アイドルブームが一時期より落ち着いて、解散・卒業していった「元アイドル」の総数もどんどん増えています。『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)を出版したライター・大木亜希子さんもそのひとり。15歳で芸能界入りした後、SDN48の2期メンバーとして武道館や紅白のステージにも立ちました。

『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(著:大木亜希子)
『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)

グループの解散後、「会社員」の肩書きを手に入れた大木さん。高揚感と「社会人として実績を出さねば」というプレッシャーで揺れ動き、心労から駅で急に動けなくなってしまったこともあるそう。

大木さん自身のキャリアとその中で感じていた生きづらさ、そして書く仕事を通して見つけた使命感について聞きました。

新たなステージで輝く「元アイドル」たちの今を伝えたい

大木亜希子
大木亜希子(おおき・あきこ)。東京都在住フリーライター/タレント。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。その後、タレント活動と並行してライター業を開始。Webの取材記事をメインに活動し、2015年、NEWSY(しらべぇ編集部)に入社。PR記事作成(企画〜編集)を担当する。2018年、フリーライターとして独立。『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)を上梓。

──アイドルのネクストキャリアをテーマにした本作には、8人の「元アイドル」が登場します。それぞれ、ステージを降りても別の環境で奮闘している様子が見えました。アイドルって、精神的プレッシャーがある中、グループ内での立ち回りや取り巻くスタッフさんへの配慮、ファンへの気遣いなど総合力が求められるお仕事ですよね。

大木亜希子さん(以下、大木):芯が強い子がすごく多いんです。アイドル経験がある子は、人から求められたものにきちんと答えられるし、愛想もいい。AKB48グループの場合、選抜システムや総選挙というシビアな戦いがあります。みんな若いうちから、自分が狙えるポジションを探して、事細かに戦略的にやっています。そのスキルを活かして、違うステージで輝いている子たちの今を伝えたくて書いた本なんです。

──大木さんもSDN48に在籍していた「元アイドル」。この本を書く上で、大切にしていたことは。

大木:私は「アイドル」として究極の女性性を売ってきて、卒業・就職してからも女性としてキラキラ輝かなければいけない息苦しさに直面してきました。「元アイドル」当事者として、彼女たちが抱える生きづらさ、心苦しさの面もしっかり書きたいと思ったんです。

大木亜希子
執筆にかけた思いを語る大木さんの眼差しはどこまでも真っ直ぐだった。

──年齢へのプレッシャーや同期・ライバルと比べて焦る気持ちは、共通ですよね。

大木:元アイドルというと、容姿や、過去いた有名グループの肩書きだけで判断されて「勝ち組」「チヤホヤされるんでしょう?」なんて言われることもあるんですけど、そんなことはないんです。みんな、悩んでもがきながら頑張っているんです。

──卒業して就職したとしても、名前でネット検索されたら、これまでの人生がすぐにたどられてしまいますものね。

大木:今回、本でとりあげた8人以外にも、数人の元アイドルに取材オファーをしました。中には「一般企業に就職して、アイドル時代のことは隠して生活しています」「そっとしておいてください」と、丁寧なお返事をいただいたこともあります。そういう断り方をされると、アイドルという特殊なキャリアについて、さらに色々と考えるきっかけになりました。本当に、いろんな生き方があるんだなって。

「芸能界以外の選択肢」があることを知らないまま大人に

──大木さん自身は、アイドル卒業後、会社員を経てライターとして独立。特殊なキャリアですよね。

大木:コラムを寄稿していたメディアから声をかけてもらって、会社員としての社会人生活が始まりました。でも、就職した後も、「元アイドル」を印籠のように使っている時期があったんです。「元AKBグループの〜」と、過去の肩書きで自己紹介してしまって「私、何やってるんだろう」と、後悔することもありました。

大木亜希子
「元アイドル」の肩書で自己紹介してしまう自分に葛藤を感じたことも。

──どこかで過去の栄光にすがる気持ちと、周囲へのサービス精神が入り混じってしまう感覚なのでしょうか。

大木:自分自身の力で仕事を評価してもらえるようになりたかったのに、実力で戦う自信がないから、わかりやすい肩書きにすがっていたのかもしれません。もともと、芸能活動を始めてから会社員になるまでは、10代の頃からずっとタレントとしてやってきました。そこにずっと「私は他の人と違う」っていうコンプレックスがあったんです。

──コンプレックス? 優越感ではなくてですか?

大木:「タレントなんてすごいね」「ドラマも出てるんだ」とよく言われていたんですが、昔から「私はその他大勢の中のひとり」っていう気持ちがあったんです。もともと所属していたのは、ドラマの主演級を多く抱える大手芸能事務所。通っていた中学高校も芸能コースだったから、仲良しのクラスメイトも、放課後にはオーディションで役を取り合う関係。同級生も、全員ライバルで。

──「この中の誰よりも売れてやるぞ!」みたいな、ギラギラした気持ちはなかったですか。

大木:全然! もともと、父親が亡くなって生活がどうなるかわからなかった時にスカウトされて「お給料がもらえるなら……」と入った業界でした。大手事務所なので、所属すれば当面の生活にも困らないし、母親に負担をかけずに自立できますから。女優になりたいとか、ドラマで主演をやりたいとか、そういう思いが芽生える前に、気がついたら芸能人になっていたんです。

大木亜希子
芸能界に入っても、ずっと「自分はその他大勢の中のひとり」という思いがあったという。

──生活のためにはこれしかない、と。受験など進学タイミングで、アイドルを卒業したり、芸能界を引退したりする方も多いですが、進路に悩むことはありませんでしたか。

大木:芸能コースの高校は、卒業する18歳のタイミングで、そのまま芸能の仕事を続けるか、普通の大学に行くかの二択になるんです。当時の芸能界の風潮として、若いうちは仕事をくれてタレントとして投資してくれるけれど、18歳を越えるといわゆる”足切り”みたいな空気があって。私は一応事務所に所属はしているけど、タレントとして売れているわけでもない。先が見えないままオーディションを行き来して、日々を模索している状態でした。

──将来への保険として「とりあえず大学に行きながら芸能活動を続ける」という選択をする方も多いですが、卒業後は芸能界一本にかけたんですね。

大木:芸能界一本にかけたというよりも、芸能活動以外の選択肢や、稼ぐ手段があることを知らずにいたんです。関わるのは業界の人たちばかりで、周りの大人たちは「芸能界で成功するために頑張ろう」とは言ってくれますが、それ以外の道があることを誰かに教えてもらうこともありませんでしたから。

──「芸能界で成功するため」の教育を受けていたら、そうなってしまいますよね。

大木:「まだ芸能界で売れてないのに、仕事以外のことを考えるのはダメなことなんじゃないか」とさえ思っていました。

大木亜希子
「芸能界で生きていく以外の選択肢を知らなかった」と当時を振り返る。

SDN48に加入。でもアイドルになりたかったわけじゃない

──その後、1年のブランクを経て短大へ。そのまま「就活」という選択もあったなか、在学中にSDN48に加入。このオーディションにかけた思いは?

大木:芸能界への未練は確かにあったけど、他に働く選択肢がなかったからなんです。事務所を辞めても、一般企業に就職する方法もわからない。アイドルのことをまったく知らない状態で、「芸能界に残るにはもうこれしかない」とSDN48のオーディションに参加しました。

──アイドルになりたいという思いがあったわけではないのですね。

大木:そんな温度感だったので「アイドルに人生かけてます」っていう、他の女の子たちの熱量に圧倒されてしまいましたね。当時、人気絶頂だったAKB48の大島優子さんは、中高生の頃、オーディションで何度か一緒になったことがあったんです。自分がSDN48に加入することが決まった時、AKBグループの先輩として再会した大島さんに、AKB劇場でたまたまご挨拶させていただくタイミングがあったのですが、「うちのグループに入ったんですね!」と驚いていらっしゃって。その時のことを、今でも覚えています。

大木亜希子
SDN48に加入した経緯を聞くと、意外な再会のエピソードが……。

──その時、なんと答えられたんですか?

大木:自分の気持ちがよくわからないまま、「アイドルに憧れてたんです!」と言うしかなかったですね。ただ、実際に入ってみると、AKB48グループには選抜システムや総選挙があって、私も自然と負けん気が鍛えられました。

──グループにはライバルがいっぱい。個として自分を売るために、どんな工夫をしたんでしょうか

大木:最初から、「グループで一番になりたい」とか「センターに立ちたい」という気持ちはなかったんです。SDN48はセクシーなお姉さんグループだけど、私は色気がなかったので、そもそも“SDNの王道路線”とはちょっと違う。「グループ内での立ち位置をきちんと考えよう」と思って、優等生キャラとしてMCを回す立場になりました

──センターをあきらめたからこそ、俯瞰して分析する癖がついたんですね。

大木:そもそも大所帯のグループだから、ライバルが多すぎるんですよ。総選挙や選抜などの序列は、正直どこか他人事でしたね。一歩引いた目線で他のメンバーの立ち位置や動きを観察していました。以前から芸能活動をしていたという自負もあったし、そうすることでセンターになれない自分の自尊心を守っていたのかもしれません。ただ、この時に物事を客観的に見る癖がついたことは、今のライターとしての仕事にも役立っています。

大木亜希子
あえてセンターを目指さず、グループ内の立ち位置を考えたことで得たものもあったという。

何万人もの観衆の前で歌った翌日は清掃のバイトへ

──そしてSDN48は、結成からわずか2年半で全員が一斉卒業。いきなり放り出されて、「これからどうしよう」と困惑しませんでしたか?

大木:「解散して残念」という気持ちはなくて、実は内心ほっとしましたね。勢いでアイドルになったけど、正直限界がきていたんですよ。将来への不安が大きすぎて。ただ、AKBグループに加入できたことで、大きなステージに立ち、一流のスタッフさんたちと仕事をすることができたのは本当に恵まれた経験だったと思っています。

──在籍中から、他の仕事にもチャレンジしていたそうですね。

大木:ホテルの清掃やトイレ掃除のバイトをしていた時期もあります。何万人ものファンが入る会場でキャーキャー言われた翌日に、バイト先で派手なネイルを叱られる生活。「私、一体なんなんだろう?」って思うこともあって。

──アイドルとして顔を出していると、アルバイト先を探すのも大変ですよね。いわゆる「パパ活」的な方向に行く元アイドルもいる中で、大木さんが自立の道を選んだのは?

大木:タレント仲間と一緒に、六本木や西麻布で行われる業界のお食事会に行ったこともあります。でも、そこにいる自分に虚無感を覚えていました。だんだん、ロボットみたいに愛嬌を振りまけるようになってくるんですよ。心がそこになくても会話ができてしまうというか。

大木亜希子

大木:そういった食事の席に積極的に顔を出すような女性も、純粋で、人に気をつかいすぎたり、優しかったりする子が多いんだと思います。自分の将来が不安だから、求められる場に行く。でも、「仕事になるかもしれない」「人脈になるかもしれない」と思って行く飲み会も、自分自身のステージが上がっていないと、相手と対等に話せないし、意味がないんですよね。呼ばれて行っても、結局は賑やかし要員でしかないんです。そこに気がついてからは、自然と足も遠のきました。

「書く仕事」を通して見つけた大木さんの使命とは?

──ずっと表舞台にいた大木さん。ライターは裏方でもあり、これまでとはまったく異なるお仕事ですが、どこに一番のやりがいを感じていますか?

大木:企業に就職した時は「ライターってかっこいい!」とミーハーな気持ちが先行していたんですけど、書く仕事を通して、やりたいことや使命感が出てきました。

──大木さんの使命とは?

大木:私は長く芸能界にいて、「魅力があるのに売れない人たち」をいっぱい見てきました。だからこそ、まだ世の中にあまり知られていない人たちの魅力を発信したいと思っています。私もスポットライトがあたらずに、悔しい気持ちを抱えてきたからこそ、自分が書いたインタビュー記事が広まると自分の心も浄化されるんです。

大木亜希子
ずっと居場所を探し続け、書く仕事に使命感を持つようになった大木さん。その笑顔はとても輝いていた。

──まさに、今回の『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』に登場するのも、現役時代に広く知られていたわけではないメンバーが登場しますね。「アイドルの末路」とかではなくて、みんなステージを降りたあとも頑張っているんだ! と、背中を押されるあたたかな内容でした。

大木:今作でとりあげた「元アイドル」は、仕事や恋愛に悩んでいる20代〜30代の仕事を頑張っている人たちの日々の悩みとリンクする部分があるんです。今回、出版にあたってAKBグループの関連会社にも許諾をいただくためにプレゼンにいきました。企画の趣旨を評価していただいて、「母校としてうれしいです」と声をかけてもらえたのは、うれしかったですね。

──本当に素敵な言葉ですね。最後に、大木さんの今後について聞かせてください。

大木:今はフリーランスとして働いていますが、会社員という肩書きを得た時、心からほっとしたんです。これで私も人並みになれたって。やっと自分の居場所を見つけたような気持ちでした。それでも、元アイドルという呪縛から「キラキラした女性にならなければいけない」という思いにとらわれて、自分を追い込みすぎてしまった時期もありましたね。

今この瞬間も、きっと私と同じような生きづらさを抱えている人がたくさんいると思うんです。少しでもそんな生きづらさを感じている人たちの支えになりたいので、これからもこの仕事を続けていくつもりです。

大木亜希子

大木亜希子(おおき・あきこ)

東京都在住フリーライター/タレント。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。その後、タレント活動と並行してライター業を開始。Webの取材記事をメインに活動し、2015年、NEWSY(しらべぇ編集部)に入社。PR記事作成(企画〜編集)を担当する。2018年、フリーライターとして独立。『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)を上梓。

Twitter:@akiko_twins

note:大木 亜希子|note

取材・文/小沢あや(@hibicoto
写真/佐野円香(@madoka_sa