内定ゼロ、彼女なし。チビで非モテな海藤恵一は就職活動中の大学4年生。同級生に触発されてホストの世界に飛び込んだものの、待っていたのは指名ゼロ・売上ゼロの日々。そんな海藤の人生が心理学と出会ったことで大きく動き始めた……。
元歌舞伎町のNo.1ホストで、現在は心理学を応用したコミュニケーション指導や人材育成に取り組む著者によるビジネス小説がスタート。読むだけで心理学を応用した実践的なコミュニケーションスキルが身につきます。

もう夏休み。まだ1社も内定が出ていない

ジリリリリリ! と、けたたましくベルが鳴った。

周りの学生たちはいっせいに立ち上がり、試験官に答案用紙を手渡して次々と教室を出ていく。僕はといえば、「この科目を落としたら卒業できなくなる」――そんな緊迫感からギリギリまで解答を見直して力尽き、すぐに立ち上がれないでいた。

この「産業組織論」は3年生時の必修科目だったのに、どうしてもやる気にならなくて、授業をサボって4年生に持ち越してしまったものだ。

もし落ちていれば、前期で留年が決定する。でも、「すでに内定をもらっているから、卒業できないと困る」というわけじゃない。心配なのは、僕の“逃避ぐせ”を知っている新潟の親父から「留年するなら学費は自分で払え!」とクギを刺されていることだった。

初めの“逃避”の記憶は幼稚園の頃までさかのぼる。逆上がりの練習がどうにも面倒くさく、先生の監視の目を逃れて砂場でひっそり遊んでいた。その結果、運動神経は人並みなのに、大学4年生になった今でも逆上がりはできないままだ。

小6の時は、家庭科の先生が優しかったのをいいことに、「海藤くん、来週は必ずスウェーデン刺繍の課題、提出してね」という言葉を聞き流すこと十数回。結局、提出しないまま卒業し、「ケイ、こっすぇ!!」と友だちからもあきれられていた。

「こっすぇ」とは、「ずるい」という意味の新潟弁だ。ちなみに、恵一(ケイイチ)だからケイ。なんのひねりもないシンプルな呼び名。親からも姉からも友だちからも、ずっとそう呼ばれている。つまり、特にあだ名にするような特徴が僕にはないというわけだ。

中学でも課題や宿題から逃げ続け、三者面談の場で、親子で叱責されるという悲劇をたびたび招いた。高校はゆるやかな校風だったので何も言われなかったが、勉強からはさらに遠のき、なんとか合格を果たしたのが、この東京郊外のFラン大学だった。

当時はランクなんかどうでもよくて、ただ東京で一人暮らしができることに胸いっぱいだったけれど……。

***

「今日の試験、やばかった!」

「私も……」

そんな声で目を開く。一夜漬けであまり寝てないせいもあって、座ったまま、一瞬、眠りに落ちていたらしい。

何気なく顔を向けると、やばいやばいと騒いでいるほうは、明るめの髪色で活発そうな雰囲気。相づちを打っているほうの彼女は、黒髪のもう少しおとなしめの印象だ。2人とも雰囲気は全然違うけれど、けっこう可愛い。   

いつの間にか、次の試験を受ける学生たちで再び教室が埋まってきている。微笑ましい気持ちで彼女たちを眺めていたら、黒髪のほうと目が合ってしまった。黒髪の子がもうひとりに何か耳打ちすると、2人はチラッとこちらを確認したあと、顔を隠すようにひそひそ話を始めた。

「知り合い?」

「違うよ!」

「こっちジロジロ見てたよ?」

「就活スーツ姿ってことは4年じゃん」

「まだ就職先、決まってないってこと?」

声は聞こえなくても、想像はつく。僕がもっとイケメンだったら反応も違うのだろうか……。

僕は席を立って、逃げるように教室を出た。まあ、僕だって可愛い子が好きだから、お互いさまといえばお互いさまだけど、胸のモヤモヤは消えない。「顔がすべてじゃないだろ!」と心の中で毒づく。

でも、僕が何を言ったところで、負け惜しみにすらならない。まもなく夏休みを迎えるというのに、1社も内定をもらえてないのだから……。

一番の願いは「モテること」。それですべてが解決できる気がする

教室のあった5号館を出ると、足は自ずと正門のほうに向かう。今日は17時から書類選考を通過した中堅どころの専門商社の面接があるからだ。書類選考を通過したのも久しぶりのことだ。

本当は就職課に立ち寄って、面接の前に自己紹介や志望動機を見てもらおうと思っていたけれど、さっきの女の子たちのひそひそ話ですっかり気持ちが萎えてしまった。

それに就職課に寄ったとしても、きっと「なぜもっと早く来ないの?」「そんな志望動機でいいと思ってるの?」「このままじゃどこにも決まらないよ」とため息をつかれるに決まっている。

実際、友人たちの間で「頼りになる!」と評判のキャリアカウンセラーの先生にも見放されている状態だ。前職は外食チェーンで店長をしていた30歳くらいの男性で、もっと直接的に人を支援できる仕事がしたいと思って転身したという。

やる気のかたまりのような人で、最初はすごく親身になってくれていたけれど、何を言っても響かない僕に、最近は雨に濡れた子犬を見るような目を向けてくる。

「海藤くん、君って本当は何が好きなの? 何がしたいの?」と何度聞かれただろう。

そんな憂鬱な気分も、正門へと続くキャンパスのメインストリートを歩いていると、少しだけましになってくる。ここはプラタナスの並木道になっていて、唯一といっていい僕のお気に入りの場所だ。今の時期は、優しいライムグリーンに輝く新緑に、思わず目を奪われてしまう。自分の頭の中で思い描いていた「大学のキャンパス」のイメージに、あまりにピタッとはまっていて驚いた。

この美しい並木道に並ぶベンチに彼女と腰かけ、たわいもない話をするシーンを何度頭の中で再生したことか。4年経っても、そんな場面は一度も訪れてないけれど……。

カップルやわいわいうるさい集団が並ぶ中に、空いているベンチがひとつだけあった。まだ面接まで時間があるから、しばらくここで時間をつぶそうと、僕はベンチに腰を下ろした。

そう、僕の一番の願いは「モテること」だ。

モテるようになれば、すべてが解決していく気がする。好きな子にもバンバン告白できるだろうし、就活だって自信をもってできるだろう。安易かもしれないが、世の男なんてそんなものじゃないだろうか。少なくとも僕はそうだ。

もちろん、そんなことをキャリアカウンセラーに言えるはずもない。冗談でも口にするのは無理だ。Fラン大学にしか入れず、身長は170cmに届かないチビがそんなことを考えているなんて、自分でも恥ずかしくなる。

そんな僕にも幼い頃は、夢があった。

現在、地元の信用金庫に勤めている3歳上の姉、みっちゃんとは小さい頃から仲が良くて、みっちゃんの女友だちと一緒に遊んでもらうことも多かった。当時、チビでそこそこ可愛い顔をしていた僕は、彼女たちの人気者だった。

僕が一番好きだったのは、ポニーテールがよく似合う陽子ちゃん。陽子ちゃんは、僕をいつも「ケイくんおいで~」と抱きしめ、「ケイくん可愛いから、ジャニーズに入れるよ♪」と言ってくれた。そう、ジャニーズに入ってモテまくるのが、「可愛いケイくん」だった頃の僕の夢だった。

でも、現実は残酷だ。

僕のモテ期は小5で唐突に終わりを告げることになる。なぜかほっそりしていたアゴがゴツゴツと角張り出し、ポコポコとニキビが顔に表れてきたのだ。憧れの陽子ちゃんとは、さすがにもう一緒に遊ばなくはなっていたが、近所で会えばニコニコして近寄ってきてくれていた。その陽子ちゃんが、明らかに僕を避け始めたのだ。

その後、背がグングン伸びたなら、帰省した時、地元ですれ違った陽子ちゃんを見返すこともできたかもしれない。そんな僕の願いもむなしく、中2で165.3cmを記録して以来、0.1ミリも伸びる気配はない。

なんであいつが!? 同級生との格差にメンタルはズタズタ

でも、今の自分には、過ぎ去った自分のモテ期を思い出して悲しんでいる暇はない。このあとに面接を控えているのだ。

スマホを取り出し、面接で話題になりそうな今日のニュースをチェックする。そろそろ面接に向かおうかと、ベンチから腰を浮かせた時だった。正門のほうでこれまで聞いたこともないような爆音がとどろいた。地面もビリビリと震えている。あっという間に人だかりができていく。

いったいなんだろう……。時間もいい頃合いなので腰を上げ、正門に向かう野次馬の群れに加わると、その中に見知った顔がいた。同じゼミのタツヤだ。

「タツヤ、久しぶり。なんかあったの?」

「ほら! アレだよ」

タツヤが指さした先に、深紅のフェラーリが停まっている。こんな車、間近で見るのは初めてだ。

「は!? 大学にフェラーリって、誰だよ?」

「青山。ホスト始めて買ったらしいよ」

あの青山が!? 青山とは、語学の授業で一緒になったことがある。顔を合わせればあいさつする程度の仲だ。しかし、お笑い芸人のフジモンを思わせる風貌で、失礼ながらホストができるとは思えない。

「ホスト? マジで!? あいつ、そんなキャラじゃないだろ。顔面だけなら、オレやお前とそう変わらないレベルだよな?」

思わず本音が漏れてしまう。

「お前と一緒にするなよ(笑)。あ、一緒に車から降りて来た子、モデルみたいじゃね? ホストってやっぱモテるんだなぁ」

「……そうだな。俺、面接だから、そろそろ行くわ」

その子は、同じ人間とは思えないくらい顔が小さく手足の長い「八頭身美女」だった。あの青山が、なんであんな美女を連れてるんだ!?

頭が混乱して、その場を逃げるように立ち去った。

内定ゼロ、彼女なし……。

今目にした光景と自分との格差が大きすぎて、メンタルがズタズタだ。

育ちが違うならあきらめもつくだろう。でも、青山は自分と同じ地方出身者。たしか岡山出身で、実家は小さな工務店のはずだ。新潟の床屋の長男として生まれた自分と境遇の差はない。しかも、同じ三流大学に在籍し、顔だって同レベル。いや、むしろ僕のほうがましなはず。

それなのに……。

あんな姿を見せられて、初任給18万円の会社に頭を下げにいく気になんてなれない。そもそも、本心から入社したい会社でもない。

逃避する格好の理由を見つけた僕は、その日、面接をすっぽかした。

▶︎第2回は、9月11日(水)公開予定です。

<構成/伊藤彩子>

この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito