『こぐまのケーキ屋さん』が大ヒットしている漫画家のカメントツさん。

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一度は漫画家をあきらめ、いろいろな職を転々として、なんとホームレスにもなったこともあるそう。

そんなカメントツさんに、どんな紆余曲折を経て漫画家になったのか、働く上で、何を大切にしているのか、語っていただきました。

職を転々として、行き着いたのは工場での「護摩行」

カメントツ
カメントツ(かめんとつ)。漫画家。デザイナー、イラストレーターを経て漫画家に。2017年、Twitter上に投稿した『こぐまのケーキ屋さん』が話題になり、単行本化。

カメントツさん(以下、カメントツ):短大を卒業した20歳の頃、新卒でフリーターになったんですよ。でも、毎日があまりにもつまらなくって、愕然としたんです。

──在学中、就職活動はされなかったんですか?

カメントツ:基本的に「誰かのためになることをしたい、何かに尽くしたい」という人なので、学園祭とか、自治を取りまとめている「学生会」に入ってたんです。そして「俺はこの学校をむちゃくちゃ良くするぞー!」ということに燃えてました。そこから急に「就職活動」というフィールドにポンと投げ込まれて「マジクソつまんないな」と思っちゃって。

──それでフリーターになったんですね。

カメントツ:そうですね。でもさすがに「何かに属さないと退屈で死んでしまう」と思ったので、学生の頃につきあいのあったイベント会社のデザイン部で、デザイナーとして働くことになったんです。

──それからはずっと、デザイナーとして?

カメントツ:4年くらいは、そのデザイン部を切り盛りして働いてました。部下もちょこちょこできたんですけど、環境が変わらないことに飽きちゃって……後任が育ったこともあって、24歳で辞めました。

──そのあとはどうされていたんですか?

カメントツ:雑貨のデザイン会社に勤めてみたんですけど、おもしろくなくてすぐ辞めちゃって、フリーターでいろいろなことをやってましたね。写真館や雑貨のデザイン、映像の編集とかもやってました。そんな期間が2年くらい続いたある日、「クリエイティブに生きようとするのが、自分をつまらなくさせている原因なのかも」と思ったんです。

──逆説的ですね。

カメントツ:だから「いっそのこと別の世界に飛び込んでしまおう」と思って、自動車会社の工場に勤めたんです。

──また全然違った職種を選ばれましたね。

カメントツ:両親が大手の自動車工場で働いていたのもあって。で、意外なんですが、工場に勤めたことで潤沢なお給料と休暇を手に入れたおかげで、自分のクリエイティブが動き出したんです。休みの日にTシャツを作ったり、動画を作ってみたり。

──余裕があることは大事ですよね。

カメントツ:あと、僕の場合は「脳遊び」が得意なんですよ。漫画家に向いてる人にも多いと思うんですが、脳内でストーリーや妄想を膨らませる素質があるんです。

たとえば鳥が飛んでるのを見ると、「鳩の国とカラスの国が戦争をしている話」を妄想をしたりね。そこには、お互いのことを好き合っている鳩とカラスがいるんだけど、ある日、鳩が体を黒く塗ってカラス国に潜入して……というようなストーリーで脳内が盛り上がっちゃったり。だから工場でずっと同じ作業をしていても辛くなかったんです。

──確かに黙々と作業していると考え事がはかどることもありますよね。

カメントツ:毎日同じ作業を続けていると、精神が解放されていくんですよ。のちに「僕にとってあの工場で働いた期間は何だったんだろう?」と考えたり調べたりした時に、一番近かったのは仏教の「護摩行(ごまぎょう)」だなと思って。

──護摩行って、修行ですか?

カメントツ:そうです、仏教やお経のことを考えながら、ボウボウと燃える炎の中にお札を投げ込み続けるらしいんですけど、僕がやっていたのは「クリエイティブな護摩行」だったんだなって(笑)。その時に思いついたことや考えたことがあとに響いてきたり、今につながっていたりするんです。だから、もし「何をどうしたらいいかわからない!」と悩んでどうしようもない人は、自動車工場で働いてみるのがオススメです。

──自分に向いている仕事がわからなくて立ち止まってしまうことってありますもんね。

カメントツ:そうです。体も動かせるし、精神も解放できるし、お給料も高いし。考え続けて漬物石になるくらいだったら、止まっている期間を有用に投資できるようにしたらいいかもしれないですね。時間は、日本において一番投資できるものだと思いますから。

「カメントツ」が生まれるまで。廃墟突撃実況、ホームレス時代……

カメントツ

カメントツ:僕が「カメントツ」になったのは、24歳くらいでイベント会社に勤めていた頃なんです。もともと学生の頃から2ちゃんねるが好きだったんですけど、「会社を辞めたあとに何ができるかなー」と考えていた時に「廃墟突撃実況」を思いついたんです。

──廃墟突撃実況……?

カメントツ: 2ちゃんねるの掲示板にいる人たちが僕に指示を出して、僕をみんなで操って楽しんでもらう「遠隔ホラーお化け屋敷」みたいなコンテンツを提供しようと思って。実際廃墟に行って、実況しながら「ドアと廊下どっちに行く?」「ドア!」「じゃあドア開けるね」みたいな。

──昔2ちゃんねるでそういう風景を見たような気がします。

カメントツ:で、その時に自撮りをしないと「本当は行ってないんじゃないの?」と疑われるので、仮面が必要だったんです。それで仮面を付けて廃墟に突撃してるから、いつのまにかみんなから「カメントツ」って呼ばれるようになったんです。

──えっ、自分で名乗ったんじゃないんですか!

カメントツ:そうなんですよ。せっかく付けてもらったあだ名だし、どこにでもいくフットワークの良さみたいな意識も含めて、今でも大事にしてます。

──実際にイベント会社を辞めたあと、すぐにフリーターになったんですか?

カメントツ:いや、ホームレス期間が10日間ほどありました。

──ホームレスですか?

カメントツ:プチ家出ですね。実家にいたので「仕事辞めた」って言いづらくて、仕事に行くふりして公園に……そこで「ハクさん」というホームレスのおじさんと知り合って、なんとなく僕も居着いちゃったんですよ。ハクさんどうしてるかなぁ、僕に空き缶の拾い方を教えてくれたハクさん。

──ハクさん……

カメントツ:ハクさん本当すごくて。いまだに覚えてて悪夢として出てくるんですけど、ハクさんずっと口触ってるんですよ。で「ハクさん何やってんの?」って聞くと、突然「ッオンッ!!!」て言って、手元をよく見たら歯なの。ハクさん暇すぎて自分の歯抜いてたの。

──え?

カメントツ:「歯ってよぉ、こうやってやってたら抜けるんだよ(笑)」とか言ってて「ホームレス怖い!!」ってなっちゃって。それが怖くてホームレス辞めましたね。

変に「考えて生きなきゃ」なんて思わなくていい。

カメントツ

──その後、工場を経て、上京されたのはどのタイミングですか?

カメントツ:27歳の頃です。そこからじわ〜っと漫画家志望をやって、28歳の時に「オモコロ」でデビューしました。

──『大死刑』という、かなり重ための、だけど印象的なテーマの漫画でしたよね。

カメントツ:そうです。でも実は『大死刑』は20歳の頃に描いた作品だったんです。だから20歳の頃に一度漫画に挑戦してみたんですけど、描いてみて「漫画超絶めんどくさいわ、僕には向いてないな」と思って諦めてたんです(笑)。でも、この歳になってからのほうが意外と面倒臭いこともできるようになって。

──それって何でなんでしょうね。落ち着いたから?

カメントツ:うーん、たとえば僕はペン入れをしている最中に孤独を感じて寂しくなって、ダメになっちゃうんです。だからそれ自体にどう楽しさを感じられるか、というのを模索したからかもしれません。落語とかラジオとかを聞きながらだとペン入れを楽しくやれるとか、そういう「いかに物事を楽しめるか」という知識じゃないですかね。

──自分がいかに楽しく仕事をするかを考えるのは大事ですよね。

カメントツ:そうですね。でも、考えないでも仕事や生活がうまくいく人は、変に意識して考えてこじらせたりしないで、そのまま行ったほうが幸せだと思うんです。草のように鳥のように、何も考えずに生きていけるのが一番だと思っているので。いわばそれって仏教の「解脱」ですよね。

──仏教の基本的な考えは「生きているうちに起こる離別とか死別とか、どうしても避けられない辛いことをいかに楽しく乗り越えていくか」っていう教えだって言いますよね。

カメントツ:そうそう。そういう意味で言うと、パリピは解脱なんですよ!!

──パリピ! それはまたどうしてですか。

カメントツ:だって、僕たちこじらせボーイズアンドガールズは、例えばクラブに行ったとしても「このDJはここがうまい」とか「DJカルチャーにおいて音楽の上級と下級って何?」とか無駄なことを考えてしまうわけですよ。

──そうかもしれません。

カメントツ:そうやって僕たちがネチネチ面倒臭いことを考えている間に、あっちではパリピが「イエーーーーーーーーーーイ!!!!!!!!!!」とか叫んで踊り狂ってるんですよ。そんなの絶対パリピのほうが楽しいんだから!! 何も考えなくても生きていけるんだったら、無理にこっちに来なくていいんだから!! 素直にそのまま生きていけば幸せになれるんだから!!

──確かに。今が辛いわけでもないなら、変に「もっといろいろ考えて生きなくちゃ」「しっかりしなきゃ」なんて思わなくたっていいのかも、と腑に落ちました。

死ぬほどいろいろ試して行き着いた、漫画家という道

カメントツ

──「自分に才能がない」「やりたいことが見つからない」などいろいろ悩んでいる人たちは多いと思うんです。カメントツさんは職を転々とされているとき、不安や焦燥感はなかったですか?

カメントツ:僕は意外となかったですね。漫画の専門学校って、卒業したらみんな最初はフリーターじゃないですか。そういう意味では、「卒業したらすぐに就職」っていう生き方をしている人はみんなが想像する以上に多くないと思うんです。

だからもしやりたいことがなくて悩んでいるなら、いろいろなことを試したほうがいいんじゃないかな。僕も死ぬほどいろいろ試して、結果的に漫画家になったわけで。20歳の頃の自分に「将来漫画家になるよ」って言っても「嘘でしょ?」ってなると思うし……。

──トライアンドエラーですよね。

カメントツ:向いてない仕事は、辞めちゃったほうがいいと思うんですよね。

だって仕事って、40年ちょっとはやらないといけないことじゃないですか。40年間、やりたくないことをやるくらいなら、自分ががんばれる場所を探すほうがいいと思うんですよね。

寝具と仕事はちゃんと選んだほうがいいです。寝床は人生の3分の1を使うし、仕事も1日の3分の1くらいとるじゃないですか。

──20代で今後の人生をすべて決める必要はないですもんね。

カメントツ:そうですね。自分はこういう人間だとか、これが向いている、とかバチっと決めないで、いろんな方向にアンテナを張ったり、試してみるのがいいと思います。会社辞めなくても、仕事が終わってからそれをやるでもいいし。「そっちのほうが楽しいな」って思ったら会社辞めてそっちに尽力するのもいいと思います。後悔ってだいたいリカバリーできますからね。取り返しのつかないことのほうが世の中には少ないから。

『こぐまのケーキ屋さん』を描く理由。カメントツにとって、仕事とは何か?

カメントツ

──カメントツさんにとって、「仕事」ってなんですか?

カメントツ:うーん……なんだろう。ワーカーズライフな人間なので、生きることと仕事が1セットになってるんですよね。だからそう聞かれると「生とはなにか?」と聞かれているみたいな感じです(笑)。仕事に教わったこともすごく多いし、もはや僕の人生の一部ですよね。

──「仕事」だと切り離して考えていないんですね。

カメントツ:そうですね。でも、強いて言うなら「承認」かな。「僕がこの世に生きていていい」と思わせてくれる行為というか。多分、無人島に一人でいたらやらないですもんね、仕事。

──やっぱり「誰かに喜んでほしい」というのが根底にあるんですかね。

カメントツ:はい。『こぐまのケーキ屋さん』も、友人を励ますために描いた漫画をTwitterに投稿したことがきっかけで今も続いています。でも本当はあの漫画は、2話で完結するはずだったんです。

──あれ、そうだったんですか。

カメントツ:かわいいだけの漫画を描いた自分がちょっと恥ずかしいので、こぐまが大きくなってヒグマになって、人を殺しちゃって懲役30年。「こぐまの刑期30年」というギャグで終わらせるつもりだったんですよね。

でも1話を投稿した時にあまりにも多くの人が喜んでくれたから、そんな無責任なことはできないなと思って、その最終回はなしになりました(笑)。だからその幻の最終回は、僕の家に飾ってます。

──そんな最終回があったとは……。

カメントツ:みなさんからの反応や声援がなければ、単なるギャグ漫画で終わっていました。そういう意味で、『こぐまのケーキ屋さん』の世界を守ったのも、店長と店員さんが僕の「脳遊び」の中で今でも遊び続けてくれているのも、読者の方たちのおかげだと思っています。本当に感謝しています。

──最後に、カメントツさんが生きていく上で最優先にしているものは何ですか?

カメントツ:僕は、人生の上で「楽しさ」を最も大事にしていて、それが今の活動につながっています。そして、僕が描いた漫画で誰かから何かを奪うことはしたくない。なるべく与えて終わりたいです。誰かに喜んでほしいし、僕の漫画から何か読み取って、明日の活力にしてもらえるなら、そんなに嬉しいことはないんです。

カメントツ

1986年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、カメラマン、デザイナー、イラストレーターなど様々な職を転々として、2014年、漫画家として活動開始。2017年11月にTwitterに投稿した『こぐまのケーキ屋さん』が大きな反響を呼び、単行本化。累計50万部突破。現在、京都精華大学マンガ学部で、特別就任講師もつとめる。

Twitter:@Computerozi

WEBサイト:カメントツのポータルサイト

取材&文/吉川ばんび(@bambi_yoshikawa
撮影/ケニア・ドイ