この7月で、30歳を迎えた。

過去2度の転職によって「なんとなくの新人感」を擬装してきたものの、地味に社会人9年目に突入だ。あの時、産まれた子がいれば(いないのだが)、もう小学3年生。結構な月日が流れているのである。

Twitterでは「もう疲れたにゃん」「夜1時だけど今から酒飲める人いませんか」などと、なめたことばかりつぶやいていて、「こいつ本当に会社勤めをしているのか?」と疑われることも多い。

だが、平日はオフィスに出勤し、100件以上の取引先から届くメールや電話、Facebookを通じた問い合わせに答え、会社で新しいプロジェクトが立ち上がれば調整のために往訪し、ときには市場調査やカンファレンス出席のために海外出張に出て、(クソ下手な)英語で自社の紹介をすることもあるくらいには、会社員である。

そもそも大学4年まで就活してなかったし、面接にうさ耳パーカーで乗り込んだ出版社の選考ではあっさり落とされた。その後なんとか入社した会社では上司に「こんなに仕事できないと思ってなかった」「仕事ができないから5万円減給させてくれ」と宣告され続け、メンタルが折れそうになった。

社会人になってから2年ほどは、怒られることへの恐怖から「新卒 1カ月 怒られる」「新卒 3カ月 怒られる」「新卒 半年 怒られる」などと検索し続けて、Yahoo!知恵袋で切実に相談して励まされている人を見つけては、「あ、とりあえず私も大丈夫だ(?)」と勝手に精神安定薬としていた。

だから、20代を通じての私のもっとも大きなモヤモヤは「自分は仕事ができないのではないか?」という不安に基づいていた。というわけで今回は、仕事ができないかも……方面のモヤモヤが大きくなってしまった時に私が支えにしていた「考え方のヒント」3つと、それに合わせたおすすめの書籍を紹介する。

【1】似たような状況や感情のサンプルに当たり、一歩引いた目線で自分を眺める

自分の能力の足りなさや、経験の未熟さを責められていると、別に世界中から見放されたわけでもないのに「もう自分はダメなんだ」という思考に支配され、視野がとても狭くなり、必要以上に鬱々としてしまうことが多い。

私も、今にして思えば「新卒を雇ってんだから、1〜2年はトレーニングに時間かかって当然だろ!」「仕事の指示や教育が甘いそっちの責任でもあるだろ!」と上司の胸ぐらをつかんで減給を断固拒否すればよかったのだが、当時の私にとっては上司の評価が世界のすべてで、彼が給料を下げると言うならば、下げられて当然なのだろうと思い込まされていた

「Yahoo!知恵袋」に助けられたというのは、つまり、「似たような人が他にいる」ことを知って、自分だけが特別に仕事ができないわけではなく、また異常にミスが多いわけではなく、世間的に見て新人にはありえることであるというのを、客観視できるヒントがあったからである。

残念ながらリアルタイムでは上司に申し立てることができなかったが、気持ちはだいぶ楽になったし、やがて転職を決意するきっかけにもなった。

この「引いて眺める」訓練をする上でおすすめなのが、「何かがうまくいかなかった経験の書いてあるノンフィクション」を読むことだ。特に私の心に残っているのは、上原隆『友がみな我よりえらく見える日は』(幻冬舎アウトロー文庫)。

「友がみな我よりえらく見える日は」(上原隆/幻冬舎アウトロー文庫)

著者が、さまざまな人たちにインタビューして書かれたノンフィクションなのだが、しかしそこには、きらびやかな経歴の成功者は出てこない。アパートの5階から墜落し両目を失明した同級生、同じ会社からリストラされた人間たち、アルコール依存症と離婚ののちに路上生活者となった男、ずっと容貌を軽んじられ続け一度も男性と付き合ったことがない女、などなど……。

この本を読むといつでも、「普通」の人なんていないということと、誰にでも人生の過酷な瞬間があって、そこには優劣がないこと、またそれを乗り越えたり乗り越えられなかったりしても、人生は続いていくということを実感させられる。すると、自分の現在の生き方や仕事を見る視点の「偏り」「主観」にも気づかされる。読み返すことで、世界や社会、他人を見る目ばかりだけでなく、自分を見る目をチューニングさせられるのだ。

単純にとても面白いし、世界や社会を「引いて眺める」うえでもおすすめの本だ。

【2】全然違う境遇だけれどがむしゃらに壁に立ち向かっている人を見て、気持ちを切り替える

さて、引いて眺めて客観的に見たら、20代の頃の「仕事できない」なんて、会社が悪いか上司が悪いかタイミングや相性が悪いかである。そこで転職するなどして、会社を変えたり上司を変えたりタイミングや相性に何らかのアプローチができればベストなのだが、今すぐはできない……という人に関しては、「今いる場所でのモチベーションを回復する」ことが効果的だと思う。

そこで「入社○年目の教科書」とか「○つの習慣」のようなTHE・自己啓発書を読んで、ウェーーーイ! と瞳のきらめきを取り戻せる人はそれで全然いい。が、「そこまで意識高く行けない……」と、苦手意識がある人におすすめしたいのが、「お仕事小説」を読むことだ。

私は20代前半の頃、とにかく大量にボーイズラブ小説を読んでいたのだが、実はこれは単に萌えを摂取するだけではなく、ボーイズラブ小説業界に多数存在する良質な「お仕事小説」に癒しを求めていたからだった。

働く男のオフィスラブが一大萌えジャンルなのもあると思うが、おそらく書き手・読み手が他業界に比べ「20〜40代の独身女性(自分で食い扶持を稼いでいる)」に偏っており、それゆえに書き手にとっても読み手にとっても身近な世界の話として、多くのお仕事小説が生まれているのかな……と勝手に思っている。

ということで、ここではボーイズラブ小説を延々と羅列してもいいのだが、ここ数年は、メディアワークス文庫、集英社オレンジ文庫あたりの「大人向けライト文芸」レーベルがいろいろ生まれており、男女を問わない多数の人が楽しめるお仕事小説が潤沢に刊行されている。書店に行って、その中からピンときたものを手にとっても十分に楽しめるだろう。

私がここで推したいのは、『Bの戦場』(集英社オレンジ文庫)だ。

「Bの戦場」(ゆきた志旗/集英社オレンジ文庫)

自他ともに“絶世のブス“と認めているウェディングプランナーが、毎度の仕事のなかで見舞われたトラブルを試行錯誤しながら解決し、その中で自分のコンプレックスとも向き合っていくというシリーズだ。

単純にウェディングプランナーを始め結婚式場にかかわるさまざまな職業の描写にとてもリアリティがあり、その知識を得るだけでも面白いのだが、毎度非常にバラエティに富んだ「お客さまの事情」と、そこに真摯に立ち向かう主人公の七転八倒が盛り付けされている。

さらに主人公が“絶世のブス”であるという属性も、決して取ってつけた設定としてではなく、「容姿」や「女性であること」、それをもって「サービス業に従事すること」について、茶化さずに考えるエピソードが盛り込まれており、楽しくお話やキャラクターを堪能しつつ、明日の自分を啓発できる、1粒で3度くらい美味しい小説である。

【3】周囲とのコミュニケーションをハックする

さて、過去の記事でも再三書いているのだが……結局、「仕事ができないのではないか?」という悩みを持つ人全員にとって確実な解決策は「コミュニケーションの見直し」でしかないと、私は思っている。

世の中にはさまざまな仕事に従事している人がいる。ショップ店員、メーカー法務、IT営業、看護師、テレビディレクター、弁護士、デザイナー、お笑い芸人、などなど……。これらの人がそれぞれ「仕事ができない」と言っているとき、彼らが思い浮かべている具体的な場面はまったく異なっているだろう。

しかしどんな仕事に関しても、その業務を支えているのは「周囲とのコミュニケーション」だ。

たとえば看護師が抱える「どうしても採血がうまくならなくて」のような、一見純粋に専門的な悩みももちろんあるだろう。しかし、この悩みだって、先輩と適度に仲良くなり、自分が知らなかった注射針を刺すコツを教えてもらうことで解決する、ということもありえる。

まずはどんな仕事でも、20代の頃は、「仕事を円滑に進められるだけのコミュニケーション技術を磨く」ことが第一のハックだと言える。

で、「じゃあどうやってコミュ力を磨けばいいの?」「二十数年生きてきたけど、俺のコミュ障はもう治らないんだけど」という人に読んでほしい本がある。平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』だ。

「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」(平田オリザ/講談社現代新書)

確固たる理念をもって演劇を続ける劇作家・平田オリザさんが、自身の劇作や青少年に向けたワークショップのなかで実践してきた「コミュニケーション論」を、1冊にまとめたものである。

とにかくタイトルでも前書きでも強調されているように、この本の画期的なのは、「人間と人間は別にわかりあえない」という、コミュ障を自認する人間の心理的ハードルをガクッと下げてくれる前提をもとに出発するところだ。

たとえば海外の、英語も通じない旅行先で、六ヶ国語会話帖(いまは電子辞書だろうが)をめくりながらレストランでの注文を行い、自分の希望したメニューがどうにかやってきたときの喜び。あるいは、それは自分の希望とは多少違っていても、思いのほか、美味しかったときの嬉しさ。

私はコミュニケーションの難しさと楽しさは、存外そんなところにあると思っている。存外、その程度だと思っている。本書では、この「その程度のこと」を、長々と書き連ねていきたいと思っている。

「わかりあえて当然」というところから始まると、「自分は何て無能なのだろう…」と落ち込んでしまうかもしれない。しかし「わかりあえなくて当然」「コミュニケーションなんて、その程度のもの」というところから始めると、意外と楽しく「コミュニケーション」と仲良くできるものである。

この発想は、コミュニケーションだけでなく、職場や仕事への向き合い方にも応用できるなと思う。「その程度」精神をうまく扱えるようになったら、きっと仕事でのモヤモヤも、楽しめるようになっているはずだ。

そしてもし、モヤモヤから解放されてもっと前向きに仕事について考えたいぞ!となったあなたには、私の所属する劇団雌猫の新刊『本業はオタクです。 シュミも楽しむ仕事術』も手にとってもらいたい。

あなたの社会人生活がより良いものとなりますように!

この記事を書いた人

ひらりさ

ひらりさ

平成生まれのアラサー腐女子。BLと酒を主食に、会社員のかたわらライター活動をしている。同人サークル「劇団雌猫」としての企画・編集・執筆も行っており、近著に『一生楽しく浪費するためのお金の話』がある。

Twitter:@sarirahira