大人の課題図書

Dybe!世代におすすめの一冊を、複数の書き手が読み、それぞれの解釈でインスパイアされたことを書き綴る「大人の課題図書」。

今月は『漫画 君たちはどう生きるか』。主人公のコペルくんはおじさんとのやりとりを介し、人生の教訓や人間としてどうあるべきかなどを学んでいきます。

今回はライターのひらりささん、内科医のFujiponさん、ライターの大木亜希子さんに読んでいただきました。

本を買ったのは、ボロボロだった2年前

『君たちはどう生きるか』。

昨年、一度でも書店に足を運んだことのある人は、この漫画を目撃したことがあるだろう。

なにせ2018年最も売れた本(※)として212万部という記録的ヒットを飛ばし、さまざまなメディアで取り上げられ、多くの書店が今も店頭に陳列している商品なのだから。

本著の書影は、眼鏡をかけた男の子がキュッと口元を引き締め、何かを訴えかけるように強い意思をたたえた瞳でこちらを向いている。

なにかこう、表紙からして並々ならぬ雰囲気があり、そそられる。

ミーハーな私は、2017年8月の発売後間もなく、この本を買った。

原作の小説のことも、吉野源三郎のことも、何ひとつ知らないけれど買った。

売れている漫画だから買った。

インテリジェンスを気取りたくて、買った。

いかにも動機が不純だが、とにもかくにも買った。

一人暮らしをしていたアパートへ帰宅すると、そのままジャージに着替え、さっそくパラパラと読み始める。

だが、なにやら内容がまったく頭に入ってこない。

決して、本の内容が悪いわけではない。

自分が悪い。

当時の私は、アイドルから会社員に転職して約2年が経過し猛烈に仕事が忙しく、意識が散漫としていた。

恋愛面においても、「絶対にハイスペ男子と結婚してやる」と、違った方向に意気込んでおり、ゆがんだ精神状況で“モテ”を意識している時期だった。

そんな私だから、日々空回りした女磨きに奔走し、誰からも頼まれていないのに仕事では率先して徹夜をしていたのだ。

結果、精神はボロボロになった。

通りで、どのような物語であっても頭に入ってこないわけである。

机上から語りかけてくるコペル君

夜更けにベッドの上で読み始めたのも、また、間が悪かった。

私はそのまま秒速で寝落ちをキメると、翌日から本著を放置した。

「いつか、必ず読みますから」

机上の漫画に向かい声はかけ続けたが、内心は向き合うことを放棄していた。

しかし、その間もコペル君は、たびたび私に語りかけてくる。

「日常に潜む、ちょっとした違和感を見逃さずに生きよ」と。

その瞳は、どうも私になにか訴えかけてくるように思える。

しびれを切らした私は、ある日、再びこの本を手に取ることにした。

今度こそは、内容としっかり向き合いたい。

再びページをめくり始めたのは、購入してから1年半後のことだった。

コペル君が「コペル君」と呼ばれる理由

時は、1937年。東京の街。

主人公の本田潤一君は、旧制中学の2年生。

勉強もスポーツもそれなりに得意で、友達付き合いもさほど困ってはいない。

銀行の重役であった父が少し前に病で他界してからは、寂しい思いもした。

だが、美しく思慮深い母さんが、いつも彼のことを見守っていてくれている。

決して華やかではないけれど、淡々とした優しい日々。

本田家には、よく遊びに来る母さんの弟、“叔父さん”がいた。

その人は、書籍の元編集者で博学。

純一君が日常で抱くさまざまな精神的な疑問に、これまた気前よく答えてくれる良い男である。

ある時潤一くんは、叔父さんと共に銀座のデパートの屋上から街ゆく人々を見下ろしていた。

その時彼は、ふと奇妙な感覚に襲われる。

遠くで傘をさす人や、流れゆく景色を見ながら、「自分はこの世界にとって、分子みたいにちっぽけだ」と感じるのだ。

その瞬間、この世界に溶けていってしまいそうな感覚に陥り、彼は恐怖を抱く。

そんな一瞬の出来事を、彼は叔父さんに打ち明ける。すると、

「今日君がした発見は、コペルニクスと同じくらいの大発見かもしれないね」

と、叔父さんは彼の疑問を馬鹿にすることなく受け入れてくれた。

さらに、その日から叔父さんは、潤一君に「コペル君」というあだ名をつける。

地動説を唱えたコペルニクスと同じくらい、価値ある繊細な発見をした甥に対して、敬意を表するために。

罪悪感が生まれるのは、正しい道を歩みたいから

その後もコペル君の眼前には、友達との友情が揺れ動く事件や、生徒間の経済力格差、イジメ問題など、あらゆる試練が立ちはだかる。

そのたびに叔父さんは、彼に適切な助言をくれる。

今から80年以上前の旧制中学のなかで浮かび上がる些細な問題なのに、なぜかその問いかけは現代に通ずる悩みばかりで、私は読みながら共感してしまう。

なかでも印象的なのは、物語の終盤に出てくる「人間の悩みと、過ちと、偉大さとについて」という箇所である。

コペル君には、「あぶらあげ」という不名誉なあだ名を付けられている友達がいた。

その子は常にイジメっ子から目を付けられている、浦川君という可哀想な少年だ。

豆腐屋の息子で、彼の弁当の具材には毎日油揚げしか入っておらず、背景にある家庭の貧しさを隠しきれず通学しているが、ある日、革命が起こる。

北見君という男の子が、「イジメには服従しなければならない」という教室中の同調圧力に屈せず、

「誰がなんと言ったって、もう許さん……!!」

とイジメっ子に食って掛かり、浦川君をかばうのだ。

しかし、そのことが原因で上級生に「生意気だ」と目を付けられた北見君は、ある日、報復に遭ってしまう。

その頃、コペル君とその仲間は、「もし北見君の身に危険があった時は、身をていして自分たちが守ろう。正義の名のもとに」と熱い約束を交わしていた。

それなのに、コペル君は大切な時、とっさに上級生の脅威におじけづいてしまう。

そして、友情が決裂するような決定的な出来事が起きる。

交わした約束を守りきれず、罪の意識にさいなまれて自暴自棄に陥るコペル君に、叔父さんはこう語りかける。

心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるものだ。そして僕たちは、その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕えることができる。

叔父さんは、「過ちを犯してしまった意識」は、人間が“正しい道”を歩みたいと思うからこそ芽生えるのだと彼に説く。

そして、何よりも重要なことは、誰かに頼って未来を選択するのではなく「自分自身で、自分の行動や意思を決定すること」なのだという。

その一文を読んだ時、私はこれまでの人生で間違った選択をしてしまった出来事のすべてが、成仏していく気がした。

私は、自分のことがずっと許せなかった。

コペル君と同じように、技量もないのに正義感を振りかざすことがよくあって、失敗していたからだ。

親切を安請け合いすることもあったし、言葉だけは立派なことをいいながら、身の丈に合わない行動もした。

そして本当は、いつも自分のことばかりを考えていた。

親友が結婚すれば素直に祝ってあげたいし、誰かが仕事で上手くいったら喜んであげたいのに、本当は祝福できない自分に罪の意識を抱いていたのだ。

しかし、そのことについて、本著は許しを与えてくれたように思う。

誤った選択も消したくなる過去も、他者に対して醜い感情が芽生えてしまうことも、すべては成長するためのプロセスなのだと、今なら信じることができる。

大切なのは、自分の中に決定権を持つこと

人は誰しも、「良い人」でありたい生き物である。

その理由は、良い人に見られたほうが自分が生きやすいからだ。

しかし、その評価基準が他者にあると、偽善が生まれて疲れる。

だからこそ大切なのは、自分の中に決定権を持つことなのだ。

私がこの本を最初に手にとった時、まだ日々に疲れて感性が死んでいたから、本著に記された真理を見落としていた。

だが、コペル君は、私が「気づき」を得るその日まで、1年半も待っていてくれた。

本は読者を待ってくれている

最後に突拍子もないことをいうが、インドという国は「呼ばれないと行けない国」だといわれているらしい。

精神世界の本質を理解できるようになってからではないと、“その国の扉”は開かれないのだという。

もしそうであるならば、私が『君たちはどう生きるか』を最初に手にした時は、まだその本質が理解できる状態になかった。

だから、本の世界は私に向かって開かれなかった。

しかしこの本は、機が熟して私が大切なことを発見できるようになる日まで、ゆっくりと待っていてくれた。

そして購入後1年半が経ってから、そっと扉は開かれたのである。

「上質な読書体験」というものは、読者が内容を真に理解できるその時まで、いつまでも忍耐強く待っていてくれているものなのだと痛感する。

満を持して本著の真髄を理解した(と思っている)今、私は、あなたに問いたい。

「君たちは、どう生きるか?」と。

(※)トーハン、日販、大阪屋栗田、オリコン、amazon年間売上ランキング第1位

この記事を書いた人

大木亜希子

大木亜希子(おおき・あきこ)

東京都在住フリーライター/タレント。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。その後、タレント活動と平行しライター業を開始。Webの取材記事をメインに活動し、2015年、NEWSY(しらべぇ編集部)に入社。PR記事作成(企画~編集)を担当する。2018年、フリーライターとして独立。著書に『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』、人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』がある。

Twitter:@akiko_twins

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