まだ独身だった頃、僕は何にも囚われずに毎日を最高に楽しんでいた。

あの頃は何をやっても自由だったし、グダグダと過ごしていても文句を言う人は誰もいない。今振り返っても「あの頃は楽しかったなぁ〜」と思えるほどに人生をフルマックスで謳歌していた。

ただ、もしもあの『キラキラとした独身時代』に今、もう一度戻ることができるとしたら、僕はその選択をするだろうか? その答えは「NO」である。

僕の嫁は筋金入りのヤキモチ妬きだ。結婚してから、さまざまな細かいルールが夫婦の間で決められた。

「嫁による分刻みのスケジュール管理」

「嫁による居場所の確認」

「交友関係の厳しいチェック」

「女の子とは連絡先を交換しない」

「仕事が終わったらまず電話」

「飲み会の申請は1カ月前にすること」etc…

細かく書き出したらキリがない。

言ってしまえば、僕の結婚生活は制約だらけなわけだ。

それでも、僕は独身に戻りたいとは思わない。それはなんだかんだ言っても、今の生活が一番幸せだと思うからだ。

僕は独身を貫く友人に、過去の自分を重ねた。

僕の友人に、サワダさんという男性がいる。

サワダさんは5つ年上で、僕が25歳の時に働いていたチェーンの居酒屋の店長だ。だから、付き合いはかなり長くなる。面倒見も良く、爽やかイケメンな彼は、話していて面白いんだけど、めちゃくちゃ頑固なところもあって一度言い出したら聞かないという性格でもあった。でもそのバランスがなんとも絶妙というか、僕にとっては非常に魅力的な人である。

サワダさんは、独身だった。

サワダさんとは僕が独身時代からよく一緒に飲んだり、ライブに行ったり、銭湯に行ったりしてとても仲が良かった。結婚して、鬼嫁にすっかり飼いならされた僕を見たサワダさんは「また写真かよ! また電話かよ! ほんっとに結婚って大変だなあ」と半分同情しながら、半分面白がっているようだった。

サワダさんは決してモテないわけではなかったし、「店長って、格好良いよね」と言っているアルバイトの女の子は結構いた。サワダさんが若い頃は取っ替え引っ替え女の子と付き合っていた時期もあったみたいだけど、僕が出会った頃のサワダさんには、女の影は一切なかった。

「女の子と付き合うの、面倒臭くなっちゃって。今のままでも充分楽しいし」

サワダさんはよくそう言っていた。

確かに彼の人生は充実しているように見えた。格好いい車を乗り回していたし、趣味もたくさんあった。彼を慕う友達も多くいたし、毎日仕事終わりに飲み屋に行くという超気ままな生活を送っていた。

当時サワダさんは30歳。「結婚なんてするもんか!」と自由な生活を楽しんでいたけど、周りにいた男友達は、一人、また一人と結婚をして、多くの友達が家族を持つようになっていた。彼らが結婚してすっかり付き合いが悪くなっていく様子を見ては「この自由な生活を捨ててまで、なぜ結婚をするんだ!」とよく言っていた。

僕も独身時代は鎖が外れた犬のように自由に生きていた人間なので、「独身最高!」と言いたい気持ちもよくわかるし、そんなサワダさんの姿に過去の自分を見た。

しかし、事態は急変した。サワダさんに彼女ができたのだ。

結婚もいいかもしれない、と思った

お相手は居酒屋で働いていたアルバイトの子だった。僕も彼女と一緒に働いていたので、2人が付き合う前から、なんとなく相性が良いような気がしていた。

彼女の名前はウサミさんという。音楽が好きでよくフェスにも行くし、スノボもサーフィンも大好きなアクティブな女性だった。見た目も可愛いくて、ノリも良くて、時には鋭いツッコミを入れてきて、チャキチャキとした性格で男女問わず人気のある人だ。

僕はウサミさんと接しているうちに、絶対にサワダさんに合う! と確信した。そしてウサミさんには彼氏がいないという情報をキャッチしたので、かなりしつこくサワダさんに付き合うことを勧めた。しかし、サワダさんは「今の生活が一番良い」とつれない返事をするだけだった。「本当に頑固な奴だな、もう」と思いながらも、ちょっとずつ彼らが仲良くなればいいなと、僕は密かに2人を見守っていた。

そんな僕の想いが通じたのか、2人は自然と仲良くなった。もともと趣味が合う同士だから、僕が知らない間に、ちゃっかり一緒にライブやスノボにも行っていた。「なんだよ! ほとんどデートじゃん! おまえら付き合っちゃえよ!!」と僕が354回くらい言ったところで、ようやくサワダさんが告白して付き合うことになったという。

僕が353回言っても聞き入れてくれなかったサワダさんに「何ですぐ付き合わなかったの?」と聞くと、いつもとは少しちがうセリフが返ってきた。

「今の生活が一番良いと思っていたんだよなあ。でも、彼女に出会って、結婚もいいかもしれない、と思った」

「ああ、僕って、今とっても幸せなんだ」

近年、日本の未婚率は年々上がり、生涯未婚を貫く人も多いと聞く。サワダさんのこれまでの考えは、決して少数意見ではないのだろう。

結婚している僕は、サワダさんが独身貴族として優雅に楽しく、のびのびと生きている姿を羨ましいと思っていた部分もたしかにあった。実際に「独身貴族がうらやましいっすよ〜」とよく言っていた。

サワダさんは、僕ら夫婦の厳しいルールを聞いて「やっぱり結婚はごめんだね」といつも苦笑いしていた。確かに、鬼嫁からの度重なる電話に「はいっ、すみません、まだ飲んでます……」とボソボソ対応している僕の姿を見て「結婚したい!」と思う人はいないだろう。これまで、結婚に関しては夢のない話ばかりをサワダさんにしてきていた。

「やっぱり結婚はごめんだね」と思わせていた張本人は僕だったわけです。

そんな風に思っていた時、ウサミさんがいない場所で、サワダさんが僕にぽつりと聞いた。

「ねえ、結婚して良かったと思う?」

……ついに山が動いた!

今まで結婚のデメリットをたくさん見せてきてしまった負い目があったので、僕はここぞとばかりに、結婚の魅力を語りに語った。

実は結婚して良かったと思うことは言い切れないほどにある。家に帰ったら、灯りが点いている。仕事が終わって帰るといつも真っ暗だった部屋は明るくなり、「おかえり」と言ってくれる人ができた。独身時代に風邪で寝込んだ時は、本当に孤独な気持ちになって、このまま死んじゃうんじゃないかって、思っていた。でも、今はそうじゃない。嫁がおいしいお粥を作ってくれて、看病をしてくれる。孤独を感じることはなくなった。毎日の食事も、嫁と、息子たちと一緒に食べながら「おいしいね」「ほんとだね」という会話を交わすだけで、幸せでいっぱいになるのだ。

もっと稼いで、嫁や息子たちにおいしいものをたくさん食べさせてあげたい。

もっと努力して、家族と一緒に過ごす時間を少しでも増やしたい。

もっと、もっと。

あれ、僕はいつから自分のことより、家族を優先するようになったんだろう。

いや、家族を優先したわけじゃない。

僕にとっての幸せには、「家族の幸せ」が不可欠な存在になったのだ。

自分でも意外だった。ああ、僕って、今とっても幸せなんだ。

俺たち、結婚してもあんまり変わらなかった

そんな僕の必死の説得もあってか、半年後にサワダさんたちは結婚した。

結婚したあとも変わらず、僕は彼とよく飲んでいたが、特に生活が大きく変わったわけでもなさそうだった。

「俺たち、結婚してもあんまり変わらなかった」

とサワダさんは笑った。相変わらずのフットワークの軽さで色んなところに出掛けているようだが、以前との違いがあるといえば、彼の横にいつもウサミさんがいることくらいだった。彼女はいつも自然にサワダさんの隣にいるという感じで、2人はとても楽しそうな結婚生活を送っていた。

結婚は、十人十色だ。

僕のように鬼嫁に屈服しているタイプもいれば、お互いが自然に寄り添っているような夫婦もいる。だけど、僕はそれぞれに良さがあると思うのだ。

そしてつい最近、久しぶりにサワダさんと会った。

僕らがいた店舗から、本社に転勤する事になったそうだ。彼は「地元を離れるのが嫌だ」という理由で本社行きの話を何度も断っていたので、その決断には正直驚いた。本社に行くのは実質、出世する為の第一歩だ。ただ、地元が大好きなサワダさんが、まさかこの土地を離れる選択をするなんて。

「結婚して『子どもがほしい』と思ったし、家族のために家も買いたいんだ。だから、出世して仕事頑張ろう、と思ってさ」と、サワダさんは照れ臭そうに笑った。

家族は自分を成長させてくれる存在だと思う

結婚には、人を変える力がある。

僕が結婚してから一番大きく変わったのは、仕事に対してのモチベーションかもしれない。

僕が今働いている原動力は、家族だ。

ただただ遊ぶためのお金を稼いでいた独身時代は、仕事はあくまで「お金を稼ぐための手段」でしかなかった。でも、今はそうではない。家族がいて、毎日僕を幸せでいっぱいにしてくれるから、独身時代よりも精神的に安定した。そして、それが奏してか、これまで以上により良い仕事ができるようになった。仕事は「お金を稼ぐための手段」ではなく、僕にとって「自分と家族の人生をより良いものにしてくれるもの」になった。

幸い僕は今、好きなことを見つけて、それを仕事にできている。家族がいなければ、今の自分はなかったと思う。あくまで僕は、「自分のため」よりも「家族のため」のほうが頑張れるんじゃないか、と感じている。

サワダさんもまた、家族との幸せを実現するために、今、頑張ろうとしている。独身時代もすごく楽しそうだったけど、彼はこれからの結婚生活もきっと、家族で楽しんで過ごせるだろう。

僕はそれを、いつまでも見守り続けたいと思う。

この記事を書いた人

5歳

5歳(ごさい)

コラムニスト。恐ろしくもかわいい嫁と、かわいい2人の息子と4人暮らし。家族の日常をTwitterでつぶやいていたところ、フォロワーが10万人超えに。そして、夫婦のエピソードが『僕の嫁の乱暴な愛情』として漫画化、好評発売中。

Twitter:@meer_kato

Instagram:@gosai531