いい会社に入り、いいポジションを得て、給与や地位をスケールアップさせていく。いろいろな働き方が許容されるようになった現在でも、それが「いいキャリア」であるという考え方は根強く残っています。

そんな常識にとらわれず、もっと自分のペースで、ゆるく生きたいと思う瞬間がありませんか?

そこで、お話を伺ったのは実業家の若新雄純さん。メンバー全員がニートのゆるい会社「NEET株式会社」や、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」、目的不要の体験移住事業「ゆるい移住」など、“ゆるさ”をテーマにしたプロジェクトを多数手掛けています。

その姿は、「キャリアを積まねば!」という空気感を意に介さず、やりたいことをやって生きているように映ります。果たして、どうすればその境地に至れるのでしょうか?

社会的評価より、自分へのこだわりが強かっただけ

──多様な働き方が注目される一方で、依然としてキャリア志向こそが価値である、という空気感もあります。どうすれば、もっと自由に「ゆるく」生きたい自分を受け入れられるかを伺いたいと思います。

若新雄純さん(以下、若新):その前にひとつ確認しておきたいのですが、ここで言うキャリア志向の意味は、「立派な」とか「社会的に勝ち組な」が頭につくキャリアのことですよね。

──そうですね。

若新:国立大学に入るとか、大企業の幹部を目指すとか、多くの人から見て立派だとわかりやすく、どんな仕事をしているか説明しなくても、経歴を見るだけでいいキャリアだと認識されるものですよね。

──その通りです。

若新:まず言っておきたいのは、キャリア志向を望む人は目指せばいいと思うんです。多くの人が語る「素晴らしいキャリア」は評価されやすいし、自分自身も安心できるでしょう。

僕もそうしたものが気にならないわけではありません。大学の偏差値やビジネス誌の「企業ランキング」みたいなものには実は誰よりも詳しくて、むしろ関心は高いほうです。皆さんの1.5倍くらい世間体を気にしていると思います(笑)。

若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)。株式会社NEWYOUTH 代表取締役。就業や定住を目的としない「ゆるい移住」、週休4日で月収15万円を目指す「ゆるい就活」など、実験的なプロジェクトを多数プロデュースする。

──それは意外です。世間体を気にせず、自由にやりたいことをやっておられる印象なので。

若新:僕は両親が学校の先生でしたし、地方のかなり保守的な環境で生まれ育ったので、子どもの頃から「立派なキャリアを掴まなくてはいけない」という空気は感じていましたよ。親戚に医者と弁護士がいて、親からも「こんなふうになったほうがいいい」と言い聞かされていましたから。だけど、素直にそこへは向かえませんでした。

──なぜですか?

若新:僕の場合は、そうした世間の空気感以上に「自分」という存在を過剰なまでに意識していて、それゆえ一般的に正解とされるキャリア志向には馴染まなかったのだと思います。

「いいキャリア」を歩もうとすれば、所属する組織の価値観をきちんと理解し、組織の利益のために物事をクリアしていかないといけませんよね。でも、僕は自分へのこだわりが強すぎてそれができない。社会的な正しさや理想を追うことよりも、自分がそれをやる意味とか、納得して仕事をしているかとか、そっちを大事にしたい思いのほうが何十倍も強かっただけなんです。

これからは「自意識過剰の時代」がやってくる

──若新さんがそうであったように、やりがいや仕事への納得感など、自分自身に基準を求めて働きたいと考える方も増えている印象があります。

若新:ところが、働く上で“自分という基準”を自覚することは、かっこいいようでいて「煩わしさ」もあると思いますよ。

──どういうことでしょうか?

若新:たとえ話ですが、パソコンを打つ際に指を動かしますよね。その時、作業中に「自分に指や手がついている」ことって特に意識しないじゃないですか? でも、手を虫に刺されたらかゆくなって、急に手の存在を自覚するようになる。意識せずに手を動かしていた時と比べ、「なんか、かゆいな」と余計な違和感が生まれてしまうんですよね。働くっていうのもそれと同じだと思っていて。

──「働く自分」を自覚することで、違和感が生まれてしまうと。

若新:手を蚊に刺された時のように、仕事ではなく自分自身へ意識が向き始めると、疑問や違和感が膨らんでいく。自分はこの仕事を楽しめているんだろうか、納得できているんだろうか、と。そう考え始めると、どんどん仕事に集中できなくなります。もしかしたら、悩み苦しんで、心を病んでしまうかもしれない。

つまり、仕事をさばくためには「僕が働いている」という事実を気にしないほうがラクなんですよ。余計なことを考えず与えられた仕事に没頭している時って、ストレスを感じないでしょう。

──確かに、そうかもしれません。

若新:今は、そうした自意識を自覚しやすい時代だと思うんです。もちろん、昔だって「自分が働く意味」をぐるぐる考えてしまう人はいたでしょう。でも、働いたら働いただけ生活レベルが向上していった時代には、「働く自分に悩む状況」にはなりにくかったのではないかと。

──しかし、今は必要なもののほとんどは手もとにあるそうなると、「なんで働くんだろう」と自意識ばかりがどんどん膨らんでしまいますね。

若新:そう。これからは多くの人が自意識過剰に生きる時代だと思うんです。だからこそ、自意識と丁寧に寄り添い、自分の仕事や人生の意味を求めていくことが大事になっていくと思います。

自分にじっくり向き合うために、いったん立ち止まる

──そうした自意識を自覚してしまった時には、どうすればいいのでしょうか? 単純に転職をすれば解決するようなものでもないように思えますが。

若新:必要なのは、悩みを自覚した時にしっかり立ち止まって、十分に自分を深掘りする時間や環境なのだと思います。

──それこそ今までのキャリアを中断することになっても、そうした時間をもったほうがいいと。

若新:そう思います。たとえば、2015年に福井県鯖江市と「ゆるい移住」という体験移住プログラムを始めました。本格的に移住するつもりがなくても、目的がなくても、お試しで移住していいというものです。僕は開始前から、高学歴の人やエリートといわれるような人がいっぱい応募してくるだろうなと思っていました。実際、東大卒のコンサルタントや元プロ野球選手など、ユニークな経歴の人がきましたよ。

──それはやはり、自分と向き合う時間がほしいということだったのでしょうか?

若新:そうです。東大を出てコンサルタントでバリバリ稼いでいる人でも、日常の忙しさに追われてしまうと仕事に十分な意味を見出せなくなってしまう。じっくりと自分のことを考え、深め、さらには実験できるような場所がほしいということで福井までやってきたんです。「ゆるい移住」は行政が地元への就職を押し付けたり、街づくりに関わってもらったりすることはなく、本当に何もしなくていい。だから、自分と向き合う時間はたっぷりある。

──何もしなくていいとなると、そのまま社会からドロップアウトしていくことになりませんか?

若新:ところが、「何もしなくていい」となると、人って逆にいろいろと試すようになるんです。あーでもないこーでもないと試行錯誤し、自分にとって何がしっくりくるか探すようになる。

そこまでやらないと、納得いくまで自分を深められないと思うんです。蚊に刺された手はかゆみが治まれば気になりませんが、いったん自覚してしまった自意識は簡単にはすっきりしませんから。

──ゆるい移住に参加し、“立ちどまった”方々は、その後どんな道に進まれるのでしょうか?

若新:そのまま福井に残って仕事をする人も多いですし、なかには福井で結婚をした人もいます。移住に参加した多くの人に共通しているのは、各々がもともと想定していた人生プランとは、全く違う結果になっているということですね。それはおそらく、世間的な評価ではなく、自意識という、自分に向かうベクトルを大事にした結果、そうなったのだと思います。世の中の基準やパターンに関係なく、自分が納得する選択を積み重ねていくと、結果的に想定外のことが起こりやすい。東大卒元コンサルの方も、今は福井で働いていますからね。

──それも、想定外のことだったのでしょうか?

若新:彼が福井に来た時は、じつはすでにNPOへの内定が出ていて、半年後には海外で仕事をする予定だったそうです。その間の腰掛けという感じで、ゆるい移住に参加したと。それが、半年経ってもそのまま福井に残り、地元のベンチャー企業を手伝いながら自分で塾も始めて、今は鯖江市の地域おこし協力隊になりました。当初思い描いていたキャリアとはまるで違う道ですが、本人の中では充実感や納得感を持って生きられているのではないでしょうか。

──世間一般のキャリア志向からするとレールを外れたように見えますが、自分らしく生きることができていると。

若新:自分らしく生きる、あるいは働くというのは、どんな仕事に就くか、何をするかという形式的な問題ではないでしょう。ですから、もちろん大企業にいたって自分らしく働くことはできるでしょう。疑問を持たず「これが俺の天職だ」と信じて働けるなら、それに勝るものはないですよ。

ただ、違和感を抱いてしまった時に立ち止まって自分がとことん納得するまで考えたり、何かをじっくり試したりする余裕が、あまりにも与えられていないのではないかと感じます。

──確かにそうですね。海外では就職前に見分を広め経験を積むための自由な期間として「ギャップイヤー」が設定されていることもありますね。

若新:海外では就職前にフラフラできる時間を楽しむカルチャーがありますよね。それは、社会全体に「若者には寄り道をする時間が必要」という認識が共有されているからだと思います。だから安心して立ち止まれるんです。

でも、日本にはまだまだそうした余裕がない。新卒の方の就職活動を見ていると分かりやすいです。本来、まだ職に就く気持ちができていないし、納得いく働き方も確立していないのに、「大学3年になったら就活しないといけない」という社会的なスケジュールをクリアしないと置いて行かれる気分になってしまう。本当は自分のことに時間を使いたいのに、社会的な正しさをクリアすることも同時に求められる状況です。

──そして、意に沿わない就職をして悩んでしまうと。それこそキャリア志向に縛られ、苦しんでしまっている。

若新:自分の意に沿うのかどうか、まだ判断できない段階ではないでしょうか。自分と職業の狭間で悩んでしまうくらいなら、いったん今いる場所から離れて余白を作ったり、何もないゼロになるというのは、ひとつの処方箋だと思います。ただ、そこで経済的に破綻して困窮しないよう、最低限の準備は必要です。収入が減ってもやっていけるよう、一時的に実家に戻ったり、友達の家に居候したり、田舎の空き家やシェアハウスでもいいから、ゆっくり立ち止まるための環境を確保するのが大事です。

だからこそ、余白期間を作るのは、できるだけ若い時のほうがいい。やろうと思えばいつでもできますが、家族を持つなど、守るべきものがある場合は簡単ではないですから。

──経済的な不安もですが、若いうちに仕事を頑張ってできるだけ差をつけないと、いいキャリアを歩めないという不安もありそうですね。

若新:キャリア志向的に考えると、若いうちは全てを捨てて仕事に打ち込み、少しでも積み上げて次につなげるといった考え方に陥ってしまいがちですが、僕はそれが全てではないと思います。むしろ、せっかく身ひとつで実験できる独身20代の時間を自分のために使わずに、どこかの仕組みの中の正しさに全て投じてしまうのはもったいないんじゃないかと。

正しさなんて「設定」に過ぎない

──本当はもっと軽やかに、ゆるく生きたい。でも、キャリア志向をはじめとする社会的な「正しさ」から逃れられずに苦しんでいる人も多いと思います。「正しさ」から逃げるためには、どのような考え方が必要でしょうか?

若新:僕が自分に言い聞かせていたのは、みんなが正しいと信じていることも、結局は一時的な「設定」に過ぎないということです。

──設定、ですか?

若新:そう、設定です。そして、その正しさの設定って、時代によってまるっきり変わってしまうものです。100年前や150年前、もっと遡ってしまえば江戸時代や縄文時代の価値観なんて今とぜんぜん違うはずです。今の世の中で江戸時代の掟に基づいて動いているやつはいないし、戦時中のルールで生きている人だってほとんどいないでしょう。

つまり、現在の令和の社会で“正しいとされているルール”なんて、絶対でもなければ普遍的なものでもない。僕は「今は、たまたまそういう設定になっているんだ」と、自分に常に言い聞かせてきました。そうすると、世間一般の価値観にあまりこだわらずに済むようになった。

──なるほど。確かにそれくらい俯瞰して物事を見られるようになると、心が軽くなりそうです。

若新:とはいえ、みんなが正しいと思って信じていることを全て否定しているわけではないし、間違っていると言いたいわけでもありません。時代ごとに守るべき法律やルールはあります。道路の信号は守らなきゃ駄目です。

でも、中には絶対視する必要がない正しさもある。キャリアもその一つだと思います。正社員になる、大企業に入る、それが不正解だとは思いません。今はまだ大企業のほうが得をすることは多いだろうけど、絶対視するほどのものではない。

それに、そもそも「誰かが作った正しさ」に縛られているのって、悔しいじゃないですか。

──悔しい? なぜですか。

若新:社会がエリートを求める、キャリア志向を「正しさ」として推奨するのは、そうすることで既存の社会システムを維持しやすいからだと思うんです。優秀な若者に稼いでもらうことで、上が潤う。上に都合のいいシステムを運営するために「理想のキャリア」を設定して、高い給料や福利厚生といった好条件を出しているにすぎません。

──となると、理想のキャリアというもの自体が嘘っぱちで、多くの人は洗脳されてしまっているのでしょうか。

若新:理想のキャリアによって社会が前進している部分もあるでしょうから、悪い意味での洗脳ではないと思います。ただ、僕自身は誰かが作った「理想のキャリア」という設定に自分の人生をあてはめるのはもったいないと考えてきました。自分基準で考えないと社会が設定する正しさからは逃れられず、自由にはなれないはずですから。

若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)

株式会社NEWYOUTH 代表取締役、慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任准教授。人と組織のコミュニケーションをテーマにさまざまな実験的事業やプロジェクトのプロデュースを行う。就業や定住を目的としない「ゆるい移住」、週休4日で月収15万円を目指す「ゆるい就活」など、既存のライフスタイルにあてはまらない、実験的なプロジェクトを多数プロデュースする。

Twitter:@wakashin

取材・文/榎並紀行(やじろべえ)