「旅する暮らしっていいなぁ」って思ったこと、ありませんか?

「旅先で仕事するってカッコいい」「旅そのものが仕事になったら楽しそう」

そんなことを思いながら、ツイッターやインスタグラムで旅人や冒険家のアカウントを探していると、なんと8年間も世界中を旅し続けている夫婦がいることを知りました。その名も、「旅する鈴木」

旅する暮らしを始めたきっかけや、ちょっと聞きにくいお金のことまで、たっぷりとお話を聞いてきました!

「100%不安しかなかった(妻)」。仕事を辞めて世界一周スタート

左:鈴木陵生(すずき・りょうせい)。映像作家、写真家、旅人。2011年より世界一周をスタートし、自主サイト「旅する鈴木」にて映像発表をし続けている。右:鈴木聡子(すずき・さとこ)。ヨガインストラクター・旅人。2011年、夫と共に世界一周の旅に出発。世界各地のヨガ事情を見て回りながら、各地で現地の人へレッスンを行っている。

──「旅する暮らし」を始めたきっかけを教えてください。

鈴木陵生(以下、陵生):20歳の時に、バックパッカーで東南アジア4カ国を旅したんですが、これがすごく楽しくて、「もっと世界を見てまわりたい!」と思ったんです。そのあともカナダに住んだりニューヨークに行ったりといろいろな場所に行きましたが、30歳になったタイミングで世界一周に行こうと決めました。

──最初に旅に出たのはいつですか。

陵生:2011年の10月です。最初は単純に旅行のつもりで、1年半かけて世界一周をしようと思っていました。でも、1年半じゃ全然足りなくて。帰国してお金を貯めるために仕事をして、また旅に出て……というのを繰り返しているうちに、8年目に突入してしまいました。

──聡子さんは、「世界一周に行こう」と言われて、最初どう思いましたか。

鈴木聡子(以下、聡子): 100%不安しかなかったです。元々、旅にそこまで興味がなかったんですよ。行くとしても、「この場所に行く」という目的ありきの旅行しかしたことがなかったので、明確な目的のない旅というのが、どういうものかも想像がつかなくて。

仕事を辞めて世界一周に出ようと言われた時は「100%不安しかなかった」という聡子さん。

──仕事を辞めることについて不安はありませんでしたか。

聡子:そこもやっぱり不安でしたね。日本でヨガのインストラクターをしていたんですが、ここで辞めてしまったら、積み重ねてきたものがゼロになってしまうんじゃないかと思っていたんです。

──実際に旅に出てみて、どうでしたか。

聡子:旅をする中で、船長になる夢を叶えるためにホテルで働いている中学生の子や、会社の社長さん、あとは冒険家の人など……たくさんの人との出会いがありました。

みんなそれぞれの環境で、夢を描きながら生きている。その姿を見ていたら、「どうして、日本で1つの仕事をすることにこだわっていたんだろう?」と思うようになったんです。

──日本とはまったく違う環境で生きている人たちを見たことで、気持ちが変わっていったんですね。

聡子:自分が「こうあるべき」とか「これがあたりまえ」といった“見えない縛り”にとらわれていたことに気づきました。何をやってもいいし、どこに行ってもいい。そう思えたら、不安な気持ちは自然となくなりました。

「お金はいくら必要?」「家はあるの?」旅する暮らしの実態

写真提供:鈴木陵生
ポルトガルにて

──最初の1年半旅に出る時には、具体的にいくら貯めて旅に出たんですか?

陵生:結婚した時に「1年後に世界一周に行く」と決めて貯金をスタートして、最初は2人分で500万円を目標にしていました。

──500万円というのは何を元に算出したんでしょうか。

陵生:自分が過去に旅をした時の経験と、インターネットで旅行ブログの情報を参考にしました。出発前の準備で出費が重なったので、最終的には400万円弱でスタートしました。

──出発前の準備で出費が重なったというのは?

陵生:大きいところだと、予防接種や海外旅行保険です。予防接種は8本くらい打ちました。駐在や青年海外協力隊など、海外に長期滞在する人向けの病院があって、そこで旅先に合わせた予防接種をコーディネートしてもらえるんです。

──予防接種を8本! 海外旅行保険って、年間でいくらくらいになるんですか?

陵生:ひとりあたり、年間25万円くらいでしたね。

陵生さんの経験と旅行ブログを参考に、旅の資金として500万円を貯めることを目標にしたという。

──なるほど……旅先で病気や怪我をした場合って、現地の病院に行くんですよね? 実際病院にかかられたことはありますか。

陵生:ありますよ。大きな都市だと保険会社が提携している病院があることも多くて、その場合はキャッシュレスで診てもらえます。病院の紹介や予約もしてくれるので便利ですよ。ただ、歯医者は保険がきかないので、日本で治して行ったほうがいいです。

──提携病院があればキャッシュレスなんですね。しかも予約もしてもらえるなら安心ですね。あと、家ってどうしてるんですか?

陵生:借りていた家は旅に出る前に解約して、住民票も抜きました。転出届だけ出して、転入届を出さない状態です。一時帰国の際にはマンスリーマンションや、Airbnbで暮らしていました。

──住民票を抜くと、住民税は発生しないんでしょうか。

陵生:そうですね。そのかわり、選挙権も発生しません。あとは、国民健康保険料の負担がなくなります。

──国保の代わりに海外旅行保険、という感じなんですね。

陵生:国保の支払いを継続しておいて、海外で適用することもできるんですけど、いったん自分で全額支払って、保険給付分の受け取りが帰国後になるんです。それなら、海外旅行保険にしたほうがいいかな、と思って。物品の保証もありますからね。

──ところで、旅する暮らしの家計簿ってどうなってるのでしょうか?

陵生:収入は毎月あるわけではないので、これくらいという算出はむずかしいんです。生活費はタイミングによってバラバラです。たとえば、ネパールでエベレストのベースキャンプまでトレッキングした時は山小屋の宿泊費や食事代で1日8,000円ちょっとかかりました。イースター島のキャンプ場で釣った魚を食べて過ごした日は1日3,000円くらい、モロッコを旅した時には1日6,000円ちょっとでしたね。

家計費ボード
おふたりがイベント展示のために作成した家計費ボード。トイレットペーパー1ロールが300円以上する……。

貯金を食いつぶす状態(最初の3年間)から旅が仕事になるまで

写真提供:鈴木陵生
スロベニアのブレッド湖

──現在は、旅先で大手企業のCM制作を手がけられたりと、旅そのものが仕事になっていますが、旅にまつわるお仕事が来るようになったのはいつ頃からですか。

陵生:3年目くらいからですね。最初のうちは貯金を食いつぶしながら旅をしていました。

──不安はなかったですか?

陵生:当時は、旅が仕事になるとは思っていませんでしたが、「ただ旅をするだけにはしたくない」とも思っていました。映像作家として作品づくりに活かせるものを何かしら得ようという気持ちで、旅先からも発信は続けていました。

──旅先から1日1本動画をYouTubeにアップされていましたよね。移動しながら撮影して編集して……ってけっこう大変じゃないですか?

陵生:最初のうちは楽しかったんですけど、毎日だと大変でしたね。最初のうちは見てくれる人もすごく少なくて、誰からの反応もなくて……あの時は悲しかったですね。

陵生さんは旅先から1日1本動画をYouTubeにアップしていた。「最初は誰からの反応もなくて悲しかったですね」。

──それでも毎日続けられた理由は何ですか。

陵生:自分で決めたことだから、というのもありますが、何より映像を作るのが好きだったからですね。結局、好きなことじゃないと続かないんですよ。

──たしかに。

陵生:コツコツ続けているうちに、海外の企業から「映像をCMで使いたい」とご連絡をいただいたり、依頼を受けて海外に映像を撮りに行ったりするケースも増えてきました。

──聡子さんは、お仕事に何か変化はありましたか。

聡子:ヨガのインストラクターのお仕事以外に、コラムを書かせていただいたり、イベントに出させていただいたりと、仕事の幅が広がりました。

──「仕事を辞めたらゼロになってしまう」と思っていたけれど、そんなことはなかったんですね。

聡子:これまで積み重ねたものも含め、いろいろなものを組み合わせながら仕事をしていくスタイルに変わりました。「旅とヨガ」を組み合わせて、それをテーマにメディアにコラムを書かせていただいたり、旅夫婦として出演依頼をいただいてGoogleのTVCMに出させていただいたり。「ひとつの仕事にこだわらないで、いろいろなことをやってもいいんだ」と思えたのも、旅に出たおかげです。

狙いを定めて投資し「稼げるスキル」を育てていく

写真提供:鈴木陵生
エチオピアで現地の子どもたちと

──映像制作など、スキルを持たない人が「旅を仕事にしたい」と思った場合、必要なことはなんだと思いますか。

陵生:まずは、旅につなげられるスキルを作る必要があると思います。

──一気にハードルが上がったような……。

陵生:自分にはスキルがない、とおっしゃる方は多いんですが、何でも「スキル」なんですよ。営業の人が持っている話術だって、スキルです。国や言葉が違っていても、それを活かしてお金に変えることはできると思うんです。自分が今持っているものを、旅にどうつなげられるかを考えながら、稼げるスキルに育てていくのがいいのかなと思います。

──陵生さんのまわりの方はどうやって仕事を作られていますか?

陵生:旅中に得たヒントを実現して旅人を支援する会社を作り、今もインドを拠点に旅している友人もいますし、南米で出会った手作りの靴に可能性を感じて靴職人になった元商社マンの友人もいます。DJの友人は各国でイベントに出演したり、自分でその土地でパーティを作ったりしながら旅をしていました。

──新しいスキルを習得するというより、「自分が今持っているものをどう活かすか」を考えて、スキルを育てていくのがいいんですね。

陵生:最初のうちはお金にならなくても、稼げそうな何かをまず試してみるのがいいと思います。あとは、何をするにしてもすぐに稼ぐのは無理なので、投資期間は必要だと思います。「やりたいこと」と「今あるスキル」とを見比べて、どう狙えば達成できるかを考えて時間やお金を投資していくようなイメージです。

仕事を辞めて旅に出た聡子さんは、「今まで通りの安心を得たまま、新しいことを始めることはできないと思う」と話す。

──会社員からフリーランスになる時、「投資期間」がものすごく怖かったという話を聞いたことがあります。時間やお金をかけても結果が出るとは限らないし、稼げるようになるかもわからない。「そしたら自分には何も残らないんじゃないか?」って。

聡子:その感覚はすごくよくわかります。でも、今まで通りの安心を得たまま、新しいことを始めることはできないと思うんです。たとえば「長期で旅をしたい」と思うなら、会社に勤めたままだと難しいでしょうし、そうなると安定したお給料は手放す必要があります。

──手放さなければ、手に入らないと。

陵生:僕らも成功者、というわけではないので大したことは言えませんけど……。まわりのクリエイターの中には世界的に活躍している有名な人もいますが、そんな人たちでも投資期間を経ているんですよね。自分のやりたいことをどう仕事につなげていこうかと、みんなすごく考えています。

聡子:考えて、工夫して、準備する。この3セットはすごく大事だと思います。

日本にいると、「どうやって稼ごう?」と考えなくても、比較的収入を得やすいんですよね。すごく恵まれたことですが、これまで全然頭を使ってこなかったな、ということに旅に出て初めて気づきました。

「お金があれば安心」は本当なのか?

「日本にいるとどうやって稼ごうか考えなくても収入を得やすいと思う」(聡子さん)。それはとても恵まれたことなのかもしれない。

──新しいことを始めたいと思った時に、「お金の不安」から一歩踏み出せない、という人も多いと思うのですが。

隆生:日本は、「お金がないと幸せじゃない」という意識が強いと感じますね。働きすぎてお父さんが家に帰れないような状況が、果たして幸せなんだろうか? と。お金が強すぎるような気がします。

──たしかにそうですね。でも、生きていくためにはお金が必要だし、バランスが難しいですよね。

陵生:もちろん、生活のために最低限必要なお金というのはありますよね。でも、いろいろな国を見てきた中で、日本にいた頃に「最低限」と思っていたものよりも、最低限の基準は下がりました。

──日本は経済的には恵まれているので、「最低限」の水準が他の国より高いのかもしれませんね。

陵生:だからといって生活水準を下げるべきという話ではありません。僕自身、いい家に住みたいかと聞かれれば、住みたいとは思います。でも、それ以外に幸せがたくさんある、と思えるようになったんです。以前よりも、お金にとらわれずに生きていけるようになりました。

──「お金があればあるほど安心」という感覚は、何となくあります。ある意味お金にとらわれているのかもしれません。

陵生:「安心って何だろう?」ってよく考えるんです。どれだけお金を貯めても、事故にあって死ぬかもしれない。震災もあったし、会社だって潰れることもある。「ここにいれば安心」という場所なんてあるのかな。多くの人が必死に何かを守ろうとしているように見えるけど、守るものってそもそもあるのか? と思ってしまいます。

聡子:いろいろな選択肢を知った上で守りに入るならいいんですが、外に何があるかを知ろうとしないのはもったいないな、と思います。

今の時代、「旅をしながら生きること」は夢物語じゃない

変化を恐れるのは今の状況を守ろうとしていること。でも「ここにいれば安心なんていう場所なんてあるのかな?」(陵生さん)

──場所にとらわれない働き方をしている人は、昔と比べてかなり増えましたよね。

陵生:「旅をしながら生きる」というと、すごく非現実的なことのように思われがちなんですけど、今の時代そんなにめずらしいことではないと思うんです。パソコンとネット環境があればどこでも仕事ができる時代ですから。

──業種や職種にもよりますが、フルリモートの仕事をしている人もいますね。時代が変わったなぁ、と思います。

陵生:ネットがあれば、打ち合わせも不都合なくできますもんね。外国人には、フットワーク軽く国を移動して仕事をしている人がもっと多いです。今はドイツで働いているけど次はシンガポールで2年働こうとか、EU圏で国をいくつかわたって仕事をしようとか、すごく自由に動いています。

──外国の人だと、英語がアドバンテージになっている、というところもあるんでしょうか。

陵生:言葉よりは、心持ちの部分が大きいと思います。日本人でも、フットワーク軽く活躍されているクリエイターの中には、英語が話せないけどとりあえず行っちゃおう、みたいな気軽なノリの人もけっこういますよ。

──そうなんですね! 海外に行きたいならまずは英会話から……と思いがちですけど、そこは本質じゃないのかもしれませんね。

陵生:「旅をしながら生きるにはどうすれば」というよりは、日本だけじゃないとやっていけない状況を作らないようにしよう、と意識しています。

──どこでも働けるというのは理想ですね。

陵生:ただ、それが絶対的に正しい、とも思っていなくて。僕は場所を問わず自由に働く人が周りに多くいて、「自分もそうなりたい」と感じたからそこを目指していますが、日本が好きで日本にいたい人なら、無理に目指す必要もないと思います。

──正解はなくて、それぞれ自由でいいんですね。

これからもずっと世界をふらふらし続けたい

写真提供:鈴木陵生
ネパールにて

──BS朝日で「旅する鈴木」という番組を持たれていますよね。反響はありましたか。

陵生:ツイッターを見たら、「旅に行きたくなった」とか、「こんな生き方って素敵だな」とつぶやいてくれている人がいたんです。僕らの活動が誰かの背中を押すことにつながっているのかもしれない、と思えた瞬間でした。「自分も何かやってみよう」と思うきっかけを少しでも提供できたら嬉しいですね。

──旅する暮らしはこれからもずっと続けていくんですか。

陵生:旅はこれからも続けていきますが、1年前から少しスタイルを変えています。旅に出るのは1年のうち3カ月ほどにして、それ以外の期間は日本で下調べや準備をする期間にあてるようにしたので、7年ぶりに家も借りました。

──7年ぶり……! ちなみに、変えようと思ったのは何か理由があったんですか。

陵生:旅を始めた当初は明確な目的を決めていませんでしたが、徐々に撮りたいものによって旅先を決めるようになってきたので、日本で準備をしっかりしたほうがいいものが撮れるんじゃないかと思ったんです。あとは、40歳を迎えてずっと旅に出っぱなしはしんどくなってきた、というのもあります(笑)。

──なるほど(笑)。負担がかからないようにスタイルを変えながら、旅を続けていくんですね。

陵生:「世界をふらふらしたい」というのがベースにあるので、ずっとふらふらし続けたいですね。映像が僕らの基本軸なのでそこはぶらさず、自由気ままに世界中をふらふらしながら映像を作って、たくさんの人に届けていきたいです。

鈴木陵生(すずき・りょうせい)

映像作家、写真家、旅人。1979生まれ。劇団での役者経験を経て映像業界へ。映像プロダクションにて映像クリエイターを務めた後、カナダに拠点を移しミュージックビデオ、映画などの演出、技術スタッフなどを歴任。2008年に帰国し、大河ドラマ「坂の上の雲」「八重の桜」のタイトルバックやオリンピック招致映像など、映像作家として演出、撮影、編集を数多く手がける。2011年より世界一周をスタートし、現在も妻とふたり旅をしながら自主サイト「旅する鈴木」にて映像発表をし続けている。

鈴木聡子(すずき・さとこ)

ヨガインストラクター・旅人。1978年生まれ。20代の頃に始めたヨガに魅了されてヨガインストラクターの道に入る。ピラティス、骨盤など数々のボディメンテナンスの資格を取得し、都内各地のフィットネスクラブ、ヨガ教室でレッスンを担当。2011年、夫と共に世界一周の旅に出発。世界各地のヨガ事情を見て回りながら、各地で現地の人へレッスンを行っている。

取材&文/中村英里(@2erire7 )
撮影/鈴木勝