兄弟ならではの息の合った正統派しゃべくり漫才で、若者を中心に幅広い層から人気のお笑いコンビ「ミキ」。弟の亜生さんは、大学を卒業後、介護会社の社員を経て、お笑い芸人になった異色の経歴の持ち主。

会社員を経たからこそ、「お客さんが『わかる!』と思える共感ネタが作れるようになった」という亜生さんに、芸人になるまでの紆余曲折や、ブレイクするまでの葛藤を伺いました。

大学卒業後は、芸人にはならず介護の道へ

ミキ・亜生
三木亜生(みき あせい)。1988年7月22日生まれ、京都府出身。2012年4月、兄・昴生(こうせい)とお笑いコンビ「ミキ」を結成。ボケ担当。趣味はフットサルで、学生時代に静岡県の大学選抜に選ばれたこともある。

──大学では海洋系の学部で勉強していたと聞きました。

亜生さん(以下、亜生):そうなんです。本当はイルカの調教師になりたくて、高校を卒業したら専門学校に行こうと思っていたんです。でも両親に「専門学校に行ったらそれしかできへんから、大学に行っときなさい」と言われて。

──なるほど。では、大学でイルカの勉強をしたんですか?

亜生:いや、それが入った学科がプランクトンとか微生物を学ぶ学科で(笑)。転科できると思ってたんですけど、めちゃくちゃ難しくて無理でした。でも船に乗って漁をしたり、解剖したりめっちゃ楽しかったですよ。

──イルカとプランクトン! えらい違いですね(笑)。大学卒業後は、就職したんですよね。

亜生:はい。お兄ちゃんが芸人になってたので自分も芸人になりたい気持ちもあったんですけど、オカンが反対してたのもあって、会社員になる道を選びました。最初に内定をもらったのが訪問介護の会社で、そこに就職を決めました。

大学時代は、人と話す接客のアルバイトばかりやっていたのもあり、そういう仕事が向いているのかなと。

──介護の仕事はどうでしたか?

亜生:めっちゃ楽しかったし、やりがいがありましたよ。訪問介護で「あの子来たら楽しいわ~」と指名してもらうこともありました。やったことに対して「ありがとう」と直接言ってもらえるし、家族の人にも感謝してもらえるし、やってて嬉しかったです。ただ体力勝負なうえに、人手不足もあって、だんだん自分に余裕がなくなってきてしまったんですよね。

──大変なお仕事ですもんね。

亜生:作業になってしまっているなという気持ちになって。ちょっと体調を崩したこともあり、両親からも「次を考えたら?」と言われ、1年くらいで介護の仕事からは離れることになりました。

オカンの反対を押し切り、芸人の道へ

ミキ・亜生

──その後、すぐ芸人の道に?

亜生:介護の仕事を辞めて、お兄ちゃんに芸人になりたいと相談したら、「1回よう考えてみ」と言われ。芸人になることは母が大反対だったので、元々おしゃれも好きだったし、やってみたかったアパレルの会社を受けて内定をもらったんです。

──そのアパレルに就職を?

亜生:体験研修で実際にお店で働かせてもらったんですけど、どうしても芸人になりたいというモヤモヤした気持ちが残っていて。「やっぱり違うな」と。入社手続きの書類をオカンと書いている時に手を止めて、「俺、やりたくないねん、この仕事」と伝えました。

──それでお母様は……。

亜生:オカンに「何がしたいの?」と聞かれ、「やっぱり芸人」と伝えると大泣きしてしまいました。お兄ちゃんが「芸人になりたい」と言った時も泣いてましたね。オカンは芸人(上岡龍太郎さん)の妹で、芸人が苦労するのを目の前で見てるんで。

結局、先方には丁寧にお断りを入れ、翌日お兄ちゃんの部屋に荷物だけ持って転がり込みました。

──お父様の反応はどうでしたか?

亜生:オトンにはオカンより先に「芸人になろうかな」と伝えてたんです。オトンは仕事を途中でやめて苦労したこともあるからか、「そんな気しとったな。30歳までは好きにやってええんちゃうか」と言ってくれて。その一言で気持ちが楽になったし、だいぶ意志が固まりました。

折れかけた亜生の心を救った恩人の言葉

ミキ・亜生

──2012年に兄弟でコンビ「ミキ」を結成。2016年「NHK上方漫才コンテスト」での優勝、翌年は「M-1グランプリ」での活躍など、デビュー以降トントン拍子に感じますが……。

亜生:いやいや。僕ら1年目でオーディションに受かって劇場(よしもと漫才劇場)のメンバーになったんです。そのまま行けるかなと思ったら、2年目くらいからメンバーから落ちて、全然上に上がれなくて。朝方の4時くらいまで劇場でずーっとネタ合わせをやったりしたんですけど、当時の劇場支配人から「もっとやれ!」「努力が足りん」と言われて……。

──それはつらいですね。

亜生:作家さんにも「漫才が古い」「何がおもしろいかわからない」とかボロクソに言われてました。劇場でお客さんにはウケているのに……。当時は劇場のお客さん票と作家票を合わせて順位を決めるシステムだったんですが、作家票が全然入らなくて。そんな悔しい思いをしている時期に、劇場の支配人が変わったんですよ。

──どんな方だったのでしょうか?

亜生:正直に「僕ら作家票が取れないんですよ」と悩みを伝えると、「お前ら作家に向けてやってないやん。お客さんに向けてやってるんだから、それならそのままでいいやんけ」と言ってくれたんです。

──そのままでいいと。

亜生:自分たちのやっていることはおもしろいという自信があって、お兄ちゃんと僕の中では絶対これだけはやり続けると決めてはいたんですけど、やっぱり二人きりって心細いんですよね。だから「今のままでいい。やり続けろ」と言ってもらえた時はすごく心強かったです。

──やり続けて、作家票は入ったのでしょうか?

亜生:お客さんにめちゃめちゃウケてたので、作家もこれは入れざるを得ないと思ったのか、徐々に入るようになったんですよ。

その支配人の言葉を信じてやり続けたら、6年目くらいからテレビに出られるようになって。あの時のアドバイスを聞いておいてよかったなと思うし、僕の恩人です。

「ヘタな人の舞台ほど学べる要素が多い」という亜生流・失敗学のススメ

ミキ・亜生

──その後、テレビ出演も多くなりましたが、亜生さんは漫才で失敗したりしますか?

亜生:もちろんしますよ。うまくできなかったと思う番組は録画したものを絶対見ます。「なんでアカンやったんやろ」と見返します。

──やはり、自分の失敗を見返すと参考になるんですね。

亜生:それと、失敗したことはノートに書くようにしているんです。1カ月に1回くらい、バーッと読み返して、この時ダメやったけど、この前はいけたなというのがあれば線を引いて消して、こうしたからクリアできましたと書いています。

──勤勉ですね。

亜生:あとは、ヘタな人の舞台を見ますね。僕は先に芸人になったお兄ちゃんとちがって漫才というものをよくわかってなかったから、うまい人から1年目くらいの人までいろんな舞台を見るようにしてて。で、気づいたのが、勉強になるのって、ヘタな人のを見た時なんですよね。

──えっ、うまい人から技を盗むとかではなく?

亜生:うまい人は「うまっ」「おもしろっ」で終わってしまうので、なんでウケているかがわかりづらくて。でもヘタな人はおもしろいこと言ってるのにウケてない理由が見ていてわかりやすいんですよね。言い方や間の取り方のタイミングが悪かったり、ボケがおもしろいことを言ってる時のツッコミの顔の作り方がダメだったり。粗が目立つ人の舞台を見るほうが楽しいし、勉強になります。

──反面教師になるんですね。

亜生:そうですね、「だからあかんねん!」って。これ、兄弟の話と似ているかも。僕、お兄ちゃんが失敗して親に怒られているのを見て、「これはあかんのや!」というのを小さい時からずっと学んできましたから。それが染みついているのかも。

──さすが次男! 失礼ながらお兄さんの昴生さんのほうが不器用そうです(笑)

亜生:そうかも(笑)。

定時には終わらないしんどさ、わかります…

ミキ・亜生

──漫才をやってて、会社員の経験が役立っていることはありますか?

亜生:お客さんに「共感の笑い」を提供できることですね。お兄ちゃんは社会人経験がないので、就活してないし、会社に定時に行って、定時には終わらないしんどさとか、わからないんですよ。あと、会社員にとって一番楽しいのは休日だと思ってる。ちがうわ! 一番楽しいのは休日やなくて休前日やろ!って(笑)。

──休日の前の日の楽しさ、わかりすぎます(笑)

亜生:あとは、興味ないことやイヤなことを仕事にしている人もたくさんいることに気づけたのも大きいですね。僕は今好きなことやらせてもらっているけど、そうじゃない人もいるんだなと思って、自分の周りの働いている人に感謝の気持ちを持って接するようになりました。

──転職などの新たな一歩を踏み出せずにいる人に、アドバイスをするとしたら?

亜生:「今、楽しいですか?」と問いたいですね。家族がいたり、守らなきゃいけないものがある人は続けていいと思うんです。ただ、たとえば独身の人だったら、捨てるものは何もないと思うのでやりたい方向に進んだほうがいいと思います。「次あかんかったらどうしよう」と思うかもしれないけど、そのまま続けていてもあかん可能性もあるじゃないですか。僕は芸人になりたいという気持ちが強くなりすぎて、人生1回くらいチャレンジしてみようと思いきりました。

──チャレンジしたからこそ、今があるんですね。

亜生:そうそう。あれだけ反対していたオカンが、今では全国ツアー全部に来たり、僕たちの出演スケジュールを回覧板で近所に回したりしてるんですよ。

──回覧板まで(笑)!

亜生:周りがこんなに変化する可能性もあるので何が起きるかわからないし、次がラストだと思わずに動くのも全然ありだと思います。会社員の経験が漫才のネタ作りに役に立つように、回り道と思ったことが、後の仕事に役立つことも多いので。しんどくなったら、僕らの漫才でも見て、嫌なことを忘れて笑ってもらえればありがたいなと思います!

三木亜生(みき・あせい)

1988年7月22日生まれ、京都府出身。2012年4月、兄・昴生(こうせい)とお笑いコンビ「ミキ」を結成。ボケ担当。2016年『第46回NHK上方漫才コンテスト』優勝、2017年には「M-1グランプリ」で3位を獲得。「ミキの兄弟でんぱ!」(KBS京都ラジオ)、「ミキの深夜でんぱ!」(文化放送)にレギュラー出演するほか、全国の劇場ライブに多数出演中。日めくりカレンダー「黒猫ダイアリー 僕とぼくの家族のカラフルな毎日。」も好評発売中。

Twitter:@mikiasei

Instagram:@aseihurricane

取材・文/田代祐子
撮影/小原聡太(@red_tw225