大人の課題図書

Dybe!世代におすすめの一冊を、複数の書き手が読み、それぞれの解釈でインスパイアされたことを書き綴る「大人の課題図書」。

今月は『大家さんと僕』。カラテカ・矢部太郎さんと大家さんのあたたかな交流が描かれた実話漫画です。

今回は、文筆家・書評家の三宅香帆さん、ライターのあかしゆかさん、家電女優の奈津子さんに読んでいただきました。

地元の駅ビルに映る双子の私と妹

一卵性双生児の私と妹は15歳の時、女優として共にデビューした。今から15年も前の話だ。当時の所属事務所の働きかけや、いくつかの幸運も重なってデビューしてからの数年間は、民放のTVドラマやCMに続々と出演した。

当時、地元の駅ビルにはさまざまな局の番組が映し出される一角があり、画面の中で演技をする自分や妹を偶然見かけるたび不思議な気持ちになった。知らない人から街中で声を掛けられる機会も増え、変化していく日常に振り落とされないように必死でしがみついていた。

ある日、ドラマ形式のドキュメンタリー番組で俳優の唐沢寿明さんと共演した。撮影の合間、私たちは唐沢さんからこんな言葉を掛けられた。

「二人は、今は一緒の現場が多いと思うけど、いつか絶対にぱっくりと別々の仕事をする時が来るよ。そうなった時、二艘(そう)の船で沈むのではなくて、どちらかの船が浮き上がってもう一方の船を引き上げられるようにできたら良いね」。

唐沢さんはこの時凛とした眼差しをしていた。何気ない会話だったが、この言葉が30歳を過ぎた今でも心に深く刻まれている。

それからも双子で、時にはソロとしてさまざまな仕事に挑戦したがデビュー当初と比べて結果が出せない時期が続いた。実力不足もあったと思うし、双子で発言が被る「ハモり芸」が訓練してもなかなか上手くならなかったことも要因のひとつかもしれない。

SDN48の解散。二人の運命が枝分かれした

ハタチの時、新たな可能性を模索すべくオーディションを受け48グループ初の双子メンバーとしてアイドルデビューをした。女優からアイドルと、なかなか特殊な経歴になってしまったけれども歌うことは楽しかった。一流の楽曲や衣装、アイドルの放つ煌めきといったものを、全盛期の渦中で当事者として体感できたことは大きな経験だ。

しかし安心したのも束の間、グループは約3年であっという間に解散してしまう。さて、いよいよこれからどうするか……将来の身の振り方を連日真剣に考えた結果、私は「家電好き」という一芸を活かし“家電女優”を称して芸能界でもう一度がんばる道を選び、妹は会社員になった。

伴走していた私たちの運命が枝分かれした瞬間だ。一緒に住むという選択肢もあったものの、お互いの精神衛生のためにも控えたのであった。

しかしそれ以降、妹は恋愛や仕事のがんばりすぎでストレスが積み重なり、心療内科の受診をする不安定な時期が続いた。会うたび体重も増え続け、やがて私たちが双子であることは誰にも気づかれなくなった。

寂しかった。

けれども私は、前述した唐沢さんからの言葉が胸にあったから、“今は何としてでも私自身がタレントとしての認知度と収入を増やす時期。妹の船を救出するためにもそれが一番の最短ルートなのではないか”と考え、妹のことを気にかけながらも仕事に邁進した。今度こそ自分に負けられないという想いで、私もまた必死だったのだ。

妹は赤の他人のおっさんと暮らしはじめた

その間にも妹が住んでいた極小風呂無しのワンルームは日に日に荒れ果てていった。彼女の心が限界値を越えかけたタイミングで、私たち双子の8歳上の姉からの紹介で、突如「ササポン」という50代半ばの赤の他人のおっさんと妹が暮らすことになった。さまざまな事情が重なり一軒家に住んでいるササポンの家の一室を、月数万円で貸してもらうことになったのだ。

ひとつ屋根の下に、おっさんと20代半ばの女性。このような場合、一般的には家族は心配するものなのだろう。

しかし、挨拶へ伺ったときの中肉中背のササポンのまったりとした佇まいや、メガネの奥に感じさせる深い教養などを通じて、大家さんとして申し分が無いと思った。また、妹が元気を取り戻すためには物理的に衛生的な家、特にバスタブに毎日身を浸すことや、会話の話し相手は必須だという結論に至った。

そこから約2年の月日が流れた。ササポンの同居人となった彼女は、安心する巣を得た雛鳥のように少しずつ治癒し、独自の感性を作家として文章に昇華していけるようになった。気がつけば贅肉も随分と減った。

私は時折、二人の住む一軒家へ夕飯を食べに訪れる。きちんと手入れされた革靴の隣に並ぶ、妹のパンプス。浴室には「入浴中」を示すためのプレートが掛けられ、冷蔵庫は真ん中が妹のスペースになっている。敬語で接し、一定の距離を保つ二人に男女の関係は一切ない。むしろ、そういう世界とは真反対に位置している。

ふたりの空気感は「大家さんと僕」に通ずる

ササポンと妹の間に流れる、独特の距離感。お互いに干渉はしすぎない、けれども美味しいお菓子が手に入ればお裾分けをし、ラッキーな出来事は共有をする。お互いを応援している、けれども、本当の哀しみはそれぞれの自室へそっと持ち帰る。この空気感は、矢部太郎さんのエッセイ漫画「大家さんと僕」の世界観と通ずる点があると感じた。

本書では新宿の外れにある一軒家を舞台に、愛らしさと独特のキレを持つ大家さんと、上の階に住む矢部さんとの間に生まれるユーモアが優しさたっぷりに描かれている。

散歩も食事もスローで四季を慈しむ大家さん。そんな彼女の日常の雑務を手伝ったり、ランチを共にするなどして親交を深めていく矢部さん。異なる時間軸を持つ二人の掛け合いは微笑ましい。

印象的なのは、「芸人としての仕事を続けていていいのか分からなくなった」という矢部さんの相談に対して、戦時中の疎開や力仕事をして辛かったという女学生時代のエピソードを大家さんが返す一コマだ。圧倒的な経験値に対して、こちら側の悩みが一瞬で取るに足らないものになってしまうことって、ある。そんなシュールな話も湿っぽくならずに描かれている。

年の離れた人と過ごすと、いろんな時代に行ける

年齢差を越えた対話で得られる面白さは、お互いが色んな時代へとタイムスリップ出来るところにあるのではないだろうか。

私自身、毎週出演している「開運!なんでも鑑定団」の出張ロケの際、嬉々とした表情で昔話を語る依頼人のエピソードと共に、随分色んな時代へ心が旅をしてきた。

描かれている女性が初恋の人に似ているという理由で奮発したという掛け軸、亡き父が布団の中で抱えて寝るほど大切にしていたという壺、そういった素敵な思い出に触れるたび、誰にでも少年少女の頃のかけがえの無い経験があるのだと感じる。大家さんと会話している時の矢部さんも、こんな感覚になる瞬間があったのではないだろうか。

奈津子

誰かと暮らして得られるもの

誰かと一緒に暮らすということは、綺麗ごとばかりではない。私自身、エンジニアの夫と結婚して1年が過ぎたが、生活上のストレスがなかったといえば嘘になる。けれども、日々の喜びや楽しさは2倍に膨らみ、つらく悲しいことは半分に減った。これは他者と家族になったことで得られた思わぬ効用だ。

唐沢さんの言葉を借りれば、私はこれからは夫という船を助けられる役目でありたいと思う。あの時の言葉を、改めて感じられるようになるとは10代の頃の私は想像していなかっただろうな。

大家さんと矢部さん。妹とササポン。これらの組み合わせは婚姻関係にはない。しかし家族とも友達ともちょっと違う、他人と気に掛け合いながら暮らすことで得られる温かみが、確かに存在するのだ思う。常識にとらわれない両者の関わり合いを、私は好ましく感じている。

この記事を書いた人

奈津子

奈津子(なつこ)

女優・タレント。2005年に女優としてデビュー。2010年にはSDN48のメンバーとしてAKB劇場を中心に活動開始。卒業後は家電への詳しさを生かし家電製品アドバイザー(エグゼクティブ等級)を取得。現在は「家電女優」として日本経済新聞社NIKKEI STYLE等のメディアでコラム執筆も行っている。TX『開運!なんでも鑑定団』東京FM『スカイロケットカンパニー』レギュラー出演中。

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