さんのどんな気持ちを誘発すれば手にとってもらえる? そう考え始めたあたりから、自分の中にお客さんという「他者」が発生した。店舗で働いているとお客さんの動きを手に取るように感じることができる。

あの商品にあのPOP、いいと思ったのになぜ素通りされているんだろう? と思ったとき、何度でも実験のやり直しができる環境は、売り場が人とのコミュニケーションの場であることを教えてくれた。

自分に中身がなくても大丈夫なことに気づいた

どんどん仕事を覚えて、店長になった。行ったこともない地方に転勤になったり、過労で入院したり、スタッフとのコミュニケーションに悩んだり。毎日夢中で仕事をして、売り場を作って、本と雑貨を売って。25・26歳という日々を駆け抜けていた。

その頃、勤務している店に、「自分大好き!」な本田さんと言う学生バイトの女の子がいた。

「私って、見た目ですごく女の子らしいって思われるんですけど、性格は男っぽいと思うんですよね~」

「私って、現代アートとか好きじゃないですか。だからそういうのわからない人と付き合うとか無理で〜」

「私って、好き嫌いが激しくてすぐ顔に出ちゃうんですよね〜。だから嫌いな人にはすぐ伝わっちゃうんですけど、まあいいかなって」

という調子で、延々と自分の話をしていられる人だった。

「そっかそっか。あのさ、本田さんって……ほんとに自分が好きだよね」

そして私は意外と、本田さんの自分大好き話を聞くのが嫌いではなかった。むしろそんなふうに自分を好きでいられるのがうらやましかった。

「えー! 確かに、そうかもしれないです。みんなそうじゃないんですか?」

「私はけっこう……自分のことはどうでもいい。他人のほうが好きかも」

そう口にしながら、えっ、そうだったっけ? と、自分の思いを二度見するような気持ちだった。

「えー!! 信じられない。そんなことあるんですね。でも確かに、花田さんってあんまり自分の話、しないですね」

あの頃に比べて、「自分が」「自分が」という心の声は聞こえないほどに小さくなっていた。

売り場作りや本のPOPでも、それは薄々感じていたことだった。

最初は「私はこんな面白いことが書ける」「私はこの小説にこんな意外なワードを組み合わせる」と、自分が主役だったのが、だんだん「この本のよいところを引き出すには?」「悩んでいる人にどういう言葉を使ってこの本を読んでもらえば、その人の役に立つのだろうか」と、本自体と他者を主役に考える方が、思考が遠くまで行けたし、楽しかった。

そうだった、もとはと言えば、自分に中身がないことで悩んでいたんだった。でも自分に中身がなくても、本や他者には価値があるから、そっちに力を注げれば私の中身はなくても問題ないじゃないか。

これはうれしい大発見だった。もともと自己肯定感の低い自分は、自分の価値で勝負することはとても苦しい。

一方で、「本」はそんな私にとって疑いようもなく「価値のあるもの」だった。そして同時に、何もない自分に比べて、他者は、いかようであっても、本と同じように価値を感じられるものだった。

自分の話よりは、相手の話のほうがいつも面白い。だから相手や本を主役にすればいいんだ、とわかったら楽になった。「本」の価値を誰かに伝えること。それを通じて誰かに少し笑ってもらったり元気になってもらうこと。それが自分の目指すことなんだと道が自然に決まっていった。

自分が自分が、と自分にがんじがらめになっていたときはまったく解決しなかったのに、他者という存在があっさりとその問題を連れ去ってしまったような感覚は、なんだか狐につままれるようでもある。

一方で、「自分が自分が問題」は、そんなふうにしか解決しない問題なのかもしれないと思う。

一冊の本と出会い、「こんなふうに生きたい」と思えるようになった

言ってしまえば、本を読むということも、他者に出会い続けているようなものだ。

私は自分を手離すかわりに次から次へと本を読み、夢中で吸収し続けた。しかし、今度は逆に他者を吸収し続けることが自分というものの輪郭をくっきりと知らせてくれるようでもあった。

ときに、「たかが一冊の本」と言い捨てられないくらいの強い出会いがある。

おもかげ復元師(著:笹原留似子/刊:ポプラ社)
おもかげ復元師(著:笹原留似子/刊:ポプラ社)

「おもかげ復元師」というこの本。損傷して元の面影の亡くなった遺体を復元したり、メイクをほどこしたりして、遺族との最後の別れの手伝いをする、という仕事をされている方のエッセイだった。仕事帰りに立ち寄った駅前の本屋で何気なく手に取り、読み始めたら、読むのがやめられなくなった。

東日本大震災の際、陸前高田に入り、たくさんの遺体を復元されたエピソードが中心に綴られており、泣きながらとうとう一冊その場で読み終えた。そして泣きながらレジに持って行った。

多くの遺体には激しい傷がつき、髪には海藻が絡み、蛆虫が湧いていた……、そんな衝撃的な描写に釘付けになったし、それを必要以上にショッキングに煽って書くこともせず、何の葛藤もなく「まあやるよね」というほどの気持ちでただただ目の前の遺体を復元する笹原さんに心を打たれて、本を閉じることができなくなってしまったのだ。

もちろん、素晴らしい本なので誰が読んでも感動はすると思うのだが、それ以上に個人的な刺さり方で、「自分の目指す方向のずっとずっと先にこの人がいるのかもしれない」となぜか感じていた。

「利他」……笹原さんの生き方を一言で表すとすればそんなことばになるだろう。

そして「私もこんなふうに生きたい」とはっきりと思った。それはまた、自分の知らなかった自分との新しい出会いだった。

もちろんそれは遺体を復元する仕事に就くということでもないし、聖人君子になるという意味でもない。

しかし「利他」というキーワードがこの本を介在して自分の中に立ち上がったとき、やっと自分が完成するような、グラグラと自立しないフィギュアがぴったりの形のスタンドに支えられて不安定な形のまま自立するような、ぴたっとはまるよろこびを感じた。

私の人生は、私も知らなかったけどそんな形状だったらしい。

他者と触れるために、本屋で人に本をすすめる

出会い系サイトで会った人に人に本をすすめていた、という本を出版してから、私に悩み相談をしてくださる方が増えた。

私なんかに相談して、価値のある回答ができるのだろうかと心配になるし、実際いつもたいしたことは言えない。

ここに書かせてもらったような自分の経験から言えば、あらゆる悩みって「悩みまくるしかないし、直接の解決にならないとしても何か行動すると自然といい感じになる」としか言いようがない。なんて具体性のない回答だろう。はあ。

「今の仕事はほんとうにしたい仕事じゃなくて、辞めたいと思っています。でも30歳を過ぎて、ほんとうはこんな仕事がしたい、と言うのは恥ずかしいし、経験もゼロで、できるのかもわからない。貯金もないし、収入が減るのも不安。周りは結婚したり子どもを産んだりして、焦る気持ちもあって……」と言う人に、何かを断言することは難しい。この人がこの人の中だけでぐるぐるしているような悩み。

かつての私のように、もしかしたら「他者」を悩みの中に投入したら、ループを抜け出してどこか遠くへ飛んでいくのではないかと思う。

「自分みたいなダメ人間でも、他人にこういうことならしてあげられそう」みたいな発想。実際にやってみて、めちゃくちゃでもボロボロでも、とにかく人に触ったと思えるような感触。きっとそれが導いてくれる気がする。

そんなわけで、私も他者に触れるために、自分が自分でいられるように。今日も本屋に立ち、人に本をすすめています。

この記事を書いた人

花田菜々子(はなだ・ななこ)

花田菜々子(はなだ・ななこ)

1979年東京都生まれ。書店員としてヴィレッジヴァンガードはじめ数々の書店で働く。現在はHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEで店長を務める。自らの実体験を綴った私小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』は、現在9刷、3万5千部を突破。

Twitter:@hanadananako