「給料が安いけど楽しい仕事と、給料が高いけど退屈な仕事、選べるならどっちにする?」という質問は、転職を考えている友人と一緒に飲んでいる時、出てくる頻度の高い議題であるように思う。

この質問の答えとして、私はどちらも選択しない。より「給料が高くて、楽しい仕事」に近い職場を選んでいきたい。自分の欲しいものをすべて手に入れるために、最大限の努力を全力でしたい。ただ欲深いだけなのかもしれないが、本気でそう思っている。

いつも、欲にまみれていたい

思えば私は、昔から自分の欲望に抗わず、無茶ばかりしてきたような気がする。高校時代は、寝る間を惜しんでバイトに明け暮れ、大好きな音楽に丸ごとつぎ込んでいた。大学生になってからは、何かに目覚めたかのごとく海外旅行にどハマりし、新卒で就職せず海外放浪。帰国後、なんとか正社員にこぎつけたが、ブラック企業に勤めることになる。

ねらっていた限定色のアイシャドウがないと知れば取り寄せてもらうし、欲しかった漫画が売り切れていたらどこへでも足を伸ばす。突然カツカレーが食べたくなれば、都内で自分の理想に近いカツカレーを探すために抜かりのないリサーチを重ねる。

逆に、何もかもが嫌になればその日の予定をすべてキャンセルして死んだように寝込むし、いけないことだとわかっているけれど、「もうダメだな」と思った人との縁を即座に断絶してしまうこともある。

好きになったもの、欲しいものができると、本当にそれしか見えなくなってしまう。お金も時間も関係ない。何かに取り憑かれたように、寝る間も惜しんで夢中になってしまう。いつも自分の欲で自分を満たしていたい。どこからともなく湧きあがってくる自らの欲望に、私はいつも勝つことができない。

大人になってからも基本的な姿勢は変わらなかった。自分の欲望にしたがうのは、好きなことだけではない。仕事の選び方だって同じだ。

できれば、自分の得意分野で長所を伸ばしてくれる職種がいいし、少しの贅沢ができるお給料が欲しい。絶対に正社員かつフレックス制でなければ嫌だし、私服通勤も捨てがたい。残業はしないし、仕事の配分は自分で決めたい。マニュアルはなくてもいいけど、自分のペースで進めたいから適度に放っておかれたい。

福利厚生の充実はマスト。既婚か未婚かは関係なく、女性がきちんと活躍できる場所であってほしいし、できれば上司は女性がよく、私の適当すぎる性格や酒癖の悪さも受け入れてくれる会社でなければやっていけないだろう。ああ、家からの距離も忘れずに。東京23区内でなければ通勤がつらくなる。

なんだか、要望がたくさんある。けれど、雨が降ろうが風が吹こうが毎日たどりつかねばならない場所なのだから、私にとっては重要な要素だ。給料の高さか? 好きなことか? という二者択一の話ではないのだ。私にはすべてが大切で、どれも捨てがたい。

そんな中で見つけたのが、今の職場だったりする。もちろん、好きな作業よりつまらない作業が多い。けれど、見返りはあるし、自分の提示する最低限の労働環境が整っている。納得できない部分や憤りを感じることも多々あるけれど、おおむねは満足している。

先日も、チームのメンバーに送り出されながらフジロックへと向かった。たくさんの音楽と酒を浴び、リフレッシュして戻ってくれば感想を話し、休みを取って充実したプライベートを過ごすことに後ろめたい気持ちもない。旅行だって同じだ。どんなことも共有できる空気の通りのいい環境こそが、私には合っているのかもしれない。

そのせいもあってか、勤続年数は自分史上で最長を超えた。やっぱり私には、仕事とプライベートをきっちり分け、「趣味の好き」と「仕事の好き」を分け隔てて追求していく働き方・時間の使い方が合っているのだと思う。趣味をはじめとする、好きなことだけじゃない。生活をよりよくさせるための仕事も、私を構築する重要な要素だ。

自分の好きではないことで生きていくのがこわかった

しかし、そんな風に思えるようになったのは、つい最近のことだった。働くようになってから、改めて見えてきた世界があったからなのかもしれない。

大学生の頃、年上の友人に話を聞けば「いやあ、毎日働くのつらいんだよねえ」「仕事はつまらないけど、やっぱり3年は働いておかないとさあ」「馬鹿ばっかりやってた大学生の頃が一番楽しかったわ」という労働ネガティブキャンペーンのオンパレード。

働きたくない気持ちは、もちろん私にだってある。できる限り楽をしていたいのは、今も変わらない。けれど、「働くのがつらい」「昔のほうが楽しかった」と言っている人は、仕事を含めた生活のすべてが退屈でつまらないものだと感じているように私には思えてしまった。

私は、社会に出て仕事をするのがこわかった。もっと言うと、つまらない仕事・自分の好きではないことで生きていくのが恐ろしかった。

自分の好きなことであれば、給料は安くても気にならない。だって、好きなんだし。きっと、いくらでも頑張ることができるだろう。好きなことに関わって生きていけるのだから、毎日が楽しくなるに違いない。そう思い立ち、初めて正社員となったのが小さな出版・印刷系の会社で、主に情報誌の制作に関わる仕事だった。そう。前述したブラック企業がそれにあたる。

本を読むのも文章を書くのも好きだ。人一倍体力もある。大変なのは重々承知ではあるけれど、死ぬまで働く職場ではないし、なんとかやっていけるだろう。3年働ければ上出来だろうか。何か特別な才能や技術を持ち合わせていないこともあり、「この機会を逃すと、もうどこの会社も雇ってくれないのではないか?」という焦りにとらわれ、働き始めることとなったどブラック企業。

こんなに働くことがつらいだなんて、一体誰が想像できたのだろう。

「好きなこと」を仕事にしたはずだったのに

朝から晩まで働き、すり減っていく気力と体力。誰にも止められない役員のパワハラとセクハラに着実に追い詰められていく精神。部長は室内で常にタバコを吸い、怒号が頻繁に飛び交っている。一瞬、昭和時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

土曜日も無給で出社させられ、週に一度の休日は寝ているだけで過ぎ去っていってしまう。もちろん、残業代や手当は出ずに給料は月15万円程度だった。

つらい。仕事は想像以上につらかった。しかし、それ以上に、平日に仕事が終わらず、好きなアーティストのライブに行けないのがつらい。有給を使うなんて論外で、愛する海外旅行に行けないことも。休日に、読書や映画を見る体力が残っていない。

給料も安いため、コンビニで少し高めのコーヒーを買う、デパートでコスメを買い漁ることなどをだんだん躊躇するようになる。少しお金を払えば手の届く小さな幸せが、贅沢であるように思えてくる。家と職場を往復するだけの単調な生活は、まるで生きている心地がしなかった。

あれ? 好きなことを仕事にするって、こんな感じなんだっけ?

いや、違う。全然違う。私が思い描いていた生活とは正反対だった。当然だが、好きな仕事に就けたとしても、必ず退屈な作業や苦手な仕事が発生する。だって、利益に変えなければならず、自分勝手にできることばかりではないから。しかし、自分の思い通りのものが作れた時、何かの成果が出た時、自分が満たされる瞬間が一瞬だけ来るのだ。

その「満たされるはずの瞬間」が、単調な作業や追い詰められた精神に押しつぶされていく。あれだけキラキラした気持ちで入社したのに、自分が関わった制作物を目の前にしても何の感情も動かなくなっていた。耐えきれなくなった私は、ギリギリの体力を振り絞り、この会社を後にすることとなる。

好きなことのために働く、ということ

今働いている会社の仕事は、正直に言うと好きなことではない。まったく興味のない仕事内容だったけれど、私が提示する条件とも合っていたし、何よりも面接をしてくれた直属の上司が本当にいい人で「この人の下で働きたい!」と思えたことが入社を決めた大きな理由だった。

定時に帰ることも、自分の裁量で働くこともできる。お金がないことに対する漠然とした不安を抱くこともなくなった。好きな旅行に行くために有給休暇を申請すれば快く送り出してくれ、仕事を早めに切りあげて上司と一緒に飲みに行くこともある。まあ、サボりとも言えるのだけれど。

その分、仕事は思いっきりやり、成果をきちんと出す。自分の関わったチームとしてのプロジェクトがきちんと数字となって目の前に現れると、それだけで満たされた気持ちになる。黙々と真面目に仕事をし、成果を上げることができれば、自己肯定感を高めることにもつながるのを、今の会社に入ってから初めて知った。

「好きなことで生きていく」というキャッチフレーズの広告がある。好きなことが仕事にできて、嫌な作業がひとつもなくて、お金もたくさんもらえて、人との関係も良好で、何のトラブルもなくて、毎日楽しく過ごすことができたら、どれだけ素晴らしいことなんだろう。でも、そんな人、きっとこの世界にはほんのわずかしかいない。

私は、好きだったことを仕事にできなかった。いや、自分の性格や価値観に合っていなかったのかもしれない。大学生だった頃、思い描いていた将来の姿とはかけ離れているかもしれないし、昔の自分が今の姿を見れば、残念に思うかもしれない。

でも、私は今の会社も仕事も好きだ。かなり気に入っている。「やってよかったな」と思う瞬間が何度もあるし、自分の能力が人や会社から認められ、形になっていくのはやはり気持ちがいい。

仕事では成果を出したいし、趣味も思いっきり楽しみたい。どうせ何かをやるなら、何事も全力で取り組みたい。仕事だって、趣味に負けないくらい好きになって、夢中になりたい。

仕事は、生活のための資金繰りができるし、将来のためのスキルを身につけられる。趣味は仕事を頑張るための活力にも、ストレスの発散にもつながる。オンとオフを切り替えられる今の生活は、やはり自分に合っているのだと思う。仕事と趣味の絶妙なバランスがあるからこそ、私は自分の生活を楽しめているのだろう。

自分の好きなことのために生活をしていくのも悪くない。今の自分にはぴったりの働き方だと思う。私はこれからも、好きなことのために生きていく。

この記事を書いた人

あたそ

あたそ

普段はTwitterを更新する傍ら働いているしがない会社員。WEB媒体を中心に現在複数のコラムを執筆中。好きなものは音楽、酒、水タバコ、旅行、読書、映画。2018年、KADOKAWAから『女を忘れるといいぞ』を出版。

Twitter:@ataso00

ブログ:私地獄