芸歴35年目にして、今もなお現役でお茶の間に笑いを届けるダチョウ倶楽部。上島竜兵さん、寺門ジモンさんという個性的なメンバーをまとめ上げているのが、リーダーの肥後克広さんです。
ダチョウ倶楽部が現在のポジションを築くまで、どのようにチームを導いてきたのでしょうか。「チームで仕事する以上、自分が一番と主張することに意味はない」と言う、肥後さん流の「リーダー論」を伺いました。
リーダーになった理由は「背が高い」から

──結成当時からダチョウ倶楽部のリーダーを務めていますが、小さい頃からリーダー気質だったのでしょうか?
肥後克広さん(以下、肥後):ん〜違いますね。学生時代から、学級委員長や部長のような「なんとか長」はやったことがないです。そういう目立つ存在ではなく、教室の後ろで2〜3人を笑わせているような人でした。
──そんな肥後さんが、なぜダチョウ倶楽部のリーダーに?
肥後:メンバーの中で一番背が高かったからですね。ザ・ドリフターズのいかりや長介さんみたいに、当時はリーダーといえば背が高いイメージがあったので。
──すごくシンプルな理由ですね。そもそもダチョウ倶楽部の結成のきっかけは?
肥後:ダチョウ倶楽部は、もとは数十人いる劇団だったんです。たまたま当時の先輩に「お笑いライブをやるからお前も出ないか」と個人的にお誘いがあって、「はい出ます」と返事をしたものの、すぐに忘れちゃって。
──忘れちゃったんですか! それでどうなったんでしょうか?
肥後:ライブの1週間前に、あわてて劇団員の何人かに連絡をしてつながったのが、上島とジモンと南部さん(※)だった。で、とりあえず1回だけライブをやるつもりで、4人でステージに立ったのがきっかけですね。
(※)南部虎弾さん。元ダチョウ倶楽部のメンバー。脱退後は電撃ネットワークで活動している。
──結成当時から「お笑い芸人で売れてやる」みたいな野望はありましたか?
肥後:ああいう始まり方だったので、売れたいって気持ちはまったくなかったですね。お笑い芸人というよりは、コメディグループという感覚でした。
──コメディグループ? お笑い芸人とは何が違うんでしょうか。
肥後:かっこよく言うと、メンバーの一人ひとりがアーティストでありパフォーマー。だからリーダーの存在がなかったんです。
──それが、なぜリーダーを決めようという話になったのですか?
肥後:80年代の後期から「第三世代」と呼ばれるお笑いブームが起こって、僕らもその波に乗ることができまして。そのあと、バラエティ番組「ボキャブラ天国」(※)が大ヒットして、お笑い芸人としてインタビュー取材を受ける機会が多くなったんです。
(※)1992年10月〜2008年9月まで放送されていた、フジテレビ系列のバラエティ番組。当時は若手芸人の登竜門のような存在だった。略して「ボキャ天」と呼ばれる。
──なるほど。
肥後:取材でいつもライターさんから「リーダーは誰?」と聞かれるんですよ。最初は「僕たち一人ひとりがアーティストで……」と回答していたけれど、ライターさんが困った顔をしていて。だったらリーダーを決めちゃおうかと。
──そんな理由で??
肥後:ライターさんの仕事を早く終わらせてあげたいという気持ちでしたね。円滑に仕事を進めるために、背が高い僕がリーダーになればいいかなって。
「クレームが来ない仕事」がプロの仕事

──ダチョウ倶楽部のリーダーの仕事はどんなことをするんですか?
肥後:チームの窓口になり、スタッフから受け取った連絡事項をメンバーに共有することですね。
──リーダーの仕事でこれは辛いなと感じたことは?
肥後:窓口なので、良い意見も悪い意見も僕に来るんですよ。メンバーのしくじりやミスがあったら、まずはリーダーが怒られちゃう。
──たとえばどんなことがありましたか?
肥後:昔ある番組で日本酒の利き酒をする企画があって、僕と上島と女優さんが出演したんです。でも企画の裏テーマとして、女優さんが酔ってほろっと赤くなる、艶っぽい画を撮るという狙いがあったんですね。それなのに、上島が本気で酔っ払っちゃって。僕がディレクターに呼び出されて注意を受けましたよ。
──そういう時、肥後さんはどう対応するんですか?
肥後:「上島さん、もう飲まないでね」と言うしかないですね。20代の若手だったらまだしも、当時、すでに40代の立派な大人でしたから(笑)。
──リーダーとして肥後さんが意識していることは何ですか?
肥後:クレームが来ないようにすることです。人を笑わせるお仕事なんですが、極端な話、笑いはゼロでもいい。特に商品のプロモーションをする仕事だと、商品名や会社名を間違えないという最低限の制約をクリアするのが、ビジネスでありプロですよね。
──笑いを取ることよりもタブーを冒さないことを意識している、と?
肥後:もちろん笑いを取ることも大切です。しかし、現場の仕事をスムーズに終えて、クレームも来なくて、Yahoo!ニュースに載ることのほうが仕事として成立していると考えています。すべてを笑いの物差しで測ると、責任を果たせたのかどうかよくわからなくなっちゃう。どんな仕事にも明確な目的があって、それを果たすのが最優先。そこにダチョウ倶楽部の“お決まり”を織り込むのが僕たちの仕事だと思っています。
肥後克広が考える「理想のリーダー像」は?

──「こんな人になりたい」と思う理想のリーダー像は?
肥後:子どもの頃から見ていた、いかりや長介さんです。「8時だョ!全員集合」は生放送だから、あの長尺のコントを成立させるために誰がどう動くのか、シビアにフォーメーションを組んで動いていたんじゃないかな。その姿勢は見習いたいですね。
──ダチョウ倶楽部のフォーメーションを決めているのは、肥後さんですか?
肥後:はい。たとえば、食に関する仕事だったらジモンさんを推したり、にぎやかさが必要だったら上島に体を張ってもらったり。その時々に合わせたフォーメーションを組んでいます。
──緻密に練り上げたフォーメーションが、あの息のあったネタにつながっているのですね。
肥後:たまに僕が考えたフォーメーションで滑ることがあるんです。そんな時、僕は落ち込むのですが、あの2人はケロッとして滑った自覚がないみたいなんです。「今、俺たち3人で滑ったんだぞ」と言うんだけど……。そうやって何も考えていないところが、良い方向に転がることもあります。
──何も考えないことが強みになる、と?
肥後:たとえば、映画の告知のために事前に作品を観て、内容を理解しなきゃいけないのに、上島ができていなかったとしますよね。そうしたら、上島だけ気の利いた感想が言えないという流れを作って「お前観てないだろう」とボケにもっていく。
──長年の経験があるからこそ成せる技、ですね。
肥後:上島なんて、24時間テレビのマラソンランナーに選ばれた時も、練習しないで本番を迎えて走りきりましたから。普通、不安になるからちょっとでも準備しちゃいますよね。
──ジモンさんも準備しない派ですか?
肥後:彼はすごく準備しますね。「リーダー、これどうするんだ」と何回も僕に確認して、本番前に僕を一番追い込んでくるのがジモンさん。そして本番で全部ひっくり返すのもジモンさん(笑)。
──入念に準備しているはずなのに、なぜ……。
肥後:ジモンさんは真面目だから準備しすぎちゃって、たまにステージで空回りする時があるんです。それをフォローできるように、ステージに立つ前に先回りして対策法を考えておきます。メンバーの習性は自然と頭に入っていますから。
「僕はダチョウ倶楽部の空気清浄機」

──肥後さんは、ご自身のことを「ダチョウ倶楽部の空気清浄機」と言っていますね。具体的にどういう意味でしょうか?
肥後:楽屋でメンバーがギクシャクしていたら、関わるスタッフも嫌な気持ちになるじゃないですか。だから楽屋の空気“感”をきれいに整えたいという意味で、空気清浄機と言っています。メンバーだけじゃなく、マネージャーや周りのスタッフの話も聞いて、みんなの汚れを吸い込んでいます。
──自分の汚れはどのように落としているんですか?
肥後:海に行くことですかね。海の水でバシャ〜バシャ〜とフィルターを洗っています(笑)。僕の場合は、音楽を聴きながら散歩するだけでも十分な気分転換になるので。
──取材前にマネージャーさんと話していて「肥後さんはダチョウ倶楽部になくてはならない存在」という言葉を聞きました。それほど信頼されるリーダーになるために、心がけていることはありますか?
肥後:リーダーはどっしり構える。ちょっとしたことで動揺したりブレたりしないことですね。メンバーに「これ大丈夫かな?」と聞かれたら「大丈夫、大丈夫」と、「これウケなかったらどうしよう?」と聞かれたら「ウケなくてもいいんだよ」と答える。客前に立たないと答えはでないですから。やる前に不安がるのは、ただビビっているだけです。
──物怖じしないリーダー、かっこよすぎる。
肥後:答えがないことを怖がってもしょうがない。なんとかなるし、なんとかするというのが僕の仕事ですから。
仕事を成立させるために自分が一歩引く
──そんな動じないリーダーもヒヤヒヤした出来事はありましたか?
肥後:おでんの鍋をジモンさんがひっくり返したことですね。会場のホテルの人に「ダチョウ倶楽部さんの後に、長嶋茂雄さんがスピーチするから絶対に床を汚さないで」と忠告されていたのですが……。
──どうやって切り抜けたのでしょうか?
肥後:ホテルはアクシデントがあっても、ボーイさんがさっと片付けてくれるじゃないですか。それを待てばいいのに、ジモンさんはこぼしたおでんを素手で拾ったんです。
──熱々のおでんを?
肥後:「あちち、あちち」となっている姿を見て、長嶋さんが笑ってくれて、会場も笑いに変わってセーフになりました。もう長嶋さんが怒っていたら完全にアウトでしたよ。
──アクシデントなのに、まるで仕込んだネタみたいですね。

──自分から手をあげたわけではないリーダーの仕事をずっと続けてこられました。途中で辞めたくなったりしなかったんですか?
肥後:ないですね。僕が辞めたとしても、他の2人もリーダータイプではないですから。2人は前に出てこそ輝けるタイプだし、そこに混ざって僕も前に出てしまったらチームが成立しなくなっちゃう。
──肥後さんは、自分も前に出たいと思ったことはないですか?
肥後:気持ちがないわけではないけど、仕事を成立させるには、僕が一歩引いて舵を取らないとやっていけない。仕事をプロとして完璧にこなすのが僕の答えであって、3人の中で俺が一番面白いだろうと主張することは意味がないことだと考えています。
リーダーに必要なのは、仲間を認めて信じること

──ずばり、リーダーに必要なことは何だと思いますか?
肥後:仲間を認めて信用することですね。リーダーはぐいぐい引っ張っていくイメージですが、上島とジモンは引っ張ってもついてこないですから(笑)。嵐の大野くんとか、TOKIOの城島くんとか、最近は包み込むタイプのリーダーが多いですよね。
──時代によって、求められるリーダー像が変わってきているのかもしれません。
肥後:僕も包み込んで、ゆるく見守るタイプのリーダーですが、絶対やらなきゃいけないポイントはきつく言いますよ。
──ポイントとは、たとえばどんな?
肥後:モノマネ番組に出る時に、「あなたはこれをやりなさい」とメンバーに言うと「俺はこれをやりたい」と別の提案をされることがあるんです。でも、あなたがこれをやることでこうなってネタが成立するんですと、一所懸命に説得してやってもらいます。
──メンバーを説得するために意識していることはありますか?
肥後:ネタの時に言うセリフはお任せしています。最低限やるべきことをやってくれれば、あとはどうぞご自由にというスタンスですね。
──その自由さが、ダチョウ倶楽部の芸風にも生きているわけですね。
肥後:実は、若手の頃はガチガチにネタを固めていました。セリフも一字一句決まっていて。そういうネタは当たるとホームランが打てるけど、外れるとスッコーンと滑る。お客さんの反応にムラができてしまうんです。
──何をきっかけに、今の芸風に変えたのですか?
肥後:悩んでいた時に、所ジョージさんに相談したら「誰もダチョウ倶楽部にちゃんとしたネタは求めてないよ。遊んでる君たちが見たいんだよ」と言ってくれたんです。その言葉は大きなターニングポイントになりました。それから「何やってるんですか」と聞かれたら、「遊んでるんです」と答えるようにしています。
──今後はダチョウ倶楽部をどんなチームにしていきたいですか?
肥後:今後の目標は全然ない。このままでいいんです。良い意味でも悪い意味でも、今のダチョウ倶楽部のキャラクターは定着しているので、変えるつもりはないですね。変化といえば、誰かが死ぬくらいですかね?
──メンバーが減るという変化ですか……。
肥後:僕ね、ダチョウ倶楽部の中で最初に死ぬとみんなに言ってるんですよ。だいたいお笑いグループって、リーダーが先に亡くなるじゃないですか。そしてリーダーの追悼番組で、メンバーがリーダーの悪口を言って笑いをとる。そうなればいいなと思っていて。
──人生の最後まで、リーダーらしさを貫きたいと考えているのですね。
肥後:ははは。半分冗談でもありますが、それぐらいの覚悟を持ってリーダーをしているということですね。ただ僕がいないダチョウ倶楽部はどうなるのかちょっと不安。生きているうちにどうにかしなくちゃ(笑)。
肥後克広(ひご・かつひろ)
お笑いグループ・ダチョウ倶楽部のリーダー。グループでは「熱湯風呂」「熱々おでん」など体を張ったリアクション芸を、個人では森本レオやDREAMS COME TRUE中村正人のものまねなどで活躍する。
取材・文/水上アユミ(ノオト/@kamiiiijo)
撮影/井上依子