仕事は給料以上に、やりがいが大事。あるいは、やりたくない仕事で稼ぐより、好きなことをして生きていきたい。若い世代を中心に、そんな価値観が広がりつつあるようです。

その一方で、“老後の自己資金2000万円問題”に象徴される、お金にまつわる漠然とした不安を多くの人が抱えています。お金よりも大事なものがあると思いつつも、明日食べるゴハンのこと、結婚や子どもといったライフステージの変化、そして老後を考えると、どうしてもお金が視界に入ってくる。

まるで呪縛のようにのしかかってくるお金の不安から少しでも自由になるためには、どのような考え方や行動が必要なのでしょうか? その答えを求め、今回訪ねたのは事業家・思想家の山口揚平さん。「お金の歴史と未来」を考え続け、これからのお金論、そして変化していく価値観について、メッセージを発しています。研究のきっかけは「お金の呪縛から逃れたかったから」と語る山口さんに、ズバリ「お金から自由になるための思考法」を聞いてみました。

お金があると、できなくなることがある

──山口さんは「お金」にまつわる著書を数多く執筆されています。それらを拝読すると、お金に対して客観的な視点を持っていて、もはや達観しているようにさえ思えました。お金の呪縛に、まったくとらわれていない。そんな印象を受けます。

山口揚平さん(以下、山口):いえ、そんなことはありません。私自身もお金の呪縛にとらわれていて、そこから離れるためにお金の研究をしています。お金とは何かを考え、お金を客観視し、執着がなくなるまで研究しようと続けてきました。お金に対する執着から脱却するための方法が、研究だったわけです。

山口揚平(やまぐち・ようへい)。事業家・思想家。専門は貨幣論、情報化社会論。1990年代より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わった後、30歳で独立・起業。

──いつ頃から、そこまでお金について考えるようになったのでしょうか?

山口:お金については子どもの頃から考えていました。裕福なほうではなかったですし、次男ということもあって、社会で生き抜く上でお金が重要であるということは、10歳くらいで気がついていたと思います。小学校を卒業する頃には、親がびっくりするくらいの貯金がありましたからね。社会に出てからも、かなりの額のお金を貯めていた時期もあります。

だけど、今はまったく貯金をしていません。お金を持ちすぎると、よくないこともありますから。

──なぜですか? 十分な貯蓄があってこそ安心が生まれ、お金の呪縛から逃れられる気もしますが……。

山口:怖いのは、お金があると考えなくなること。工夫をしなくなるんですよ。工夫をしないと頭を使わないからバカになってしまう。だとすると、自分で管理できないほどのお金を持つことが、果たしていいことなのか、疑問ですよね。

友人が「稼ぐは才覚、使うは品格」と言っていたことがあります。いくらお金があっても使い方が下品になったらレピュテーション(評判)を下げてしまうと思うんです。それなら、品格を持って使える適正な額に留めておいたほうがいい。

──すると、収入が増えすぎないようセーブしたりすることもあるのですか?

山口:セーブ、しますね。そもそも1日3時間しか働きません。今は独立して会社をやっていますが、いくら売り上げが上がっても自分の給料は一律です。20年間、変えていません。年収7万5000ドルを超えると、それ以上増えても幸福感は上がらないという有名な論文(※)もありますし、お金に限らず「ありすぎていいもの」って、世の中にないと思いますよ。

※2002年のノーベル経済学賞を受賞した米国の心理学・行動経済学者 ダニエル・カーネマンとアンガス・ディートンが発表した論文『High income improves evaluation of life but not emotional well-being』による。

お金が重要ではない社会になりつつある

──そもそも山口さんは著書の中で、今後は「お金自体の重要性は減っていく」と述べられていますね。ただ、どうしても「お金が大事」と考えてしまう人は多いと思うんですが……。

山口:もちろん「お金がなくてもいい」と、安易に言うことはできません。衣食住などの基本的な生活インフラや医療など、まだまだお金が必要となるものやサービスはありますから。ただ、今後はお金の出番が少なくなることは確かです。考えてみてください。世の中に家や車はあり余っていますし、服や食にもコストがかからない時代になってきています。

──なるほど。 確かに、衣食住という最低限の要素は低コストでまかなえるようになってきています。

山口:また、社会が変わっていくにしたがって、お金に対する価値観も変化していくでしょう。従来の日本では、多くの人たちが、「進学して就職して、家族を養う」といった単一の価値観に縛られて、学校や職場というコミュニティを選んできました。しかし、そうした従来型の価値観にあてはまらない人生を送る人たち(フリーランス、ニート、LGBTQなど)が増え、より多様なコミュニティが社会に生まれつつあります。

こうした変化から、これからの日本は「マルチコミュニティ」、つまり複数のコミュニティを掛け持ちすることが普通になっていくと考えられます。たとえば、会社員をやりつつ、家族を持ちつつ、趣味のサークル活動を行っている、という人を想像してみてください。この場合……

  1. 会社 → お金を稼ぐためのコミュニティ
  2. 家族 → 心安らかになるコミュニティ
  3. 趣味のサークル → 嗜好や志、価値観を共有するコミュニティ

この3つのコミュニティに所属しているといえます。そして重要なのは、社会構造には、「タテ」と「ヨコ」の2種類があるということです。

──「タテ」と「ヨコ」ですか? それはどういうことでしょうか。

山口:順を追って説明します。まずは「タテ」の社会ですが、これを図にしてみると……

一番下に位置する「普通の人」はお金や時間といった資源を「偉い人」に差し出し、「偉い人」は「もっと偉い人」に資源を差し出す。そして「もっと偉い人」が集めた資源をシャワーのように分配するわけです。国や企業はこうしたタテ社会の典型です。

一方で、ヨコ社会は、コミュニティに属する人が資源を出し合い、それを分配する形です。たとえば、温泉巡りのサークルに所属していたとイメージしてください。誰かは穴場の温泉情報を提供し、誰かはスケジュールを作り、誰かは幹事をする、というように資源を出し合い、メンバーに分配されるわけです。そしてヨコ社会で力を持つのは、お金ではありません。

ヨコ社会でお金よりも大事なのは「信用」

──ではヨコ社会では、何が必要になるのでしょうか?

山口:「信用」です。ヨコ社会ではお金の代わりに、シェアや貸し借りといった、信用を中心とした経済システムが働きます。温泉巡りサークルの例で考えてみましょう。

Aさんはすごく良い温泉の情報を提供し、コミュニティに貢献し、信用を獲得する

Bさんは見返りにAさんの知らない良い温泉の情報を提供したいと感じている

こうした信頼のやりとりが生まれるわけです。そして、信用を得るためにはコミュニティへの「貢献」や「価値の蓄積」が重要で、価値を蓄積するには「時間」がかかります。その時間を増やすためにはエネルギーが必要で、何より「健康」でいなくてはならない。

つまり、信用を生み出す大元になるのは健康であり、中高年に比べてその原資を持っている若者にとっては生きやすい時代になっていくと考えられます。

──お金が絶対的な価値を持たないヨコ社会に身を投じれば、従来のお金にとらわれずに生きていけるようになるのでしょうか?

山口:会社という「タテ社会」が中心だった時代よりは、とらわれなくなるでしょうね。ただ、それには条件があって、複数のヨコ社会に身を置いてネットワークを広げ、セーフティーネットを分散させる必要がある。わかりやすくいうと、「食いっぱぐれた時に助けてくれる人」をできるだけ増やすことです。本当に助けてくれる人が最低でも10人見つかるまでは、むしろ従来の貨幣経済から脱却すべきではないと思います。

──山口さんご自身も30歳で会社員を辞め、独立されています。以降は宇宙開発、アニメ制作、劇団、ロボット関連など破格の条件で事業づくりの相談にのったと著書にあります。やはりコミュニティでの信用の積み上げが大事になると。

山口:そうですね。だからといって必ずしも会社を辞めて独立する必要はなく、副業としてコミュニティに貢献できる何かを始めるのでもいい。ただ、なるべく早い段階でやるのがいいと思います。

──山口さん自身は20年前にサラリーマンのタテ社会から脱却したわけですが、当初、とまどいはなかったですか?

山口:もちろん、ありましたよ。特にびっくりしたのは、コミュニケーションの違いですね。ヨコ社会は最初から距離が近いことが多い。私はコミュ力がないままヨコ社会に飛び込んだので、やはり戸惑いましたね。周囲とうまく馴染んでいくスキルは、ヨコ社会において大切です。

そこでは、タテ社会の上下関係なんて関係ないですからね。会社で課長だったとか部長だったとか、そんなマウンティングはまったく通用しない。だからこそ、繰り返しになりますが、サラリーマンの人もなるべく早く会社以外のコミュニティに所属して、若いうちからヨコ社会の流儀を知っておいたほうがいいと思います。

──山口さんは、今のほうが幸せですか?

山口:そうとも言い切れません。レールの上に乗っかっていたほうが生きやすいことは確かですからね。ただ、昔はかなり狭い世界で生きていたので、世界が広がったことは確かです。 

──さきほど、コミュニティの中で信用を得ていくためには、価値を作り続ける必要があるというお話がありました。価値を生み出していくには、具体的にどのような考え方をすべきでしょうか?

山口:価値を作るには明確な方程式があります。以下を見てください。

「専門性」は強みのこと。私でいえば企業分析やファイナンスなどがそれにあたります。「正確性」は約束や期日、クオリティを守ること。「親和性」は人間的な魅力や付き合いやすさです。これらを積み上げていくことで価値が蓄積され、信用へとつながっていくわけです。

また、もうひとつ大事なポイントが「利己心」を捨てることです。つまり、自分の利益ではなく、相手のことを考える。

方程式の分母にあたる利己心を減らしていけば、分子の専門性や正確性、親和性が小さくても価値を生んでいくことができます。

「信用の元手」は、自分の長所を分解して見つけよう

──正確性や親和性、利己心などは心がけ次第で実践できそうです。難しいのが「専門性」ではないでしょうか。そもそも、自分の専門性がわからなくて悩んでいる人もいると思います。自分の強みは、どうすれば見つかりますか?

山口:ひとつは、自分が得意だと思う要素をどんどん細かく分解していくことです。たとえば、「人当たりがいい」というのは長所ですが、専門性と呼ぶには漠然とした印象です。これを「65歳以上のおじいちゃんから気に入られやすい」や「40代の管理職以上に好かれる」というふうにより細かく具体的にしていけば、それが強みになっていくはずです。

──なるほど。確かに考えてみれば、専門性なんてそんなに簡単にわかるものじゃないですよね。それを見つけるには然るべきアプローチが必要なのに、いきなり手持ちの武器の中から探そうとするから、強みといえるほどのものがなくて悩んでしまう……。

山口:そうですね。もし、それでも自分の強みがわからないなら、周りの人に聞けばいいんですよ。むしろ、強みというのは自分以外の人から教わるべきものだと思うんです。自分のことを突き詰めてくれるのは、実は周囲の友人や仕事仲間だったりしますから。

あとは、異動や退職時の送別会や結婚式で友人がスピーチしてくれる時など、自分についてのフィードバックをもらえる機会って、実は意外にあると思います。その言葉を流さずに受け止めて、自分を客観視するための材料にするのもいいでしょう。

そして、言われたことに対してちゃんと努力をする。自己投資をして、自分の強みとして磨いていく必要があります。日本酒の獺祭が好きなのですが、あの優れた味はお米を磨いて磨いて生み出されます。自分自身も獺祭と同じように磨きに磨いて、美味しくしていくんです。

──山口さんも、誰かから自身の強みを教えてもらった経験があるんでしょうか?

山口:はい。たとえば、会社員時代の私は明らかに変人だったのですが、とある先輩が退職する際に「違いこそ、卓越である」と言ってくれた。それで、「じゃあこのままで行こう」と思えました。

また、中にはもっと丁寧にフィードバックしてくれる友人もいて、「山口のいいところは物事を全体でとらえて、複雑に絡み合う形象の本質的なパターンを生み出し、システムとして組み立てる力だ」と言ってくれたんです。

社会の同調圧力から逃れる術は「自分で考え抜く」こと

──考え続けることで、強みが具体的に見えてくるのですね。

山口:私の場合は子どもの頃から、父親が「自分で考えろ」と言い続けてくれていたんです。だから小学校のカリキュラムにも疑いを持っていました。

これは明らかに50年前に作られた産業システムに適合するための人材を作るカリキュラムだから、自分が大人になった時には崩壊している可能性が高い。だったら時間の無駄だから、未来の産業システムを考えてそこに注力したり、自分の好きなことをやったほうがいいだろうと。

──山口さんのように思考する力を高めていけば、お金の呪縛や社会の同調圧力から逃れ、自由に生きられるようになるのでしょうか?

山口: 僕だって完全に自由というわけではなく、今も同調圧力をひしひしと感じながら生きています。ただ、お金を中心とした貨幣経済も含め、今の社会システムは変化していきます。だったら、いつまでも変化してしまうであろう社会に同調する必要はないということです。

それよりも、未来の社会を見つめて、そこに向けて努力したほうが本質的ですよね。そして、未来を洞察するために重要なのは、やはり思考。つまり、考え抜くことだと思います。

自分の力で考えられるようになると、悩みや不安が消えますし、社会の同調圧力や周囲に振り回されることも少なくなるはずです。そして、本当に自分がやるべきことが見えてくるのではないでしょうか。

山口揚平(やまぐち・ようへい)

事業家・思想家。早稲田大学政治経済学部卒・東京大学大学院修士(社会情報学修士)。専門は貨幣論、情報化社会論。1990年代より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わったあと、30歳で独立・起業。複数の事業、会社を運営するかたわら、執筆・講演活動を行っている。近著に『新しい時代のお金の教科書』(ちくまプリマー新書)、『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)などがある。

取材・文/榎並紀行(やじろべえ)