私の知り合いに「会社辞めたい」と愚痴を言いながら、もう何年も同じ会社に勤め続けている人がいる。この記事を読んでくれている皆さんの周りにも、そんな人がいるんじゃないだろうか。

人は、変化を恐れる生き物だ。変わらなければいけないのでは……と思いながらも、ついつい現状維持を選んでしまう。

程度の差はあれど変化は苦痛を伴うから、できれば変わらずにいたいという気持ちもわかる。小さな例でいえば、夜型生活を送っている人が、「明日からは朝早く起きる!」と決意したものの、三日坊主で終わってしまったり、「痩せる」と宣言した人が、毎日「今日が最後」と言いながらハイカロリーなファストフードを食べ続けていたり。

変化の先に自分が求めている結果があるとわかっていても、人はなかなか変われないものなのだろう。

会社を辞めるとか、転職するといった大きな変化であれば、なおさらだ。変化した先に何が待ちかまえているのか、望んだ通りのバラ色の未来なのか、あるいは「こんなはずじゃなかった」という不幸な状況なのか、実際に行動してみるまで誰にもわからない。

この記事は、変わりたいと思いながらも一歩踏み出せずにいる人たちに読んでもらいたい。

行動したからといって、うまくいくとは限らないが……

私は2018年の春、自分の肩書きを「ライター」から「エバンジェリスト」に変えた。それと同時に仕事の選び方も大きく変えている。なぜ私がそのような変化を選んだのか。そうすることで私に何が起こったのか、包み隠さずお伝えしたいと思う。

肩書きと仕事の選び方を変えようと決めた時、当然、私には大きな不安があった。行動したからといって、すべてがうまくいくなんていうことは有り得ないし、当然、失敗する時だってある。マドカ・ジャスミンの名前で、フリーランスとして仕事をしている身としては、これまで積み重ねてきたものを失ってしまうのではないかという恐怖さえ感じた。

けれど、同時に変化への一歩を踏み出さないのは、「緩やかな衰退」と言えるのではないかという思いも自分の中にあった。仮に現状維持を選んだとしても、体当たりライターとしてセンセーショナルなコンテンツを生み出してきたそのスタイルも、いつかは飽きられてしまうだろう。

それに「変わりたい」という思いを抱えながら、「だけど、怖い」と自分の本心を無視して止まり続けることは自傷行為にも近いかもしれないとも考えた。

ふと気づいた。「これ、本当にやりたかったこと?」

現状に大きな不満があったわけでない。運良く、顔出しライターブームの波に乗り、自分で言うのもおかしな話だが、Twitter発の人物としてはさまざまな体験をしてきた。

幼い頃から憧れていた地上波番組に単独で出演することも、自分の著書を出版することもできた。執筆依頼は途切れずに舞い込んできており、バイトもせずにフリーランスとして働けていて、それなりの知名度を得ることもできた(初対面の人が自分を知っている状況には未だ慣れない)。私自身にはあまり自覚はなかったものの、「うまくいっている」側の人間として扱ってもらうことが増えていた。

しかし、ふとした時に気づいてしまった。「これ、私が本当にやりたかったことなのか?」と。

そもそも、私が今までやってきたことはすべて「有名になりたい」という一心からだった。そして、何より私自身が若くて、無知だった。だからこそ、男女関係のあれこれや港区事情、バラエティ色が強い性の話題などの、ゴシップに近い話題だったとしても、迷わずに発信してきたし、自分の願い通りそれなりに有名になれた。

けれど、考えてみれば、本来の自分は友人たちと盛り上がることは好きだけれども、仕事のためとはいえ、よくわからない男性にヘコへコするのは嫌いだし、何なら他人の色恋事情にもあまり興味がない。「好きにやってくれ」の一言に尽きる(性感染症のリスク等は念頭に置いておいてほしいけれど)。

つまり、自分が今まで発信していた内容は、自分が心からやりたいことではなかったのだと気づいてしまったのだ。

「私は何をしたいのか」、考えた末に出た結論は……

そこで考えた。では、一体私は何をしたいのだろうか。何をしていたら、心からエキサイティングできるのだろうか。考えた末に出た結論は2つだった。

ひとつ目は、やはり「性」についてのことだった。これについては、自分が今まで性について発信してきた中で、パートナーとの性生活に悩んでいたり、性感染症・妊娠といった性交渉におけるリスクに苦しんでいたりする女性が多いことを、これでもかというほどに知らされたことが大きい。そして、そういった人たちは、周りに自分が抱えている悩みや苦しみについて相談できないことも多く、TwitterなどSNSには救いを求める声があふれていた。

もちろん、私は医師やカウンセラーといった専門家ではないので、医学的なことなど専門知識が必要になるケースでは、何もできない可能性もある。でも、医師ではないからこそ、悩みを抱える人と同じ目線に立ち、寄り添い、励ますこともできるのではないかと考えた。

私が担いたいと思ったのは、医師が持っている専門知識や、治療や予防医療などの現状をユーザーに伝える役割だった。そう考えた結果、それまでライターとしていた肩書きを「エヴァンジェリスト」に変えたのだ。ある種の決意表明に近い。

肩書きを変えると同時に仕事の選び方も変えた。先ず、ギャラ飲みは別として、パパ活についての記事執筆やメディア出演は全部断った。また男性視点での性的な内容のものについても同様だ。

SNSの流行は、約1年遅れで地上波番組のネタとして使われ始める。2018年は冒頭から、パパ活をテーマにした番組特集への出演オファーもあったが、心苦しくも断った。確かにメディア露出は美味しいし、できる限りしたい。でも、自分が決意して選んだ変化を、自ら踏みにじることのほうが何倍も怖かった

正直、パパ活など誰もが興味を抱くであろう俗なジャンルについて発信したほうが話題になりやすいし、わかりやすくTwitterのフォロワー数も伸びて、インプレッション数も上がる。そうした発信を止めたことの副作用は確実に出ており、実際に去年から今にかけて、私のフォロワーは増えないどころか、減っている。エゴサーチをした際、「マドジャスはオワコン」「最近何やっているかわからないし、つまらなくなった」なんてツイートを目にしたこともあった。

へこまなかった訳ではない、というか、随分とへこんだし、悩んだ。自分と同時期やそれ以降にTwitterを始めた友人知人のフォロワーは5万人、10万人といった数に達しそうなのに、私はなぜくすぶっているのだろうと。

方向性を変えたのは英断だったのか? それとも……。考えれば考えるほど、自分の決意は揺らぎ、Twitterでの発信も疎かになる。「自分は誰からも求められていない」という感覚にすら陥った。

これ以上、否定されたくない。そんな恐怖が渦巻いた

この状態は、自分のやりたいことの2つ目にも大きく影響した。私がやりたいことの2つ目、それは、自分のオリジナルワンピースブランドを作ることだ。

これには、原体験がある。私は小学生の頃、太っていた。それを理由に同級生から嫌な言葉を投げられたこともあった。そんな時、私を救ってくれたのが中学生向けのファッション雑誌だった。雑誌に掲載されているファッションに心を躍らせた私は、「私もこういう服が着たい」という思いからダイエットを決意、見事5kgの減量に成功した。

『ファッションで人生が変わる』。その事実を自らの体験で知ったことで、私は「自分もいつかブランドを作りたい」という淡い願望を十年以上抱き続けてきた。そして、その願望は今となっても変わることなく、ついには実行へと移すことを決意した。自分がやりたいことに、本音を無視できなかったからだ。

だが、ファッション誌のモデルがブランドをプロデュースするのとは違い、「マドカ・ジャスミンとしての活動」とファッションの関連性はどこにもない。「なぜマドジャスがワンピースのブランド?」という反応が出るのも当たり前だ。

夢の実現へ向けて行動しているものの、自信を持てない日々が続いた。肩書きを変えたことで、それまで得ていた反響やフォロワーは目に見えて減り、さらに別ジャンルであるファッション分野にも挑戦する……。見る人によっては、「マドジャスがブレている」と言われてもしかたない。だから、長い間、ブランド製作についての発信さえもできずにいた。

これ以上、人が離れていくところを目にしたくない。否定されたくない。そういう恐怖に似た感情が心の中に渦巻いていた。

「やりたいことをやろう」、たどりついた答えはシンプルだった

そんな状態の中、私は恩師から言われた言葉を思い出した。

『簡単か難しいかなら、難しいほうを選べ』

『“成功したい”と“失敗したくない”は似ているようでまったくの別物』

ハッとした。私は何を恐れているのかと。思い返してみれば、今まで私がしてきたすべての選択は100%の確証があったわけじゃない。むしろ、リスクのほうが大きかったケースが圧倒的に多い。

一回も模試で合格ラインに届かなかった高校を受験したこと。大学進学を捨て、浪人ではなくフリーターの道を選んだこと。未経験ということに物怖じせずさまざまな仕事を経験したこと。顔を出してTwitterをやり始めたこと。メディアから声をかけてもらったことをきっかけに、まったくの無知の状態でライター活動を始めたこと。事務所に入っているわけでもなく、マネージャーさえいなかった状態でパネラーが100人もいる地上波番組に挑んだこと。週一とはいえ時給制ではなく完全歩合制でバーの店長を務めたこと。完全に執筆業メインで生活していこうと決めたこと……。

振り返れば、恐怖以上のワクワクや好奇心でこれらを選んできた。そして、自分では、望んでいた以上の成果を収めてきたと思っている。

そうだよ、自分を信じないでどうするんだ。周りの目や声を気にして自分の本心を隠したまま死んでいくのか、やりたいことをやって生きるのか。

「やりたいことをやろう」。たどりついた答えは、シンプルそのものだった。

何かに挑戦して、その結果が出るまでの過程は、言わば、荒れて木々が生い茂った険しい山道に似ている。暗い、怖い、つらい、苦しい、もう無理だ、助けてほしい。そう思いながらも脚を進めれば、やがてさんざめく光に溢れた山頂へとたどりつく。それが結果であり、成果であり、成功だ。

どれだけ不安や恐怖に苛まれる過程だったとしても、行動する者にのみ女神は微笑む。変化の過程で外野が何と言おうが、そんなもの後から自分の人生を振り返ってみたとすればこれっぽっちも覚えてないものだ。そして、自分が感じている恐怖や不安も、もしかすると自分が生み出した勝手な幻想に過ぎないようにも思える。

自分の一番の味方が自分じゃなくてどうするのだ。

何か変化を起こしたいものの、迷っているならば、先ず自分を信じる……自信を持つことから始めればいい。それが難しいなら、過去の些細なものでもいいから成功体験を思い出す。そうすれば、自ずと行動に移し、気がつけば不思議なぐらい変化しているだろう。

「怖いのは最初だけ。大丈夫、あなたならできる」。

私は自分にこう言い聞かせて毎日を生きていく。

この記事を書いた人

マドカ・ジャスミン

マドカ・ジャスミン

エバンジェリスト。多種多様な人脈や行動力を武器としたライティング、またSTD(性感染症)やHIV防止啓蒙活動も行う。その豊富な経験とユニークな着眼点から人間模様を中心とした執筆内容が支持されている。雑誌や地上波TV番組への出演多数。

ブログ: マドカ・ジャスミン オフィシャルブログ

Twitter: @mdk_jasmine