書店員として日々たくさんの本に触れていると、今までには出会わなかったような新しい考え方に出くわすことが多々ある。そういう時毎回「これは……! 時代が変わるぞ!」と静かに興奮するのだけど、考えてみれば、時代が変わらなかった年、なんてものがあるはずはなく、絶えず、少しずつ、毎日、時代は変わり続けているのだ。

読書を通してそんな潮目を文字通り「目撃」する瞬間は、たとえて言うなら電車の先頭車両から運転席をのぞいている時のように、ライブの最前列でもうすぐ出てくるミュージシャンを待っている時のように、とてもワクワクするものだ。

そんなわけで今年の上半期に出た本の中から、特にテンションの上がった3冊を紹介させてもらおうと思う。

この何年かは「お金やわかりやすい成功にとらわれた勝ち組はダサい。負け組でも負け組らしい生き方がある。むしろそれがいい」というような論調がメインストリームとなり、その考え方には大筋で賛成なのだが個人的にはちょっと飽きてきていた。そりゃそうなんだけど、もう一発強めに殴ってほしいなあ、という感じ。その期待に大いに応えてくれた、新しい時代の風を感じさせてくれた本たち。

私は「ついにここまで来たか時代……めちゃくちゃワクワクするわ!」と振り落とされないようにしがみつくように読んだので、そんな気持ちを少しでもいっしょに感じてもらえたらいいなと思う。

その1 恋愛と下ネタの話

「モテとか愛され以外の恋愛のすべて」(桃山商事)/イースト・プレス

私が若かった頃、男女が入り混じる飲み会などでだるい下ネタトークの場によく遭遇したものだ。たとえばそれほど親しくない男女の集まりで「SかMか、どっちかっていうとどっち?」とか「今までしたことあるいちばんアブノーマルなプレイって何?」とか。ガチの猛者(もさ)や超聞き上手なホストがいれば別だが、基本的にこの質問で始まるトークが面白かったことはない。

性の話は奥深いし、盛り上がる話ができたらいいなと思っているのだけど、性について手っ取り早く盛り上がる話をしなきゃ! と考える時、男子は武勇伝を語りがちで、女子は身近な男子をディスりがちだ。どちらも興味深い事象ではあるが、やはりそこにとどまっているトークは面白くはない。

って、他人に文句をつけるならじゃあ自分はさぞかし面白い下ネタを話せたんでしょうねと突っ込まれてしまいそうだがもちろんそんなことはなくて、ずっとぼんやりした笑みを浮かべていたと思う。でもその頃も面白いなと感じる下ネタトークはあって、たとえば自分のコンプレックスやダメさを自覚できている人の話。自分の欲望を笑いに変えられる人の話。他人を嘲笑しなくても成り立つ話。優劣に紐づかない自分の幸福の話。そういう話はどれもその人だけの持ち味があって、聞いていても楽しかった。

……と、この、たとえてもわかってもらいづらい感覚が! 本になってた! というよろこびをくれたのが桃山商事による「モテとか愛され以外の恋愛のすべて」だった。桃山商事とは、そもそも男2女1による「恋バナ収集ユニット」だそうなのだが、この3人による飲み会中のようなトークが規格外の面白さなのだ。

タイトルどおり、彼らの話には「そんなんじゃモテないよ」なんていうお約束のいじりワードは登場しない。多くのエピソードをもとに自己開示と内省と分析と思索を猛スピードで繰り広げていく会話は時に哲学的ですらあり、バカバカしい笑いとアハ体験(※)が交互に渦のように押し寄せる、ものすごい一冊だ。

※不思議な「ひらめき」を感じる体験

「モテたい」「モテない」という悩みはある種普遍的なものかもしれないが、その話で今の若者世代が盛り上がろうとしているなら、私たち中年世代が若者世代に残してしまった負の遺産のようで、そういう話題で盛り上がるのが正しいんだよ! って間接的に残してしまった気がして申し訳なく感じる。モテてる人が勝ちで、モテない人が負けなんて、すごくダサい前時代的な価値観だから。

今の最先端の恋バナ&下ネタトークは、桃山商事みたいなのなんじゃないだろうか。私も大学時代にこんな仲間がほしかったなあ……自分の悩みをこんなふうに話せたらどんなに幸せだっただろうと思う。

その2 「自分の好きを仕事にする論」の是非に殴り込みをかける一冊

『ホホホ座の反省文』(山下賢二、松本伸哉)/ミシマ社

やりたくもない仕事を我慢して続けても大したお金がもらえるわけではなくなってしまったこの時代、「じゃあどうせなら好きなことを仕事にしよう」と考える人が多くなるのは自然なことだ。しかし当然ながら「好き」だけでは食えない、という問題も常にあり、この種の本もweb記事も、尽きることがない。

けれどお金を増やすことを考えるよりは、お金をたくさん稼がなくてもやりたい仕事をして、まわりにいる人たちを大事にして、豪遊や浪費をせずにシンプルでていねいな暮らしを営むことが、ここ最近ずっと手の届く「憧れ」として語られ続けている。

そんな風潮にイエスでもノーでもない謎の殴り込み。ある種の人たちにとって憧れの頂点である「京都」で「本と器と雑貨」の「セレクトショップ」をやっている二人が書いた本の帯には

「ていねいな暮らし」「セレクトショップ」「夢を持とう!」・・・
そういうものに疲れてしまったすべての人へ。

と大きな字で書いてある。いいのか。大丈夫か。タイトルは「ホホホ座の反省文」。どうもこの本は、「大きな会社よりも、人の顔の見える街の小さな本屋で働くことの精神的豊かさ」や「店を持って、自分の好きなものに囲まれて小さな経済を回す幸せ」などを心地いい文章で説いて、よい気持ちにさせてくれるつもりは毛頭なさそうである。

彼らが本の中で繰り返し語るのは、夢あふれるビジョンではなく「テトリスの最後の上のほうの忙しいのをずっとやってる感じ(気ぃ抜いたら、すぐゲームオーバー)」ということばに代表されるような日々の金銭的厳しさ。当てずっぽうで行き当たりばったりな計画の道行き。タフさと諦念の混じり合った感情。しかしながら、「夢を追って頑張って生きてます!」と意地でも言わなそうなそのひねくれオーラに惹かれて集まり、同じ名前で店を出し始めた全国の謎の仲間たち。

読めば読むほど「店をやるってすばらしい」でも「店なんてやめておけ」でもない、何か超越しているような独特のかっこよさと、弱者由来のやさしさと、風に吹かれているような会話の軽さにどっぷりやられてしまう。

この本を読んだ後では、それまで面白く読んでいた「ていねいな暮らし」の本も、素敵な「セレクトショップ」も、「夢を持とう!」というメッセージも、少し色あせてしまったように見えて、それでいてしかもなんだか生きて自分で街を歩くのが前よりもちょっとだけ愉快になっている。そのへんに生えている草とかむしって食べたくなる。そんな不思議な本だ。

その3  役に立たないでただそこに「居る」とは

「居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書」(東畑開人)/医学書院

きっと誰もが、誰かの役に立ちたいと考える。何か価値のあることをして皆から認められたりしたい、とか、自分にしかできないことを探そう、とか考える。

それに対して「あなたはあなたのままでいいんだよ」みたいなメッセージが流行ったり、「いやそのままでいいわけないだろwww」みたいなカウンターが必ず出現したりするのだが、しかし「居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書」は、その問題を飛び越えて次の段階を示唆するようなとても興味深い一冊だった。

大学院を卒業し、臨床心理士としての資格を活かしたセラピストの仕事をしようと、沖縄の精神科クリニックで働き始めた著者。しかし自分が思い描いていた「白衣・診察・論文」的な世界とはまったく異なるデイケアサービスの施設の仕事を任されることになり、ドタバタの日々の中で、そこではただ「居る」ことだけが求められた。

何かを「する(セラピー)」ことよりも「居る(ケア)」ことの難しさ。ナイーブな精神状態にあるデイケア利用者たちにとってはセラピーがかえって病状を悪化させてしまうこともあり、著者は次第に「居る」ために格闘し、臨床心理士的視点で世界を解釈しながら、彼らとともに過ごし、「居る」ことを極めていく。

もともとは医学系の出版社から出されたこの本は、医学の研究論文的要素を持ちつつ、日記のようでもあり、精神科のデイケアについてのルポであり、人間ドラマであり、セラピスト志望の若者の成長物語とも読めて、その多層的な味わい深さが魅力だ。

関わる人間たちの汗や体温が伝わるような生々しさと、自分の危機的状況すらどこか俯瞰でとらえるクールさ、そのふたつがまぜこぜになって、著者が発見していく「何もしない」という新しい価値が頭の中でスパークする。いや、正確には「何もしない」は、「何もしない」ことを全力でやらなければいけないのだが。

最近話題になっている「レンタルなんもしない人」の本との併読もおすすめだ。何もしない自分を無料で貸し出すというある種の社会実験の記録は、誰かの役に立つこと、資本主義、換金可能な労働、そしてそうでないものの価値について、頭の中にある常識を捻(ね)じ曲げ、誰かの役に立つことが価値、能力があることが価値、そんな先入観に飽きてきた頭にピリリと電流を流してくれる。

……と、無節操に個人的に新しい時代の風を感じた本を紹介してしまったけれど、3冊に共通していえるのは、今の時代がどういうものであるかを感じ取りながらも、そんなことおかまいなしに我が道を行く、マイウェイでわがままでどこか楽しそうな感じ。

もし日々に閉塞感を感じているなら、自分の常識を壊して、その先に連れて行ってくれそうな本と向き合ってみることをおすすめします。知らず知らずのうちに自分の中の古いOSが自分を窮屈にしているのかも。本屋はブレイクスルーのヒントに満ちあふれてますよ〜!

この記事を書いた人

花田菜々子

花田菜々子(はなだ・ななこ)

1979年東京都生まれ。書店員としてヴィレッジヴァンガードはじめ数々の書店で働く。現在はHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEで店長を務める。自らの実体験を綴った私小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』は、現在10刷、4万部を突破。

Twitter:@hanadananako