ミュージカル『レ・ミゼラブル』や『レディ・ベス』などに出演し、舞台俳優として第一線で活躍されている平野綾さん。

実は彼女、2006年にテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の涼宮ハルヒ役でブレイクした“声優”としての顔も持っています。

華々しいキャリアを持つ平野さんですが、「周りが抱くイメージと実際の自分とのギャップが大きすぎて、ずっと自信を持てなかった」と言います。

「今はありのままの自分で勝負できるようになった」と語る平野さんに、そのきっかけとなった出来事やそれまでの葛藤を伺いました(※)

(※)本インタビューは2019年5月14日に行っています。

ずっとハルヒのイメージを演じ続けていた

平野綾
平野綾(ひらの・あや)。1987年、愛知県名古屋市出身。1998年から子役として活動を始める。14歳の時に声優デビュー。2006年に、テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の涼宮ハルヒ役でブレイク。2011年に『嵐が丘』にて舞台デビュー。代表作に『レ・ミゼラブル』『モーツァルト!』『レディ・ベス』などがある。

──平成を彩ったアニソンを讃える「平成アニソン大賞」では、平野さんが歌った楽曲が3つも受賞されていました。特に『涼宮ハルヒの憂鬱』の挿入歌の「God knows…」は、今でも多くのアニメファンに愛されていますよね。

平野綾さん(以下、平野):ハルヒが放送されて13年経つのですが、これだけ息の長い楽曲や作品に出会えたのは本当に有難いなと思っています。

平野綾
「God knows…」が収録されたアルバム「涼宮ハルヒの詰合」は、発売当時、オリコン週間ランキングにて、5位にランクイン。YouTubeに投稿された関連動画の再生数は9千6百万回を超え、現在も記録を更新し続けている。(2019年7月12日現在)

──当時、「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」にも出演されていましたよね。平野さんにハルヒを重ねて見ていた方も多かったのでは?

平野:そうですね。年齢も近かったので、よくイメージがリンクすると言われていました。でも、実際は全然違うんですよ。

──どんな違いが?

平野:私が演じていたハルヒは、学生生活を全力で楽しんでいる子。一方、私自身は10歳で子役デビューした後、ドラマやCM、アイドル活動をやっていたこともあって、ずっと仕事優先でした。だから、学生生活が楽しかった記憶があまりないんですよね(笑)

──役柄と年齢が近かったからこそ、逆に等身大を演じることが難しかったんですね。

平野:そうですね。あと、ハルヒはすごくポジティブ思考な子なんですよ。皆があきらめたことでも、一人だけずっとあきらめない粘り強さがある。当時の私は、ハルヒがあきらめなかったことをとうの昔にあきらめていたタイプ。ハルヒを演じながら「もう少し頑張ってみようかな」と、いつも励まされていました。

──ハルヒとイメージを重ねて見ている方が多い分、実際の自分とのギャップに悩んだこともあるのでは?

平野:息苦しさを感じた瞬間は何度もありました。自分が思っていた以上に、ファンの方から求められるイメージは“ハルヒそのもの”だったので……。当時は、すべての行動をお芝居だと解釈することで、何とか乗り切っていました。

平野綾
「発言やステージでの立ち方までハルヒに寄せていました」

──ずっとハルヒのイメージを演じていたのでしょうか? 自分を押し殺すとさらに苦しくなってしまいそうですが……。

平野:声優になるための基礎をきちんと学んでいなかったこともあって、レギュラーのお仕事が増えても、声優としての自信がいつまでも持てなかったんです。“求められる平野綾”を演じることで、ファンの期待に応えている安心感があったのかもしれません。

「もう仕事を続けられないと思っていた」

──涼宮ハルヒ役でブレイク後、『DEATH NOTE(デスノート)』の弥海砂(あまねみさ)役や、『らき☆すた』の泉こなた役など、次々にヒット作に出演されていますよね。

平野:当時は週に10本以上のレギュラーを抱えていました。ハルヒを演じた1年間は、一生分なんじゃないかというぐらい濃い時間を過ごしたなと思います。

──そんなに! 相当ハードスケジュールだったのでは?

平野:無理がたたって、倒れてしまったことが何度もありました。ある時は、1カ月入院と言われたところ、1週間で退院しなければいけなくって。「私、このままじゃ生きていけない。どうなっていくんだろう」と、不安に襲われました。

平野綾
当時、大学に進学したばかりだった平野さんですが、仕事と学業の両立が難しく、わずか2週間で休学を決意せざるを得なかったそう。

──働きづめだった日々から一時でも解放されると、色々考えてしまうことも多かったのでは?

平野:正直に言うと、もう仕事を続けられないなと思っていました。お仕事をいただけるのはすごくありがたいことですが、先が見えなくなってしまって……。このままでいいのかと自分と向き合い、目の前の仕事をこなしているだけでは自分のメンタルが持たなくなることに気づいたんです。きちんと自分の意見を伝えて納得した上で、責任を持って仕事に向き合おうと決めました。

思い切ってイメージを変えて、批判的な声にも向き合えるようになった

──歌手活動で、 “可憐な少女”から“強い女性”へ、作品の方向性を変えられたのは、仕事との向き合い方に変化が生まれたことがきっかけだったのでしょうか?

平野:そうですね。『涼宮ハルヒの憂鬱』の放送後にリリースした4枚目のシングル「LOVE★GUN」から、自分で作詞をするようになりました。

それまでは“ハルヒ”をイメージした楽曲が続いていたので、MVも“元気で可愛らしい”感じだったんです。なので、勝気な女性を描いた「LOVE★GUN」のMVでは “茶髪にピンクのエクステ”に“濃いアイメイク”で、イメージをガラッと変えました。

──反響はどうでしたか?

平野:とにかくビックリされましたね(笑)当時、Twitterがちょうど普及し始めたばかりの頃だったのですが、「嫌い」「前のほうがよかった」など、目につくのは批判的なコメントばかりでした。

──ショックが大きかったのでは?

平野:じわじわきましたね……。凹んだ分たくさん悩んで、自分が何をそうまでして伝えようとしたのか、なぜこの仕事をしているのかを考えました。批判に惑わされたくない、「こんなことで落ち込んでいられない」と思えた時に、負のループから抜け出せた気がします。

平野綾
可憐な少女から強い女性へ……「10年以上経った今振り返ってみると、急な方向転換で戸惑わせてしまった方も多かった」と語る平野さん。

──SNSとの向き合い方も変わりましたか?

平野:そうですね。自分が何をやっても揚げ足を取る人っているんですよね。そういう意見を気にしない自分になるために、顔が見えない人よりも、ライブやイベントで会いに来てくれるファンの皆さん、好意的にアドバイスをくださる方たちの言葉を信じようと思っています。

舞台デビューするも…「声優だけやってればいいじゃん」

──2011年に『嵐が丘』で舞台デビュー。舞台女優は3歳からの夢だったそうですね。

平野:実は子役の頃に何度もオーディションを受けているのですが、全然結果が出なかったんです。アイドルや声優を通して得た経験やスキルが、芝居に上手く活かせるようになってきたタイミングでお話を頂き、舞台に挑戦する決意をしました。

──2013年には、ヒット作の『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役を射止めました。順調にキャリアを積まれていた印象がありますが、手応えは感じていましたか?

平野綾
バラエティ番組に出演した時には、逆に「タレントになったの? 声優はもうやらなくていいね」と、声をかけられたこともあったのだとか。

平野:最初は舞台俳優としてなかなか受け入れてもらえず、「声優だけやってればいいじゃん」と言われることがありました。

──それはつらいですね……。

平野:きっと自信がなさそうな人には、ズバッと言いやすいんですよね。まだまだ舞台経験が浅かったので、「結果を残してわかってもらうしかない!」と思いました。

声優は声で、舞台俳優は立ち姿ですべてを表現する

──舞台に立ってみて、声優との違いを感じたことは?

平野:声優は、心情だけではなく、相手との物理的な距離感や空間の在り方など、すべて声だけで表現する仕事。舞台でそれをやってしまうと情報過多になるんです。何よりも、ずっと声だけで芝居をしていたので、最初は体が全然追いつかなくて苦戦しました。

──どうやって克服したんですか?

平野:私は割と体型が華奢なほうなのですが、とある先輩に「オーラでカバーするんだよ」とアドバイスをいただいて。声だけで人の人生を語れるのが声優なら、舞台俳優は立ち姿だけでそれを表現するんです。

平野綾
平野さんの身長は157cm。華奢な体格を “存在感”でカバーするのだそう。

──その感覚はつかめるようになりましたか?

平野:演じる役の育った環境や時代、その人のバックボーンを自分に落とし込んで表現できるよう、自分なりに試行錯誤しました。完全に感覚をつかめるようになったのは、NYでトレーニングを受けてからですね。

自分で自分を認めて、褒めてあげることが大切だと気づいた

──2016年に約半年間、単身でNYへ。留学を決意した理由は何だったのでしょうか?

平野:2014年に主演を務めさせていただいた『レディ・ベス』の再演が決まっていて、次は大きく成長した自分で演じたいと思ったんです。ベスは、絶え間なく続く苦境に、自身の運命を嘆きながらも強く生きた女性。自分を重ねられる部分が多く、ベスを演じる責任の重さを感じていました。

──仕事を休むことに不安は感じなかったですか?

平野:仕事を休む不安よりも、今スキルアップのためにしっかり時間を作らないと、将来絶対に後悔すると思いました。仕事が忙しい時はスキルを向上させたい気持ちはあっても、そのためにはある程度“余裕が必要”であることに気づけないんですよね。

平野綾
「留学を考える時期までは、がむしゃらすぎて余裕がなかった」と、当時を振り返る。

──海外で初めてのひとり暮らし。慣れるまで大変だったのでは?

平野:知り合いが誰ひとりいない状況でNYに行ったので、とにかく生活するのに必死でした。語学学校に通いながらボイトレ教室を探すところから始めたのですが、学生寮の生活に慣れなくて早々に風邪を引いてしまったんです。英語で説明できないから病院にも行けないし、スポーツドリンクを飲んで何とか乗り切りました。

──SNSで激痩せが心配されていたのは、ちょうどその頃ですよね。

平野:そうです(笑)。さすがに身の危険を感じました。

──そんな状況から、どうやって気持ちを立て直したのでしょうか?

平野:少し元気になった時に、思い切って自分の好きなものに触れてみようと、ブロードウェイで『アラジン』を観劇したんです。観終わった頃にはすっかり元気になっていて「この世界で生きるために、私はここにきたんだ」と、再認識しました。その後、まずは環境から変えようと思って、すぐ物件探しを始めたんです。

──そこからは順調に?

平野:いえ、まだ英語のやり取りに慣れていなかったので、物件探しでは危うく不動産詐欺に遭いかけたこともありました(笑)

同時にボイトレの教室も探さないといけなかったのですが、アテにしていた方と連絡が取れなくなってしまい、手当たり次第、色々な教室にアポを取りました。でもそのおかげで、本当に信頼できる先生に出会えたんです。

平野綾
その先生の一言が、仕事との向き合い方を変えるきっかけになったのだそう。

平野:レッスン初日に、不安そうな私を見た先生から「まず、ここに来た時点ですごいこと。行動に移して挑戦しに来た自分を褒めてあげて」と言われて、ハッとしました。私はそれまでずっと、頑張ることが当たり前だと思って、自分を褒められずにいたんです。

──自分を褒められないと、周りと比べて落ち込むこともあったのでは?

平野:常に「私より頑張っている人はいる」と思っていたし、その度に「もっと努力しなきゃ……」というモードに入っていました。でも、それぞれ持っているものや状況が全然違うし、人と比べてもしかたがない。自分の中でどう取り組んだのか、自分で自分を認めて、褒めてあげることが大切だなって気づきました。

──自分を褒められるようになって、それ以外にも何か変化はありましたか?

平野:自分そのもので勝負をする覚悟ができたかなと思います。『涼宮ハルヒの憂鬱』の頃に抱えていた、「求められるイメージと本当の自分とのギャップ」をこの時までずっと感じていたんです。でも、自分は自分でしかないと思えるようになりました。

NYで磨いたスキルとメンタルが自信につながった

──帰国後、2014年に演じたレディ・ベス役に、再び挑戦されましたね。

平野:稽古で久しぶりにベスのナンバー(※2)を歌った時、3年前とまったく違う感覚に手応えを感じました。

(※2)ミュージカルの劇中で歌う楽曲のこと

平野綾
『レディ・ベス』での戴冠式のシーン。平野さんは再演で、女王の貫禄を感じる堂々たる演技を披露した(写真提供:東宝演劇部)。

平野:初日に、2014年の初演の時とはまったく違う景色が見えたんですよ。劇中で、恋人との未来をあきらめ、女王として生きる覚悟を決めたベスが戴冠式を迎えるシーンがあります。そこに至るまでのベスの経験と自分が歩んできた道が重なって、これまで支えてくれた方への感謝が込み上げてきました。カンパニー(※3)の皆さんやお客さま一人ひとりにお礼を伝えるような気持ちで、毎公演取り組むことができました。

(※3)ひとつの演目に集まったチーム(キャストやスタッフなど)

──大きな自信につながったのでは?

平野:そうですね。自信を持てずに悩んでいた頃を知る方から、「立ち姿から存在感が違っていて、もう大丈夫だと思った」と、言っていただけて。ステップアップできた実感が、自信につながりました。

平野綾
「舞台を経験して引き出しが増えたので、声優の現場でも役柄に対して幅広くアプローチができるようになりました」

──自分が納得できる仕事ができるようになった今、次のステップはどんな風に考えていますか?

平野:自分の色を出して、舞台俳優としても、声優としても、“私にしかできない表現”を見つけたいと思っています。

私はどちらかと言うと、演技や歌に癖があるタイプ。自分らしさを癖ととってしまえばそれまでですが、今ではそれも自分の強みだなと思えるようになったので、「平野だからできる」と言われるような役を作り上げていきたいですね。

平野綾

平野綾(ひらの・あや)

1987年、愛知県名古屋市出身。1998年から子役として活動を始める。14歳の時に声優デビュー。2006年に、テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の涼宮ハルヒ役でブレイク。2011年に『嵐が丘』にて舞台デビュー。代表作に『レ・ミゼラブル』『モーツァルト!』『レディ・ベス』などがある。

Twitter:@Hysteric_Barbie

ブログ:平野綾オフィシャルブログ「AsH」

衣装協力:BELLE

取材・文/文希紀 (@gigi_kikifumi )
撮影/佐野円香(@madoka_sa
スタイリスト/鈴江英夫
ヘアメイク/高良まどか