激務のあまり身体を壊し、“大好きだった”仕事を辞めた、ブロガーのウイさん。仕事を辞めようという気持ちも、仕事を楽しもうという気持ちも、どちらも当たり前の心の動きだ、と語ります。

大好きだった仕事で、僕は壊れた

2018年末、10年間1日も休むことなく勤めた会社を辞めました。

ある朝、真っすぐ歩けなくなりました。意識ははっきりしているのですが、足だけがもつれ、ひどく酔っ払っているような状態です。会社に遅れる旨の連絡を入れ、タクシーを呼び、這うようにして病院に行くと「え?! タクシーで来たの? これは救急車呼んでくださいよ」と言われるほど身体はボロボロになっていました。

40度近い高熱、血液結果の数値はデタラメ、三半規管も異常をきたし回転性のめまいに襲われ、左耳の聴力は元の3割まで落ちていました。過労です。学生時代から8年間格闘技を続けてきた経験があり、体力とメンタルには自信がありました。会社は10年間皆勤賞という健康優良のお手本のような社員だったのですが、人員の兼ね合いで約4か月の間で完全に休みだったのは2日間だけ。連休どころか土日も無し。毎日早朝から深夜まで働き、週に2回は徹夜があるという激務の日々に年齢が勝てなかったようです。

大好きな仕事でした。設立間もない会社でしたが、入社以降どんどん会社が大きくなっていくスピード感、去年よりも明らかに成長が実感できる自分自身、上がっていく年収。そのすべてが最高に楽しくて、恋愛やプライベートをないがしろにしてもまったく苦になりませんでした。それでも、ポタリ、ポタリと落ちる点滴を見つめながら(もう限界なのかな……)と辞める決意をしました。

人は、なぜ仕事を辞めたくなるのでしょうか。昔読んだ本に「『やりがい』『人間関係』『賃金』この3つのバランスが崩れると、どんなに楽しかった仕事であっても辞めたくなる」と書いてありました。まったくその通りだな、と思います。僕の場合は「やりがい」が崩れたのが一番の原因でした。会社の成長が止まり、同じく自分の成長が止まる。しかし、目の前には徹夜しても終わらない山積みになった仕事。

中小企業だったので、営業や企画はもちろん、管理、教育、採用までも自分の仕事でした。社内の便利屋として、激務の中で後輩や部下から頼られる日々は楽しくありつつも、いつも心のどこかに「虚しさ」を感じていました。「やりがい」や「おもしろさ」とは無縁の日々。激務とは人の心を麻痺させるのか、大きなトラブルが発生して、解決のために全力を注ぎ、それが解決しそうになると(トラブル、終わっちゃうな…また忙しいだけの単調な日々か…寂しいな)とすら感じていたのです。今思うと(狂ってるな…)としか思えませんが。

本当はずいぶん前から気づいていたのです。(このままこの会社で数年働いても新しい自分に出会えないんだろうな。やりがい、全然ないな)と。同時に(個人にここまで仕事を集中させる会社、狂っているな)とも思っていました。それでも雑念や言い訳を吹き飛ばすようにスピードを上げて、ガッツと責任感とメンタルを武器に働く自分に、ある日、身体が「もう、いい加減に止まれって」とストップをかけたのです。

36歳無職になった。正解だった

僕が会社に退職の意思を伝えた時、しつこく引き止められました。これっぽっちもありがたく思いませんでした。むしろ会社は僕のことを快く送り出してくれると思っていたのです。なぜなら、僕は会社に対して10年間一度も「辞めたい」と言ったことがなかったからです。たくさんの人が入社しては辞めていく中で、10年間、1日も休むことなく働き通した僕が初めて「辞める」と言っている。そこには固い決意があることを察してくれるものだと思っていましたが、それは僕の思い過ごしでした。もし、上司が僕のことを想ってくれているのなら、引き止めはするけど、事情を聴いた上で理解し、きっとすぐに応援してくれるはずです。しかし、一度は信頼した上司は僕が辞めた後の会社のことばかりを理路整然と並べるばかり。これが本当に、本当に残念でした。

僕は「辞め際」に恵まれませんでしたが、もしあなたが会社を辞めるか悩んでいているなら「辞めたい」と意思を口に出すのは最後の最後、本当に辞めることを決意したときだけにしましょう。たまに「辞めたい」というカードを切り自分の立場や待遇を改善しようとする人がいますが、これはちょっとみっともないです。それに、その交渉はモルヒネのようなもので、一時的に何かが改善したとしても、多くの場合、根本が良くなることはなく、「あいつは一度でも辞めると言った」というレッテルを貼られてしまいます。それに、「辞めたい辞めたい」と不平不満を言いながらいつまでも辞めないのは、一所懸命やりがいを持って仕事をしている同僚や後輩に悪影響です。

もし辞めるなら、考えて考えて考えて、断固たる決意のもとに「辞めたい」と口に出して伝える。そして、一度言ったら覆さない。退職日までモチベーションを保てないかもしれませんが、責任持って最後まで仕事をする。それが、辞める人がするべき、正しい立ち振る舞いだと僕は思います。

もっとも、仕事を辞めたくても周囲への負担のことを考えてしまい、なかなか一歩踏み出せない人もいると思います。僕の経験に照らせば、それは考えすぎのようです。あなたが会社を辞めても大丈夫。全然大丈夫。あなたがどんな重要なポストに就いていようが、超余裕です。あのスティーブ・ジョブズが亡くなってもAppleは新製品を出し続け、カルロス・ゴーンがいなくなっても日産の工場は今日も稼働しています。会社の規模に関わらず、誰かが辞めても回るように会社はできています。そして、あなたが辞めたことで、爆発的に成長する後輩がいるはずです。

そもそも、誰かが辞めたあと会社を回していくのは責任者の仕事であり、あなたが心配することではありません。あなたが辞めて業績が落ちるのであれば、それは経営者の責任です。だからあなたは、辞めることにした会社なんかより何百倍も大事なはずの、あなたの未来だけを考えて行動すればいいのです。そして、一度「辞める」ということを伝えると、これまでの苦しみがウソのように身体が、心が、軽くなります。視界が広がります。重要なのは、確かな決意と、最初の一歩を踏み出すことです。

会社を辞めて4ヵ月以上が経過しました。現在、無職と名乗りながらもライター業をさせていただいたり、書籍を執筆をさせていただいたりと仕事はしていますが、会社員時代と比べれば圧倒的に自由な時間が増えました。毎月必ず決まった収入がある生活には安心感はありましたが、今思えばずいぶんと自分の貴重な時間を切り売りしてしまったな、とも感じます。激務は人間から思考を奪います。とにかく朝から晩まで目の前の仕事に没頭しなければならず、ずいぶんと視野も考え方も狭くなってしまっていました。

36歳独身無職。反社会的な肩書を手に入れてしまいました。一生逃げ切れるお金も資格もありません。これからのことも色々と考えなければいけませんが、料理をしたり映画を観ながら「さて、次は何しようかな」と冷静に考えながら色々なものにチャレンジできる今の環境を手にできただけで、退職したことは正解だったなと思っています。

仕事を辞めたくなるのは自然な感情の変化です

何年か前に某人材企業が出したキャッチコピーに「あなたがいま辞めたい会社は、あなたが入りたかった会社です」というものがありました。僕はこのコピーは「人間はね、変わるの」で完璧に論破できると思っています。

人間は、変わります。日々積み重ねる経験、スマホやテレビから山のように入ってくる情報で、人の価値観は大きく変化します。昨日まであんなに大切だったものがどうでもよくなったり、その逆もあります。これは、個人だけでなく、法人も同じでしょう。為替などの世界情勢や、ときに代表の意思ひとつで法人の向く方向は変わります。変わり続けないと生き残れない、という側面もあるでしょう。

個人も法人も変わり続ける。だからこそ、入りたかった会社を辞めたくなるという感情の変化も、あって然るべきことなのです。会社を辞めることはこれっぽっちも後ろめたいことでもなければ、悪でもありません。変わった自分の価値観が、あなたに「もうここは居場所じゃないよ」と語りかけているのです。「何事もまず3年間は続けるべき」という意見もありますが、3年は長すぎます。貴重な3年間をガマンだけして過ごしても、得られるものは多くはないでしょう。

しつこいようですが、大事なことなので繰り返し言います。何度だって言います。会社を辞めるのは悪いことではありません。周囲の人が「逃げ出すのか」と責めてこようが、あなたは悪くない。大丈夫です。重要なのは(充分がんばった。ガマンもした)と心から思えるか? ということです。がんばってもいないのに辞めるのは非難されるかもしれませんが、自分が納得できるまでがんばったのなら、ガマンしたのなら、もういいじゃないですか。そして、その「充分がんばったのか? がんばっていないのか?」の線引きは自分が、自分だけが一番良く分かっているはずです。

仕事を楽しむ者に与えられる「けしからん罪」

辞めることばかり書いていると、なんだか仕事が嫌いな人みたいですが、逆です。仕事は好きです。過去、「仕事が楽しい。時間が経つのを忘れて仕事をしてしまう。恵まれている」ということをブログで発信したこともあります。「やりがい」「人間関係」「賃金」のバランスがとれた仕事なら、むしろ積極的に楽しむ方がいいでしょう。

しかし、同時に仕事を楽しむ人(そして仕事を辞める人も)には、与えられる罪があります。「けしからん罪」です。

日本には「仕事は辛いものでなければならない」という不思議な暗黙のルールがあるように感じます。例えばSNSの世界で「今日はこんな経験ができて、こんなことを学びました!」と発信する人はごく一部です。なおかつ、そういった発信をする人には「意識高い系」という揶揄をまじえたレッテルが貼られます。辛い辛いと言いながら右往左往し、遅い帰宅時間や、休日出勤や、人間関係がいかに良くないかを発信したほうが「共感」を得られるようになっているように感じられてなりません。

そこにあるのは「耐え忍ぶことが美学」という考え方ではなく、「自分はこれよりはましだな」という相対化に思えてなりません。だから、仕事を楽しんでしまうと、多くの知らない人たちから「けしからん罪」という罪を与えられてしまうのです。僕自身も「仕事が楽しい〜」をブログで発信した時に「社畜の感覚が麻痺している」というコメントをもらいました。仕事が楽しいことは、本当はとてもハッピーなことなのに、声を大にして言うことはなぜか許されないような空気が漂うのです。

本当は、みんな仕事を楽しみたいと思っているのです。けど、自分がその環境にはいない、もしくは仕事を辞め、脱出できない人たちの「お前だけうまいことやりやがって、ずるいぞ!」という妬みの感情が「けしからん罪」の正体だと思います。仕事が楽しかったらそれは胸を張って、声を大にして言ってもいいんです。SNSにも発信していいんです。それを発信して何か陰口を言われたら(ふふふ、うらやましがられてるぜ)ってほくそ笑んでいればいいんです。

仕事が楽しいことをSNSに発信するということは、感情の記録でもあります。数年先、仕事に嫌気が差したとき、何か迷ったとき、冷静に振り返ることができるのです。「この頃の自分はこんなに楽しんでいるのに、今の私は何でこんなに苦しんでるんだろう」と、原因を知る手助けになってくれるはずです。人間関係か、伸びしろが無くなったことなのか、賃金が見合わなくなったのか、客観的に見ることができ、迷う自分に何かしらのヒントを与えてくれるはずです。だから仕事が楽しかったら、何も迷わず、何も恐れず「仕事、楽しい!」と発信してください。

働き方は多様化しているから、大丈夫です

僕たちは、正解の無い時代を生きています。

仕事を辞めるのも、楽しむのも、どちらも正解。

36歳の僕が子供の頃、大人たちはバブル期を謳歌していました。たくさんの大人たちが「大人になったら楽しいことがたくさんあるからね」と言っていました。しかし、バブルが崩壊すると「たくさん勉強して、いい大学に入って、新卒で大手企業に入らないと苦労するよ」と言うようになったのです。さらに日本の景気が悪くなると「大手企業がリストラする時代だから、公務員になりなさい」ということを言い始めました。誰も「大人になったら楽しいことがたくさんあるよ」と言わなくなりました。言ってくれなくなりました。それでも大人たちはそれが正解かどうかは別として「将来のために、今やるべきこと。目指すべきもの」を示してくれました。

現在はどうでしょうか。多くの大人たちは「これが正解だよ」という答えを若者たちに示すことが難しくなってきたのです。それどころか「雇ってくれる会社があり、仕事があるだけ幸せなんだからがんばりなさい」と言う人だっています。生き方、働き方があまりにも多様化してしまい、正解を示すことができない人たちが、狭い世界で苦し紛れに出した答えに思えてなりません。

「どう働くのが正解なのか?」この答えは、自分で出すしかありません。僕たちは、とんでもないスピードで多様化した時代から、無責任に「あとよろしくね!」と自分で答えを出してもいい権利を丸投げされたのです。

さまざまな働き方が出てきています。アイデアがあれば、知識があれば、技術があれば、それだけで十分生きていく術を探せる世の中になりました。そして、これから働き方は今以上に多様化していくのは明らかです。絶対に、あります。あなたが輝ける働き方が。楽しい働き方が。もしあなたが仕事で悩み、苦しみ、それでもスピードを上げようとしているのなら、アクセルを踏み込む前に、一度地図を見直してください。真っすぐだけじゃなく、右にも左にも曲がれること、たくさんの選択肢があることに気づけるはずです。

時間が流れるのはたまに怖くなるくらい早いけど、36歳の僕でさえ人生の序盤です。僕は「辞めてから」のことを何も考えず会社を辞めました。お金や、将来のことは不安だらけです。それでも、大丈夫。きちんと次の場所、より自分が楽しいと思える場所へと自分が自分を連れて行ってくれます。

きっとあなたも大丈夫。大丈夫ですから。

この記事を書いた人

ウイ

ウイ

36歳独身。コラムニスト。ブログでは男女関係のこと、日々のあれこれのノンフィクションを綴っています。2019年3月に自著『「ハッピーエンドを前提として  〜この世は頭のいい女、がまん強い女ほど幸せになりにくいように仕組まれている〜」』を出版しました。

ブログ:ハッピーエンドを前提として

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