もはや私たちの生活と切っても切り離せないほどに発達したインターネット。コミュニケーションツールとしても、その存在は日に日に大きくなっています。

このネット時代において、私たちはどのようにコミュニケーションを取っていくべきでしょうか。最近、自身も実践しているという「スロー・リーディング」について、具体的な方法を書いた著書『本の読み方』(PHP文庫)を発売した、言葉のプロフェッショナルである小説家・平野啓一郎さんに伺いました。

ネットには無関係でいられないと思った

平野啓一郎
平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)。小説家。大学在学中に『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。以降、精力的に作品の発表を続けてきた。この秋、『マチネの終わりに』が映画化される。

──平野さんは、Twitterなどでも積極的に発信していますが、ネットにはどういうスタンスで関わっているのですか?

平野啓一郎さん(以下、平野):基本的に、書きたいことを書いているだけなんです。もちろん、フォロワーが増えて本を買ってくれる人が増えたらいいなとは思います。

けれども、無理をして自分をつくっても疲れてしまうだけですし、そうすることで関心を持った人は結局、僕の本を読んでくれるわけではないと思うんです。

──ネットで悪口を言われるのに懲りて、離れたことがあったと聞きました。

平野:実を言うと、最初はあまりネットに深入りしてませんでした。ゼロ年代前半くらいまでのネットの世界って、けっこう無法地帯で、ネットなんだから敬語使わないのが当然、みたいな人もいて、少し疲れてしまったんです。

──それがどのように変化したんでしょうか。

平野:ブロードバンドが普及して「Web2.0※」ということが言われるようになったあたりからですかね。単なる検索ツールというだけではなく、そこでいろいろなことが起こる「世界」と呼べるようなものになってきた。これはやはりちゃんと関わらないとなと思ったんです。

※2005年に出てきた、次世代インターネットを象徴する言葉

──ネット空間が現実に影響をおよぼすようになってきました。

平野:2006年に『顔のない裸体たち』という出会い系サイトで会った男女を描いた小説を出したのですが、それをネットでプロモーションしようとした時に、編集者からネット上での僕の評判はよくないと聞いたんです。

まあ、僕自身の無理解もあったし、ネットの暗部は批判したりしてたから、よくわかりましたけど、その状況はよくないなと思って、自分でもブログとかSNSを始めてみました。それで感じたのは、ネットの人たちは、偏見を持って外から色々言う人には厳しいけど、いったん中に入ってしまうと、意外とあたたかく迎えてくれる人が少なからずいる(笑)ということです。今もそうじゃないですかね。いつの間にか、僕自身がそういうネットの世界の感覚になってます。やらないで色々言うのはよくないよね、と。

「分人」を持つことで、心がラクになる

平野啓一郎

──ネット上のご自身の評判を見て、精神的にダメージを受けることはないですか。

平野:世の中には、人を不愉快にさせる天才的な才能を持った人もいますからね(笑)、ムカムカすることもあります。けれども、僕は作家という立場で客観的に色んなことを見てるところもあるので、そういう意味では少し距離を取ることができます。

──そのような作家の立場から、若い世代のネットへの関わり方についてアドバイスはありますか?

平野:今はネット上でのいじめとかもあるので、大変ですよね。そういうのは、もちろん相談できる人がいればいいですし、見ないで放っておくというのもひとつの手だと思います。

──では、ネットだけでなく現実世界で、そのような対人関係でダメージを受けてしまう時に、どうすれば放っておけるでしょうか。

平野:僕は「分人」という考え方を提唱していますけれども、簡単に言えば、今いるコミュニティが自分のすべてだと思わないほうがいいということです。

たとえば中学のクラスは、何十年もある自分の人生の本当にごく一時期にすぎないのですから、そこでの人間関係でその後何十年も残るような心の傷を受けてしまうのはもったいない。

──「分人(ぶんじん)」というのは、ただひとつの「本当の自分」などは存在せず、対人関係ごとに見せる複数の自分も全部自分だと考える、平野さんの造語ですね。

平野:はい。一緒にいる人たちに耐えられないなと思ったら、距離を取るという選択をして、好きな本を読んだり音楽を聴いたりする自分、そういう「分人」を大事にして、なんとかその3年間をやり過ごすという方法もあります。僕はいじめられることはなかったけど、学校生活は面白くなかったので、本と音楽が生き甲斐でした。

──学校や会社で、自分が嫌われているんじゃないか、ダメなんじゃないかと感じてしまう人にとって、分人という考え方があればとても楽になれそうです。

平野: 40人のクラスで37人が自分を嫌っていると思うとつらいですけども、2、3人好きな人がいて、その人といる時の自分がいいなと思うことがあれば、それで十分じゃないかと思うんです。そういう、いくつかの分人を中心に人生を考えてみることが大事です。

1000人に1人の共感を見つければいい

平野啓一郎

──「分人」の考え方は浸透してきたと感じますか?

平野:結構、浸透してきたと思います。分人について書いた『私とは何か』(講談社現代新書)という本は、もうじき10万部くらいになります。Twitterのフォロワーも7万人を超えたくらいから影響力が1段階上がったような実感がありました。

──10万部はすごいです。

平野:いま、10万部といえばベストセラーと言ってよいと思いますけど、それでも人口の0.1%程度です。1000人に1人が読んでくれたらベストセラーということでしょう? それは、とても嬉しいけど、中学や高校の時に僕の言うことに感心する人がいなかったのも、腑に落ちますね。

──自分に共感してくれる1000人に1人に、出会える可能性はあるのでしょうか。

平野:1000人に1人に出会えるネットワークというのはあると思います。だから、今のコミュニティにあまり受け入れられなかったとしても、自分が合う、心地よい人たちは必ずいると思います。

──そういう人を見つけるのにネットが役に立つかもしれません。

平野:そうですね。たとえば、性的マイノリティであることに悩んでいたとしても、自分と同じ悩みを抱えている人たちを探すうえで、ネットの役割は非常に大きかったのではないでしょうか。身近な人には相談しにくいからこそ、関係性的には遠いけれども同じ悩みを抱えている人のコミュニティを見つけ出すのにネットは便利です。

傷つくよりも、腹を立てよう

平野啓一郎

──平野さんならではの傷つかない秘訣はあるのでしょうか。

平野長い目で見て、放っておくことでしょうか。

自分の人生の時間は限られています。宇宙ができて138億年、それを考えたら人間が生きる80年なんて一瞬です。大げさな話をすれば、その一瞬を何に使うかということです。その時に、悪口に対応している時間はもったいないはずです。

──平野さん自身は、これまで作家の仕事をしていて心が折れそうになったことはありますか?

平野:実は、あまりないんです。もちろん、人生の中で嫌なことはあります。その時に、僕は傷つくよりも腹を立てたほうがいいと思っているんです。これは結構大事なことです。

当たり前ですが、腹を立てて人に当たるのはよくありません。でも、心の中でクソミソに言っていると、元気になって来ますし(笑)、だんだん虚しくなって「まぁ、いっか」みたいなところに落ち着きます。

──心の中で怒る。誰も傷つかない、いい方法ですね。

平野:ヨーロッパとか行くと、みんなストレートに感情表現しています。僕も1年間フランスに住んでいたら、そういうコミュニケーションに慣れてきました。

ある時、レストランで店員にタクシーを呼んでもらうよう頼んだら、「ストだから電話に出ないんだ!」と、本人もパニックで怒ってるんですよ。おまけに、真冬だというのに、近いんだから歩いていけばいいとか言いだすし(笑)。

──日本ではあまりないですね。

平野:日本では店員さんが下手に出るコミュニケーションのやり方になってしまっているからですけれど、もう少しずうずうしくなってもいいのではないでしょうか。そんな時に、分人の考え方が役にたつかもしれません。

ネット時代の「本の読み方」

──最近文庫化された『本の読み方』(PHP文庫)で、スローリーディングの方法を紹介されています。SNSなどネットでの文章の読まれ方について、どう思われますか?

平野:ネットの記事を読む時は、断片的な言葉を素早く情報処理することになってしまいがちです。それとは別のところで、本をゆっくり読む時間を取らないといけない、というのが僕の考えです。

本を読むのは、文章を読みながら「本当かなこれ?」というふうに考えることです。そういう習慣ができていれば、ネット上のウソにだまされにくくなります。

──20代30代の仕事が忙しい人たちは、どうやって読書の時間をとったらいいでしょうか?

平野:やっぱり意識的に作らないといけません。SNSをやる時間を1日20分削って、本を読むとか。僕自身も、かなり意識して読書時間を確保しようとしています。

本を読むにしても、明日必要なものもあれば、中長期的に自分に役立つ本というのもあります。どうしても明日必要なものばかりを読んでしまいがちですが、そればかりだと自分が枯渇していくのがわかります。

──空っぽになってしまう。

平野:若い人は仕事など忙しいかもしれないけれども、長い目で身につくような本を読んでおかないと、今後生き残っていくことができなくなってしまう。

よく言われるように、色々な仕事が機械やAIに取って代わられます。ですから、20年先の日本でどう生きていくのかということは、よほど頭を使って考えなければいけないと思います。

読書しない人は「アプリの入っていないスマホ」である

平野啓一郎

──難しい本を読むための秘訣を教えてください。

平野:本は山みたいなものです。いきなりエベレストには登れないけれども、低い山から始めて、だんだん高い山に登れるようになっていく。

一冊一冊、時間をかけて読んでいくと、みるみる難しい本を読めるようになる。僕も、中学高校の頃は難しくてわからない本も多かったですが、最近はまったくわからない本というのはほとんどなくなりました。

──時間をかけて読むことが大事なんですね。

平野:僕は読書のスピードはゆっくりですけれども、それなりに読書量の多い作家だと思われている。ゆっくりでも、それくらいの量は読めるんです。

たとえ速読で30冊を読んでも、内容をうまく説明できないのでは意味がありません。それよりは3冊をじっくり読んでちゃんとその話をできるといい。

──3冊でよければ、なんとかなりそうです。

平野:どうせ世の中にある本を全部なんて読めません。やっぱり、自分にとって大事だ、必要だと思う本を味わい、考えながら読むことが大切だと思います。

──今後生き残っていくためにも…。

平野:そうです。本を読まないでいるのは、何もアプリが入っていないスマホみたいなものです。それでは不安でしょう? 必要なアプリをダウンロードするつもりで、本を読んでみてはどうでしょうか。そして、それは知的な力になると同時に、人生の楽しみでもあるんです。

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

1975年、愛知県生まれ。小説家。1998年、大学時代に「新潮」に投稿した『日蝕』が、“三島由紀夫の再来”として注目を集める。1999年、同作品により第120回芥川賞受賞。以降、旺盛な創作活動を続ける。『本の読み方』(PHP文庫)が好評発売中。また、渡辺淳一文学賞を受賞した『マチネの終わりに』(文春文庫)が映画化、11月1日に公開予定。

Twitter:@hiranok

取材&文/高田秀樹
撮影/シオヤミク