「今のままでいいのだろうか」

「10年後の自分はどうなっているのか」

考えてもしかたがないのに、毎日不安が拭えない。仕事もプライベートも、いつも同じようなことに悩む自分が嫌になる。そうやって、答えがないことに日々頭を抱え、精神をすり減らす。いったいどうすれば……。

このように、日ごろ私たちがなんとなく罪悪感を抱きがちな「あいまい」「不安定」といった言葉を肯定するのは、精神科医の星野概念さんです。星野さんは昨年、いとうせいこうさんとの対談本『ラブという薬』(リトルモア)を上梓しました。

「急いでインスタントな答えを出さず、時間をかけて悩んでもいい」。こう語る星野さんに、不安との向き合い方や、あいまいさを肯定する本質について聞きました。

「How to本が苦手なんです」

星野概念
星野概念(ほしの・がいねん)。病院勤務の精神科医。WEBや雑誌での連載他、寄稿も多数。音楽活動もさまざまに行う。

──『ラブという薬』を拝読しました。同書にも書かれていましたが、星野さんは「あいまいなことの大切さを、あいまいな感じで伝えたい」と、日ごろから考えられていますよね。

星野概念さん(以下、星野):読んでいただきありがとうございます。はっきりしすぎているものというか、「こうであるべき」「こうでなければいけない」みたいな考えがあまり好きじゃなくて……。How to本のようなストレートすぎるメッセージが、どうも苦手なんです。

──確かにHow to本とは真逆のテイストでした。だからこそ、How to本を手にしては、できない自分に落ち込む私にはとても響く内容で……。今日は「不安」というテーマについてお聞かせください。

星野:不安って誰でも抱えていますよね。一部の、え〜となんでしたっけ。あ、バリキャリ? そういう自分の力を信じてガンガン突き進める人もいるけれど、実際はほとんどの人が、「頑張りたいけど頑張りきれないモヤモヤ」みたいなものを抱えている時代だと思います。

──ちょっと大きな質問で恐縮なのですが、そもそも不安の正体ってなんなのでしょうか?

星野:いろんなパターンがあるのですが、そうだなぁ……。人間って絶対に自分のことが大事なんですよ。「自分のことなんてどうでもいい」と思っていたら、不安なんてないはずです。自分がおかしなことにならないように、先回りして予防しているとも言えるかもしれない。

──ある意味で、不安は自分を大切にしている証拠であるということでしょうか。でも不安になると、負のループに陥るというか、自分が何もできない人間のような気がすることがあります。

星野:不安って最初は小さなものなのに、考え始めるとどんどんぐるぐる大きくなってしまうというのが、憎いところというか。でもおっしゃる通り、不安はある意味、自分を大切に考えている証拠。だから、不安になる自分を責めるのではなく、少しでも不安を軽くする自分なりの方法や居場所を見つけてほしいなと、考えています。

みんな知らない「自分の取扱説明書」

『ラブという薬』いとうせいこう・星野概念(リトルモア)
『ラブという薬』(リトルモア)は、患者・いとうせいこうさんを、主治医・星野さんが公開カウンセリングするという斬新な展開で構成されている。

星野:不安って人を混乱させるものなんです。今なぜ不安なのか、なんでそう思って心配なのかって自分の頭だけでは、どうしても冷静に見ることはできません。

──そうですよね……。

星野:でも、セルフモニタリングというか、こういう時に自分はどういうことをしたら安心するんだろう、というのを把握して“自分の取扱説明書”を用意しておくといい

──具体的に何をすればいいでしょうか?

星野:こういうことをしたら気分が落ち着いたとか、この人に会ったらちょっと元気が出たとか、その程度の気づきをメモに残すだけでもいいんです。

──何をしたらプラスの心の動きを得られるのか自分で把握しておくことが大切、と。

星野:人は、自分の悩みを誰もわかってくれないのではないかと思う時、とても孤独を感じます。だから、なんか辛いなって時に、愚痴の受け皿になる場所があることも大事です。「ちょっとお茶しようよ」と誘える友だちがいたり、行きつけの飲み屋さんでマスターに話したりするだけで、少しキツさが弱まると思う。そういうところで孤独を減らすことが大切かなぁ。

──なるほど。

星野:思い浮かぶ人がいなければ、カウンセリングに行って話をするのもありですね。日本は精神科に通うことに恥ずかしさや抵抗を感じる人が多いけれど、もっと気軽に頼ってもらえたらなって。まぁ、そんなに簡単にいかないこともわかるんですけど……。

──不安を言葉にして吐き出す、聞いてもらうことにハードルの高さを感じる人はどうしたらいいでしょうか?

星野:もちろん、人に話すことがすべてではなく、何かに熱中することで不安を忘れたり軽減したりすることができます。このようにして色々な方法でストレスの対処をしていくことを専門用語で「ストレスコーピング」と言います。

──ストレスコーピング?

星野:YouTubeでひたすらお気に入りの動画を見たり、簡単な料理をしてみたり。いったん目の前の不安の焦点からピントを外すというか。不安って目に見えないモヤモヤフェーズに自分がいる状態だから、具体的なアクションを起こすことで気を紛らわすんです。

──そうか。不安って自分ひとりで真っ正面から向き合うだけじゃなくて、とりあえず脇においておく、やり過ごすみたいなことも、時には有効なんですね。

こうあるべきという思い込みで、自分を苦しめた20代

星野概念
現在も音楽活動をする理由のひとつは、「混沌としていた20代を否定しないため」という星野さん。

──星野さんが、あいまいや不安定という言葉を大切にするようになったきっかけはありますか?

星野:実は僕もかなり迷走していた時期があるんですよ。20代でバンドをやっていた時、自分は音楽で何かを表現したい人間だと思っていたのですが、結局音楽をやるからには、華のある言動で人々を魅了して、毎年ツアーして、それがミュージシャンの正しい姿だと信じていました。矢沢永吉さんの大ファンなので、思いっきり影響されていたわけです(笑)。

──それはちょっと意外な過去ですね。

星野:とはいえ、実際は全然売れなくて毎日辛いなぁって思っていました。当時は、自己啓発本とか、それこそ『心が軽くなる●●の法則』とかいう類の本を読みあさって。でも上手くいくどころか、理想に近づきもしなかった。結局最後は、PVで全身タイツ着るとか今思えば奇行みたいなことをしてバンドは解散しました。

──それはある種の挫折だったと思うのですが、星野さんはどう乗り越えたのでしょうか?

星野:燃え尽きて、なんかもう適当に生きようと思ったらすごく楽になったんです。結果を残さないといけないって、変に自分にプレッシャーをかけていたというか、「理想をかなえられない自分はダメ」みたいな思い込みが吹っ切れて、投げやりな意味じゃなく、なんでもいいやと思えるようになった

──自分で自分を縛っていたところから自由になった、ということでしょうか。

星野:当時の僕のように、「こうであるべき」「これが正解」という凝り固まった価値観で、勝手に自分を苦しめている人が最近は多いように感じますね。人それぞれに違いがあると認めることが大切なのに。

星野概念
バンド活動の挫折体験が今の自分につながっていると語る。

星野:あ、違いといえば、僕はお酒が好きなんですけど、発酵ってすごく興味深いんですよ。

──発酵ですか?

星野:日本酒やワインなどが好きで勉強していたら、発酵や微生物にハマったんです。発酵は微生物の働きによって繰り広げられるのですが、人間とはまったく違うルールで生きている。この異質な存在とどう向き合うかって、すごい面白さだなって。

──どういう面白さがあるのでしょうか。

星野:たとえば、同じ材料、同じ環境で仕込んだ味噌も、作った人の手についている菌で風味が変わってくるんです。それと同じように、人だって同じ教育を受けていても、みんな個性が違うからそれぞれの人格になる。なって当たり前なのに、こうならないといけないというステレオタイプな成功哲学みたいのが、今の風潮としてあまりに強すぎる気がします。

──たしかに、そういう風潮を感じます。

星野:日本酒やワインにしても、フレッシュじゃなきゃおいしくない、みたいにね。でも、いろんなお酒があるから面白いわけだし、みんなそれぞれのお酒にファンがいるじゃないですか。だから、人もそうなんですよ。

──「違い=個性」と素直に認められたら、きっと気持ちが楽になりますよね。

星野:今って明確に意見が言えて、立場を表明できる人が偉いみたいな感じになっていますが、それができなくても、他のところに自分の良さがあると考えたいですよね。持つ必要のない劣等感を生まなくていいんです。
僕は落語も好きなんですけど、落語ってダメな主人公をみんなで笑って肯定する噺が多いんですね。世間で一番これがカッコイイとされているものだけが、カッコイイわけじゃないということを教えてくれている気がします。

人生は長い、あいまいさを受け入れるほうがきっと無理がない

星野概念
「答えが見つからなくて悩ましいって、当たり前なんですよね」と笑う星野さん。

──確かに、私たちは知らず知らずに“立派な自分にならねば”と思いすぎなのかもしれません。

星野:そうですね。何者でもない自分ってキツいですもんね。それよりも何者かであったほうが楽じゃないですか。でも、何者かでないといけないと考えすぎてしまうと、何者でもない自分に対して、“本当に自分はダメだな”と感じて辛い。
人生も仕事も、必ずしも正解がないことを目指しているのに、なぜか勝手にひとつの正解を決めてしまいがちなのかもしれません。

──あいまいな自分が当たり前って考えられたら、毎日が生きやすくなりそうです。

星野:あいまいにするのがいいというよりも、あいまいさを「そりゃそうだよね」ってとらえられるといいってことなのかな? 白黒だけじゃなく、グレーもあるし、そのグレーにも濃淡がある。どこかでスパッとわかれているわけではない。
それを頭の片隅に入れておくといいと思います。自分が探し求めている答えが見つからないってちょっと気持ち悪いけれど、答えって見つかったような気がする時もあれば、“やっぱり違った”と思う時もある。その繰り返しなんじゃないかな。

──「そりゃそうだよね」ってすごくいい温度感ですね。

星野:僕ね、こういうインタビューで「これが正しい」みたいな話が徹底的にできないんです。ぐるぐるぐるぐる考えることに終わりってないから。考え続けて悩み続けて気づいたら死ぬんじゃないかなって。答えが見つからなくて悩ましいみたいなことって、当たり前だと思うんですよ。

人生は長いし、あいまいなほうが普通じゃんって、肩の力を抜いて生きたいですよね。はっきりしたものばかり求めると、イライラしてしまう。急ぎでインスタントな答えを出すのではなくて、時間をかけてわかることもあっていい。そう考えているからあいまいや不安定という言葉を大切にしていきたいんです。

星野概念(ほしの・がいねん)

病院勤務の精神科医。WEBや雑誌での連載他、寄稿も多数。音楽活動もさまざまに行う。

Twitter:@gainenhoshino

取材・文/関紋加(ノオト・@sekiayaka_
撮影/小野奈那子