「つい悪いことばかり考えてしまう」「自分にはいいところがない気がする」など、誰もが陥るネガティブ思考。
なんとか、このネガティブ思考から抜け出したいと思っている人も多いのではないでしょうか。
しかし、精神科医であり対人関係療法の第一人者、水島広子先生は、「ネガティブ思考を変えようとするとむしろネガティブになる」と言います。その理由について、水島先生に伺いました。
ネガティブ思考は治さなくていい?


編集部
ネガティブ思考って損ですよね。どうしたらポジティブな人になれますか?

水島先生
どうしてポジティブになりたいんですか?

編集部
仕事も人間関係もうまくいきそうです。

水島先生
生きづらさを解消することと、ポジティブ思考には何の関係もありません。また、ネガティブ思考を「ダメなもの」として否定するところからは、さらなるネガティブしか生まれません。

編集部
どういうことでしょう。

水島先生
自分にとって良くない情報に触れて、“不安”や“嫉妬”といったネガティブな感情を持つのは、当たり前のことです。

編集部
確かに、自然な反応ですよね。

水島先生
人間は感情的な生き物で、感情は大事なセンサーです。
転んでケガをしたら痛いですよね。痛いからこそケガをしていることがわかって、手当てもできます。
それと同じで、ネガティブな感情は、“ショックを受けた” “困っている”などの自分の状況を伝えてくれる、大事なものなんです。

編集部
でも、必要以上にくよくよしてしまうなど、ネガティブ思考の癖は治したほうがいい気がするのですが……。

水島先生
感情によって気づいたことには、適切な対処をして先に進めばいい。でも、そのままネガティブ思考に陥ってしまう人には、それなりの事情があるのです。考え方の癖は、長い間の積み重ねや環境によるもの。ネガティブ思考になりがちだとしたら、そうなる経験があったということです。だからそのままでいいんですよ。

編集部
そのままでいい……。

水島先生
「ネガティブ思考」を悪いものと決めつけてしまっては、「自分はダメだ」という感覚を強める結果になります。多くの人が、周りから「お前はダメだ」というメッセージを受け取る中で、ネガティブ思考を育ててきています。ですから、“当たり前でしかたがないもの”と認めてあげましょう。
時には心のシャッターを。友人の成功を自分のことのように喜ぶ必要はない

編集部
ネガティブ思考は治さなくていいということですが、たとえば友人の出世を聞いて素直に喜べなくて、自分の小ささがイヤになることがありますが……。

水島先生
それも新しい情報を得てショックを受けているわけですから、当然の反応なんです。むしろ、そういう自分を「小さい」と感じることがネガティブ思考のように思います。

編集部
対人関係を良好にするために、頑張って自分のことのように喜ぶ必要はないですか?

水島先生
「友人の出世」というニュースに突然触れることで、衝撃を受けますよね。すると人は「傷つきたくない」モードに入るので、不愉快になるんです。そこまでは、生き物として当然の反応。そこで「どうして自分はうまくいかないんだろう」と考えてしまうと、苦しいネガティブ思考のサイクルに入っていきます。

編集部
そうなんですね。ちょっと安心しました。

水島先生
そういうモヤモヤする時はとりあえず心のシャッターをおろしたほうがいいですよ。

編集部
スルーするということでしょうか。

水島先生
はい。感情的反応は自然なことだし、しかたがない。でも社会的にはもちろんそれを行動化したくない。そういうときには、心のシャッターをおろして、自分が回復する場を作るのが役に立ちます。
自分の好きなところは探さなくていい

編集部
でも、なんでもポジティブにとらえたほうがラクな気がします。

水島先生
ポジティブ思考は、案外、自分にも他人にも暴力的ですよ。自然な感情的反応や、その人がそれまでどんな傷を受けてきたかを全部否定することになるからです。癒やしにはつながらないので、一時的に「ポジティブになれた!」と思っても、揺り戻しが来ます。
実は、なんでもポジティブ思考で、自分の考えを他人に押し付けようとする人は、自信たっぷりに見えても自己肯定感が低いんです。

編集部
そうなんですか。ポジティブ思考の人は、自己肯定感が高いのかと思っていました。

水島先生
本当に自己肯定感が高ければ、人間という存在にもっと優しくなれるはずです。人間の弱い部分を見ようとしないから、ポジティブ思考にしがみつくことになる。でも、弱い部分も含めて肯定できるのが自己肯定感です。

編集部
そうなんですね。

水島先生
自己肯定感とは、そのままの自分を大切にする気持ち。理由があって持つものではないんです。だから、自分の好きなところを探す必要もないんです。もし自分の好きなところを探してしまったら、条件付きの肯定になってしまいますよね。見つからなかった場合、ストレスにつながったりしますし。
ちょっと行動を変えてみる

編集部
自分の好きなところも探さなくていいし、ネガティブ思考の自分のままでいいんですね。でも、実際にウジウジしていて嫌われたりすることがあると思うんです。

水島先生
それは、相手に何かを求めていて面倒くさいからです。

編集部
というと?

水島先生
ありがちなのですが「私はどうせダメな人間です」と言ってしまうと、相手は「そんなことないですよ」と言わなければいけない気持ちになる。そのような反応の誘導は、相手に「束縛」という暴力を与えていることになり、その結果、面倒くさい人だと思われたりするんです。

編集部
心当たりがあるかもです(汗)。

水島先生
そういう時は言い方を変えればいいですよ。
たとえば、新しい仕事に不安があったとします。そこで「私はダメな人間なのでできません」と言うと反応を束縛することになって、相手は疲れを感じます。代わりに「初めての仕事なので不安を感じています」と自分の感情を伝えるようにすると、お互いにラクになります。

編集部
相手も返事をしやすいですね。

水島先生
自分の気持ちを伝えることで、相手は自由に反応することができます。コミュニケーションが円滑にすすむんです。それぞれの事情は違っても、「新しいことを前にすると不安がある」という気持ちは、理解することができます。それを素直に表現すればよいだけです。

編集部
それならできそうな気がします。
ネガティブ思考のまま、ラクになる

編集部
ネガティブ思考をこじらせないために、他にできることはありますか?

水島先生
「自分」と「行動」を切り分けてください。
たとえば、何かの失敗をした場合、「自分」が否定されているのではなく、その「行動」を否定されているのだと考えて、次はやらないようにすればいいんです。

編集部
仕事でミスをして上司に叱られた時、自分が否定されているのではなく、ミスを否定されていると考えればいいということですよね。

水島先生
そうですね。あとは「ちゃんと食べて寝ること」ができないストレスがあれば、それを取り除くことが一番大事です。その上でゆっくりお風呂に入るとか、部屋をきれいにしておくとか。自分にやさしくすることで、自分は大切に扱われていい存在なのだという気持ちが育ちます。
ヨガや散歩もおすすめですね。数字や成果を求めないものがいいです。

編集部
自分にやさしくすることが大切なのでしょうか。

水島先生
誰かが転んだら「大丈夫かな」と心配するような、誰にでもあるやさしさを自分にも向けてあげてください。生きづらいことも、カンペキじゃないことも当たり前なんです。まず、ネガティブ思考も「今までの人生を考えれば、このままでいいんだ」と認めて、受け入れるところからはじめましょう。きっとラクになれますよ。
水島広子(みずしま・ひろこ)
精神科医。対人関係療法の第一人者。として、対人関係療法専門クリニック院長、慶応義塾大学医学部非常勤講師(精神神経科)、国際対人関係療法学会理事などを務める。アティテューディナル・ヒーリング・ジャパン(AHJ)代表、2000年6月~2005年8月、衆議院議員として児童虐待防止法の抜本改正などに取り組む。『自己肯定感、持っていますか?』、『「幸せにやせたい人」の心の教科書』、『それでいい。』(細川貂々氏との共著)など著書多数。心の健康のための講演や執筆も多くこなす。
Twitter:@MizushimaHiroko
HP:水島広子のホームページ
取材・文/樋口かおる(@higshabby)
撮影/小原聡太(@red_tw225)