志望していた大学や企業に入れない、希望とは違う部署に配属される……。仕事も人生も思い通りにならないことは多いもの。それでも「与えられた場所で結果を出すのがプロ」と言われてモヤモヤしていたら、ある人がヒントをくれました。

お笑い芸人や俳優、彫刻家など、多分野で活躍してきた片桐仁さんは、「これまでやってきた仕事は、自分から望んだものではない」と振り返ります。

自分から望んだわけではない仕事や環境に、片桐さんはどのように適応し、モチベーションを維持してきたのでしょうか。これまでの経歴を振り返りながら、与えられた場所で楽しみながら結果を残すコツを聞いてみました。

美大受験に失敗。すべり止めだった「版画科」で4年間を過ごす

片桐仁
片桐仁(かたぎり・じん)。大学卒業後、芸人活動を経て、現在は俳優、彫刻家として活躍。『99.9 刑事専門弁護士』(TBS系・2016年)、『あなたの番です』(日本テレビ系・2019年)など、数多くのテレビドラマ、映画、舞台に出演。2019年6月にアート個展「ギリ展」を台湾で開催した。

──片桐さんは多摩美術大学の版画科出身だそうですね。

片桐仁さん(以下、片桐):ゴッホになりたくて、油画科を目指して美大受験をしました。でも見事に落ちてしまい、すべり止めで受けた版画科に入学することに……。まあ、版画科も補欠合格でギリギリだったのですが(笑)。

──希望と違う道に進むことに不安は感じませんでしたか?

片桐:入った瞬間から不安になりましたね。初めてできた学科、つまり僕たちが1期生でこれからどんな授業をするのかわかりませんでしたから。版画は好きでしたが、高校の授業でやるとか、年賀状を作るとか、その程度の経験です。それを一年中、4年間もやるっていうね。そこにすごく不安を感じていました。

──その不安は解消できたのでしょうか?

片桐:別にやりたかったわけではないことをやる……となったわけなので、まずは自分にもやりやすいことを探してみました。一口に版画と言っても、いろんな種類があって。銅板やリトグラフなど、さまざまな技法を体験してみて、工程が少なくシンプルな木版が、自分の表現に向いていると気づきました。それから版画が楽しくなりましたね。

──与えられた選択肢から、楽しめる方法を見つけ出したのですね。

片桐:ただ、木版画のジレンマというのがありまして。版画って、版木(土台)にインクを塗って、その上に紙を乗せて刷る、その刷られた紙が作品になるじゃないですか。でも僕は、紙の作品には興味がなくて、刷り終わってインクまみれになった版木のほうが美しいと思ってしまったんです。

──版木に作品的な価値を感じてしまった、と。

片桐:そうですね。それからというもの、版木にゴミや葉っぱを貼ってコラージュしてみたり、1枚の版木を3分割にして、それを組み合わせて作品数をかせいだり、ルールを無視して版画を楽しんでいました。最終的には、先生から「それ禁止」と怒られましたね。

──今は彫刻家としても活躍されていますね。

片桐:もともと油絵をやりたかった僕が彫刻を始めたのも、版画科という与えられた場所で自分なりに楽しもうとした結果、版木そのものに魅力を見出したことがベースになっています。望んでいた場所と違っても、そこで自分なりに工夫することで新しい道が開けるのかもしれませんね。

相方に誘われて「芸人」の道へ

片桐仁
図らずも版画の道へ進むことになった片桐さんには、さらに新しい道への誘いが。

──大学在学中に、相方に誘われてお笑いコンビを組み、学内でネタを披露していたそうですね。もともとお笑いに興味があったんですか?

片桐:お笑いは大好きでしたが、芸人になりたいと思ったことはなかったです。ただ、高校時代は「クラスの中で絵がうまい子」としてチヤホヤされていたのに、美大に来たらそんな人ばっかりで。お笑いコンビを組めば、絵がうまいだけじゃなくて「絵がうまい子の中で面白い子」になって、またチヤホヤしてもらえるんじゃないかと淡い期待はしていました。

──意外です! 思っていたよりも軽い理由なんですね。

片桐:美大は個性的な人が多いので、なかなか承認欲求が満たされない。だから、あいつより絵はうまくないけど面白いという、周りに勝てる要素を手に入れたかったんです。あ、でも大学を卒業してプロの芸人として活動すると決めたときは、ちょっと怖かったかな……。

──怖かったというのは食べていけるかどうか不安だったということでしょうか。

片桐:そうですね。実際に大学でウケていたネタも、プロの世界では全然ウケなくて。大学の先生が「この作品の方向で一生いけると思っても、やっぱりダメだってなるときが来る。アートはその繰り返しだよ」と教えてくれたんです。芸人もその言葉通りで、当時の僕は「このネタでやっていける」というぬか喜びと、「やっぱり違った」という細かい挫折の繰り返しでした。

俳優をやって気づいた「別の人生の可能性」とは?

──そうした厳しい芸人の世界を駆け抜け、俳優にも挑戦していますね。

片桐:芸人時代のコントを観た監督が、映画に出てみないかと声をかけてくれました。本格的に芝居を習ったことがないので不安でしたが、期待に応えたいという思いだけで引き受けたんです。いざやってみると、下手だし、普段の自分じゃない役を演じるのが恥ずかしくて。どう演技しようか悩んでいた時、ある演出家に「自分の別の人生の可能性を生きていると思えば?」とアドバイスをもらいました。

──別の人生の可能性とは?

片桐:たとえば、もし自分が主人公と同じサラリーマンだったら、どんな行動をするかどう感じるか考えてみる。他人を演じるのが恥ずかしいなら、他人の人生を自分にインプットして、存在したかもしれない別の人生を歩む自分を表現してみる、みたいな。

──なるほど。

片桐:この考え方は、仕事にも通じるものがあると思っていて。僕でいう芸人や俳優の仕事をする人生は、誘われなければ「他人の人生」のままだったけれど、誘われて、それを受け入れたことで「自分の人生」に切り替わった。それまでは漠然と「油絵を勉強してゴッホになる」という生き方しか見えていなかったけれど、その周りにいくつもの選択肢があって、実はどれも「自分の人生」になりうるものだった。それに気づいたら、ひとつの生き方に固執することもないなって

──目指していた道からそれてしまうと、「レールから外れた」とネガティブに考えてしまいがちですが、別のレールを走っているだけなのかもしれませんね。

片桐:そうですね。どのレールの先が正しいかなんて答えはないですよ。正直、油画科に進んでいたらゴッホになれていたかというと、わからないですからね。 

自分の強みや武器は他人が見つけてくれる

片桐仁
「自意識があると自分を客観的に評価できない」と、他人の評価から学ぶことの大切さを語る。

──人から誘われて、芸人や俳優の仕事を始めた片桐さん。自分から望んだわけではなく、目の前にあるチャンスを受け入れることで、キャリアを積み重ねてこられたのですね。

片桐:はい。自分ひとりで人生の選択をしていたら、きっと芸人にも俳優にもなれていなかったんじゃないかと思います。

──自ら望んだわけではないことをやる中で、自分の強みや武器を見つけるのは大変だったのでは?

片桐:それは……意外と人が見つけてくれるんですよね。僕は昔から自分の顔がコンプレックスで、自画像は目を大きくしたり、頬骨をごまかしたりして描いていました。でも芸人になってから、同期に「片桐さん、おもろい顔してますね」「その顔は卑怯やわ」と言われて、この世界では注目される顔なんだ、と自覚したこともあります。

──芸人あるあるですね。

片桐:あるバラエティ番組で全然喋れなくてモジモジしていたら、「あのモジモジした芝居してください」と別の仕事がきたこともありました。で、いざ演技をしてみたら、あえてセリフを噛んだカットが使われたんです。

──どこが評価されるか、わからないものですね。

片桐場所が変われば評価されるポイントも変わるんです。自分ではできていないと思っても、不思議と誰かから求められることもありますから。「俺はこういう人間だ」とか「俺はこの仕事が向いてない」とか、これまでの自分に対する評価軸がいかにあいまいだったか、思い知らされました。それは今もずっとです。

やってみてできないのと、思い込みでやらないのとは全然違う

片桐仁
仕事仲間と打ち解けるために片桐さんが実践していることは……。

──芸人、俳優、彫刻家とさまざまな分野で活躍されていますが、いろんな環境に適応できるのはなぜですか?

片桐:僕ね、「おばちゃんおじさん」属性なんですよ。

──おばちゃんおじさん?

片桐:おばちゃんみたいな、おじさんです。屈託なく、相手の懐に入っていける。僕はこれを「おばちゃん力」と呼んでいます。たとえばドラマの撮影現場で、女優さんが肩こりの話をしていたら、「実は僕もね〜」と躊躇なく会話に入っていきます。

──急に話に入ったら嫌がられるかな、と気にならないですか?

片桐:もちろん気になりますよ。でもそれより、話を聞きたい欲のほうが強くて。ついつい周りの人の話に入り込みたくなるんです。結果的に役者の方々と仲良くなって、自然と働きやすい環境になっていきます。

──大先輩や大御所のような方に対しても?

片桐:そもそもチームで仕事をするって、関係性づくりが大切ですよね。でも年齢や経験値に差があると、どうしても近づきづらいじゃないですか。その壁を壊すために、あえておばちゃんみたいに馴れ馴れしく接したり、いい意味で笑われたり、少しバカにされる存在でありたいなと思っています。

──他にも、環境に適応するために実践していることはありますか?

片桐:嘘をつかないことですね。できないことはできないとちゃんと言う。その上で、こうだったらできますと、代替案を提示するようにしています。あと、この仕事はやらないと決めつけるのも良くないですね。まあ、この塩梅(あんばい)が難しいんですが……。

──苦手なこともですか?

片桐やってみてできないのと、「俺はこういう人間だから」という思い込みでやらないのとではまったく違います。僕はずっとバラエティ番組という怪物に対する恐怖心があって、自分はそういう現場に向いていないと思い込んでいました。しかし、たまたまクイズ番組の天の声のオファーがあって、一か八かやってみたら、不慣れな感じが逆に良いと言われました。あと楽しかったんです!

──挑戦してみることの大切さがわかるエピソードですね。

片桐:自分の中でも大きく成長できた出来事だったと思います。それをきっかけに仕事の幅が広がりましたし、本当に逃げなくてよかったなって。

知らない自分を知るために「与えられた環境」を楽しむ

片桐仁
「僕が言うのはおこがましいですが……」と謙虚な姿勢で、活動のモチベーションについて話してくれた。

──すべり止めだった版画、誘われて始めた芸人と俳優。どれも自分から望んだわけではない環境なのに、しっかり取り組めたモチベーションはどこから来たのですか?

片桐:「制限」があるからですね。作品だったら締め切りがありますし、芸人や俳優はネタや脚本、公演日が決まっています。何と言っても自分の身体はひとつしかない、そうした「制限」の中で、どこまで完成度を上げられるか試行錯誤するのが楽しいんです。

──「制限」をプレッシャーに感じる人のほうが多そうです。

片桐自由にやるというのが、実は一番難しいんですよ。毎日アイデアが湧き出る人や、何か自分で立ち上げようとする意欲がある人だったらいいと思いますが、僕はそういうタイプではありません。ある程度の土台がないと第一歩を踏み出せないですから。

──0から1を作るのではなく、1を100にするタイプ?

片桐:そうかもしれませんね。それから、誰かに必要とされていることもモチベーションのひとつです。僕より芝居がうまくて有名な方はいっぱいいるのに、あえて僕を選んでくれた。その感謝の気持ちを持つだけで、何倍もやる気がでます。

──片桐さんは、与えられた環境をうまく活用されてきたのですね。

片桐:今思えばそうですが、20代の頃は思い通りにいかないと焦ることばかりでした。でも思い通りじゃなかったからこそ、相方に出会って芸人になれたり、俳優のお仕事ができたり、人生の選択の幅が広がったりしました。

──思い通りにならずに焦っている人にアドバイスをいただけますか?

片桐:もちろん、なんでも思い通りにいく人生のほうが良いのですが、そうじゃないなら、知らない自分を知るという意味で、与えられた環境を楽しんでみるのが良いと思います。もしかしたら、そこでやりたいことや物事の見方が変わるかもしれませんから。

……でも、環境が合わなくて楽しめない、それどころか苦しいと感じるなら無理に続けることはありません。まずはベストを尽くしてみて、どうしても嫌なら辞めればいい。最も大事なのは心と体の健康ですよ。心を壊しても、死んでもいいからやる仕事なんてないからね。

片桐仁(かたぎり・じん)

大学卒業後、芸人活動を経て、現在は俳優、彫刻家として活躍。『99.9 刑事専門弁護士』(TBS系・2016年)、『あなたの番です』(日本テレビ系・2019年)など、数多くのテレビドラマ、映画、舞台に出演。2019年6月にアート個展「ギリ展」を台湾で開催した。

Twitter:@JinKatagiri_now

取材・文/水上アユミ(ノオト/@kamiiiijo
写真/宗形裕子