叶えたい目標がはっきりしているほど、そのルートを外れるのが怖くなってしまいます。「はじめは追いかけていたはずの理想像に、いつしか追い詰められてしまっていた」なんてことも。

『銭湯図解』著者の塩谷歩波さんは、建築家を目指していました。その夢を叶えるために設計事務所に就職するも、体調を崩して休職。現在は高円寺にある銭湯・小杉湯の番頭として働いています。

追い続けた夢を諦めるのは簡単ではありませんが、塩谷さんにとっては「必要な経験だった」そう。当時の葛藤を振り返りながら、叶えたかった夢を手放した後のお話を伺いました。

つらい休職時代を銭湯が救ってくれた

塩谷歩波
塩谷歩波(えんや・ほなみ)。1990年生まれ。高円寺の銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーター。2019年2月には『銭湯図解』を発売。好きな水風呂の温度は16度。

──高円寺の銭湯・小杉湯の番頭として働き、『銭湯図解』も発売された塩谷さん。もともと銭湯が好きだったんですか?

塩谷歩波さん(以下、塩谷):ハマったのは社会人になってからです。大学院を卒業して就職したものの、「機能性低血糖症」という血糖値をコントロールできなくなる病気になってしまって。それで休職していた時、友人に誘われて銭湯に行ったらやみつきになりました。

──休職がきっかけになったんですね。

塩谷:簡単に言えばエネルギーが足りてない状態だったので、血流が良くなる銭湯の交互浴(※)が抜群に合ってたんです。整うとめちゃくちゃ気持ち良くなって、自己肯定感も高まりました。銭湯に行く時だけ前向きになれてましたね。

(※)温かいお風呂(もしくはサウナ)と水風呂の入浴を交互に繰り返すこと。

──銭湯にはそんな効果が!

塩谷:全然知らない人と話せたのも良かったんだと思います。銭湯って、初対面のおばさんが声をかけてくれることがよくあるんです。当時は自分より活躍してる同世代とは話すのが怖かったんですけど、銭湯にいるおばさんは自分と違う世界で生きてるので、話すとむしろほっとして。

──銭湯が塩谷さんを支えたんですね。「銭湯図解」はどんなきっかけで描き始めたんですか?

塩谷:ツイッターに投稿した絵がきっかけです。友人に向けて描いたのに、全然知らない人からの反応もあったんですよ。それがうれしくて、何回も何回も書くようになりました。

初めて描いた「銭湯図解」は台東区の寿湯だった。

塩谷:それから少しずつメディアでも取り上げられるようになって、小杉湯三代目の平松さんから連絡が来たんです。

子どもの頃から建築が好きだった

──現在はイラストレーターとして活躍されていますが、もともとは建築家を目指していたと伺いました。

塩谷:そうなんです。中学卒業くらいで建築系の学校に行こうと決めて、早稲田大学の建築学科に進学しました。建築といっても構造の計算をするところとか建築の歴史を研究するところとかいろいろあるんですが、建築家になることを意識していたので設計を専攻しました。

──どんな学生時代を過ごされたんですか?

塩谷:上位20人くらいの作品をみんなの前で発表するっていうのが年に数回あったんですけど、とにかくそれに選ばれようと頑張りました。実際選ばれたのは1、2回だったんですけどね。

小杉湯には『銭湯図解』が一面に貼り出されている。写真は小杉湯の銭湯図解。

──選ばれるだけですごいのでは……。

塩谷:いえ、成績は悪かったほうなんです。卒業して設計事務所に就職したのも、学生時代の悔しさを晴らしたいっていうのが理由で。

──どういうことでしょうか?

塩谷:デザインの研究室にいたのに、修士課程の卒業課題で「絵はいいけど、デザインが全然ダメ」って先生に言われたんです。私も苦手意識はあったんですけど、実際に言われるとめちゃくちゃ悔しくて。最後の最後まで否定されたっていうのが本当に嫌だったので、「卒業したら早く設計事務所に入って建築家にならないと」って思ったんです。

──苦手だと違う道を選びたくなりそうですか、塩谷さんは真正面から向かっていったんですね。

塩谷:他の道に行くことはまったく考えませんでした。就職先もゼネコンとか設計事務所とか、ちょっと違うところでは広告代理店とか、実はいろいろあるんです。でも、苦手なデザインが一番学べるのは設計事務所だと思っていたので。すごく悩みましたけどね。

「早く建築家にならないと」というプレッシャー

──休職についてお話を聞いてもいいでしょうか。

塩谷:大学時代のコンプレックスがあったので、「誰よりも頑張らないと人並み以上にはなれない」って気を張り続けてたんです。夜中の2時くらいまで働いて、仕事をしながらお菓子とか手近にあるものを食べるような生活でした。そしたら耳鳴りとめまいがひどくなってきて。

──建築家になりたいという気持ちが強いからこそ、無理をしてしまったんですね。

塩谷:作業みたいな仕事も多かったので、学生時代ほど絵を描けなくなっていたのもストレスだったんだと思います。そんな時にFacebookで同期の「最近こんなプロジェクトに携わったよ」って投稿を見てイライラしたりして。

塩谷歩波
「自分は全然進めていない」と同期と比べてしまっていたそう。

──SNSではキラキラしたところだけを見せているとわかっていても、目にしちゃうとつらいですよね。

塩谷:それでもどうにかして行かなくちゃと思って高い栄養ドリンクを飲みながら働いてたら、朝も起きられないくらい体調が悪くなって。その時病院に行ったら「機能性低血糖症」と診断されたんです。

──そのタイミングでの休職だったんですね。

塩谷:そうです。始めは1週間くらいのつもりだったんですけど、2カ月、3カ月って伸びていきました。ちょっと休めば治ると思ってたのに、なかなかよくならなくて。

──休みが長引くと焦ってしまいそうです。休んでいた時はどんな心境だったんですか?

塩谷:お医者さんに「病気だから休みなさい」って言われた時は、正直気が楽になりました。でも、自分の仕事を代わりにやってくれてる人がいるわけだし、実家でニート状態になってたので申し訳なさも強くて。ずっと人生ゲームの一回休みを引き続けてるような気持ちでした。

──建築家になりたいという気持ちに変化はなかったのでしょうか。

塩谷:なかったですね。絶対に設計事務所に戻りたいと思っていました。でも、いつ戻れるかわからないのでずっと落ち込んでて。そんな時に銭湯に出会って少しずつ回復して、小杉湯の平松さんに声をかけていただいたわけなんですけど。

小杉湯に誘われた時は「あり得ない」と思っていた

──実際、「小杉湯で働かないか」って言われた時はどう感じたんですか?

塩谷:一度復職した時、2時間でできてたことが1日かけてもできなくなってたんです。それを平松さんに話したら「小杉湯なら、身体を休めながら働けるよ。それに塩谷ちゃんは小杉湯で輝けると思う!」って言ってもらえたんですけど、正直「輝けるって何を言ってるんだろう?」って思いました(笑)。

──バッサリと。かなり大きなキャリアチェンジですもんね。

塩谷:でも、平松さんと小杉湯の話をしてる時間はすごく面白かったんですよ。はじめは「小杉湯のパンフレットを作ってほしい」って連絡だったんですけど、そのために「小杉湯はこういう場所なんだ」って話を二人で作り上げて。その時は私も銭湯に対していろいろな考えを持っていたので、それを共有できたのがうれしかったんです。

塩谷さんが作成した小杉湯のパンフレット。

──建築家を目指し続けるか、銭湯で番頭兼イラストレーターとして働くか、迷いが生まれてきたんですね。

塩谷:そうです。銭湯の隣にオープン予定の「小杉湯となり」の構想を話すのは建築をやっていたからこそ楽しかったですし、惹かれる気持ちもありました。でも、「ずっと建築に身を費やしていたのに、突然銭湯に転職ってありえない!」ってなかなか踏ん切りがつかなかったんです。

──では、どうやって決断したんですか?

塩谷:友達10人にどう思うか聞いたんです。「考え直したら?」って言う人がひとりでもいたら辞めようと思ってたんですけど、全員が「転職しろ」って言ってきて。

──10人全員が!? それはどうしてだったんでしょうか。

塩谷:「塩谷はもともと絵を描くのがすごく好きで、学生時代もずっとそういうことやってたじゃん。絵を描ける道があるんだったらそっちに行ったほうがいい、設計はいつでも戻ってこられるんだから」って言ってくれたんです。

──優しい言葉ですね。

建築家の道から離れて見つけた、自分のやりたいこと

塩谷:私の絵なんて下手だから誇れることじゃないって考えてたんですけど、絵自体はすごく好きなんだって思い直せました。学生時代も周りがCGを使うなか、自分は絵にこだわりつづけてたなって思い出したりして。

──客観的な言葉で自分の気持ちに気付けたんですね。

塩谷:設計事務所を辞めた時は悔しい気持ちもあったんですけど、今は小杉湯に来て自分のやりたいことを見つけたとも感じています。

──やりたいこと?

塩谷歩波

塩谷:ずっと「描きたい」って気持ちはあったんですけど、何を描けばいいのかは全然わからなかったんですよ。だけど銭湯の絵を描いた時にピタッとはまるものがあって。

建築でやりたかったことと、絵でやりたかったことがようやく重なったように感じたんです。絵も好きだし建築も好きだからこそ、その絵を描くのが一番良かったんだなって。

──建築家という目標からは離れるのは、マイナスなことだけじゃなかったんですね。

塩谷:建築と絵は生涯のテーマになると思っています。今後は銭湯だけじゃなくて、高円寺の町並みとかいろんな建築の絵を描いていきたいです。最終的にどうなりたいかはあまり考えてないんですけど、私の絵がまちづくりのきっかけになるとか、何か大きいことにつながったらうれしいなって。こう思えるようになったのは最近なんですけどね。

──何かきっかけがあってそう思えるようになったんですか?

塩谷:こうしていろんなメディアに出て話すことで、過去と向き合えている感じがあるんです。もちろんつらい時期ではあったんですけど、必要な経験だったのかなと。ずっと頭がカチカチだったので、仕事を変えて価値観を作り直せた感覚があるんです。

──言葉にすると気づけたことがあったんですね。塩谷さんのように、自分にぴったりとはまることを見つけるにはどうしたらいいと思いますか?

塩谷:自分と向き合うよりも友達と飲みに行くほうがいいんじゃないかなと思っています。「これやってる時イキイキしてるじゃん!」とか自分の好きなことを教えてもらえることってあるはずなので。

でも、そもそも悩むこと自体がそんなに悪いことなんでしょうか。私みたいに新しく気づけることもあるかもしれないので、悩むのも失敗するのも、あっていいことだと今は思っています。

塩谷歩波

塩谷歩波(えんや・ほなみ)

1990年生まれ。高円寺の銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーター。早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に勤めるも体調を崩す。休職中に描いたイラストがきっかけで『銭湯図解』を発売。情熱大陸にも出演している。好きな水風呂の温度は16度。

Twitter:@enyahonami

取材・文/Dybe!編集部
撮影/中澤真央(@_maonakazawa_