インドカレーを作ることの楽しさを世に広める女子大生として、今やカレー界のホープとも言える存在の印度カリー子さん。でもカリー子さんはほんの3年前まで、「趣味もなく、遊びもしない、ただ勉強するだけの超絶つまらない女子大生」だったと言います。

彼女はたった数年でどうやって心から好きなものを見つけ、なぜそれを世に広く伝えられるようになったのか。その軌跡とターニングポイントを、リアルに語ってもらいました。

名前を見ただけでよく爆笑された

印度カリー子
印度カリー子(いんどかりーこ)。1996年生まれ、宮城県出身の大学院生。スパイス料理研究家。大学3年生時にスパイス初心者のためのネットショップ「印度カリー子のスパイスショップ」を開設。

──いつから「印度カリー子」として活動しているんですか。

印度カリー子さん(以下、カリー子):約3年前からです。印度カリー子としてブログを始めたのが、大学2年生の4月でした。

──その前は、どんな大学生でしたか?

カリー子:趣味もなく、ただ勉強だけしているような学生でした。勉強もやりたいというよりは、暇だからやっていた感じで、我ながら超絶つまらない人間でしたね(笑)。

──そこからインドカレーに目覚めたきっかけは。

カリー子:姉がインドカレーにハマっていて、週に3回も4回も食べに行っていたので、それなら自分で作ればいいのにと思いました。でも姉は特に料理が好きなわけではなく、逆に私は子どもの頃から料理が好きだったので、姉にインドカレーを作ってあげたんです。作り方はネットを見ました。

──そうなんですね。出来ばえはどうでしたか。

カリー子:やってみたらとても簡単で、しかもおいしいものができて感動しました。そこからルウを使わずにスパイスから作るインドカレー作りにハマっていきました。

──どんなところにハマったんでしょう?

カリー子:ニンニク、玉ねぎ、トマトを炒め、塩を入れる。ここまではイタリアンとかと同じなのに、そこに粉のスパイスを3~4種類入れるだけで、カレーになってしまった。それがあまりに衝撃だったんです。「何の変哲もない食材が、いったいなんということだ」と。

──(笑)。スパイスの魔力、みたいな。

カリー子:そうですね。それで学校から近い新大久保のスパイス屋さんでスパイスを買い、週末に姉とインドカレーを作るようになりました。しばらくして姉に、せっかくだからブログに書いたら? と言われたんです。確かにブログは写真付きで載せられるから、レシピの覚え書きがてら書くのもいいかもと思い、印度カリー子の名でブログを始めました。

──個性的なお名前ですよね。

カリー子:私もそうなんですが、レシピを調べる時って、前にどのサイトを見たかを忘れちゃうんです。でも、「印度カリー子」という名前なら、きっと覚えてもらえるだろうなと。しかも、インドカレーが好きな女の子とすぐわかるし、さらにそこに女子大生というインパクトワードがあったら一生忘れないだろうなと思いました。

──はい、かなり覚えやすいです。

カリー子:最初は名前で爆笑されることもありましたが、それだけ記憶に残りやすいということなので嬉しかったですね。本名だったら「あ、そう」で終わるところを、この名前なら、その人がある日インドカレーに興味を持った時に思い出してもらえるんです。

スパイスを作る工場が見つからず心が折れた

印度カリー子

──そこからスパイスの販売に至った経緯を教えてください。

カリー子:1~2カ月続けた頃にふと、「なんでこんなに楽しいのに、インドカレー作りは世の中に広まっていないんだろう」と思ったんです。そして、それはスパイスのハードルが高いからだろうと仮説を立てました。やっぱりスパイスって、何を買えばいいかわからないし、調合も難しそうなイメージがあるんだろうなと。

──たしかにそういうイメージがあります。

カリー子:そこで試しに、自分で調合した使い切りのスパイスセットをフリマサイトで売ってみました。パッケージは100均の袋を使いました。お金を稼ぎたいというより、世の中に必要なものだから作らなくてはいけないという思いからでした。すると、そのスパイスセットがどんどん売れてしまって……。仮説は間違ってなかったんだと確信しました。

──すごいですね。

カリー子:ただ、そこで重要なことに気づきました。家で調合したスパイスを本格的に販売するのは法律上NGだったんです。だからこの先スパイスセットをちゃんと売っていくには、スパイスを調合してくれる製造所を見つけなくてはいけない。じゃあ探そう、ということになりました。

──すぐに見つかりましたか?

カリー子:それが全然見つからなくて……。ネットで「スパイス 加工」「加工 粉末」などと調べ、出てきた会社に片っ端から電話していったのですが、すべて断られてしまいました。多くの企業が、スパイスは匂いが強いから、同じ機械で他のものを扱えなくなるという理由でした。私が大学生だからかまったく相手にされないこともありました。

──大変でしたね。

カリー子:その時は正直、心が折れましたね……。

──どうやってそれを乗り越えたのでしょう?

カリー子:ある人が手を差し伸べてくれました。以前、スパイス関係の活動をしている方をネットで見たのを覚えていたので調べてみたら、なんとスパイスキットの販売をされていたんです。さっそくその方に熱いメールを送り、会ってもらいました。

運命の製造所は、意外にも地元にあった

印度カリー子

──会ってみて、どうでした?

カリー子:やっぱりその方はスパイスを調合できる製造所と取引していました。そして本来は競合になり得るから教えられないけど、そんなに熱い想いを持っているならということで、製造所とスパイス会社を紹介してくださいました。しかもその製造所というのが、偶然にも私の地元・宮城にある社会福祉法人「はらから(※)」で、驚き、感動しました。

※「障がいをもつ人も、共に社会で生きる」「働く場所をつくり、自己実現を叶える」という理念のもと障がい者の自立支援を応援する社会福祉法人。印度カリー子さんのスパイスセットは、こちらでひとつひとつ丁寧に作られている。

──そこからいよいよ本格的なスパイスセットの販売が始まるんですね。

カリー子:はい、はらからさんに作っていただけることになり、私のもとに完成したスパイスセットが到着しました。3種類の商品を100個ずつ作ったのですが、いざ目の前に置かれるとすごい量で、「うわあ、たくさん作っちゃったな……。コツコツと1年くらいかけて売っていこう」と思いました。それが大学3年生の4月のことです。

──売れ行きは…。

カリー子:それが意外にも、1カ月ですべて売れてしまいました。

──すごい。でも、なぜいきなりそんなに売れたのでしょう?

カリー子:「使ってほしい人」と「どう使ってもらうか」を明確にしたのが大きいかと思います。実は2年生の冬、ある社会人の方に「インドカレーのスパイスセットで日本の食文化を変えたい」という夢を話したところ、すごく印象的なことを言われたんです。

──何と言われたんですか!?

カリー子:「とても具体的な夢ではあるけど、本気でやろうとは思ってないよね。思っていたとしても、本気で動いてないよね。本気で人に届けたいのなら、もっとマーケティング的な目線で動いたほうがいい」と。その時にマーケティングという言葉を初めて知り、いただいたマーケティングの本を読んだら、もう本当にビックリしちゃって。

──ビックリ?

カリー子:自分がやりたいと思ってものを作ることと、実際にそれを人に使ってもらうことの間には大きな隔たりがある。だから作り手は、どんなものを作り、それをどんな人に、どのように届けるかまでをすべてルート立てて考えなくてはいけない、という考え方にビックリしたんです。そこまではまったく考えていなかったので…。

印度カリー子
取材当日、編集部で具材を用意して持っていったところ、カリー子さんはあっという間に3種類のカレーを同時に作ってくれました。しかもインタビューを受けながら!

「毎日料理する30代・40代の主婦」を明確にイメージ

印度カリー子

──それをカリー子さんの事業にも当てはめたんですね。

カリー子:はい。私はスパイスのハードルと、スパイスセットの必要性は感じていたけど、それをどうすれば届けられるかまでは考えていませんでした。私がいきなり「はい、商品を作りました」と言っても、それを必要としている人たちがどこにいるかを把握できていないので届けられない。そこで商品と、それを必要とする人の橋渡しをする場所が必要だと考え、ツイッターやブログで交流している方々が気軽にアクセスできるよう、それらが入り口になるようにしました。

──必要とする人とは、どんな人たちでしたか?

カリー子:30代・40代の主婦の方たちで、毎日料理していて、新しいことをしたいけど時間的・環境的なハードルでなかなかできない。そんな困っている人を明確にイメージしました。パッケージのデザインや価格設定、ネットショップのページ構築などもすべて、その方々の理想に沿うように、最も愛してくれる形になるよう意識しました。

──その後、事業は順調に進みましたか?

カリー子:私が頻繁に宮城の製造所に話をしに行くのが難しく、しばらくは商品の欠品が目立ちました。ところが、これまた人のご縁で、とても有能な方とマネージャー契約を結び、生産交渉をその方に任せることで欠品はかなり減りました。私は企画や商品開発に専念できるようになり、新しい商品もどんどん出せるようになりました。

──またもいい出会いに助けられたんですね。

カリー子:そうなんです。その後、2018年の5月からは、マネージャーの助けを借りてデパートで販売するようになりました。同時に、そのデパートを利用される方々の生活や理想とする食品スタイルに合うような商品を新しく作りました。

──今やカリー子さんは多くのメディアに登場し、カレー界のホープとも言える存在ですが、カレー活動と学業の両立は大変では?

カリー子:レポートなどがあって大変な時もありますが、基本的に飲み会も行かないし、友人が多いわけでもなく、カレーと学業しかやっていないので(笑)、そこまで大変ではないです。

印度カリー子
豚肉のドライタイプのカレー(上)、カキの南インド風カレー(右下)、サバ缶のスリランカ風カレー(左下)。シンプルながらそれぞれちがうスパイスがビシッと効いていて、ビックリするほどおいしかった。
印度カリー子
Dear.Curryシリーズ(左)、スリムスパイスセット(中央上)、タンドリーチキン用スパイス(中央下)、はじめてのスパイスキッチンシリーズ(右)。すべて印度カリー子さんのスパイスショップで販売されている。

多くの人が「自己満足」で終わっている

──カリー子さんは“心からやりたいこと”を見つけられましたが、世の中にはそれを見つけられない人も多くいます。どうすれば見つかりますか?

カリー子:私はいろいろなことが重なってそれを見つけられたので、運が良かったとしかいいようがないのですが、ただ、運を高めることはできると思います。恋愛と同じかもしれません。どんなに願っても相手と出会わなければ恋愛はできません。でも日頃から自分を磨いておいて、いざ運命の人と出会った時に恋愛に至る確率を上げることはできます。

──恋愛と同じ……。

カリー子:たとえば、好きなことがなくても、目を背けず探し続ける。なんとなく好きという程度なら、なぜ・どこが好きなのかを分析する。なるべく好きなものに触れられる環境にいく、などです。私も3年前までは料理が好きという以外に何もありませんでしたが、スパイスショップに行ったり、姉と同居したことなどが重なり、やりたいことが見つかりました。

──たとえ好きなことがあっても、それで成功できる人とできない人がいます。両者の違いはなんでしょう?

カリー子本当に使ってくださる方の役に立とうとしているかどうかだと思います。たとえばカレー屋さんをやるにしても、ただ「カレーが好きだから」だけでは難しいと思います。それではただの自己満足で終わってしまうのかなと。

──なるほど、自己満足。

カリー子:逆に、成功しているお店の多くは、「現地に行ったことがない人に本当の味を伝える」とか、「多忙なサラリーマンが手早く元気になれるものを提供する」というふうに、「商品やサービスはあくまで使ってくださる方のもの」ととらえていると思います。

──ただ“いいもの”であるだけでは不十分ということですね。

カリー子:質が良ければ売れる、おいしければお客は来ると考える人も多いですが、結局は使ってくださる方のことをどこまで真剣に考えているか、ではないでしょうか。どんなに“いいもの”であっても、「こういう人たちにこんなふうになっていただきたい」という明確な想いがなければ難しいと思います。

──カリー子さんもそうした想いが原動力に?

カリー子:私の場合、スパイス初心者にスパイスに興味を持っていただくというのが目的で、それには“女子大生”というキャッチーな肩書きがひとつの入り口になってくれるのではないかと思いました。だから、残された時間が限られていて、ずっと焦ってやってきました。この3年を振り返ると、本当にノンストップで生きてきたなという感じです。

──この 3月に大学を卒業し、4月から大学院に進学されたそうですね。

カリー子:はい、勉強するのは食品科学という領域で、食品が体に入った時にどう作用するかといったことを勉強します。もちろん、スパイスの効能や調合についても学びます。カレーをアカデミックに掘り下げることが、インドカレーをより広く伝えるのに役立てばいいなと思っています。

印度カリー子

印度カリー子(いんどかりーこ)

1996年11月生まれ、宮城県出身。スパイス料理研究家。「印度カリー子のスパイスショップ」代表として、誰でも簡単に本格インドカレーが作れるスパイスセットの開発・デザイン・販売を行う。2019年4月より香辛料の研究をするために東京大学大学院に進学。テレビ、ラジオ、WEBなどメディアにも多数出演。著書に『おもくない! ふとらない! スパイスとカレー入門』。

Twitter:@IndoCurryKo

ブログ:印度カリー子のブログ

WEBサイト:印度カリー子のスパイスショップ

取材・文/田嶋章博(@tajimacho
撮影/工藤真衣子