今まで培ったものを捨ててチャレンジするのは、誰にとっても勇気がいるもの。

お笑い芸人「山崎邦正」から落語家「月亭方正」へ。

すべり芸を捨て、人気落語家となった方正さんに、ずっと探していた好きなこととの出会い、またシンプルに“行動する”ことができる理由を聞きました。

“なにか”を探していたお笑い芸人時代

月亭方正
月亭方正(つきてい・ほうせい)1968年、兵庫県生まれ。お笑い芸人「山崎邦正」として活躍し、2008年、月亭八方一門に入門。落語家「月亭方正」として活動をはじめる。2013年元旦より落語以外の活動も「月亭方正」に。

──40歳での入門から11年。なぜ、お笑い芸人から落語家に転身したのでしょうか?

月亭方正さん(以下、方正):“なにか”をずっと探していたんです。

──どういうことですか?

方正:芸人にとってネタがあるということは、武器を持つっていうこと。でも、それが僕にはないから、テレビの収録でも毎回、武器を貸してもらうような感じ。でもその武器は返さなあかんから、また生身になってしまう。いつも不安なんですね。

──テレビで活躍していても?

方正:テレビで僕がやっていたのは団体芸。営業先で一人で場をもたせるという場合、やることがなくて。お客さんも最初「あ、山崎邦正や」って喜んでくれるけど、トークでお茶を濁してるうちにプスプスプスーと、元気がなくなっていく。

ブラックマヨネーズが芸をする、お客さんは喜ぶ。次に僕がトーク、お客さんはプスプスー。また次にチュートリアルが芸をする、お客さんは喜ぶ。

こんな現場が3回くらい、立て続けにあったんです。40歳になる前。

──そうなんですか……。

方正:こんときは落ち込んで。なんかちがう。ていうか全然ちがう、俺芸人やないやん、俺20年間なにやってたんやって。一番はじめ“芸人になりたい”と思ったときやりたかった、舞台で目の前のお客さんを喜ばせるということを今やらへんかったら、一生やらへんままで終わってしまう、もうあかん、と。

聞いたことがなかった落語との出会い

月亭方正

方正:で、いろいろ探して新喜劇の座長はどうだろうと考えて、すぐにDVDを観まくって。でも、一人やったら、練習ができない。これは自分の性分にあってないんやなと。

そんなとき、東野幸治さんが「ちょっと、落語聞いたら?」と。

──それは意外な言葉だったんでしょうか。

方正:それまで聞いたことなくて、落語を。

テレビは“今”の世界で、僕も当時は“古典を壊して新しいものをつくっていく”という脳みそ。だから「ごめんなさい、古典芸能はないですわ」って答えて、でも「いや、おもろいから、桂枝雀(かつら・しじゃく)聞いてみ」って。

──それがきっかけ。

方正:仕方なく、TSUTAYAで『桂枝雀大全第一集』を借りて。「壺算」はね、ふぁ~っと流れて。「高津の富」で、ちょっとおもろいなー、この人なんか、声の聞き心地もいいし、あれ、落語ってなんやこれ、おもろいなおもろいなと。そっから枝雀漬け、落語漬けになりました。

そしたら自分でもやってみたくなって、自分で勝手に覚えて「こんにちはまあまあこっちあがり」ってやってみたとき、あれっと思って。ジジイと、若者と、おばちゃんが出てきて、これ新喜劇やなと。そのときが、“よし、もう一生を捧げるのはこれや”と決めた瞬間。

周りに求められる服に変えたら、レギュラーが9本

月亭方正

──一生の決断がすぐに?

方正:それまでも20代でピアノや英語習ったり、コンピューターの資格もとって、30歳で大学で心理学を学んだり、ずっと模索していて。だから、すぐにではなくて、やっと見つけたものなんです。

──それまでも「山崎邦正」として“すべり芸”がすごいと言われていましたが、こだわりはなかったんですか?

方正:すべり芸は、正直すごくない。すべり芸を成立させる人がすごいの。だから結局、ダウンタウンがすごいんですよ。

──自分の意思で選んだわけではなかったと。

方正:そう。きつかったですよ。みんなにおもろいって言われて芸人の世界に入ったのに、“おもんない” “アホ” “へたれ”とか言われて。

25、26歳のとき、ほんまに苦しんだ時期があって。でもそこでやめたらしゃくに触ると、180度転換して、受け入れることにしたんです。

そのかわり“金稼ぐで”っていう気持ちで。

──どうなりました?

方正:そこからレギュラーが9本くらいになって。受け入れたらどこ行ってもうまく回るんです。周りがそれを求めていたんやなと。

──自分がやりたいことではなく、要望に合わせたんですね。

方正:ちょっと、服を変えたんですね。自分がいつも着てる服を思い切って変えたら、周りが「いいやんそれ!」って。

シンプルに動く。「ビールが飲みたかったら、飲みますよね?」

月亭方正

──こうと決めたら、すぐやるタイプですよね。

方正:やる。すぐにやります。でも、僕はみんなもそうやと思っていて。ビールが飲みたかったら、ビールを飲みますよね、それだけの話。なんでやらないということになるのか、むしろわからないです。

──現状を変えることで何かを失いたくない、という人は多いです。

方正:それはもちろんあるけど、その現状を打破していかないと、変わらないし、変われない。そうしないのであれば、真剣に変えたいとは思っていないということかなと。

──と言いますと?

月亭方正

方正:たとえばこれ、ふつうですよね。

──扇子です。

方正:これをただ“ある”と見ているときと、“買うかもしれない”と思って見ているときで、見方がちがうはずです。何が違うのかっていうと、真剣度。

──本気になってるかどうかってことですね。

方正:そう。だから、本気やないんやったら、変わらなくて、そのままでいいのかもしれない。ただ、僕は自分にウソをつかんと生きていくということを目安にしていて。あのときこうやったな、これをしたな、やめたな、死ぬ前にどう思うんかなって。なにかを決めるときに、これをひとつの材料にしています。

キリンはキリン。人間は変わらない

月亭方正

──やりたいことがあっても、やっぱり向いてないかも? と悩むことがあります。

方正:向いてるかどうかの話で言うと、僕が経験から学んで思うことは、人間て、変わらないんですよ。

──変わらないとは……?

方正:キリンはキリン、カバはカバ。動物ってわかりやすいでしょう。でも、人間は、わかりにくくて。人間の中にたぬきがおったり、うさぎがおったりするから。

──いろんなタイプがいるということでしょうか。

方正:そう。キリンやったらキリン、似たタイプがうまくいっていることならば、自分にも向いているので、応用できる可能性が高いです。キリンは、ライオンには、なれんし。ならん。ハイエナにも、ならん。だから、キリンで、最高を目指したらいい。

──「ちがう自分になりたい」という場合は……。

方正:僕は50やし自分のこれまでの経験から、キリンはキリンやし、変えようとも思わないんですね、無理やから。でも、若い人たちは、がんばったらいいと思います。キリンがライオンに勝つつもりで闘ってみたら、強いキリンになりますよね。キリンでも、たぬきでも、そのままで、強くなろうねって。

好きなことを突き詰めたら、食える時代。

月亭方正

──これからの若い世代に、仕事について伝えたいことはありますか。

方正:自分の子どもたちには、“好きなことを突き詰めていったら食えるから、好きなことを見つけて”と言ってます。僕の若い頃は、会社に入るとか、なにかに所属することがまだ必要やったけど、今はそういうことは全然ないです。

好きなことがお金になる時代だし、ものすごく細分化されています。ビニール袋ばっかり集めてる人間がおったとして、それできっとお金になります。

そのかわり中途半端にならないよう、本気で夢中になれるということが大事。

──本気で好きなものとなると、なかなか見つからないかもしれないですね。

方正:しっかり。真剣になれるもの。それが見つかっていたら、それだけで大ラッキー。あとはレールを走っていけます。

──興味を持った業界があれば、まず行ってみるのがいいでしょうか。

方正:飛び込んだらいいですね。例えば弁護士なりたいと思ったら、弁護士の事務所でバイトをするとか。弁護士の勉強というよりも、その業界にいる人間について学べます。

好きなことって、趣味でもいいんですよ。職業になるかどうかではなくて、本当に夢中になれることというものは、生涯続けてしまうというもの。夢中になれるものがあれば、夢の中に行けるし、しあわせにもなれるということなんです。

──方正さんは、落語に出会ってどう変わったのでしょうか。

方正:仕事の苦しさの代わりにお金を稼ごうと思っていたときは、100万とかばーんと使って、お金でささくれた心を丸くしようとしてたんですね。でも、埋め合わせはできていなくて。落語家になった今の方が収入は少なくなりましたけど、お金を使うこともずいぶん減ったんです。

お金をたくさん使えることがしあわせやと思ってたけど、ちがうんやと思って。ほんまにしあわせやったらお金使わへんのやって。

この前、東大の心理学の先生のカウンセリングを受けてみて。自分のことをずっと話して「どうですか?」と聞いたら、先生が「方正さん、どうしたらいいですか?」と。

落語に出会う前のグラグラなときだったら、僕は風邪をひいている状態ということ。それなら先生も診察することもできる。でも、僕は今、風邪をひいていないんです。

──不安という心の風邪が治ったんですね。やりたいこととお客さんに求められるものが一致するようになって。

方正:いやそれはね、落語家としてそこまで行ってないの。この10年、無我夢中できたんです。今、やっと少しだけ、お客さんがこんなん求めてるかな、と受け取る余白が出てきたところ。 だから、僕の落語家人生はこれからやと思っています。

月亭方正(つきてい・ほうせい)

月亭方正(つきてい・ほうせい)1968年、兵庫県生まれ。落語家。上方落語協会会員。お笑い芸人「山崎邦正」として『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)他で活躍。2008年、月亭八方一門に入門。「月亭方正」の高座名で落語家としても活動をはじめる。2013年元旦より落語以外の活動もすべて「月亭方正」として活動することを発表。著書に『僕が落語家になった理由」(アスペクト)、『落語は素晴らしい – 噺家10年、根多 〈ネタ〉が教えてくれた人生の教え – (ヨシモトブックス) 』(ワニブックス)他。

サイト:落語家・月亭方正 公式サイト

Twitter:@tukiteihousei

取材・文/樋口かおる(@higshabby
撮影/土肥美帆