「成功者は誰よりも努力している」「圧倒的な努力は必ず報われる」。そんな言葉が人を奮い立たせる一方で、「必ずしも努力が報われるとは限らない」という現実に直面する人も多いはず。

今回お話を伺ったのは、元プロテニスプレーヤーの松岡修造さん。現役時代は世界を舞台に活躍し、現在は後進の育成に注力する松岡さんは、「テニスは“超”がつくほどの不公平」「結果を出した人が正しいとは思わない」と断言します。

どれだけ努力しても、体格や持って生まれた才能の差を埋めることができない、厳しい世界で戦ってきた松岡さんが考える「成功」とはどんなものなのでしょうか。特別な才能に恵まれたわけではない普通の人が、不公平な社会の中で成長していくための方法論についてもお聞きしました。

テニスの世界は「超」がつくほどの不公平

松岡修造
松岡修造(まつおか・しゅうぞう)。1967年、東京都出身。10歳でテニスを始める。95年、ウィンブルドンで日本人男子として62年ぶりのベスト8進出。現在は日本テニス協会強化副本部長として後進の育成に力を注いでいる。

──松岡さんはこれまで、錦織圭選手を始め300人以上のジュニア選手を指導されていますね。

松岡修造さん(以下、松岡):修造チャレンジトップジュニアキャンプ(以下、修造チャレンジ)といって、これまで20年以上、日本テニス協会と一緒に男子ジュニア選手の強化プロジェクトに取り組んでいます。世界のトップ100位に入ることを目指して、選手を合宿でサポートしていくんです。多くの選手を見てきましたが、正直なところ失敗は相当重ねてきていると思います。

──失敗というのは具体的にどんなことでしょうか。

松岡:一番の失敗は言葉だと思います。世界を目指すためには、子どもたちの姿勢や考え方を根本から変えていく必要さえあります。そのため、時には子どもを厳しく追い込むことも必要なんです。でも、子どもたちは一人として同じではありません。どんな言葉をどんな状況で伝えるのか、いろんな失敗を重ねながら学んできたように思います。

──子どもたちと接する上で、どんなことを意識していますか?

松岡:その子を知って理解することですね。事前のアンケートで基本情報はわかりますが、その子がどんな思いを抱えているのか、どう接するのがベストなのか、合宿は年間を通じてやっていくので、いろいろな接点を持つ中で理解を深めていくようにしています。

松岡修造
修造チャレンジでは、松岡さんが厳しい言葉をかけた後には必ずメンタルトレーナーがケアするなどチームで子どもたちと向き合っているという。

──専門家とのチームで子どもたちをサポートしているとか。

松岡:修造チャレンジには、メンタルトレーナーが2名、フィットネスとケアトレーナー、そしてテクニカルコーチがいます。僕一人の知識や能力には限界がありますから、一人ひとりとどう向き合うべきか、チームで話し合っています。

──それだけの体制を整えても、全員が夢をかなえられるわけではないんですね。

松岡:世界を目指す以上、すごくシビアです。もちろん全員に可能性があるし、「世界一になる」とか「グランドスラムで優勝する」とか夢は大きく持っていいと子どもたちには伝えています。ただ、同時に現実も伝えなければなりません。

──現実も伝えなければならないなんて、残酷な世界ですね。

松岡:ついてこられない選手はどんどん脱落していくし、最終的にはたくさんの選手が夢をあきらめるわけです。はっきり言ってしまえば、テニスは不公平。体格や持って生まれた才能の差があるわけですから、それこそ“超”がつくほどの不公平なんです。

松岡修造
「テニスは“超”がつくほど不公平なんです」と厳しい表情で語る松岡さん。そんな松岡さんが考える「成功」とは……。

「結果を残した人が正しい」とは思っていない

──体格や才能の差は努力では埋められないということでしょうか?

松岡:たとえば錦織圭選手。彼は世界でトップクラスのテニスの天才です。子どもの頃から海外に行って、すごい努力をしてきました。ただ、錦織選手にはすごく失礼な言い方になってしまうんですが、練習時間やトレーニングの内容で見たら、たくさんの日本人選手が彼以上に努力してるでしょう。でも、才能が違いすぎるんです。

──そんなにも才能の差があるんですか……。

松岡:錦織選手と世界600位の選手とで、どっちが努力したかって言われた時に、僕は答えようがありません。結果で見れば錦織選手が上です。でも、持っている才能を踏まえたら、600位の選手だって「よくここまで結果出したな」って評価されていいかもしれませんし、僕はその努力こそを評価したい。

──でも、勝負の世界では結果がすべてと見られてしまいがちなのでは?

松岡:僕は「結果を残した人が正しい」っていうとらえ方をしていないんです。なぜならテニスという不公平な世界を見てきたからです。そして、「結果がすべてではない」というのは、あらゆる仕事について言えることだと思っています。

松岡修造
「テニスで成功してくれるなら、もちろん嬉しいです。でも、テニスでプロになったら成功だという考え方はしていません」と持論を語ってくれた。

──結果で判断しないなら、何が重要だとお考えですか?

松岡:修造チャレンジを経験した卒業生には、テニスの道をあきらめ、医師やアナウンサーになった人もいれば、普通の会社員になった人もいます。どんな仕事を選んでも、それぞれが自分の夢や目標を見つけてベストを尽くせているかが何よりも大切なんじゃないですか?

──たしかに。人生にはいろいろな道があって、それぞれが輝くことができればそれがベストですよね。

松岡:世界ではプロテニスプレイヤーになりたいっていう子どもたちが何百万人もいます。でも、そのほとんどはプロになれないわけで、それが普通のことだと思うんです。たとえ夢が達成できなくても、テニスに打ち込んだ経験や学んだことが何かの力になっていたなら、僕はそれが一番嬉しいなと思います。

松岡修造
「人を応援するのは僕の生きがいなんです」と松岡さん。小学生の頃からスポーツ大会ではどうすれば運動が苦手な同級生に頑張る楽しさを知ってもらえるか考えていたという。

本来の僕はすごく消極的。マイナスのことばかり考えてしまう

──修造チャレンジのようなサポート体制もなく、特別な才能に恵まれたわけでもない、ごく普通の人が成長するにはどうすればいいでしょうか?

松岡:よく「得意分野を伸ばせ」とか「自分の武器を持て」なんて言いますが、現実にはそれができる人ばかりではありません。だとしたら、自分の弱点を知ってそれをひとつずつ克服していくことが大切だと思います。極端な言い方になりますが、“できないこと”をすべて“できること”に変えられたら成功なわけですから。

──具体的にはどうしたらいいのでしょうか?

松岡:自分の弱点や課題を克服するには、やってみて失敗するしかありません。失敗しないとそもそも自分の弱点が見えませんし、なぜ失敗したのか理由がわかれば、次はどうしたらいいか工夫が生まれます。そうやって自分の中の引き出しを増やしていく。これが成長のステップだと僕は思います。

──失敗が怖くて踏み出せない人もいるのでは……。

松岡:厳しいことを言いますよ。誰だって失敗は怖いんです。でも、「失敗したら嫌だ」「失敗して怒られたくない」としか考えていない人は、何の広がりもないですよ。失敗するから成長できるんだってことを理解して、次に踏み出せるかどうか。それが重要なんじゃないでしょうか。

──怖いという感情をコントロールすることはできるのでしょうか。

松岡:僕の場合で言いますね。本来の僕はすごく消極的だし、何をするにも「こうなったらどうしよう」ってマイナスのことばかり考えるタイプなんです。

──えっ、そうなんですか?

松岡修造
本来の松岡さんはマイナス思考の持ち主なのだとか。それなのになぜ常にポジティブな言葉を発することができるのでしょう……。

松岡:ただ、僕は自分の取扱説明書を作ったんです。自分がマイナス思考にとらわれそうになった時にどうすれば前向きになれるか、メンタルトレーニングを重ねて身に付けてきた結果です。それをひとつの形にしたのが『まいにち、修造!』(※)で、あれは他の誰でもない僕自身に向けた言葉なんですよ。

(※)松岡さんの応援メッセージが書かれた日めくりカレンダー。「今日から君は噴水だ!」「自分をもちたいなら、サバになれ!」といった修造語録が話題になった。

──自分の取扱説明書! 松岡さんはマイナス思考になりかけた時に、自分の思考を切り替える方法を見つけてきたんですね。

松岡:どうしたら弱点を克服できるのか、答えはすべて自分の中にあります。大事な本番の前に弱気になってしまったのなら、「どうして弱気になったの?」って自分に聞いてみてください。そうやって自分自身と向き合って問いかけながら、自分の心の声を書き出していくんです。そうすればきっと答えは出てきますから。

──そんなふうに自分ときちんと向き合えている人は、あまり多くないかもしれませんね。

松岡:「どうせ俺はダメなんだ」「上司はちゃんと見てくれない」って逃げるのは簡単です。でも、それを言ってどうなるの? って思うんです。そうすることで現状が変わるならどんどん言えばいい。でも、実際は何も変わらないですよね。だったら、今の状況を変えるにはどうすればいいかを見つけたほうが楽しいですよ。

もちろん、ストレス発散も大切ですし、弱音を吐くことも必要です。つらさを抱え込まずに吐き出すことで気持ちが救われることはありますから。ただ、そうして気持ちが落ち着いたら、前に進むことを考えてみてほしいですね。

松岡修造
「どうして?どうして?どうして?って、自分の心の声を書き出していけば答えは見つかります」。松岡さんは自分自身と向き合うことの大切さを教えてくれた。

もし、ベストを尽くしているのに結果が出ないのなら…

──ただ、こうしてお話を聞いてやる気になっても、頑張りを持続することが難しくて……。

松岡:みんな、「頑張りたい」「本気になりたい」って思ってるはずなんです。でも、具体的にどう頑張ったらいいのかが見えないと頑張りようがない。感情論だけで「本気でやろう」と言っても、それでは本気になれないですよ。

──感情論だけで、とはどういうことでしょうか?

松岡:自分がどうなりたいのか、目指すべきゴールは何か。その答えは自分の中にしかありません。それを見つけられたら、次はどうやったらそこへ到達できるか考える。こうすればゴールに到達できるなっていう具体的な道筋が見えた時に、初めて人は本気になれるんです。

──行き先や道順がわからないまま、走り続けることはできないということですね。

松岡:テニスでいえば、世界100位っていうのは、ずば抜けたテニスの才能がなくても何とかなると僕は思ってるんです。ある程度のベースは必要ですが、誰よりも走れる体力をつけるとか、誰よりも多くの戦術を考え抜くとか、正しく努力すれば日本人でも100位までに入れると思っていますし、実際にこの10年で、多くの日本人が100位内に入っているんですよね。

松岡修造
「本気になるために何が必要なのか」を熱く語る松岡さんの手に力が入る。

松岡:ゴールも道筋も見えない中で、とにかくがむしゃらにやるっていうのはロスが大きすぎます。もしベストを尽くしているのに結果が出ないのであれば、一度立ち止まって、自分の努力が本当に正しいのか、見直してみるといいと思いますよ。

──最後に、人と自分を比べてしまいがちなDybe!世代の読者にメッセージをお願いします。

松岡:みんなそれぞれ能力や性格も違えば、置かれた環境も違います。なによりもビジネスで成功できるかどうかは運やめぐり合わせが大きく影響します。だから、人と比較しちゃったらどうしようもなくなってしまいますよ。

大事なのは自分がいつも中心にいること。人と比べてどうかじゃなくて、自分自身の人生のチャンピオンになってほしいんです。周りがどうであろうと自分のベストを尽くしているのか。その人の評価として、それ以上のことはないと僕は思っています。

松岡修造

松岡修造(まつおか・しゅうぞう)

1967年、東京都出身。10歳でテニスを始め、慶應義塾高等学校2年でテニスの名門・柳川高校に編入。86年にプロ転向。95年、ウィンブルドンで日本人男子として62年ぶりのベスト8進出。現在は日本テニス協会強化副本部長として後進の育成に力を注ぐ一方、スポーツイベントのメインキャスターを務めるほか、書籍の執筆も精力的に行い、スポーツ界に留まらず幅広く活躍中。

公式サイト:松岡修造オフィシャルサイト

取材・文/うすいよしき(@usui_yoh
写真/鈴木勝