僕は心理学を武器にする 【エビングハウスの忘却曲線】なぜ相手を喜ばせ続けないと信用はすぐに失われるのか

元No.1ホストの「心をつかむ心理術」がストーリーで学べる【連載小説】

さえない自分を変えたくて、夜の世界に飛び込んだ主人公・海藤恵一は指名客ゼロのダメホスト(源氏名はKEN)。「パンツ1枚でタバコを買ってこい」というお客さんの一言がきっかけで、初めての指名客が現れた……。

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初めての指名客はNo.1キャバ嬢だった

「袋小路ケン」に生まれ変わった僕は、No.1キャバ嬢のナナさんに教わった「明るい自虐」のおかげで、少しずつではあるけれど指名客が増えていった。

ただ、まだまだ値の張るシャンパンタワーはもちろん、高額のシャンパンを入れてもらった時にホストが集まってパフォーマンスするシャンパンコールも未体験だ。

ナオヤさんの誕生日イベントで見た、天井まで高く積まれた1,000万円超えのシャンパンタワーが目に焼き付いている。いつかは自分も……。そう思うのは、あまりに高望みだろうか。

笑われるのを承知で、そんな夢をナナさんに話してみた。ナナさんは意外にも「やっと欲が出てきたみたいだね。野望を持つのはいいことだよ」と、うなずきながら真剣な表情で僕の目を見つめ返してくる。

「ナナ、そんなに甘やかしちゃっていいの? この子、頑張ってるのはわかるけど、一生懸命なだけじゃお金は稼げないよ」

声の主は、ナナさんが連れて来てくれた枝の杏さんだった。「枝(えだ)」とは、指名客が連れて来てくれた新しいお客さんのことだ。杏さんはシステムエンジニアで、キャバ嬢をしながら自分の会社を経営しているという。キャバクラ専門の会計ソフトを自分で開発し、いろんな店がそれを使っているらしい。

初回の客には、入れ替わり立ち替わりヘルプのホストがついて、指名をもらおうと奮闘する。でも杏さんは、僕らの話のほうに興味があるようで、ヘルプを適当にあしらいつつ、会話に加わってきた。

信用はポイントカードみたいに貯めていくもの

「シャンパンタワーがいくらするか知らないけど、まあ高いんでしょ? だったら、いきなりシャンパンタワーを目指すのは誰にだって無理。信用はポイントカードみたいに貯めていくものだから」

信用はポイントカード? どういうことかと尋ねると、杏さんはこんなふうに説明してくれた。

「私が会計ソフトを売り込みに行く時、どうしてると思う?」

「電話してアポを取って会いに行く、ですか?」

「あなた……ケンだっけ? 知らないやつが電話してきて、『便利な会計システムがあるから導入してください。料金は1000万円です』って言われたら買う?」

「え!? それは無理かもしれないです」

「なんで?」

「よく知らない相手だから」

「でしょ? だから、まず業界最大手といわれる今のキャバクラで働いて、オーナーに気に入られるところから始めたの。で、実はエンジニアで開発もやってるってことを徐々に話して、うちの店に導入してもらったってわけ」

「そうなんですか」

「もちろん、私が開発してるんだから、実際に使ってもらえれば『使いやすい!』『便利!』ってなるのは当たり前よ。そしたらオーナーが知り合いのキャバクラにどんどん声かけてくれて、自分から営業しなくても勝手に注文が入ってくるようになったの」

そうか。これはホストも同じだ。ヘルプについていても、ナオヤさんが「お願い、ドンペリ入れて」と頭を下げて頼んでいるのを見たことがない。なぜかお客さんのほうからドンペリを入れてくれるのだ。それに、売れっ子でホストクラブの情報サイトから頻繁に取材を受けていて露出も多いから、最初からナオヤさん目当てで来るお客さんも多い。

信用が貯まるまで、相手に“快”の感情を与え続けろ

「自分の要求を通したいなら、まずは相手に徹底的に気に入られないとダメだよ。私もオーナーのSNSをチェックしたり、店の人から情報集めたりして、好きなお酒も差し入れしたし、誕生日のプレゼントも欠かさなかったもん。毎日、『髪型キマってますね』『今日のスーツ、ステキですね』って毎日褒めてたし」

そこまで徹底しなければ、相手に気に入られないのか。そういえばナオヤさんも、焼き肉店で「お客さんが酒屋で3万円で買えるドンペリに10万円出すのは、褒められたい、認められたいっていう“感情”を満たしたいから」「感情を満たしてあげるには、相手の気持ちを理解することが大事」と言っていた。僕は考えが甘すぎたようだ。

「たしかに、会ったばかりのホストにシャンパンタワー頼まれても、『は!? 何言ってるの?』と怒りが湧くに決まってますよね」

「そうそう。だから、イデオシンクラシー・クレジットが貯まるまで、ひたすら相手を喜ばせる“快”の感情を与え続けなくちゃダメだよ」

イデオシンクラシー・クレジットとは「個人の信用」という意味らしい。信用のポイントが貯まって「十分に信頼関係が築けた」という段階になれば、相手に多少無理な頼みごとをしても、自分の要求が通るようになると杏さんは言う。

「釣った魚にはエサをやらない」のがダメな理由

「ただ、ポイントは永遠に有効じゃないの。そこ、勘違いしないでね」

そう言うと、杏さんはスマホで何かを検索している。「ほら、これ見て」とナナさんと僕の前に差し出された画面には、「エビングハウスの忘却曲線」という耳慣れない言葉と、実験データのようなものが並んでいる。

「『エビングハウスの忘却曲線』っていうのは、有名な心理学実験なの」

データを見ると、人は記憶のうち

・1時間後には56%

・1日後には74%

・1週間後には77%

・1か月後には79%

を忘れてしまう、と書いてあった。

「ね、人間っていくらこちらがいいことしてあげても、1時間もすると半分忘れちゃうの! だから信用のポイント貯まった後も、油断しないでLINEし続けたり、褒め続けたりする必要があるんだよね。釣った魚にはエサをやらないっていうんじゃダメだよ。男って、つきあうとすぐ褒めなくなるけど、あれホントどうにかしてほしい」

それまで冷静に話していた杏さんが、急にエキサイトし始めた。「最近、彼と別れたばっかりなの」とナナさんが耳打ちしてくる。

「ナナ……今、私が男と別れたこと、ケンに言ったでしょ!?」

肯定も否定もせず笑うだけのナナさんにかわって、「いえいえ、何も聞いてないです!」と答えながら、信用のポイントを貯めるために、さっそくこれまでのお客さんたちにLINEしようと心に決めていた。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第12回は2020年2月19日(水)の公開予定です。

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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito