浮遊写真を撮ることで、人生が少し変わった

私は30代の生物統計学者。身長は約2メートル。

そんな私が「宙を浮ける」ようになったのは、約7年前。それからというもの、重力の影響を無視してふわふわと宙を浮いた写真=浮遊写真を撮っては、Instagramに投稿し続けている。

どうやって宙を浮いているのか……たとえば次のような撮影シーンを想像してほしい。

ある日の朝。始発電車に乗り撮影現場へ。背中のバッグにはカメラと複数のレンズ。左手には三脚ケース。目的の駅に到着するや、早足で現場に向かう。日の出はもうすぐ。

現場に着くと、そこには多くの撮影スタッフが既にスタンバイして……いるわけではない。私ひとりだけ。三脚を立て、カメラをセットする。ファインダーをのぞき、構図を決める。そしてピントを合わせ、セルフタイマーを開始したら……。

撮影位置まで猛ダッシュ! カメラのタイマーの点滅に合わせ、ジャンプッッ!

そう、私が撮る浮遊写真とは、ジャンプしているところを自撮りし、あたかも重力がない状態で生活しているような一瞬をとらえた写真のことである。フォトショップ等による合成は一切ない。ふわっと浮いているように見せるには、ジャンプのしかたやタイミング、自然なポージング等、さまざまな工夫が必要だ。そして成功するまで何度も撮り直す。

零重力 / Zero Gravity
「渚と浮遊人と渉禽類」/サンディエゴ・ミッションビーチにて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
「図書館ではお静かに」_アメリカユタ州近所の図書館にて (写真提供:零重力 / Zero Gravity)

こうしたコンセプトの写真を、私は「零重力」と呼んでいる。Instagramや公式ウェブサイトの名前も「零重力 / Zero Gravity」で統一している。

しかし、ここでもう一度撮影シーンを想像していただきたい。身長約2メートルの人間が、繰り返しダッシュしてはジャンプする姿を。当然周りの人たちからは、不審がられる(笑)。通りすがりのおじいさんやおばあさんから「何やってんの?」と声をかけられ、若いカップルにはクスクスと笑われ、子どもは遠巻きに集まってくる。

それでも「作品作りをしているんだ」と自分に言い聞かせ、今まで零重力の撮影を続けてきた。そして地道に続けてきたこの活動が、後に私の人生に影響を与えることになる。

零重力 / Zero Gravity
「永劫回帰」_東京都渋谷区にて (写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
「Sand Duns Arch Trail」_アーチーズ国立公園にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)

日本での20年ぶりの生活にとまどう

私の生まれは島根県。小学5年生の時に、父の仕事の都合でスイスに移住した。14歳でイギリスの寮学校に留学。イギリスの高校を卒業後、アメリカの大学に入学し、統計学の修士号を取得した。

そしてアメリカの大学の医学部で小児緊急医療や集中医療の臨床研究の統計担当者として5年ほど勤務した後、2015年に約20年ぶりに日本に戻った。現在、国内の製薬会社の統計担当者として、医薬品の開発に携わっている。

零重力の写真を撮り始めたのは、アメリカで働いていた2012年のことだった。きっかけは、合成なしの浮遊写真で世界的に有名になっていた林ナツミさんの「本日の浮遊」シリーズを見たことだった。当時、浮遊写真といえば合成写真があたりまえだったので、「合成なしでここまで無重力感を表現できるのか!」と衝撃を受けた。

以降、自分も見よう見まねで撮影を試み、試行錯誤をしながら浮いているように見える写真が少しずつ撮れるようになっていった。そして2015年の春からInstagramに「零重力 / Zero Gravity」のハンドルネームで作品を投稿し始めたところ、同年末頃からフォロワーが急激に増え始め、現在は約2万6000人のフォロワーがいる。

零重力 / Zero Gravity
「怪しい男を発見」_アメリカに住んでいた時の自宅の近所にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
「真似はしないよ」_大阪・道頓堀にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)

前述の通り、この「零重力」は私の人生に色んな形で影響を与えてきた。

実は、20年という長期に渡って海外で過ごした私は、帰国先の日本での会社員生活に苦戦していた。軽いカルチャーショックはもちろんだが、それよりも医療や統計学の専門用語を用いた複雑な日本語のやりとりが仕事でうまくできない。日本人の相手が喋る日本語の意味がわからず戸惑ってしまったり、会議中議論をする際に、英語では言いたい文章が思い浮かぶのに、それを日本語でうまく表現できない。

そんななか、零重力がアイスブレイク(※)となってくれた。私がこの活動をしていることを徐々に会社の同僚たちが知るようになり、「あの背の高い人は浮遊写真というおもしろい写真を撮っている人だ」と認識されるようになっていった。

(※)硬い雰囲気を和ませるための、くだけた会話や行動

そして認識してもらうことで「浮いてる写真撮ってるの?」「最近浮いてる写真撮れた?」など親しく話しかけてもらえるようになった。同僚たちと親しく話す機会が増えることで、自分が帰国子女であり、自分が持つ日本語に対する苦悩を打ち明ける機会も持つこともでき、自分の理解を深めてもらうことで、仕事上でのコミュニケーションの効率性を向上することにつなげることができた。このように「零重力」という“クッション”があることで、私が帰国当初に抱えていた困難は、現在徐々に解決されつつある。

零重力 / Zero Gravity
「導管の用意ができるまでどのくらいかかるんだ」_アメリカに住んでいた時の自宅の近所にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
「終わりなき旅」_アメリカ・ユタ州ボンネビル・ソルトフラッツにて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)

「#零重力」のタグに入ると、そこには別世界が

零重力の活動は、こんな実りももたらしてくれた。2018年、日本最大級の審査制写真投稿サイトと言われる東京カメラ部が毎年開催する写真展のInstagram部門に入選。私の零重力の写真は、東京の渋谷ヒカリエで行われた写真展に展示された。その後もいくつかの民間の写真賞を受賞する幸運に恵まれた。

零重力 / Zero Gravity
「浮遊鑑賞」_東京カメラ部2018写真展(写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
東京カメラ部写真展にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)

そして、私自身にも変化が起こった。当初は自分の趣味のためだけに零重力を撮っていたが、次第に人に見せ、楽しんでもらうための活動に変わっていった。具体的には、はじめは“いかに自然に浮いているように見せるか”ばかりに注力していたのが、人が喜ぶようなストーリー性やユーモアがある写真を撮ろうという姿勢に変化している。

今ではSNSを通じて「見ていて笑顔になれました」「息子と一緒に笑いながら『これ、どうなっているんだろうね』と頭をひねって見ています」といったコメントをたくさんいただくようになった。そうしたフォロワーさんたちの期待に応えたいという想いが大きなモチベーションとなっている。

零重力 / Zero Gravity
「紅葉と前撮りと浮遊と」_京都山科の毘沙門堂の勅使門へ向かう階段にて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)
零重力 / Zero Gravity
「浮遊できるからといって高所恐怖症じゃないわけではない」_アメリカ・アリゾナ州ホースシューベントにて(写真提供:零重力 / Zero Gravity)

また、私と同じように浮遊写真を撮ってInstagramに投稿する人たちが今では多くいる。現在、Instagramで「#零重力」のタグをクリックすると、そこには私以外にも多くの方々が挑戦した約1800枚もの浮遊写真が現れる。たくさんの人に「零重力」という世界を共感してもらい、撮影に挑戦していただくことで自分のモチベーションにつながっている。

私の場合は“宙を浮くこと”だったが、そんなふうに普段の自分とは少し違うことをやって発信することで、その“宙を浮いたぶん”だけ違う景色が見えるのではないだろうか。現代、皆の手がすぐ届く場所にインターネットがある。何か思い立った時、何かに行き詰まった時に“宙を浮く”=日常とは違うことをして発信することで人生に何か影響を与えてくれるかもしれない。

この記事を書いた人

零重力

零重力(ゼロ・グラヴィティ)

製薬企業の統計担当者として医薬品の開発に携わる。2012年春に、浮遊写真の分野で世界的に有名な林ナツミさんの作品を見て衝撃を受け、自身も浮遊したセルフポートレートをインスタグラムにアップし始める。その後、フォロワーを大きく増やし、現在約26万9000人のフォロワーがいる。東京カメラ部2018写真展Instagram部門に入選。2019年にクチコミニュース写真コンテストで最優秀賞を受賞。

Instagram:@zgravity00

WEBサイト:零重力 / Zero Gravity